居眠り猫と主治医 ㉓猫の限界 連載恋愛小説
そもそも文乃が祐に興味を持ったのは、不純な動機だった。
親友が告白され、一時期付き合った相手。彼女のお店で何度か見かけて、頼りがいがありそうな腕の良い獣医師という印象を抱いた。
文鳥を飼っている口実もあったので、夏目祐の勤めるクリニックを訪ねてみる気になったのだ。
川上かの子は、フランチャイズの小鳥カフェを個人事業主として経営している。いつ職を失うか知れぬ不安定な塾講師とは、雲泥の差だ。
性格はしっかりしているようで、圧倒的な癒やし系。女から見てもかわいいのだから、祐が惚れるのも自然のなりゆきだ。
ドライなところもある彼女は、つきあってはみたが好きになれなかった、とさらりと祐を振ってしまった。どうしても友人以上にみれなかったという。
そんなことをされたら、普通は引きずるだろうし追いかけたくなる。そういう特別な存在なのだ、かの子は。
ほかに好きな人がいても、男の人は平気なんだ。抱きあっていても複雑な感情が渦巻いて、心はうわの空。
3回にいちどは、誘いを断りたくなってしまう。会う機会自体すくないというのに、自分で作り出したジレンマから文乃は抜け出せないでいる。
「そろそろ先生呼びやめて」
文乃はスプーンを口に突っこ込んだまま、ぼんやりと見返す。
滋味深い夏野菜カレーが、疲弊しきった心に沁み渡る。オクラ、ヤングコーンにピーマン。素揚げのサクサク感も楽しい。
「でも、ゆ、祐さん? とか祐……とかムリ」
「なんで」
仕事みたいで気が休まらない、という理屈だそうだ。
「とにかくムリだから」
親密になればなるほど、むなしさが募り、負のループに陥る。
「無理強いするなら、もう会わない」
祐は文乃の過剰反応を本気にせず、おかしそうに笑う。
「文乃はオレなしで生きていけるわけ?」
「う……」
餓死しますね、確実に。
「餌付けはしたけど、それだけかよ」
今までいちども呼んだことないくせに、このタイミングでしれっと口にするとか。揚げナスを飲み込んでから、スプーンを皿の上に置いた。
「私が死んだら、サラをよろしくです」
「遺言はいいから」
もうどうとでもなれ、とヤケクソになる。
「祐、大好き。これでいい⁈」
なんで逆ギレなのかと肩を揺らして笑われた。
出会った頃より感情豊かにふるまうようになった彼を前にして、切なさに拍車がかかり限界を超えた。表面張力の均衡が崩れ、こらえきれずにあふれ出た感じだった。
(つづく)

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