数年のときを経て、占い師のことばが妙に腑に落ちた話
人生で一度だけ、占いに通った時期がある。
といっても、怪しげな壺やアクセサリーの類を掴まされるようなものではなく、ちゃんと理性を保った占い通いだったと自分では思っている。
まだ日本に住んでいた頃だ。
当時、わたしはいわゆる「婚活」をしていた。30代半ば。日本の社会通念からいうと、女性の結婚適齢期なるものを通り越してしまっていた。わたしはこの社会通念が大嫌いだった。
それまで、ぼーっとして生きてきたわけではない。仕事もプライベートも忙しすぎるほどいろんなことがあったし、その中で結婚を考えた人もいた。その人とは3年近く付き合ったけれど、結局20代後半でお別れをした。
その後も、出会いのチャンスはぽつぽつとはあった。けれど、「生涯の伴侶」という特別枠に入る人にはなかなか巡り合えなかった。
というか、生涯の伴侶というのは、既存の関係のなかで、心を揺さぶられるまでの激しさや輝きや温もりを見つけたからこそそうなるものじゃないのか。まだ出会ってもいない人の中から生涯の伴侶を探そうなんていうアイデアが、そもそも本末転倒なんじゃないか。
当時からわたしにはそんな気がしていたのだけど、だからといって、既存の関係の中で結婚できそうな人が一人もいなかった。なので、やっぱり婚活をする以外になす術がなかった。
あるとき、友人がよく当たると評判の占い師を紹介してくれた。それまで、雑誌の星占いなら読むけれど、わざわざ占い師のところへいくほどには占いに傾倒していなかった。占いかあ…と思った。
でも、先の見えない婚活に、なんらかのヒントがもらえるかもしれない。
そんな期待が心に芽生えた。
それで、試しにいってみたら、なんとなく当たっているような気のすることがいくつかあった。たぶん、占いとは、そういう曖昧なものを都合よく解釈することで成り立っているものなんだろう。
何回目かに占ってもらったときに、こんなことを言われた。
「あなたはそう遠くない時期に結婚することになりそうですね。でも……」
占い師は、ここで一拍置いて、言葉を濁らせた。
「あなたの守護霊たち(複数いるらしい)がちょっと心配そうにしているんです。結婚して遠いところへ行ってしまうのが心配だって。だから縁を結ぶのをちょっとためらっているのかも」
わたしは、その頃、東北出身の人と何度かお食事デートをしていた。相手からも、下の名前に「ちゃん」を付けて気軽に呼ばれて、いい雰囲気になりつつあった。しっかり仕事をして、堅実にものごとを考えているその彼となら、将来はあり得るように感じ始めていた。
「東北ってそんなに遠くないですよね」
わたしは、思ったとおりの疑問を口にした。
「そうねえ…。守護霊はむかしの人の霊だから、当時の感覚で遠いって思っているのかも」
占い師といえども、なんでもわかるわけではないらしい。
そりゃそうだ。なんでもわかるなら、この人はいまこんなところでわたしの数年後を占ったりなんかしていない。
その後、その東北の彼とは、結局つきあうことにもならず、あっけなくわたしの人生から姿を消した。
わたしは絶望した。そこまで東北くんが好きだったのかと言われると、そうではない。わたしが絶望したのは、この婚活というシステムと、それへの自分の不適合加減である。
もう、ええんちゃう。
わたしは疲れていた。
婚活のなにがつらいって、この振り出しに戻る瞬間だ。婚活とは、ただでさえ少ない出会いのチャンスをつかんで、コツコツ積み上げて関係を育てて、なんとかゴールに持ち込もうとするレースだ。
でも、途中でがらがらがっしゃんとその関係が壊れてしまえば、またスタート地点に連れ戻される。はい、もう一回やり直し。
わたしたちが子どもの頃から刷り込まれてきた、「努力すれば報われる」世界とは根本的に違う。そりゃ、占いにも行きたくなる。
わたしが夫と出会ったのは、そんなやさぐれた気持ちになっていたときだった。
彼との出会いは、文字どおり、わたしの人生を変えた。
ストレートな物言いや態度はわたしを不安にさせることはなかったし、堅実で誠実な人柄が、いつも表面に表れていた。
二人で会うようになったのが春で、その年の秋には婚約した。そして、年末年始の休暇に渡米し、アメリカで結婚した。
こんな慌ただしい展開の中で、例の占い師の言葉なんて長らく記憶の隅に追いやられていた。思い出すこともなく、何年も時が流れた。
でも、あるとき、なにかをきっかけにふと思い出した。思い出して、はっとした。
「あのとき守護霊が心配してたのは、東北じゃなくてアメリカやったんか……」
数年の時を経て、意外な形で情報がつながった。そして、妙に腑に落ちた。アメリカは遠い。現代人の感覚でも遠い。
いま、あの占い師に一つだけ質問できるとしたら、守護霊たちに聞いてほしいことがある。日本から遠く離れたアメリカに住むわたしの現状を、守護霊たちがなんて言っているのか、と。
そうしたら、どんな答えが返ってくるんだろう。
「心配していたけど、なんか楽しそうだし、いいんちゃう」
なのか、
「先祖の土地からそんな離れたところへ行ってしまうなんて、不孝者め!」
なのか、
「異国の地にいても、大和魂を失わずに生きていけよ」
なのか。
守護霊たちもすっかりこっちに馴染んでしまって、つい英語が混ざってしまっていたりしてね。
(おしまい)
読んでくださってありがとうございます。
書きながら、当時の記憶がぐんと蘇りました。
この記事は、モノカキングダム2024への参加記事として投稿します。
よろしくお願いします。
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