AI失業 / 海外のAI投資 / 「ロボット・AIと法」と哲学の必要性雑感_0819新設0901更新版
最近は中国のロボット運動会の動画がSNSでバズっている。こうした動画を見ながら夏を楽しんでいる人も多いだろう。
Everything that is easy for humans is a challenge for robots.
— Rohan Paul (@rohanpaul_ai) August 17, 2025
Human kickboxing is all bruises and concussions, but at Beijing’s first World Humanoid Robot Games on Friday, the drama was less about blood and more about balance and battery life.
Locomotion is hard because feet… pic.twitter.com/pYGNBODHAL
Rohan Paul @rohanpaul_ai X
https://x.com/rohanpaul_ai/status/1956985962447159533?s=46
1 今後日本にも来るかもしれないAI失業の波
そんな中国のロボット運動会の開催と同時期にAIによる失業のニュースがやっと、ようやく日本でも報道された。シアトルに行ってみて実感したがアメリカでは新設の若者を中心に現実の問題として直面している。アメリカではじまったAIによる失業の波が日本にも将来やってくることは火を見るより明らかであると考える。(なお、個人的にはAIの方が人間より有能になった場合はそれにより当然導かれる帰結であり、やむを得ないものと捉えてる。)
" 米国の大卒、「就職氷河期」 AIが新人の仕事代替 "
https://news.yahoo.co.jp/articles/685d00f968296e094663ed93c65718701e02a507
Americans fear AI permanently displacing workers, Reuters/Ipsos poll finds
https://www.reuters.com/world/us/americans-fear-ai-permanently-displacing-workers-reutersipsos-poll-finds-2025-08-19/
2 来年訪れるかもしれないロボット元年とAIの更なる加速
来年、ロボットの実装が本格的に始まるだろう。ロボット元年になると予想する。街中でロボットを見ることが一般的になるだろう。海外のニュースではアメリカのみならず韓国や欧州等、人間型ロボットの開発を本当によく目にする。日本でもAIベンチャーはコンビニのAIロボット等はじめロボット開発の検討を進めているとの情報も耳によく入ってくる。
AIは、ロボットというボディーを手にして更なる速度で加速していく。
登壇の際に何度も言ってますが、万能人型ロボットが低価格で市場導入されたら大半の人間は本当に要らなくなる。
— チャエン デジライズ CEO (@masahirochaen) August 14, 2025
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テスラなど各社の人型ロボットが2026年に最大10万体市場投入へ。20年でコストが1/100に下がり、製造・物流業界から導入開始。専門家は2年後の爆発的普及で75%の雇用に影響すると予測。 pic.twitter.com/2bSCAdy8L4
チャエン @masahirochaen X
https://x.com/masahirochaen
法規制が追いついていくのが難しい中、競争が拍車をかけつつ、AIをはじめとするイノベーションの速度は苛烈に加速していく。AI失業の話とあわせ考えてみると良いかもしれない。
3 訪れるかもしれない立ち止まっての検討タイミングと哲学の重要性
だが、立ち止まれるタイミングが訪れるかもしれない。AI産業はまだ収益化に成功しきれていない。AI産業は広告以外の収益化にまだ成功しきれていないと言われることが多い。MITのレポートでも投資家の殆どは期待通りの収益を挙げられていないという。そんな中、AIの使用者や使用頻度はどんどん増えていく。それに伴い、データセンターの建設の要請もどんどん増えていく。その建設費用等ががネックになることで、わずがだけ立ち止まりAIについて考える時間ができるかもしれない。
MIT report: 95% of generative AI pilots at companies are failing
https://fortune.com/2025/08/18/mit-report-95-percent-generative-ai-pilots-at-companies-failing-cfo/?utm_source=substack&utm_medium=email
The AI Industry Is Still Light-Years From Making a Profit, Experts Warn
https://futurism.com/ai-far-away-profit-experts-warn
Analysts downplay AI bubble worries as Altman says some investors will be left ‘very burnt’
https://www.cnbc.com/2025/08/18/altman-ai-bubble-openai.html
AI Industry Trembles as Nvidia's Stock Nosedives What's driving the selloff?
https://futurism.com/ai-industry-nvidia-stock?utm_source=beehiiv&utm_medium=email&utm_campaign=futurism-newsletter&_bhlid=2143028a0d53376cc959b424171aa571e13b0710
決定権者は投資家かもしれないが、その判断には規制動向の確認が必ず入る。そんな立ち止まって考えることができるラストチャンスがもし訪れた場合にキーになるのは法学より先に哲学だと思う。
法学は制度の効率性といった視点も重視された社会を形作るあくまで手段である。一方で、哲学は、人とは、といった純粋な問いを突き詰め考え抜いた学問であると認識している。先人の哲学者達は一人孤独になっても、生きてる間に名声を得られなくても、真理を追い求めていた。哲学におけるその深く研ぎ澄まされた答えは時代を超えて普遍的なものもあるのではないか。そこにヒントがある気がしてならない。産業革命の時代とAI時代は似ているのかもしれない。西洋の哲学者はその時代何を考えていたのか。考える意味がないわけがない。
哲学的視点を踏まえ考え導きだした、人とは、人として失いたくないものとは、という答えをかたちにして実装・実現するのが法であり約款であり規定なのではないか。そのタイミングのためにAI時代で法学をやる本当の意味があるのかもしれないと感覚的に思う。
単なる空想かもしれないが、そんな未来が仮に来た時のために今から哲学と法学を繋ぐ動きが求めれられているように思える。
なお、前提として私はAIを否定的に捉えていない。むしろ、肯定的に捉えている。ただ、AIと人の向き合い方について、考えた上での結果と単なる結果は意味が全く異なると考えている。
(参考記事)
なお、現時点における表面的、実務的な話をしておくとするならば、企業レベルでのAI倫理、ポリシーの設定と公示は重要であろう。AIという予見可能性が困難なものを用いる以上、万が一事故が起きた場合のexcuseの備えが必要である。AI倫理、ポリシーの設定は、検討過程が十全であったことを社会に証するお守りにはなりうるものと考える。
(マガジン)「AIと法雑感」
※目次は以下を参照
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