あすみ小学校ビレッジ 2歩く台風 連載恋愛小説
初顔合わせ段階から、かみ合わないことだらけだった。
「待って。今、思い出します」
同い年だと紹介されれば、記憶をさぐろうとするのが自然な反応だろう。
中高の同級生ではなさそうだから、もしや幼稚園…? と泉は真剣に悩んでしまった。
彼は軽く首をかしげる。
「思い出すって……前世を?」
なんでも屋というのは占いもできるのかと早とちりして、勝手にナットク顔になる塩屋龍次。手相をみてもらおうと両手を広げ、泉に差し出す始末。
「いづみやー。塩屋さんは明日海市民じゃないぞ~?」
観光局局長の森下千種はゴキゲンでおつまみを口に放り込んでいる。泉の勘違いを放置し、ふたりの漫才を楽しむ、ゆかいな性格の持ち主だ。
その台風のようなエネルギーに生気を吸い取られがちになるが、彼女のアイデア、顔の広さ、行動力は、右に出るものナシ。「あすみフィルムオフィス」元代表という輝かしいキャリアを備えた、まさに無双の上司なのだ。
どこにでもある地方都市に活気が出たのは、千種の率いるフィルムオフィスが12年にわたり大々的にプロモーションした成果。
旧宿場町の趣ある街並み、クリエイターを引きつける狭い路地の商店街。15分ほど車を走らせれば、海も山もある。
かと思えば、市街地は遊歩道が整備され、洗練された雰囲気。明日海市は、どんなドラマにも溶け込める潜在力を秘めていた。
ロケ地としての魅力をアピールするだけでなく、千種は自治体側の協力も万全にととのえた。深夜に幹線道路や地下鉄を貸し切っての撮影。市民エキストラの事前登録制度をつくり、撮影班にすぐさま紹介する。
ほかの自治体なら門前払いの依頼内容でも「森下千種に相談すればなんとかしてくれる」と業界内で重宝がられるように。ほかの都市に移動する手間もなく、一カ所で完結できる点も大きな強みとなった。
長期ロケが誘致できると、スタッフの滞在費などで経済効果が一作あたり何千万と見込める。
明日海市を舞台にした映画やアニメがふえるにつれ、認知度は飛躍的に高まった。旅行会社がこぞって聖地巡礼ツアーを企画。当初は観光局が主導していたが、民間だけで十分やっていけるほどになっていた。
千種はフィルムオフィスを退き、観光局に鞍替え。
今はビレッジの広報と「あすみアートプロジェクト:Fresh Air」の総責任者を務めている。泉にとっては雲の上の存在だが、同時にやっかいすぎる人物でもあった。
「焼きおにぎりがたべたい」
歓迎会参加者の人数をさっと確認しなおし、泉は商店街のおにぎりやさんに連絡。対応可能とのことで胸をなでおろす。
「味噌味としょうゆ味を同数、手配しました」とつたえると、千種はひらきかけていた口をおとなしく閉じた。
彼女のもとで働くのは三年目なので、頭と神経をつねに働かせるクセがついた気がする。
(つづく)

いいなと思ったら応援しよう!
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
いただいたチップはインプットのための書籍購入費にあてます。
また来ていただけるよう、更新がんばります。