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話を聞くだけ何もしません3

喫茶店で蒐集2|堂巡なお  (note.com)

今日も今日とて、のんびりと文庫本を読みながら自分以外にお客がいない喫茶店で相手の方を待つ。季節的に雨が続いていたが今日は晴れ間で気持ちが良い。今頃、コインランドリーや洗濯物を溜め込んだご家庭は大忙しかもしれない。来る途中、香る「雨の匂い」がほんのりしていた事も思い出す。
それと同時に今日はどんな話が聞けるのだろうか?と楽しくなってくる。
と同時に入店を店内に知らせるベルの渇いた音が鳴り響いて誰かが入店してきた。
そちらを向くとポロシャツにデニムパンツ、スエードシューズのスラリとした男性が入ってきて、私と目が合ったので「今日はこの人の話が聞けるのか。」そう思いながら手を挙げて立ち上がり会釈する。

・3人目 瀬戸洋一(仮名)さん 40代男性のお話。
向かいの席へ案内してお互いに座りながら頭を下げる。自己紹介をしつつ、今回も瀬戸さんが体験した、またはご存じの怪談。不思議な話を聞かせて貰う代わりにこちらでの飲食代を私が持つ。という独自のルールを説明する。瀬戸さんはブラックのコーヒー。私はコーラを注文して飲み物が来るまで雑談を開始する。瀬戸さんから「なんでこんな事をやられてるんですか?」と質問されたので「半分趣味で、半分義務です。」と答えると不思議そうな顔をされたけど、本当にそうだからこれ以上は説明の仕様が無いのである。
そんなこんなで若干気まずい時間が流れた所に注文が運ばれてきた。
ブラックコーヒーと添え物のレモンが綺麗に扇形に広げられている。他のお店ならスライス一枚分の薄さを扇形にしている。そんなコーラがテーブルに乗せられる。瀬戸さんは「凄いですね」とレモンを見て仰るので「ここのマスターの悪ふざけです。」と多分笑顔で返事できたと思う。
瀬戸さんはコーヒーの香りを嗅いで「おぉ。」と言って、1口飲んで「あぁ。」って吐息多めに言った。美味しい様で何より。コーヒー飲めない私は少し羨ましい。

以下、瀬戸さんの話である。
「地方でとある広告代理店の管理職してた時なんですが、部下からそこでとある相談を受けまして。それが不倫に関するものでした。」
ちょっと考えていた展開と違ったが野次馬根性も含めて気持ちが少し前のめりになる。
「部下の若い男性に飲みに誘われたんですよ。管理職になると飲みに行きたくても一人が多かったり、仕事同士の席が多かったので嬉しかったんですよね。しかも、そこには単身赴任で異動したもので美味しいお店とか知りたかったし。家族との時間を知ってからの一人の時間が多すぎたんです。ちょっと、いや。だいぶ寂しくなるんですよ。」
疲れた様に話す瀬戸さん。
「まぁ。そんな感じで喜んで行って美味しいお店を教えて貰ったんですよ。で、カウンターで飲んで食べて最初は仕事の悩み。お酒が進むにつれて愚痴になってきたりしたんですけど、私も若い頃はそういう愚痴吐いたりしてましたし、全部言ってくれた部下が可愛い奴だとも思い凄い楽しい時間を過ごせたんで、会計済まして帰ろうとしたら部下に『もう一軒どうですか?』って誘われて、看板とか出さないタイプのバーに行きましたね。で、そこで相談されたんです。『不倫をしているけど止めたい。誰にも相談できない』って。結婚指輪してる手でグラス持ちながら」

その部下の男性は結婚3年目で瀬戸さんが異動してくる前からこの支店で働く勤勉で真面目な人物。奥様も長年交際rをしており、両家を含む周囲から祝福されてご夫婦になっている。以前チラッと他の部下から凄い中の良い夫婦だと聞いていたことを思い出した。共働きをしてあり奥様は他社で働いていて、休日は同じになるので仕事の都合や急用が無い場合は自宅でのんびりしたり、デートしたり。別に不満があるわけじゃなかった。
とても問題なのはこの不倫相手は奥様の職場の後輩なのだ。不倫は全体的に良くないけど、それを聞いてうすら寒くなったのでなぜか冷えたコーラを啜る。
部下さんの家のホームパーティーで奥様からとても可愛がっている後輩だと紹介されたのが初対面。相手の旦那様と来ておりあちらも仲睦まじく見えた。たまたま休日に奥さまの仕事で休日出勤しなければならなくなり、一人で買い物に出かけた所、その後輩の女性ももたまたま同じお店に居たらしく声を掛けられてお茶した所で連絡先を交換。内緒でやり取り。変な興奮を覚えてしまい出会う約束してそのままズルズル不倫。と言う流れ。
相手にも旦那様がおり、W(ダブル)不倫と言うらしい。
「男してはなんとなく気持ちがわからなくも無いけど、娘がいるのでねぇ。凄いモヤモヤしましたよ。しかも不倫を止めたくなった理由が部下の奥様が妊娠したからですよ。」
眉間にしわを寄せる瀬戸さんにつられて、私も眉間にしわを寄せて「はぁ・・」と返事する。家庭を持たない私は見た事もない部下の自分勝手さに呆れた部分があった。
アドバイスを求められた瀬戸さんは部下よりも奥様に自分を重ねてしまった。単純に自分のパートナーが不倫してたら嫌だから。自分が家族のために単身赴任して頑張っている中で。と言うシンプルな理由。なので「もう止めようって相手の女性に言う様に」と簡単なアドバイスをして、その話を終わらせると深い時間までお酒を楽しんだ。

何日か過ぎて部下の事は気にはなる。話題が話題なだけに。仕事で特別扱いせずに今までの様に接していた。どちらかと言えば酒を飲んだ者同士、少し軽口を叩くようには成ったぐらいで特に変化はなかった。
「仕事はちゃんとこなすので、職場での部下の状況は分かっても家庭での夫としての立場はわからないじゃないですか?良い夫をしているようだし、1回は注意して済んだ話なので不倫の件は大丈夫か?とかこちらからはもう何も言えないですよね。改めて聞く事でも無いですし。」
飲みの席の話だから。と言ってもう終わった事と思って仕事にも精を出した。支店全体の士気も上がって一丸となっていた。このままいけば前年度の成績。いや今までの中で最高の成績を上げられる。そう確信していた。
そんな良い雰囲気の職場。本部に職場の状況、過去最高の成績を報告できそうだと連絡してから2週間後に事件は起きた。
部下が殺された。不倫相手に。そして相手の女性も死亡した。無理心中だった。
部下の車の中で、めった刺しにされた部下。助手席には首に包丁を突き刺して死んでいる女性。車内に残されていた女性の遺書には不倫関係の内容。関係を拒まれてから、急に湧いて出た独占欲。夫に対しては申し訳ないがこの人の方が好き。他の女の所に行かれるくらいなら。添い遂げられないなら。
血塗れの車内でこの遺書は絶対に汚されない様にビニールに入っていたらしい。二人の不倫を証拠づける幸せそうな写真と思い出が綴られた日記帳と共に。
最悪の結末でお互いの家庭が壊されて、どこからか。誰の口からかは分からないが世に広まり、残った者だけが行き場の無い悔しさと一生消えない傷を心に背負ってしまった。その後は弁護士が入って騒動を収集した。
奥様は流産してしまいお子さんが産まれる事は無かった。旦那様は自殺未遂を起こして入院。
「私は自分の一言が全部を壊す引き金になったんだと思いました」
瀬戸さんが来る前から歪なバランスになっている人間関係。誰が何をしていても、破滅していたとは思う。なんだったら崩壊させたのは部下が変化を求めたからだ。部外者に。自分達だけで崩れればいいのに。けれども口には出さない。
来た時より少し老けた様に見える瀬戸さんをじっと見ていた。

「職場はバタつきましたよ。広告代理店ですから多方面にお付き合いしている企業さんとかいましたし、冠婚葬祭の互助会とかも・・。とにかく説明や謝罪に追われたし、本部はもちろん他の支店からは興味本位で色々聞かれるし、白い目で見られるし。一番ショックだったのは部下の葬式にも参列しようとしましたけど断られ怒鳴られた事です。怒鳴られた後に『そちらが悪くないのは重々承知しておりますが、まだ私達の気持ちや感情が認める事も許す事も出来ない。そんな変化に追い付かないのです』
と、あちらのお母様から号泣されながら言われたのが忘れられません。」
コーヒーを再度飲んでから溜息をついた。
数か月が過ぎた頃、事件発覚後に起きた混乱も少し落ち着いた。部下の元奥様。相手の旦那様の現状の話はあれから入ってこない。相手の女性側も。この話自体は職場でタブーとなっていた。或いは瀬戸さんの耳に入って来なかっただけかもしれない。見えないぎこちなさがある職場で働いているストレス。当時、瀬戸さんは仕事を早めに終わらせて自宅に帰り、家族に電話をする事だけを生きがいにしていた。
週末に家族への電話を終わらせて眠ろうとした時だった。ウトウトして眠りに入ろうとした瞬間。誰かが部屋にいる気配を感じた。薄目を開けてそちらを見るが誰も居ない。当たり前だ。だけど少し寒気を感じた。
もう一度眠ろうと瞼を閉じたりしたけど、どうした事か先ほどまであった眠気がない。
起きて冷蔵庫に飲み物を取りにキッチンへ。明かりを付けるとシンクの上にむき出しで血塗れの包丁が置かれていた。あの事件以来、包丁は捨てたのに。心臓が跳ね上がるほど驚いて身動きできずにいた。足が動かない。
これは幻覚だ。疲れているんだ。若しくは夢かもしれない。と自分に言い聞かせて荒くなった呼吸を落ち着かせようとしながら、目を閉じて開けた瞬間に腹部に激痛が起きた。痛すぎてその場に蹲る。痛さと熱さが交互にやってくる。息ができない。腹部にまた同じ激痛。太もも。両腕。胸。頭部。意識が無くなろうとするが、その度に痛みで意識がハッキリする。そんな意識の中で「刺されている」と確信していた。それが何度か繰り返された後にやっと気絶した。

「朝になってキッチンで目が覚めました。お恥ずかしながら粗相をしていたので着替えがてらシャワーを直ぐに浴びたんですが、痛みを感じた箇所を見ると全部ミミズ腫れになってましたよ。」
シャワーから出るとそのミミズ腫れは引いており、シンクにも包丁なんて無かった。無言で汚した場所を掃除した。

最後までイメージ回復に努めた瀬戸さんだったけど、結果としてそこの支店は1年後に潰れた。理由は簡単。仕事が無くなったからだ。思った以上に地元企業に頼っており、そこの1つが断りを入れると右に倣え。と言う感じで事件の事で同情はされたが仕事を回して貰えなくなって、社員たちは働いていると地元の人間から良い印象を受けないし好奇な目で見られたり勤め先を言うと「あぁ。あの・・・。」と言われたり、親から他で働くように勧められたり、中には親族の婚約者の両親がこの職場で働いているなら破断する。と言うものまであった。そんな理由も含めて続々と退職していく社員達。その理由を何故か「殺された部下の呪い」と周囲は言った。
瀬戸さんは家族や残された社員達からも去っていった社員達からも「全ての責任を被り翻弄された上司」として印象付けられたらしく、家族の居る地域に戻されて、立場的にも降格なども無かった。
「部下には申し訳ないが、私は本当に運が良い。恵まれましたよ。」
コーヒーを飲み干してから「ここのコーヒーは本当に美味しいですね。」と呟いた。
私は「ここのメニューは全部美味しいんですよ。」と笑顔で返した。

少しばかりの雑談をしたが瀬戸さんのご家族の話を聞く事は出来なかった。今回、伺った内容の件もあるがちょっとだけ瀬戸さんに対して思った事があったからだ。
結局あまり弾まない会話を少々しただけで、瀬戸さんが店内を出て行かれるのを見送ってから1人で考える。
「部下には申し訳ないが、私は本当に運が良い。恵まれましたよ。」
この言葉を思い出すと瀬戸さんは本当に運が良い。と私も思う。
性格の悪い考えではあるが、部下が死んだことで完全に自分のアドバイスが誰にもバレなくなったからだ。最悪の事態になったがその件に関しては1人だけ救われている。最善なのは不倫がバレない内に関係を解消してお互いの家庭で幸せになる。という事なのは当たり前けど、例えばこの不倫が表に出て奥様や旦那様に「知っていたんですか?」と詰められたら、今度は瀬戸さんが保身に走るか立場を危うくするか。の2択を突き付けられる事になるのだから。瀬戸さんもそう感じていたから最後にあの言葉が出たんだろう。
不倫は良くないなぁ。と思いながらコーラを一気に啜り切った。
ところで瀬戸さんはこの後どこに行くんだろう。薬指の指輪を付けてなかったけど。

喫茶店で蒐集4|堂巡なお  (note.com)




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