みんな、俺じゃない。 第一話
あらすじ
両親に愛されていない少年、鈴木梓真。
ある日母親から、不出来なお前は私の子どもじゃないと言われ、DNA鑑定をすることになる。
その結果、血の繋がりがなく、取り違えられていたことが判明する。
取り違え相手は、ニュースでよく取り上げられている。
天才フィギュアスケーター、氷室冬真だった。
どちらがどちらの子を引き取るか話合いに決着がつかず、二人が夏休みの間、前半を鈴木家。後半を氷室家で過ごし、子どもたちが暮らしたいと思う家で引き取られるということで話が落ち着く。
鈴木家に帰った梓真と冬真。
冬真のわがままな言動に冬真のことを嫌いになる。
しかし冬真には冬真の苦労があることに気づき、少しずつ仲良くなっていく二人のお話。
本編
親に愛されたかった。愛されなかった。
容姿も、学力も、運動能力も中の下。
そんな俺を全てにおいて優秀な両親は愛してくれなかった。家族に興味のない父と俺の出来が悪いと叱る母。
なにか一つでも抜き出たものがあったら、二人は俺を愛してくれたのだろうか。
7月13日 日曜日
時報代わりにつけていたニュースで、中学二年生の天才フィギュア少年。氷室冬真(ひむろとうま)という特集が組まれていた。
同い年だったのでなんとなく目を向ける。
容姿は今注目のアイドルやら、俳優の何倍も整っていた。心なしかうちの父さんに似ている。まぁ、イケメンなんて大体同じ顔だけど。
四回転サルコウというジャンプを成功させていた。フィギュアには詳しくないからよく分からないが、スタジオのコメンテーターが『すごい!すごい!』と言っているから、多分すごいんだろう。
フィギュアスケーターとして特集を組まれているはずなのに『学校のお勉強はどうですか?』と質問されていた。
そんなこと誰が興味あるんだよ。と思いながらも、ついつい目を向けてしまう。
『学生の本分は勉強ですので、フィギュアで疎かにならないように気をつけています』
いかにも優等生って感じの答えだな。こういう奴が一番嫌いだ。
『失礼ですけど成績の方は?』
いよいよフィギュアと関係ない質問だな。
こんなのにも愛想よく答えないとだから、スポーツ選手は大変だろう。
『一応オール10でした』
『ええ!?すごいじゃないですか!!』
『わかりやすく教えてくださる先生方と、勉強に集中できる環境を整えてくれる両親のおかげです』
天は二物を与えずと言うが、そんなの大嘘だ。
実際はほとんどの人間が0物で、天才は五物でも六物でも持ってる。
こいつも持ってる側の人間なんだろう。
同級生にこういうのがいると、どうしようもない劣等感に襲われる。
同じ年数生きてきて、どうしてここまで差がつくんだ。
俺がこいつだったら、母さんと父さんも愛してくれたんだろうな。
「あなたと同い年なのに、なんでこうも違うのかしらね。冬真君がうちの子だったらよかったのに。ほんとあなたなんて産むんじゃなかった。あなたが息子だと思うと恥ずかしいわ」
母さんの言葉に傷つくけれど、事実だからなにも言えない。
俺かあいつ。どちらを子どもにするか選べと言われたら、皆迷わずあいつを選ぶだろう。
俺でもそうする。
時計を見ると、家を出ないといけない時間を5分過ぎていた。
やばい!!
通学カバンを手に取り、ドアノブに手をかけた。
「行ってきます」
聞こえているのか。いないのか。なんの返事も返ってこない。
こんなのいつものことだ。いっそ言うのをやめたらいいのに。どうしてやめられないんだろう。
俺は今日、日曜日なのに学校に行く。希望者のみの補習に行くからだ。
希望したのは俺だけらしく、俺が行くと言ったとき先生は嫌そうな顔をしていた。できることならやりたくないんだろう。
それなら初めからやらなければいいのに。これだから自称進学校は嫌いなんだ。俺だって本気で受けたい訳じゃない。
両親に少しでも、勉強してるアピールがしたいだけだ。
公立に行きたかった。
小学校の友達と同じ学校に行きたかった。
自分の偏差値よりだいぶ高いところを受けたせいで、学年順位も下から数えた方が早い。
もしも公立に行っていたら、自分で言うのもなんだけど結構賢い方だったと思う。
もしもの話に意味なんてないのに。こんなことばかり考えているから、俺はいつまで経ってもダメなのかもしれない。
でも考えずにはいられない。
そうするとほんの少しだけ、心が軽くなる気がするから。
補習を終え、家に着いた。
「ただいま」
どうせ返事はない。そう思っていたのに。
「……おかえりなさい」
母さんが玄関で出迎えてくれた。
こんなこと何年ぶりだろう。
リビングに行くといつもと様子が違う父さんがいた。
なにかあったんだろうか。
「私ね。思うのよ」
なんだか嫌な予感がする。
「私の子どもがこんなに出来が悪い訳ないって。あなたきっと、私の子どもじゃないのよ」
ああ。母さんがいよいよおかしくなってしまった。
「そんな訳ないでしょ!母さん。しっかりして!」
「さっきからずっと、この調子なんだ」
溜息混じりに父さんが言った。
「いいえ。いいえ。そうなのよ。そうに違いないのよ。それにあなた。顔だって家族の誰にも似ていないじゃない。きっと病院で取り違えられたんだわ。そうに違いないわ。早く本当の子を迎えに行ってあげないと。きっと寂しがってるわ」
ああ。俺の声はいつも届かない。
DNA鑑定をするまで、母さんは言い続けるだろう。
「……わかったよ。するよ。DNA鑑定」
どうせ取り違えなんて、あるはずないんだし。
「……はぁ。ばかばかしい」
家族に興味のない父が、さすがに今回は呆れている。
まぁ母さんも、一度調べたら落ち着くだろう。そう思っていた。結果が来るまでは。
「やったー!!やったー!!やったわ!!」
ポストを見に行った母が、玄関でこれでもかというほど喜んでいる。
まさかそんな漫画みたいなことあるはずない。
「やっぱり私たちの子じゃなかったわ!!よかった。よかった。本当によかった!!」
母の言葉を聞いた瞬間、透明な防音室が俺の周りに現れた。
父と母がなにか話しているようだが、なにも聞こえてこない。
でも俺には結果以上に驚いたことがあった。
俺は13年間、親だと思っていた人たちと血が繋がってなくて喜んでる。
ついさっきまでは血が繋がってないなんて、あるはずないと本気で思っていたのに。
ずっと両親に愛されないのが不思議で仕方なかった。
みんなそれを当たり前に貰っているから。
親は無条件で子供を愛するらしいから。
そうだ。そうだったんだ!!血が繋がってないから愛されなかったんだ!!
ならきっと本当の父さんと母さんなら、俺を愛してくれるに違いない!!
「本当の子どもが誰なのか、急いで調べてもらわないと!!あー、楽しみだわ!!」
俺も楽しみだ。本当の両親はどんな人だろう。
やっと幸せになれるんだ。
夏休み初日、俺は本当の家族に会えることになった。
去年、法改正が行われるまで、個人情報保護を理由に会うどころか、どこの誰が本当の親なのか知ることも出来なかったらしい。
法改正により、産みの親に育てられるか。育ての親に育てられるか。子どもが決めれるようになった。
俺は迷わず、産みの親を選ぼう。
やっと、家族に愛してもらえる。
氷室冬真はテレビで観たとき、俺の育ての父と似ていると思ったが、見比べてみるとさらに似ている。
……まあ、実の親子なんだから、当然なんだろうけど。
見過ぎだせいか振り向かれ、目が合ってしまう。あいつとはなんとなく、気まずいのに。
逸らすのも良くないだろうし。どうするか悩んでいると、笑いかけてきた。
その笑顔はロボットみたいに無機質で、なんだか気味が悪い。
とりあえず、会釈でもしとこう。
「ねぇ、君名前は?」
突然の質問に固まってしまった。
氷室冬真が、不思議そうにしている。
「ああ。先に名乗るべきだよね。僕の名前は氷室冬真。苗字はもうすぐ変わるかもだけど。君の名前は?」
「……鈴木梓真(すずきあずま)」
「梓真か。いい名前だね。僕のことは冬真って呼んで」
こいつとはなるべく、話したくないのに。
実の父は俺に似て、冴えない顔をしていた。
いや。俺が似ているのか。でも優しそうな人だった。
ずっと両親に似ていない自分の顔が嫌いだったけど、この人に似てるならよかったかもしれないと思う。
実の母は、すごく綺麗な人だった。
女優と言われたら、多分信じてしまうと思う。
やっとだ!!やっと幸せになれる!!
そう本気で思っていた。実の母が口を開くまでは。
「血縁上の息子は、差し上げますので、冬真は私たちに育てさせてください」
なにを言われたのか、理解できなかった。
「なにを言ってるの!?私の子どもよ!!返して!!」
「13年間も会っていなかったなら、他人同然でしょう」
みんな、俺じゃない。
俺じゃなくて、あいつが欲しいんだ。
そうだよな。そうだよな。そら、そうだよな。
なんでこんな簡単なことも、わからなかったんだ。
13年間あいつを育ててきた人たちの、本当の息子が俺なんかで喜ぶ訳ないじゃないか。
むしろ邪魔だろう。
その後も母親同士で言い争っていた。
あいつの奪い合いと、俺の押し付け合い。
実の父は、そんな二人の間を取り持とうとして火に油を注ぎ、育ての父は相変わらずなにを考えているのかわからない顔で、コーヒーを飲んでいる。
もうこの際、全部どうでもいい。
さっさと終わってくれ。どうせ俺は、幸せになんてなれないんだ。
誰にも愛してなんてもらえないんだ。
そう自覚すると言い争う母たちが、とても醜く見えてきた。
なんでこんな人たちに、愛されたいなんて願ったんだろう。
「あのー、なにか勘違いしてませんか?」
ずっと黙っていた、氷室冬真が口を開いた。
「ど、どうしたの?冬真くん」
「冬真は黙っていなさい!!今は大人同士で大事な話し合いを」
対照的な母親の反応に、なんだか笑けてくる。
「法律上、どちらの家庭が育てるかは、子どもが決められますよね。大人たちがどれだけ喚こうと、最終的に決めるのは僕たちなんですけど」
テレビで観たキラキラした姿とは、全然違う。
その声には少しも温度を感じなくて。
悪魔がいたらこんな感じかもと、中二病じみたことを思った。
「13年間、育ててあげた恩を忘れたの!?あなたをここまで育てるのに、どれだけの時間とお金をかけたと思ってるのよ!!」
「私だって、死ぬほど辛いつわりと、陣痛に耐えてあなたを産んだのよ!?うちに戻ってくれるわよね!?」
「……もちろん、どちらのお母さんにも感謝しています。僕にはとても選べないので、梓真が選んだ家で僕もお世話になろうと思います」
なにを考えているかわからないところまで、父さんそっくりなんだな。
「いい加減にしなさい!!冬真!!」
俺の産みの母が、ものすごい形相で怒鳴った。
「怖いお母さんより、優しいお母さんと暮らしたいなー」
わざと煽るような口調で、あいつが言った。
「私とっても優しくするわよ!!だから私を選んで!!」
俺の育ての母が言った。
その表情があまりに必死で、再び笑けてきた。
「あ、あの!冬真たちが夏休みの間、半分を鈴木さんの家で、もう半分を俺たちの家で暮らしてもらってから、決めてもらうのはどうでしょうか?」
俺の実の父が言った。
「あなたもたまには良いこと言うじゃない。私はそれで良いわよ。あんなヒステリックな方に負ける気がしないしね」
「私だってあんたみたいな性悪女に、負ける気しないわよ!!」
二人とも同じくらい、ヒステリックで性悪だろう。
前半を鈴木家で、後半を氷室家で過ごすことになった。
どっちと暮らそうが、もうどうでもいい。
ただ
「なんだか、面白いことになったね。梓真くん」こいつとは違う家で暮らしたい。
いつもの家に帰ると、母さんは張り切って買い物に出かけて行った。父さんは自室にこもった。
俺も部屋に行こう。
なるべくこいつと、一緒にいたくない。
「ねぇねぇ、遊ぼうよ」
こいつは俺に嫌われてる自覚がないのか?それともわかっててやってるのか?……こいつの場合、後者な気がする。
「……嫌だ」
「えー、なんで。せっかく兄弟になったんだからさ」
「俺たちは血が繋がってないだろ」
「13年間、血が繋がってないことにも気づかず子育てできるんだから、血の繋がりなんて別に意味ないじゃん」
こいつ時々、毒吐くな。優等生ぶってるよりは、いいけど。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん」
「誰が、お兄ちゃんだ。ていうか、お前誕生日いつだよ」
「8月8日だけど」
「俺は8月11日生まれだから、どちらかというとお前が兄なんじゃないの?」
それはそれで癪だけど。
「えー、別にいいじゃん。後に生まれた方がお兄ちゃんでも。僕お兄ちゃんなんて、柄じゃないし」
「俺だってそんな柄じゃねぇよ」
「まぁ、良いじゃん。梓真がお兄ちゃんで。それで、なにして遊ぶ?」
「お前、マイペースすぎるだろ。そんなんで友達いるのかよ」
「いないよ」
まじか。やばい。本当にいないとは思ってなかったから、思いっきり地雷踏んだんじゃ。
「あはは。面白い顔するね。いいよ。気にしてないし。クラスが変われば、終わる関係作ったって意味ないでしょ」
終わらないことだってあるだろう。
そう言おうとして、やめた。
こいつに言っても、多分逆効果な気がする。
「あ、そう」
なんて冷たい言葉しか、出てこなかったけど、こいつはいつも通り笑っていた。
「で、梓真なにして遊……」
「ただいまー。冬真くん」
母さんが帰ってきた。
「チッ。邪魔者が……」
舌打ちしながら、こんなことを言われてると知ったら、母さん卒倒するだろうな。
「今、美味しいお料理たくさん作るからね」
普段はスーパーの惣菜なのに。
「わー、すっごく楽しみです。ありがとうございます」
ニュースで見た時と同じような、嘘臭い笑顔であいつが言った。
これよりはさっきまでの死ぬ程ウザい、あいつの方がまだマシかもしれない。
母さんは年甲斐なくスキップしながら、台所に向かった。
料理なんて5年近くしていないのに、大丈夫だろうか。
火事にならなければいいけど。
「僕、梓真の部屋に行きたい」
こいつはいつも、突拍子のないことを言う。
「絶対に嫌だ」
「えー、お願い。お願い」
「ぜっっったいに嫌だ!!」
「梓真の育てのお母さんに、梓真がいじめてくるーって泣きつこうか?」
「絶対やめろ」
そんなことを言われたら、家を追い出される。
下手すると、それじゃすまないかも。
「……勝手に物に触るなよ」
「うん。約束するよ」
こいつとの約束が、当てになる気がしないけど。
部屋に着くと、すぐさま俺のベッドの下を覗きこんだ。
「……なにしてんだよ」
「男子のベッドの下には、必ずエロ本があるって、コーチが言ってた」
「どんなコーチだよ。ねーし」
そんな物持ってたら、母さんに殺される。
「つまんないなー」
「面白い物なんてないから、さっさと出て行け」「ねぇねぇ。机の中見ていい?」
「人の話聞けよ。勝手に物触らないって約束しただろ」
「だから許可を取ってるんじゃん。お願い」
「だめだ」
「……泣きついてくる」
そう言って扉に向かって、歩きだした。
「やめろ!!そんなに見たけりゃ勝手に見ろよ!!」
「わー、ありがとう。持つべき物は優しいお兄ちゃんだね。なにがでるかなー。なにがでるかなー」
人のこと散々脅した後に、どうしてそんなに楽しそうにできるんだ。
「わー。ノートだ。梓真って喋り方がいかにも厨二病って感じだし」
「おい!」
「さぞかし、面白いことが書かれてるんだろうなー」
「そんなもん書いてねーよ」
「またまた謙遜しちゃってー」
子どものように、無邪気な顔でノートを捲り出した。
ページが進むにつれ、顔が曇っていく。
「…………ねぇ、梓真」
「なんだよ」
「なんで魔法陣、描いてないの?」
「描く訳ねーだろ」
「なんで。梓真、絶対自分のこと、悪魔の生まれ変わりって思ってるタイプじゃん」
「思ってねーよ」
「中学2年生なら魔法陣の一つや二つ、描かないと」「そう言うお前だって、中二だろ。魔法陣描いてんのかよ」
「描く訳ないじゃん。バカじゃないの?」
……もういい。こいつとは話すだけ無駄だ。
無視してやる。
俺はベッドに潜り込んだ。
「あれ、梓真。もうおねむなの?園児でもまだ起きてる時間だよ」
いちいち癇に障る言い方をしてくる。
でも言い返したら、さらに嫌な思いをするのは目に見えてる。
絶対無視してやる。
「ねぇねぇ、梓真。アズちゃんって呼んでいい?」
……無視してやる。
「アズちゃん。アズちゃん。僕8月8日が誕生日なんだ。プレゼントは愛情たっぷりの手作りケーキでいいよ」
…………無視してや「アズちゃんの育てのお母さんに泣きついてくる」
「勝手にしろよ」
「梓真?」
「もういいよ。もうどうでもいいよ。あんな人たちにどう思われようとどうだっていい」
追い出されたら、そのまま家出してやる。
「梓真。ごめん」
こいつから初めて聞く、真剣な声だった。
「梓真と話したくて、意地悪しすぎた。ごめん」「なんで俺なんかと話したいんだよ」
「たった二人の兄弟だから」
「……俺そういう綺麗事、嫌いなんだよ」
「僕も嫌い」
「じゃあ、言うなよ」
「嫌いだから、言うんだよ」
なんだそれ。意味がわからない。
スケート選手より、哲学者の方が向いてるんじゃないか。
「冬真くんー!ご飯できたわよー」
無駄に高い母さんの声に、ゲッという顔をして
「わー、楽しみです」
と本当に楽しみそうに言えるんだから、ある意味尊敬する。
役者か詐欺師の才能もありそうだ。
「ねぇねぇ、梓真。僕、あの人のご飯食べたくないんだけど」
「……本人に言えよ」
「嫌だよ。刺してきそうじゃん」
頭に血がのぼった、母さんならやりかねないな。「なんで、食べたくないんだよ」
俺も正直、味は不安だけど。
「僕があの人のこと好きになる、洗脳薬とか入れてそうじゃん」
漫画じゃないんだから、そんな物存在しないだろう。
でも、実際にあったら入れてそうだな。
「ねぇねぇ、梓真。毒見してよ」
「嫌だよ。あんな人のこと、もう好きになりたくない」
「梓真……。漫画じゃないんだから、そんな物本当にある訳ないでしょ」
こいつ!!
「……そろそろ行くぞ。母さんが痺れを切らして、迎えにきかねない」
「もう。しょうがないなー」
リビングに行くと、母さんが満面の笑みで待っていた。
その笑顔を向けられているのは、もちろん俺じゃない。
「冬真くんのために美味しいお料理、たくさん作ったわよ」
そう言って、出された料理は半分以上焦げていた。「わー、ありがとうございます」
さすがのこいつも苦笑いだ。
そら、こんな顔にもなる。
俺だって、正直今すぐコンビニ行きたい。
「さあ、食べて。食べて」
意を決して口に入れると、想像の5倍美味しくなかった。
俺だけでも、コンビニ行ってこようかな。
どうせ、俺のために作られた訳じゃないんだし。
でも、約5年ぶりの母さんの手料理だと思うと、食べずにはいられなかった。
母さんなんて、嫌いだ。
こんなひどい人と一緒に住みたくない。
そう思う気持ちも嘘じゃないのに。
それと真逆の気持ちも捨てきれない。
「明日からも、毎日作るわね」
でも、毎日はきつい……。
「俺が作る。こんなに焦げた物ばかり、食べていたら、身体を壊しかねない」
父さんが言った。
父さんの声を聞いたのは、すごく久しぶりな気がする。
ていうか、父さん料理できるのだろうか。
家事全般してるのを、見たことないけど。
「なに言ってるの!?男が家事するなんて、女々しいこと言わないでって、何度も言ったわよね!!」「君と結婚した当初は、そうだったかもしれないが、今はそんなことないだろう。君の考えは前時代的すぎる」
「もう我慢の限界です!!離婚してください!!これまではなんとか我慢してきたけど、貴方みたいな愛想のない人、冬真くんの父親に相応しくないのよ!!」
「わかった。家が見つかり次第、出て行く」
なんかあっという間に、離婚することになってる。
まぁ、これまで離婚していなかったのが不思議なくらい会話もなかったから、当然といえば当然だけど、それにしても急すぎないか?
「梓真」
父さんに名前を呼ばれるなんて、何年ぶりだろう。「な、なに?」
「俺は4LDKの家に住む」
「そ、そっか。広いね」
「ああ、一人だと広すぎる」
「そうだね」
「そうだ」
父さんはなにが言いたいんだろう。
遠回しに離婚後、愛人と暮らすと言いたいのだろうか。
でも、仕事以外で滅多に出かけない父さんに、愛人がいるとは思えないけど。
父さんの考えていることが、全くわからない。
その後、特に会話もなく食事は終わった。
自分の部屋に戻ると、当たり前のようにあいつがついてきていた。
「なんでついてくるんだよ」
「兄弟なんだからいいでしょ」
兄弟じゃないだろう。と言ってやりたいが、押し問答になるのが、目に見えているからやめとこう。
「梓真のお母さんの料理、クソ不味かったね。吐かないようにするの大変だったよ」
「そこまで言わなくても……」
正直気持ちは分かるけど。
「なんで庇うの?」
「別に庇ってる訳じゃ……」
「庇ってるよ。嫌いなんでしょ?なら、庇っちゃダメだよ」
「俺は……」
「ごめん。また虐めちゃった。楽しい話をしよう。そういえば、梓真のお父さんは、梓真のこと好きなんだね」
「え、なんで?」
「な、なんでって、わざわざ名指しで、4LDKで暮らす宣言されてたでしょ」
「それがなんで俺のこと、好きってことになるんだよ」
「……梓真ってハーレム漫画の主人公並みに、鈍感なんだね」
「は?なんだよ。いきなり」
「そういえば、顔もそんな感じだよね」
「……貶してるだろ」
「そんなことないよ。僕みたいな少女漫画のヒーロー顔より、ずっといいじゃない」
こいつ、全然反省してないな。
「もういい。風呂入るから、出て行ってくれ」
「お背中流すよ」
「いらない!!」
「あはは。わかったよ。じゃあ、また明日ね。おやすみ」
「……おやすみ」
やけにあっさり引き下がるな。
ごねるかと思った。
ごねて欲しい訳ではないけど。
風呂に入って、歯を磨いて、自分の部屋に戻った。アラームをセットしようとして、やめた。
夏休みくらい、好きな時間に起きてやる。
あいつが無理矢理起こしにきても、図太く寝続けてやる。
