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話を聞くだけ何もしません5

話を聞くだけ何もしません4|堂巡なお 


蒸し暑そうだな。実際に蒸し暑いし。そんな風に思いながら、少しばかり外を歩いてる人を見ながらそう思う。自分は冷房に当たってるのに。
視線をずらすと、周りは目に入らない。自分の鞄から出した書籍の表紙に目を落としながら、ずっと考える。景色も周囲も見たくない。
正しいかどうかを自分で考えるのじゃなくて、結果だと。

冷房が効いてる店内で少しずつ乾く汗と自分の感覚を取り戻しつつ、席に着く。指を曲げておしぼりで汗を拭きながら少し感じる。いつ来てもここの冷房最高。って思いながら。そんな感じで今日の楽しみを待つ。大きくため息をついて今日の相手を待ちながら新しく買った本を読んでいる。人差し指と親指がくっつくかっくつかないかのほんの少しの幸せ、それの何百倍もの贅沢だ。今日はどんな話を聞けるのだろうか?

・5人目 原山凜華(仮名)さん 40代女性

若干、うとうとししつつも入店のベルがカランカラン。といつもより高い音が聴こえて直ぐに現実に戻された。
けして嫌な音ではない。むしろ、風鈴とかに近いのか?涼しさを感じる。ベルを変えたっぽい。入店した女性は周りを見渡すが、私しかいない事に気付いた。立ち上がり、頭を下げてから私はこう伝える。
「こちらへどうぞ。お待ちしていました」
そこでやっと、席へと案内をさせていただいく。
女性は少し困りながらも会釈してくれた。初対面だけど良いスタートは切れたかもしれない。少し気まずい

上は水玉で黒白のジャーナルスタンダード レサージュ。
パンツはベージュのフレームワーク。
バッグは白のロエベ。
靴はアディダスの白。
カジュアルな女性はドキッとするが今回は、プライベートではない。そこが一番大事だ。
だからこそ、一度席に案内してから私は一旦トイレに向かい、顔を洗う。
ペーパータオルで顔を拭き終わると「お前。死ねよ」と鏡に向かって言ってやっと納まる感じがした。感じがしただけだ。本音を言えば鏡を割りたい。マスターの迷惑になるからしないんだ。意味は知らない。
けれどももう一つ我慢する。人でありたいから。

席に着いて貰い「こんにちは」と頭を下げて、自己紹介を本格的に始める。
原山さんは優しい感じで自己紹介を返してくれた。
「あぁ。良い人だな」が最初の印象でもある。胡散臭いこちらにこんな感じで返してくれるなんて。ほんの少しだけ涙ぐみつつ、大きな感謝をした。
有難い。

「今回は原山さんのお話を聞かせて貰う代わりに、こちらでの飲食代は私が持たせていただきます。メニューをどうぞ。他にもお話をしていただいた方にも同じ様な事をさせていただいてますので、ご心配なく」
いつもの台詞を言う時が一番緊張する。少しだけ迷った空気は感じ取れたがメニューを両手で差し出し、頑張っておもてなしの笑顔を原山さんに押し付けてみた。個人的に頑張ったつもりではある。
原山さんは困った顔をして「それじゃあ。いただきます」と言って笑った。
安心しつつ、このやり取りにいつ慣れるのかなぁ。と本気で思いながら「ありがとうございます」と伝える。
私はコーラを、原山さんは紫蘇(しそ)ジュースを注文して軽めの雑談に入る。
紫蘇ジュースっていつ出来たんだ?と思いながら。

先程の簡単な自己紹介より、少し深く話をした。現在の私の近況や趣味、好きな本。漫画。日常で触れやすいものを話すと相手はもう少しだけ、ほんのちょっと深い所を話してくれる。
好きな本や漫画。お仕事とか。自身のちょっと深い所を。例えば。その趣味を好きな理由とか。
そういう話をしつつ、お互いに仲良くなってきたところで飲み物が運ばれてきた。
初めて見た可愛らしいボウル型のカップに入っている薄い紫色のドリンク。氷も多すぎず少な過ぎず。電灯か?日光を受けつつ透けている綺麗な涼しい色だな。と思ったのだが、原山さんは私のコーラを見て口を少し開けて驚いている。
いや、わかる。
氷の上に折り紙で出来た鶴。としか言いようが無いレベルに細工されたレモンの果肉が綺麗にグラスの上に2体乗っている。
「すごいですね・・・。写真にとってもいいですか?」
「どうぞどうぞ。ここのマスターの悪ふざけですよ。アハハハ」
スマホを取り出してコーラを撮り終えた原山さんにいつも通りに聞いた。
「今日はどんなお話を?」
原山さんが一口飲む前に聞いてしまった。焦ったかも。

以下、原山さんのお話。
「私が中学2年の頃なんですけど、クラスに浮いてる子が居まして。山吉(仮名)さん。って言いまして。小学校の頃は明るくて、可愛らしくて活発的な子。でしたね・・・」
含みをある話の切り方をしてから、紫蘇ジュースを1口飲んで「あ。美味しい」と肩の力が抜けた感じがしてふわり。と笑った。少し空気が緩む。
「それでなんですが」
視線は先程より上に上げ、力を付けて私を見ている。
凄いな紫蘇ジュース。今度頼んでみようかな?

原山さんが言う山吉さんは中学に入ると同時に家庭環境が変わったらしい。
何でもお父さんが女性を外に作って、家から出て行ったようだ。
「こんな風にしか言えないのは後日、同級生が親がこんな事言ってたよ。って言う噂話でしか確認できなかったんです」
そう言って再度紫蘇ジュースを飲む。
なにかしら抑えたい部分があったのかもしれない。
それから山吉さんは段々と生活や見た目が変わって行く。
段々と汚れていく。
恥ずかしがり屋で髪はぼさぼさ。制服はしわくちゃ。汚れている。給食費の支払いは遅れる。少し臭う。
年頃の女子がそうなると周囲より目立つ。
じゃあ、山吉さんのお母さんは何をしていたのか?
「何もしてなかったらしいです。生理用品なんかも」
男性相手に下を向きながら言ってくれたのだが、こちらとしては言わせて申し訳ない。とも思う。
いじめは無かった。これだけははっきり言える。
「女子は・・・。それぞれの両親。特に母親に山吉さんの学校での様子を伝えてたんです。だって、自分がそうなら嫌じゃないですか?」
同意を求める視線は感じたが、私は続きを聞くために同意した表情を見せてから先へ話を促した。

原山さんのお母さんを含む母親たちは金銭面に手を出してしまうといけない。と思い食材や衣類などの物資面や洗濯機の動かし方や、掃除や簡単な料理の仕方、家事の仕方をお母さん方が日替わりで教えつつ、自宅にお邪魔する傍ら、必要な生活用品をおすそ分けしていた。だけど、母親たちが行くと山吉さんの母親は一度も出迎えた事は無かった。一番奥の部屋から出てこなかったのだ。声を掛けようとしたが申し訳なさそうに「お母さんは具合が悪くて・・・」と、部屋に一歩も入れなかった。
こう言った同級生やご近所さんの優しさもあって、山吉さんは段々と身なりも綺麗になっていき以前の様な明るさを取り戻してきた。お世話になった各家庭を一軒一軒回って「ありがとうございます」と頭を下げて感謝していたのだと言う。けど、気になる所はまだ残っている。
察してくれたのか、そうかはわからないが原山さんは答えてくれた。

「けれども、そうなって来ると今度は山吉さんのお母さん。が噂になりはじめました」

それはそうだろう。娘さんは地域のコミュニティで支えられて回復し、感謝を述べて回っているのに実の母親は部屋から出てこない。娘も母親と人を会わせたがらない。
「母親も逃げて山吉さん一人暮らしをしているのではないか?」
「母親は死んでいるんじゃないか?」
そんな噂が出て来た。そして直ぐに消えた。
「今度は山吉さんのお母さんが親子揃って、お世話になった家庭にお礼を伝えて回ったんです」
・夫が不倫相手と逃げてしまい、心身共に疲れ果てて身動き取れなかった事
・自身がその状態で娘に辛い思いをさせてしまった事
・地域の皆様のお陰で娘が立ち直れた事
・これからは母方の実家で祖父母と共に生活して行くのでこの地域を離れる事
上記の事を伝えて、各家庭に感謝を述べて回った。
「私のお母さんは、寂しくなるけど母親1人で育てる。って大変だから助けを借りられる場所、少しでも子供の為に働きやすい場所があるならそれが良い。って言ってましたね」

暫くして山吉さんはお母さんと共に引っ越して行った。
クラスの皆よりも地域のお母さん方が泣いていたのが印象的だった。気持ちは分からなくもない。
「良い見送りだったんですね」
酸っぱいコーラを一口飲んでさっぱりした口でそう言った。
「はい。けど、やっぱり寂しかったですよ」
原山さんは少しばかり難しそうな顔して話しながら、紫蘇ジュースをくい。っと飲み干した。

山吉さんと別れてから数週間後、クラスの担任が朝のHRでこんなことを言った。
「皆のクラスメイトであり、お友達の山吉さんがお亡くなりになりました。急な事故だったそうです」担任は男性だったがそれを言い終わると教壇下を向いて声に出さずに涙を流した。同級生たちは一瞬理解が遅れてから現実を理解した。けど、我慢はした。それでも、教室内の誰から始まったか分からない泣き声はクラス中に伝染していき、最終的に教室は泣き声に溢れた。
「あの時は・・・。ほんとに・・・」
当時を思い出して涙ぐむ原山さんを見て、私はもう1口コーラを啜る。酸っぱい。

原山さんはその日の授業はずっと上の空だった。下手したらクラスや学年全体だったのかもしれない。そう思うほどに暗い雰囲気は全体を覆った。
「その日は、体育とかの授業もあったはずなのに何というか・・・。覚えてませんね、私よりもクラス全体というか。同窓会とかでその当時の話が出たから今回の話になるんですね」
そう言って先程とは違う雰囲気をこちらへ感じさせつつ、紫蘇ジュースをぐいっと飲み干して私の視線を一瞬だけ捉えつつ外してから話してくれたが「はあ・・・」と驚きながら返事するしかなかった。

話を聞き終えて、少しばかりの雑談をしてから出て行く原山さんにお礼を言って立ち上がり、背中を見送ると先ほど聞いた話を思い出しながら座り直した。

話をまとめると、山吉さん母娘は亡くなったその日の夜に、お世話になった方々の夢に出てきた。
「お世話になったのにこう言う別れ方になってしまって申し訳ございません」そう言って頭を下げるお母様。
「皆に優しくして貰って、凄い楽しかった。本当にありがとう。バイバイ」
そう言って笑顔で手を振る娘さん。
周囲の霧が段々と濃くなって行き晴れると母娘はいなくなっており、原山さんは翌朝、母親に夢の話をすると「あんたも?」と驚かれた。教室に行くとクラス中が夢の話をしていた。
昨日は暗い雰囲気になっていた教室は明るい涙に溢れていた。
担任はその日、目を真っ赤にしながら登壇していた。
あとで知ったが担任の先生も山吉さんが地域に支えられていたことを知っていたが知らぬふりを通し、お母さん方を通して物資を支援していた。

「同窓会の日は山吉さん母娘の写真もテーブルに置いてるんですよ。周りからするとよろしくないんでしょうけど」困ったような笑顔でそう話していた。

「こう言った時代があった」と説明しても信用されないけど、原山さんの話にも驚いたし胸のどこかが温かくなったのは本音だ。

前半のささくれ立った気持ちを反省しつつ、コーラをストローで一気に飲み干すとレモンの鶴が氷の上にチョコンと乗った。

話を聞くだけ何もしません6|堂巡なお 






















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