居眠り猫と主治医 ⑨ゴッドハンド 連載恋愛小説
半月後のサラの健診日。診察室に入って、文乃はぎょっとする。
「なにその反応」
「え……今日は院長先生の曜日じゃ……」
「学会で出張」
院長がひそんでいるわけもないのに、文乃は部屋のあちこちに視線をさまよわせた。見慣れたはずの白衣姿に、ここまでどぎまぎするのはなぜだろう。
鳥かごを抱いたまま棒立ちになっていると、早く診察台にのせろとあごで指示される。
「あ、すみません。よろしくお願いいたします」
看護師が別件で席をはずすのを、心細い思いで見送る。
通常、動物が暴れないよう保定する役割が看護師にはあるのだが、夏目祐の場合、ほとんど不要なのだ。
飼い主以外には指一本ふれさせないサラお嬢様は、今まで訪れた数々のクリニックで、かごの中を逃げまどった。その純白のちいさな体を柵に打ちつけ失神することもあり、いたたまれなくて見ている飼い主が半泣きになっていた。
「ごめんね、さわるよー」
やさしく声かけしながら、何食わぬ顔でサクッと捕獲。若い獣医師の百戦錬磨ぶりに、ぽかんと見惚れたのを覚えている。
あまりの早業にサラはなにが起こったのかわからず、きょとんとしている……ように見えた。
コツはあるのかと前のめりでたずねたら、警戒心を抱かれる前に仕留める、と彼は平然と言い放った。
「私ついていきます。夏目先生に」
クールな表情が崩れ、困ったような苦笑に変わる。素顔がのぞいた気がして、はっとした。
「あ、もちろんストーカーとかじゃなくて、サラのかかりつけ医として今後とも末永くといいますか……」
病院に連れていくたびにストレスで死んじゃうんじゃないかと思い悩んでいた。よかれと思ってしていることが、彼女を苦しめているだけなのではと。
異変に気づくのが遅れ、先代の文鳥を平均寿命よりも早く死なせてしまった。その苦い後悔から、サラは定期的に医者にかかっていたのだ。
「メシアっていうか、救世主です。マジで」
自分でもなにを言っているのかわからなくなり、すーはーと深呼吸する。
テンションのおかしいヤバイ奴だと思われたにちがいない。
椅子がわずかにきしむ音がして、文乃は顔を上げる。
「責任持って診ますから。安心してください、守屋さん」
しっかりと目を合わせ、落ち着かせるようゆっくりと言葉を紡ぐ。
患者が取り乱すことなど、慣れっこなのだろうか。自信にあふれた柔らかなその表情は、おそらく彼が使い慣れている仕事用の儀礼的な笑顔。
体よく距離を置かれた気になって、文乃はしゅんとした。
「……仕留めるというのは、不謹慎ですね。失礼しました」
「いえいえ。たしかに瞬殺でした」
必要以上に何度もうなずく文乃に、祐は当惑しているようだった。
(つづく)

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