子どもの成長と親のアップグレード
娘は、いつも寝る前に、翌日に着る服を選んでカーペットの上に出しておく。
朝寝ぼけた頭でこれをやると時間がかかるので、夜のうちにやっておくのである。
先日、いつものように娘がその作業をするのを、わたしは横で手伝っていた。明日の天気や気温を調べて、半袖がいいとか、パンツは長いのがいいんじゃないかとかアドバイスするのである。
娘が、ふとこんなことを言い出した。
「ママもこんなシャツとか、こんなパンツを穿けばいいのに」
手の平を下に向けながら、おへその上と、足の付け根あたりに順に置いて見せた。要するに、おへそが出るほど短いシャツに、足が丸出しのショートパンツを勧めてきたのだ。
「いや、さすがにそれはちょっと...…」
いくらアメリカではみんな年齢を気にせずに着たい服を着ているとはいえ、程度というものがある。10代の子のようなファッションは無理がある。いや、仮にわたしがいま10代でもたぶん着ていない。
「どうしてそんな服を着たらいいと思ったの?」
わたしは好奇心から質問した。かわいいから、とか、テイラースイフトが着てたから、などと言うのかなと思ったら、意外な答えが返ってきた。
「そういう服を着たら、男の子から注目されるからだよ」
え?……いまなんて?
わたしは我が耳を疑った。返す言葉を失った。
娘はまだ6歳である。
喜怒哀楽にはひねりなんてなく、いつもストレートに感情を外に出すし、転んで擦りむいたら「うえーん」と声をあげて泣くし、手の甲やほっぺたもまだちょっとぷっくりしている。
そんな子が、「肌を露出すれば、男の子に注目される」と言い出したのだ。親ならだれもが危機感を覚える瞬間である。
なんとかせねば。でもどうすれば?
「君は男の子から注目されたいの?」
わたしは動揺を隠して、努めて落ち着いたトーンで尋ねた。
娘は、ウン、と頷いた。
注目されたいという欲があるのはわかる。周りに「いいね」と肯定されると、自尊心がくすぐられて気持ちがいい。親に褒められて育ってきた延長で、他者からも承認されたいという欲求。なにも子どもだけじゃない、大人にだってある。
ただ、このまま放置するわけにはいかないように思えた。問題は、大きく2つある。
一つは、娘が信じている「注目されることに価値がある」という方程式は、適度なバランスの上に保たれないといけない。自分の価値を他者の評価に委ねてしまうと、いつか自分を見失いかねない。自分以外の価値観に振り回されて生きていくことになる。
もう一つは、注目を得ようとする手段である。なんでもいいわけでは、ゼッタイにない。なにが適切でなにが不適切なのか、健全な判断基準を身につける必要がある。そこが抜け落ちると、少し前の醤油ぺろぺろ事件みたいなことが起きる。
これは、後から考えて、頭を整理した結果である。娘があの言葉を発したときには、何をどこから話せば良いのかわからなかった。
それから、娘が普段観ている動画の内容をいま一度確認してみなければ。
思い当たるのは、ミュージックビデオである。最近、娘は好きな歌手のミュージックビデオをよく観ている。
音楽を聴くことには、これまで特に制限を設けてこなかった。けれど、気をつけて見てみると、こうした動画には性的な強調が感じられる服装や動きが多い。それに、この頃の流行りの歌には汚い言葉が溢れている。
だからといって、一律にテレビやiPadを禁止するのも違う。どういうものがどんな理由で良くないのかを話して理解させることが大事だ。
さて、それをどうやって話そうか。そんなことを考えながら、わたしは深い息をひとつ吐いた。
子どもの成長にともなって、直面する問題が複雑になっていく。たぶん、これは序の口で、これからどんどん難しくなっていくのだろう。
親もアップグレードしていかないと、追いつかない。
(おわり)
