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AI拡散という鏡 / 普及のデジタル・ディバイドと法的ガバナンス雑感


0 はじめに

 2026年1月8日、Microsoft AI Economy Instituteは、2025年後半における生成AI利用の普及を国・地域別に推計したAI Diffusion Report 2025を公表した(注1)。報告の眼目は、普及が伸びているという事実それ自体よりも、伸び方が均等ではなく、グローバル・ノースとグローバル・サウスの間で格差が拡大しているという点にある(注1)。

 生成AIの法的統制を論じる場面では、これまで議論の重心が危険な能力、有害出力、説明可能性といった論点に寄りがちであった。しかし普及が偏在するのであれば、規律の焦点もまた偏在せざるを得ない。安全規制だけが先行し、利用機会の拡大や能力形成が後景化すれば、制度は守るべきものを守る一方で、得られるはずだった便益を配分しないという、奇妙な状態に接近する。ここでは同報告を素材に、AIガバナンスを安全と普及の二軸から眺め直すこととする。

1 問題の所在

 同報告によれば、2025年後半において世界人口の16.3%が生成AIを利用しており、これは2025年前半から1.2ポイントの増加である。世界で約6人に1人が生成AIを使う計算となる(注1)。だが成長の速度は均等ではない。グローバル・ノースの労働年齢人口の利用率は24.7%に達した一方、グローバル・サウスは14.1%にとどまり、その差は10ポイント超に拡大した(注1)。

 普及上位国は高所得経済圏に集中しており、アラブ首長国連邦の64.0%とシンガポールの60.9%が突出している(注1)。ここで挑発的な事実は、米国がAIインフラとフロンティアモデル開発でリードしつつも、労働年齢人口の利用率では28.3%で24位にとどまる点である(注1)。作る国と使う国は、必ずしも一致しないのである。

 このねじれは法の議論にも直結する。規制は往々にして供給側、すなわち開発・提供者を中心に設計されるが、普及の偏りが需要側の条件によって説明される部分が大きい以上、AIガバナンスは供給側規律の厚みだけでは測れない。言語、決済、通信、教育、職場設計、文化といった諸条件が、普及の成否を左右するからである。

2 普及を測るという政治

 同報告が用いる指標は、報告期間中に生成AI製品を利用した人の割合であり、集計・匿名化されたMicrosoftのテレメトリを基礎に、OS・端末市場シェア、インターネット普及率、人口等を補正して推計されたものである(注1・注2)。ここで重要なのは、指標が普及そのものを中立に写し取るというより、普及をどう見たいかという設計思想を帯びている点である。

 第一に、指標は利用者を数えるものである。企業内利用と個人利用が混在する以上、どの利用を政策上重視するかは解釈に委ねられる。第二に、テレメトリ由来の推計は、計測可能な経路を通った利用に強く反応する性質を持つ。規制・制裁等で主要サービスの利用が制限される市場では、代替経路の利用が増えても観測されにくい可能性がある。第三に、ランキングが提示されると、政策が順位を上げるゲームに引き寄せられるリスクがある。教育・労働・行政サービスの改善よりも、短期的なアクセス増に偏る危険も孕んでいる。無料枠の拡大、端末補助、公共Wi-Fiの整備といった施策がその例である。

 もっとも、だからといって指標が無意味という話ではない。法政策の世界では、測定不能な価値は議題から脱落しやすい。普及格差を可視化すること自体が、ガバナンスの射程を安全中心から包摂へと広げる契機になりうるからである。

3 普及を生むのはインフラか、制度か、あるいは文化か

 上位国の顔ぶれは、デジタルインフラへの早期投資、AIスキル形成、政府自らの採用が奏功することを示唆している。アラブ首長国連邦とシンガポールが首位を争い、ノルウェー、アイルランド、フランス、スペインが続くという構図は、その典型であろう(注1)。ここでの法の役割は、禁止と許可の線引きにとどまらない。調達、教育、行政サービス、競争政策、データ政策を束ね、使う理由と使える環境を制度として先行して構築することにある。

 韓国の急伸は、法と普及の接続をより露骨に見せている。同報告は、韓国が2025年後半に25位から18位へと7つ順位を上げ、利用率も約26%から30%超へ伸びたとする(注1)。その要因として、国家AI戦略委員会への意思決定機構の再編と、イノベーションとガバナンスの均衡を掲げるAI基本法の制定を挙げている(注1)。制度の整備が、単なる理念提示ではなく、官民の導入を制度化し、教育施策を含む実装パッケージとして機能している点が重要である。

 さらに同報告は、韓国語性能がGPT-4oやGPT-5で大幅に改善し、大学入試相当のベンチマークでスコアが跳ね上がったことを、普及加速の背景として指摘する(注1)。そしてChatGPT-4oによるジブリ風画像生成がSNSでバイラル化し、初学者を大量に流入させたという文化的契機も、普及曲線を大きく押し上げた(注1)。法は技術の後追いだという諦念がよく語られるが、現実には、制度と文化が技術の利用曲線を折り曲げてしまうのである。ガバナンスとは、禁止と許可だけでなく、利用が発生する生態系のデザインでもあるといえよう。

4 オープンソース普及と安全保障化するガバナンス

 同報告の後半で刺激的な点は、DeepSeekの躍進である。DeepSeekはモデルをMITライセンスで公開し、無料のチャットボットを提供することで、価格と技術の両面の障壁を下げたとされる(注1)。その採用が中国、ロシア、イラン、キューバ、ベラルーシ等に集中し、アフリカでも人気が急増しているという指摘は、普及がモデル品質よりもアクセスと入手可能性に強く左右されることを端的に示している(注1)。

 ここから導かれる法的含意を二つ挙げておきたい。

 第一に、オープンソースは規制の単位を崩すということである。供給者を入口で縛るというモデル、すなわち登録、許認可、提供前審査による規律は、モデルウェイトが配布され、フォークされ、派生物が増殖する環境では機能しにくい。規制対象をモデルから配布・運用・統合へ移し、運用層でガバナンスを掛ける発想が相対的に重要になる。公共調達における利用条件を通じて、実装の現場に規律を埋め込むといった設計である。ログ保存、事故報告、セキュリティ要件といった条件がその具体例となる。

 第二に、普及は地政学化するということである。同報告はDeepSeekの拡散を米中競争の一局面として描き、国家モデルの普及競争が影響力拡大の手段になりうると示唆する(注1)。AIガバナンスが、安全規制にとどまらず、制裁・輸出管理・通信インフラ・データ主権と絡み合う局面である。ここで法の仕事は、単に危ないAIを排除することではない。排除の結果として別の供給者に利用が吸い寄せられるなら、リスクは移転するだけである。安全と普及はトレードオフではなく、相互依存関係にあるといえる。

5 おわりに

 AIの議論は、性能競争、規制競争、そして安全保障競争へと、忙しくそのラベルを貼り替えてきた。AI Diffusion Report 2025が突きつけるのは、もう一つの競争、すなわち普及競争である(注1)。そして普及競争は、まぎれもなく法の問題である。普及は市場の気分だけではなく、教育・労働・行政・決済・通信といった制度の束によって左右されるからである。

 安全性の議論が重要であることは論を俟たない。しかし普及の格差を放置したまま安全だけを磨き込めば、AIガバナンスは少数の高利用者を手厚く保護する制度になりかねない。普及を促すこと自体が自己目的化してはならないが、普及の偏りが便益の偏りを生み、その便益の偏りが規制の正統性を侵食する、という循環は避けるべきであろう。次に問うべきは、どの国が何%使っているかという数字ではなく、その普及が誰のための生産性であり、誰の教育機会であり、誰の統治能力を支えるのか、という点にある。

参考資料
注1 Microsoft AI Economy Institute「Global AI Adoption in 2025—A Widening Digital Divide(AI Diffusion Report 2025)」(2026年1月8日)https://www.microsoft.com/en-us/corporate-responsibility/topics/ai-economy-institute/reports/global-ai-adoption-2025/(2026年1月16日最終閲覧)
注2 Amit Misraほか「Measuring AI Diffusion: A Population-Normalized Metric for Tracking Global AI Usage」arXiv:2511.02781(2025年11月4日)https://arxiv.org/abs/2511.02781(2026年1月16日最終閲覧)

(マガジン)「AIと法-雑感」

 ※目次は以下を参照

note総則規約3条2項前段
3.2 クリエイターが制作したデジタルコンテンツの著作権は、クリエイターに帰属します。

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