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あすみ小学校ビレッジ ⑦オッサン先生の寺子屋 連載恋愛小説

 「あすみ小学校ビレッジ」は地元の観光バス会社とNPO法人が共同で運営している。
 NPO代表理事は森下オサム、千種ちぐさの父親だ。あすみでは、彼を知らない者はいない。
 PTA会長、夏祭り実行委員長、防災市民会長etc.「セット販売されているんじゃないか」と疑うくらいに、式典にはお決まりの人物である。
 「なんらかの長になりたがる目立ちたがり」だとやゆされるが、単に地元愛が深いのだろうと、泉は分析する。
「自分の名前が印字されてると、意気が揚がるんだよなあ。よっしゃ、やっちゃうよ? って」
 黙っていると重鎮のような風格だが、笑うとなつっこい顔になる。土産物店の店主もできそうだ。

 2年前、オサムはビレッジ内で「森下寺子屋」をはじめた。放課後に児童をあずかるのだが、それだけではない。
 「カリキュラムのない、自由な学校」それが彼の掲げたスローガンだ。
 授業のペースについていけず、つまずいた子どもには、宿題をみてやりつつ基礎のおさらいをする。
 反対に、能力が高すぎてもてあましている子には、学習機会を与える。かすことなく、ひとりひとりのペースを大事にする、そんな場だ。
 博学なオサムは子どもたちに慕われ、親しみをこめて「オッサン先生」と呼ばれていた。

 理解力が高すぎて、学校で浮く。光石善にとって、授業は知っていることばかり。
 友達とハナシは合わない、センセイはなにかにつけ行動を制限してくる。学校は息苦しい場所なのかもしれない。
 いじめられるほどではなくても、孤立する。洞察力のせいで、まわりの空気も察知してしまう。
 興味のあることを好きなだけ学べたら。そんな当たり前の願望も、画一的な今の教育システムでは実現できない。
 森下オサムの理念が、善の渇望にぴったりとあてはまったのだ。
 宿題のない寺子屋では、子どもたちはなにを勉強してもいい。私設図書室の本は読み放題。パズルも遊びではなく、数学扱い。

 今のミッションは、中庭にビオトープをつくること。
 そのためには、なにが必要か。子ども有志が中心になり自分たちで考える。
「穴を掘って池をつくったって、空気の流れがないと藻が繁殖するだけかも」
「はんしょくってなに? 善ちゃん」
「いっぱいふえるってこと」
 ここでは、善はちいさな先生状態。頼られるのがうれしいらしく、くすぐったそうな晴れがましいような、すてきな表情をする。

 目尻を下げてそれを見守るオサムは、手も口も出さない。
「おお。いいねえ」が口ぐせだ。
「いくないよ! 藻だらけになったら魚が息できないじゃん」
「おお。そーかそーか」
 子どもたちは、水族館に偵察にいきたいと直談判。行動力がついてきた彼らに、先生はにっこにこ。

「ラッキー。行ってみたかったんだ~、明日海水族館」
 寺子屋の美術担当に任命された塩屋龍次は、さしずめおおきな子ども。海のすぐそばだから期待大だと、じっとしていられないようす。
「遊びじゃないですよ? わたしたちは引率です」
 かわいくないなと自覚しつつも、泉は心を鬼にして釘を刺した。

(つづく)

#恋愛小説が好き #私の作品紹介 #賑やかし帯

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