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イマジナリーアックス:第三話

イラスト:カガヤケイ

 意を決して須波さんに「参りました。僕にレクチャーしてくれませんか」と個人間投擲(個人メッセージ)したのがおととい。そして今日、土曜日を迎えた。言われるままに、南池猫駅西口公園に来た。南池猫駅は池猫駅から2駅の位置にある。池猫駅のような賑やかさは無いが南池猫銀座という昔ながらの商店街が駅前から伸びている。その中程にゲームセンターダイオウがある。格闘ゲームの稼働数が多く、格ゲーファンにとっては聖地になっている。きっとこのダイオウに行くことになるのだろう。あと気になるのはやりとりの最後のメッセージ、
「それと、お願いしたいことがあります」
 一体何だろうな。

 待ち合わせの14時になった。公園のベンチに座っていると須波さんが駅とは逆の方向からやってきた。やはりギターケースを背負っている。
汐理「おまたせしました」
 このあたりに住んでいるのだろうか。
汐理「では行きましょ」
 須波さんに行き先を任せる。南池猫銀座に入っていく。
奏太「ダイオウですよね?」
汐理「…………」
 須波さんはちらっとこっちを向いただけだった。表情を一切変えない。ちょっとずつこのような反応に慣れている自分に気づく。
 ダイオウの前に来たのだが、通り過ぎる。
汐理「ウチに来てください」
奏太「えっ」
 俺は驚きを隠せなかった。驚きと同時に嬉しさもこみ上げてくる。ギターケースの謎に迫れるかもしれないという期待感。微かにではあるが、確実にあるやましさ、下心。そういうものが折り重なり、混じり合う。初めての心情だ。一人の男性を家に招くということに抵抗はないのだろうか? それとも男として見られていないのか? 特に何も考えずゲームのレクチャーをするためだけに?
 それにしても、女性の部屋に上がり込むなんて初めてのことで緊張する。その緊張が他の感情をかき消さんばかりだ。
汐理「嫌ですか?」
奏太「いやいや、ありがたいです」
汐理「ダイオウの良さもありますが、ウチのほうが集中できるでしょ」
奏太「あっ、そうですね」
 しかし本当にゲームに集中できるだろうか。
汐理「食べ物を買っていきましょう」
 スーパーマーケットに入ることになった。聞き慣れない店名。チェーン展開していなさそうだ。小規模ではあるが地域密着型で使い勝手が良さそう。
 須波さんはフランスパン5、6本を買い物かごに入れた。やっぱりよく食べるな。
汐理「好きなものを買いましょう」
奏太「そうですね…… 生ハムなんかどうですかね」
汐理「いいですね」
 と言って、ほんの少し表情を緩めた。が、すぐにいつもの真顔に戻る。俺はもっと須波さんを笑顔にしたいと思うのだが、どうすればいいのだろう。
 ……一度たりとも女性とお付き合いしたことがないわけだが、こんな風にショッピングを楽しんだりするのだろうか。そんなことを妄想したりもした。
汐理「生ハムは乗せていいですが、塗るものやスプレッドは買わなくて大丈夫です」
奏太「あ、何かおうちにあるんですね?」
汐理「……」
 須波さんは何も答えないが、これは肯定の意味なのだろうと見た。


汐理「ここです」
 白いマンションに到着した。南池猫銀座を通り抜け、5分ほど歩いただろうか。閑静な住宅街の中にそのマンションはあった。エレベーターで3階に上がる。
汐理「どうぞ」
 ドアを開け、先に入るように促される。ワンルームだ。大変綺麗に整理されている。……ん? モノがなさすぎるな。まるで引っ越しをしたばかりで荷物をダンボールから取り出していない状態だ。だがもちろんダンボールなんてどこにも無い。
汐理「殺風景ですよね」
奏太「いやいや、シンプルで素敵です。ミニマリストっていうんですかね」
汐理「その言葉、あんまり好きじゃないです。あたしはこうしたいからこうしているので、そういうもので括らないで欲しいです」
 あっ、また、変なスイッチ押しちゃったかな。
奏太「あ、ごめんなさい」
汐理「謝ることではないです。まつくらさんはあたしが何を、なぜ、どのように思っているかを知らないのですから。こういう状態に部屋を保つ人のことをそう呼ぶのもよく知っています」
 いつもの須波さんの直截的な口ぶりだ。別に怒っているわけではないということは分かる。論理が通っていないこともないが、表現の仕方が独特だ。
汐理「さっそくやりましょう」
 黒いディスプレイ、黒いゲーム機、黒いアーケードコントローラー。白い壁。他には何もないに等しい。徹底している。
 スイッチを入れる。起動音が響く。
――ヴァオーーーーーーン――


汐理「立ち中P、発生5フレです。あと硬直14なので立ち回り注意してください」
奏太「あっ、はい」
汐理「では、もう一度」
――
 まず気づいたのは、圧倒的な知識量・データ量だ。俺はそもそも覚えるべきことを覚えていないことに気づかされる。もちろん“あの技はスキがデカい”、“判定の持続時間が長い”というのは経験的に把握しているつもりだが…… 数値の暗記は、まるで勉強のようで気が進まない。だがこれで勝てるのなら、やるしかないのだろう。
汐理「グイレについては一通り伝えました。次は、スナフロンですね」
奏太「ん? 次は? 僕メイン、グイレだけなんですけど」
汐理「……ふぅ……」
 ため息をもらす須波さん。
汐理「まっくらさん、強くなりたいんですよね?」
奏太「はい、もちろんです!」
汐理「全キャラを知ることが、勝利には不可欠です。自分のメインキャラだけを極めればそれでいい、それは大きな誤解だとあたしは思います。対戦格闘ゲームって必然的に対戦相手という他者が存在しますよね。その相手が何をしてくるか、何をしたがるか、というのを知っておく必要があります」
奏太「なるほど」
 そうか、本当に強い人っていうのはここまでやっているんだな。俺の知らない領域だ。須波さんのレクチャーは、単なるキャラへの対策というよりも、“メインで自分がそのキャラを使うならどうするか、どう試合を有利に運べるか”、という観点が強い。うわべだけのキャラ対策ではないんだ。

奏太「あー。だからいつもここでスナフロンの黄昏色の喜劇に投げられるのか」
 時間を忘れていた。須波さんの手ほどきは的確で、イマジナリーアックスを、いや格闘ゲームそのものを何倍も面白いものにしてくれた。気づかされることが山ほどあった。全く飽きることなくプレイし続けていた。文字通り時間を忘れ、時刻は23時を回っていた。
汐理「はい次、11キャラ目、斧鍛冶のゲガンゲンに行きたいところですが、お腹が空きました」
 そう言って、冷蔵庫からある瓶を取り出し、俺に渡す。

(つづく)



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