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たゆたう私と沈まぬゴッホ

原田マハさんの『たゆたえども沈まず』は、私にとってとても大切な作品のひとつだ。

まず、タイトルである「たゆたえども沈まず」という言葉。
なんて美しい響きを持つ言葉なのだろうかと、読み始まる前から心が躍った。
意味を調べてみると、「波に揺れても、決して沈まない」と出てきた。
「どんなに強い風や荒波に揺られても、沈むことは決してない」という意味である。
この言葉は、パリ市の紋章に16世紀から刻まれている標語であり、幾度もの危機を乗り越えてきたパリ市の歴史と誇りを象徴している。

この言葉はまさにゴッホそのものであり、アート小説の第一人者と言われるマハさんが描くゴッホの姿にぴったりの言葉だと感じた。

読了後、言葉を失った代わりに涙がとめどなく溢れた。
私の心に残ったのは、鮮烈な色ではなく、静かな余韻だった。
マハさんの世界で息をしている”ゴッホに会える”という、私にとっては夢のような体験を通して、彼の人生は本当にこういう結末だったのではないかと思ってしまった。
彼の鮮やかな色彩や筆の力強さだけでなく、孤独や痛み、その奥にある生への渇望までが、マハさんの物語を通して私の胸に届いたからだ。

ゴッホは、社会からも人からも理解されず、生涯孤独な人生だった。
常にズレを感じながらも、彼の中の”見る目”と”感じる心”は誰よりも鮮烈だった。
だからこそ描かずにはいられなかったのだろう。
その姿は、孤独を抱えながらも表現にすがる自分自身の姿と重なった。

作中で特に印象的で忘れられないのが、ゴッホが弟のテオとテオの家族の幸せを念い、導き出した答えのシーンだ。

「自分がこの世界からいなくなること、それだけが、たったひとつ、彼が弟のためにしてやれることだった」

胸が締め付けられた。
芸術を追い求めるあまり苦しみ続けた彼が、最後に残したのが”愛する人の幸せを優先する選択”だった。
なんて切ないのだろう。
けれど、その切なさの奥に確かな愛と献身があった。

表現者として生きることに対して、時々”早く咲かなきゃ”という焦りを感じてしまうことがある。
ゴッホがこの世を去ってから咲いたように、私も私の言葉や、人生の価値、美学が去ってから見出されるのではないかという恐れがある。
だが、”遅咲き”の花は、早く咲いて早く散ってしまう花と比べてすごく強い力を持っている。
大地に根を張ってから咲くため、深みも説得力もある。

「痛みや孤独を抱えても、それを美に変えていける」という確かな希望。
その希望は、この時代にまだ”深く”理解されなくても、未来で誰かの魂を救うことがある。
死に近い場所から美を見つけようとしたゴッホの魂が、現代で多くの人の心を惹きつけているように。
誰にも届かないと思っていた自分の表現にも、必ず意味があるとそっと背中を押してくれた。

ゴッホが絵に対して命を賭けていたように、私も自分の作品に命を賭けている。
命を賭けるのに値するものは、実はとても静かで、でも揺るぎないものだ。
燃え尽きる炎みたいに派手じゃなくても、夜空に残る星の光みたいにあとから誰かの心に届く。

存在を刻むことは、”自分が生きた証を残すこと”であるとも言える。
これは、結果や名声に左右されるものでも、お金で買えるものでもない。
例え誰にも評価されなかったとしても、表現すること自体が自分が生きた証になるのだ。

そして、ゴッホといえば日本。
彼が日本に理想郷を見出していたと初めて知った時、日本人として、彼を私淑する1人の人間として胸に迫る思いを抱いた。

ゴッホが日本に恋をしていたように、日本も、そして私自身も彼に恋をしている。
彼の感性に恋焦がれている。

マハさんが「たゆたえども沈まず」の解説本とも言える、裏舞台を語るエッセイ『ゴッホのあしあと』では、ゴッホと日本の関係性をこう表現している。

「日本とゴッホは相思相愛です。
日本に、そしてパリに憧れ続けたゴッホ。
誰にも受け入れられずに失意のうちに亡くなった。
孤独と闘い苦労の絶えない人生だったかもしれないけれど、結果的に、あなたはこれほどパリにも日本にも受け入れられている。
片思いではないのです。
「私たちは両思いなんだよ」ということを、ゴッホに伝えたい。」

ゴッホのあしあと/原田マハ

もし、ゴッホが生きている時代に両思いになれていたのならば、彼の人生は終わることなく続いたのだろうか。
孤独が少しでも癒され、人生を生きる意味を見出せたのだろうか。

さらに、続けてこうも綴っている。

「後世の画家たちに影響を与え、彼のDNAが今もって地球のあちこちで受け継がれていることが最大の贈り物だと思います。
だから私は幸せな結末だとあえていいたい。
死んでしまったのだから終わりだとは思いたくない。
彼は死んだのではなく、むしろ永遠の命を与えられたのです。
傑作は永遠の命を生きるもの。
それがアートの力だと思います。」

ゴッホのあしあと/原田マハ

そうだ。
まだゴッホは生きている。
彼は、今も私たちの心の中で描き続けているのだ。

自分の”美学”に命を燃やした誇り高き孤高の画家。

フィンセント・ファン・ゴッホは永遠だ。



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