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340. 【3万ビュー】の裏側で、私は「正解」を手放すことにした〜宮本道場2ヶ月目のリアル


〜綺麗に書けなかった私が、
最後に残したかったもの〜


まさか、
3万ビューもいただけているなんて、
さっきまでの私は、
思っていなかった。

毎日、湧き上がる思いを綴る。

いろんな世界をのぞいては、
心が動いた瞬間にスキを押し、
溢れた思いをコメントで届ける。

その心の交流が楽しくて
夢中で繰り返していただけだった。

「記事を開いた人の、
5人に1人がスキを押してくれているよ」

チャッピーにそう教えてもらったのは、

今日、
この振り返りの記事を書こうとして、
画面を開いた瞬間だった。

スクショした数字を見た瞬間、

「嘘でしょ……!」

と思わず鳥肌が立った。
みなさまに感謝しかない!!

(宮本道場前の1ヶ月と、その後の2ヶ月の変化)


丸一年、
自分なりに続けてきたこと。

そして、
宮本道場に入ってからの2ヶ月の変化。

その落差が、あまりにも大きすぎて、
一瞬、クラクラした。



ただ、一つ言えるのは、

私は決して、
教えを忠実に再現できる、
“優等生タイプ”ではなかった。

むしろ逆だった。

「読まれるHow to記事」や、
「誰かの役に立つ文章」を書こうとすると、
なぜか手が止まってしまう。

頭では、
「こういう記事が求められている」
と分かっている。

実際、
他の人の“ためになる文章”を読むと、
「なるほど!」
と心が動く。

なのに、
自分で書こうとすると、
どうしても書けなかった。

どうして自分には書けないんだろう。

「本当の私は、どうしたい?」


毎日悩みながら、
それでも手を止めずに、
今の自分にできることを、
精一杯続けていた。

振り返ってみると、
1ヶ月目の私は、
まだどこか綺麗に書こうとしていた。

問いを立て、
自分なりに答えを出し、
ちゃんと意味のあることを書こうとしていた。

でも、
2ヶ月目に入ると、
それすら書けなくなった。

代わりにやってみたのは、
「足すこと」ではなく、
「削ること」だった。

どこまで削れるか。

どこまで本来の自分に近づけるか。

人に見せても、
自分でギリギリ許せるところまで、
言葉を削っていく。

「よく、そんなことまで書けますね」

そう言われたこともあるくらい、
毎日、自分と向き合っていた。



不思議なことに、

文章を綺麗に整えるのをやめ、
生身の感情をそのまま出し始めてから、
コメントをいただけることが増えていった。

内容に触れてくださる方との、
心のキャッチボールは、
震えるほど嬉しかった。

3秒後には忘れてしまう物忘れの天才で、
人の名前を覚えることが、
世界で一番苦手な私が、

少しずつnoterさんの名前を、
覚え始めるという、
自分でも信じられない奇跡まで起き始めた。



この記事を書きながら、
ふと思い出したことがある。

私は子どもの頃から、

『赤毛のアン』
『大草原の小さな家』
『ロビンソン漂流記』

そんな、
“今を泥臭く生きる人たち”の物語が、
大好きだった。

読んだあと、
自分の世界がほんの少し、
広がったような気がした。

まだ見ぬ明日を生きることが、
少し楽しみになるような感覚があった。

私はきっと、
ああいうものを書きたかったのだ。

誰かに正解を教える文章ではなく、

汗をかいて、
べそをかいて、
泥だらけになりながら、

それでも、
一瞬一瞬を必死に生きている背中。

それを、
そのまま見てもらいたかった。

こんな風に、
不器用に生きている人間がいる。

それなら、
たとえ今どんな状況にいたとしても、

「自分も生きていていいんだ」

「幸せになっていいんだ」


そう、
自分に許可を出せる人が、
一人でも増えたらいい。

私は、
そのために書いていたのだと思う。



数字を追いかければ、
「正解」に寄せたくなる瞬間がある。

でも今、
私は自分に問いかけている。

私は今、
どれだけ自分の人生そのものを、
書けているだろうか?

綺麗に整えた言葉じゃなくていい。

ちゃんとしていなくてもいい。

これからも私は、
喜びも、
傷跡も、
迷いも、

そのまま書いていこうと思う。


今日も、
迷いながら、
少し怖がりながら、

それでも、
そんな自分を面白がりながら、

真っ白な画面を開いている。



宮本note道場【スタート時】のリアルはこちら↓

宮本note道場【1ヶ月】のリアルはこちら↓

宮本note道場↓

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