桃ももモンブランをどうぞ|連作小説⑱
1742字
「こちら、ご注文いただいた品です」
送別会を断るかわりに、七生はスイーツを大量注文していた。苺モンブランと桃モンブランをスタッフ全員にひとつずつ。
一定の力加減、スピードで絞り袋を操るさまは魔法のよう。
ダックワーズの土台、中心には桃ひとかけ。刻んだ桃入りフロマージュクリームを巻きつけるように絞り、仕上げはモンブランクリーム。
旬の季節にピューレとコンポートを仕込み、冷凍保存。春でも風味豊かでジューシーな桃を味わえる秘訣だ。
季節感を大事にしているヒナタボコのお菓子。ショーケースには新鮮な驚きが隠されている。先取りメニューは、きたるシーズンへの期待感を高めてくれる。
「手助けしてるつもり?」
他人行儀な一青はケンカ腰だ。
「そんなとこ。しばらく来れないから、今度は配送してよ」
「あいにく当店ではオンライン販売をしておりません」
「ま、考えといて」
毛を逆立てているわんこと、さらりとあしらう先輩犬みたいだ。
「手土産、助かった。はずれがない。 会話の糸口になるし 」
歩み寄る兄に、弟もすこしは警戒を下げるだろうか。
一青の言葉の端々から、兄への劣等感が見え隠れしていた。
花歩にきょうだいはいないが同い年のいとこがいるため、比べられることの複雑さがなんとなくわかる。習いごとや成績、進学先。あらゆることで親同士が張りあう雰囲気があった。
実の兄弟ならなおのこと。たとえ親の態度があからさまでなくても、まわりの人間がどうしても比較してしまう。
「自覚はあるんだ。兄貴がからむと過敏になる」
いつだったか、そう教えてくれた。
ケーキの箱に印字された店名を、七生はじっと見つめる。
「おまえが成功したのは、レシピを惜しげもなく譲ってくれた西条さん。仕入れ業者、契約農家、お客さん、従業員。……その全員と信頼を築けたからだ」
「……いやに饒舌じゃん」
「新年度は宮崎だから。榎本さんも一緒に」
「はっ?」
「つもりだったけど、断られた」
母親まで浮かれていたのでちょっと揺さぶってみた、と七生は何食わぬ顔。
「なんで家に寄り付かない?」
つっけんどんに言う一青。
「帰ったら母さんが料理したがるだろ」
雪野はどうやら料理がニガテなようだ。
家族一同、1週間腹痛にもだえ苦しんだ生焼け・焼き鳥事件。七生はいまだにチキン料理に手が出ないとか。
「私のおかげで、いっちゃんがシェフになったんだもん。プラマイゼロ~! むしろお釣りが返ってくる」と雪野はけろりと言いそうだ。
「この際だから言わせてもらう」
お? とばかりに興味深げな表情の七生。
転勤するならするでかまわない。ひとつだけ約束しろ。
「母さんのLINEにちゃんと返信すること。既読スルー禁止」
「おにーちゃん、見たかな? 読んだかな? 届いたかな?」とスマホを抱きしめそわそわしている母親を、彼は知っているのだ。
要求がほほえましくて、花歩は笑みをこぼす。
家族ってこうだよなあ。ちょっとしたことで険悪になったり、知らないうちに元に戻ったり。
たいせつなのはきっと、押し付けすぎず相手を思いやること。つたわるよう、言葉にすること。
長年ため込んでいたものを吐き出したせいか、七生を見送ったあと彼はすっきりした顔をしていた。
「さっきは弱気なこと言って、ごめん」
もう会わない発言が気にかかっていた。
古賀家に泊まらせてもらった翌日、花歩は七生に呼び出された。話はなんだったのか、報告してくれるのを一青は待っていたという。
「どう説明すればいいのか言いづらくて。わたしのほうこそ、ごめんなさい」
チームリーダーに抜擢されたこと、上司である七生に告白されたこと。いっぱいいっぱいで整理しきれていなかった。
「兄貴と花歩さん。なんか通じあってる気がするから」
あくまで仕事上の関係で、尊敬できる人だ。
「ちょっと余裕なくしてた。悪いほうに想像しだしたらとまらなくて」
わかりすぎるほどわかる。
花歩はありさから教わったアファメーションを説明した。
ポジティブなフレーズを唱え、自己暗示にかける方法だ。現在形で断定するのがポイント。
「たとえば、わたしは仕事にやりがいを感じている、自信を持ってあたらしいことにトライできる、とか」
「僕は榎本花歩さんと生きている、とか?」
(つづく)

▽つづき:第19話
▽前回のお話:第17話
▽目次
▽マガジン
#賑やかし帯 #飯テロ #連作小説 #連作短編 #恋愛小説が好き
いいなと思ったら応援しよう!
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
いただいたチップはインプットのための書籍購入費にあてます。
また来ていただけるよう、更新がんばります。