デンマークのディープフェイク規制案 / 著作権法を用いた人格権保護 雑感
Ⅰ ディープフェイク被害への法的手当ての模索
生成AIの技術的発展に伴い、個人の声や容姿を無断で模倣するディープフェイクによる被害が顕在化している。恐喝や詐欺といった具体的な害悪に対し、いかなる法体系を用いて対処するかが問われている。欧州議会調査局が2026年1月に公表したレポートによれば、デンマークは著作権法の改正という特異な手法によりこの問題への対応を試みている〔注1〕。被害の迅速な救済という政策的目的と、法体系の論理的整合性という要請の衝突という観点から、ディープフェイク規制の法的構成を検討する。
1 改正案の骨子とデジタルサービス法の執行メカニズム
デンマーク政府が欧州委員会に通知し、2026年7月の施行を見込んでいる著作権法改正案は、個人の特徴および実演家のリアルなデジタル生成模倣に対し、対象者の同意を要求するものである。保護期間は対象者の死後50年と設定され、風刺やパロディ等は原則として適用除外とされている。なお、当該改正案に対するコメント受付期間は2026年2月3日までとされており、施行前の意見収集が進められている。
筆者が着目するのは、この実体法の整備がEUデジタルサービス法が定める執行手続きと連動している点である。同法は違法コンテンツの削除等に関するオンラインプラットフォームの義務を規定しているが、何をもって違法とするかはEU法または国内法に委ねられている。デンマークは自国の著作権法上に無断模倣を違法とする明確な根拠を設けることで、被害者がプラットフォームに対して削除要請を容易に行える状態を作出する意図があると読める。
2 著作権法理と人格権の交錯
実務上の要請を優先したこの手法に対しては、著作権の基本原理と整合しないという指摘が当然に生じる。EU司法裁判所の判例に照らしても、著作権法は本来、著作者自身の知的創造を反映した表現を保護するものである。声質や外見といった個人的特徴が単独でこの要件を満たすとは解しがたい。写真著作権の扱いと同様に、著作権の帰属は通常、撮影者等の創作者に認められるのであって、被写体となった人物にではない。
レポートによれば、デンマーク当局も新たな著作権を創設する意図はなく、私法上の人格権に関する不文律を補完し法典化する試みであると説明しているという〔注1〕。実態としては、被害救済の迅速化という目的のために、強力な執行力を持つ著作権法の枠組みを利用している状態といえる。アイルランドがこれに追随する意向を示す一方で、他の加盟国からは著作権法の本来の対象範囲を超えるとの懸念も示されている。
Ⅱ 既存の枠組みとの重複および執行の実効性
既存の法体系において、ディープフェイクに対抗する手段が完全に欠如しているわけではない。デンマーク国内にも、同意のない性的画像の作成を禁じる刑法や、商業的利用を規制するマーケティング関連法規が存在する。EUレベルでは一般データ保護規則やAI法が適用されうる。2025年10月にWIPOが開催した国際会議においても、ディープフェイクへの対処手段として、プライバシー権を基盤とするパブリシティ権・肖像権・データ保護・名誉毀損法制等が既に論じられていたことが確認されている〔注1〕。
専門家からは、これら既存の法的手段が複数存在する状況下で、あえて著作権保護を拡大する手法は付加価値に乏しく、むしろ既存ルールの執行力強化に注力すべきであるとの指摘もなされている。法体系の理論的整合性を歪めてまで新たな権利を創設することの是非は、慎重に検討されるべき課題であると筆者は解する。
さらに、デンマークの規則は巨大オンラインプラットフォーム等による同国内でのジオブロッキングを前提とするため、他国で模倣コンテンツが流通することを直接的に防ぐものではない。他の加盟国やEUレベルで同様の規則が採択されなければ、デンマーク国外ではディープフェイクへのアクセスが可能なまま残ることになる。一国の法改正のみで国境を越えるデジタル空間の課題に対処することの限界が表れているといえる。
Ⅲ むすびにかえて
技術の進展によって生じた新たな被害に対し、既存の法理論を曲げてでも即効性のある救済手段を用意するのか、あるいは法体系の基礎的理念を維持しつつ既存の枠組みの運用で対処するのか。デンマークの改正案は、この困難な選択を突きつけている。
2026年春には欧州議会において、アクセル・フォス議員を報告者とする著作権と生成AIに関する自己イニシアチブ報告書の採決が予定されている。ディープフェイクに対する法的な手当ての必要性については加盟国間で認識が一致しつつあるものの、著作権法をその受け皿とすることには依然として議論の余地がある。被害者の迅速な救済という目的の正当性が、手段としての法体系の歪みをどこまで許容しうるかは慎重に見極める必要があるものと思える。
(参考)ディープフェイク関連
〔注1〕 Sofia Karttunen "The Danish approach to copyright and deepfakes: A model for the EU?" European Parliamentary Research Service, PE 782.611(January 2026)https://www.europarl.europa.eu/thinktank, last visited 2026年2月22日.
(マガジン)「AIと法-雑感」
※目次は以下を参照
note総則規約3条2項前段
3.2 クリエイターが制作したデジタルコンテンツの著作権は、クリエイターに帰属します。
