アジア四カ国のAIガバナンス比較 制度設計の特徴と課題 / 韓国・シンガポール・日本・中国におけるAI政策雑感
アジアのAI政策を比較した記事等の資料を国内では管見の限り見たことない。そこで、今回はアジア四カ国のAI規制・政策の制度設計の比較を試みる。
0 はじめに
近年、人工知能(AI) の社会実装が進むなか、アジア諸国はそれぞれ異なるガバナンスモデルを打ち出している。本稿では、EthicAl Partnersが公表した 『The 4 Asian Countries: Al Governance Comparison Table』などを参考に、韓国・シンガポール・日本・中国におけるAI規制・政策の制度設計を比較検討する。具体的には、各国が企業主導か政府主導か、規制の強度や柔軟性といった特徴を法的枠組みから整理し、日本のAI戦略会議やAI基本法案などとの関連を踏まえて論じる。最後に、比較法的視点から今後の研究課題や政策設計上の示唆について考察する。
1 韓国のAIガバナンス: 産官協力型モデル
韓国では2026年1月22日施行予定のAI基本法 (Artificial Intelligence and Establishment of Trust Act) により、AI技術の発展と社会的信頼醸成の両立が法制化される予定である[1]。現政権はAIを経済成長の基盤技術と位置付け、NAVER (ネイバー) 傘下のAI研究者を官邸のAI政策担当長官に任命するなど、産業界との協力体制を強化している[2]。AI基本法案自体は、AI開発者と提供者に安全・信頼性基準の順守を義務付ける一方、違反時の罰則は最高3000万ウォン (約2.2万米ドル)にとどまり[3]、規制強化というよりはあくまで「成長促進型」の運用に重きを置く内容である。実際の運用では、違反企業に対しては行政命令による是正指示に留めるケースが多く、韓国政府はむしろAI研究開発支援や人材育成などに投資を振り向ける姿勢を示している。例えば法施行後は3年間の執行猶予が想定されており、当面は事業者の自主的対応を重視する方針である[3, 4]。このように韓国モデルは、「官民協力によるイノベーション促進」と「必要最小限の規制」で成り立っている。実際、政界・産業界の協力によってAI インフラ整備やデータ共有が進み、罰則による脅しではなく、助言や補助金等によるソフトなガバナンスが取られている点が特徴である[2, 3]。
(参考)
2 シンガポールのAIガバナンス: 柔軟な自主規制モデル
シンガポール政府はAIを経済成長の原動力と位置付け、規制よりも企業支援を優先する姿勢を示してきた。政府は先進国型の硬直的規制ではなく、業界主導のルール策定や自発的ガイドラインの運用を志向している[5]。実際、個人情報保護委員会 (PDPC) は2019年にモデルAIガバナンス・フレームワークを公表し、企業に対する実践的なAI利用指針を示したが、これは非拘束的なガイドラインとして提供された[5]。その後、2022年にはIBMやMicrosoft、Googleなど多国籍企業と政府が連携してAIシステムの評価・検証ツールキット「Al Verify」が開発された。2023年6月にはAI検証財団 (AI Verify Foundation) が立ち上げられ、IMDA (情報通信メディア開発庁) と大手IT企業がオープンソースベースのAIテスト基盤を共同で整備している[6]。これにより、企業は自主的に自社AIの透明性・説明性を実証できる仕組みが構築されつつある。総じてシンガポールでは、法令による強制よりもガイドラインと実証ツールを通じた企業の自主遵守を促すアプローチが取られている[5, 6]。罰則は課さず、産官学連携による倫理・安全基準の整備を重視することで、イノベーション推進と社会的信頼確保の両立を試みている。
3 日本のAIガバナンス: 官民協調と規制緩和
日本においては、行政と産業界が一体となった推進体制が敷かれている。岸田内閣は2024年12月にAI戦略会議およびAI制度研究会の合同会議で議論を重ね、全閣僚参加の「AI戦略本部」を設置して「世界で最もAIの研究開発・実装がしやすい国」を目指す方針を打ち出した[7]。2025年中の成立が予定されているAI基本法(正式名称:人工知能技術の研究開発及び利活用の促進に関する法律)は、経済発展のためのAI技術普及に重きを置く内容である。法案は企業の協力と自主性を前提にしており、罰則規定を設けない代わりに行政指導や助言を重視する点が特徴的である[8, 9]。この方針は従来、日本政府がAI関連の省令やガイドラインで企業活動を後押ししてきた姿勢の延長線上にある。産業界でもAI利用技術を扱う業界団体やコンソーシアムが整備されており、政府は研究開発資金の投入や税制優遇などで企業主導のイノベーションを支援している。日本の立法例は罰則より企業の信頼と評判を重視する「協調的モデル」であり、国際的にもOECD原則や広島AIプロセスによる倫理規範へのコミットメントと整合性を図っている[10, 7]。つまり、日本は規制と技術開発のバランスにおいて「産業界主導・政府支援型」のソフトロー中心の制度設計を採る点で特異である。
(参考)
4 中国のAIガバナンス: 国家主導型管理
中国では共産党・政府がAI政策を厳格に管理し、「発展と安全を並重(development and security)」とする方針の下で規制が導入されている[11]。2023年8月施行の「生成AIサービス管理規定 (試行)」では、AIを使った文章・画像生成サービスを公共に提供する事業者に対し登録・審査の義務を課し、AI生成物には明示的・暗示的なラベリングを義務付けるなど、内容規制とコンプライアンス管理が強化された[12, 11]。また2021年にはAI倫理に関する独自規範が制定され、党の核心的価値への合致が求められている[11]。一方で、政府が公共向けサービスに課す規制は厳格だが、企業のR&D目的のAI開発や企業内利用(B2B)には現状では直接の罰則規定は少ない。国家標準化管理委員会などはAI関連の国家標準を整備中であり、中長期的には中国独自の技術・倫理基準を押し出しつつ国際標準にも対応する方針である[11]。総じて中国モデルは、国家安全や社会秩序の維持を優先しつつも、大規模企業のAIイノベーションには一定の空間を残していると評価できる[11, 12]。
(参考)
5 各国比較と論点
比較すると、いずれの国も最終的にはイノベーション促進を重視している点では共通している。実際、EthicAl Partnersの比較表でも、共通パターンとして「全4カ国が規制管理よりも産業の実現を優先している(prioritize industry enablement over regulatory control)」と指摘されている。しかし制度設計には次のような分岐点が見られる。
・産業振興 vs. 社会・安全重視: 韓国・日本・シンガポールはAIを国家競争力強化の手段とみなし、成長促進を優先する一方、中国は社会秩序と国家安全を重視し、党のイデオロギーに沿った管理強化を優先する[10, 11]。
・規制のハードさ: 韓国・日本は罰則を限定的に抑え、行政指導やガイドラインにより是正を図る“緩い”運用を採る[3, 9]。シンガポールも非拘束的モデルを維持しつつ企業協働による自主規律を促進する。一方、中国は生成AIサービスに許認可制を導入し、ネット監視的な検閲を通じて厳格に管理している[12, 11]。
・国際協調 vs. 国家主導: シンガポールや日本はOECDやヒロシマプロセスなど国際的AI原則との整合を重視し、多国間での標準策定にコミットする姿勢を見せる。一方、中国は「AI倫理規範 (2021)」や昨年の規制策定で自国の価値観に基づく基準設定を強調し、独自の国際イニシアティブ (世界AI共同体構想など)を推進している[11, 10]。
これらを総合すると、アジア各国には多様なガバナンスモデルが存在し、成長と安全のバランスの取り方も多様である。自由度の高い業界主導モデルが国内技術に及ぼす影響や、規制のハイブリッド化が実効性に与える効果などは、今後の比較法研究が検討すべき重要テーマである。
6 雑感
以上の比較から、アジア諸国のAIガバナンスはいずれもイノベーション促進を掲げつつ、社会的リスクへの対応をどのように組み込むかが鍵となっている。各国のモデルには「規制の強制力 vs 自主性」「国内産業支援 vs 国際協調」「罰則導入 vs 支援重視」といったトレードオフが横たわるであろう。この点で、今後の制度設計には各国の経験を相互に参照し、どのようなガバナンス手段が効果的か検証する比較研究の深化が求められる。例えば、シンガポールのような非拘束的基準とAI検証ツールの導入が実際の企業行動や安全性にどう寄与するか、日本の産業主導アプローチが競争力向上にどう結び付くかを定量的に評価する研究が考えられる。また、透明性や説明責任といった新たな法的課題を各国がどのように制度化するかも重要な論点である。これらの示唆は、AI時代に適応可能な柔軟かつ実効的な法制度の設計に資するものであり、比較法的な考察の視座を豊かにするであろう。
◾️出典
本稿は、EthicAl Partners, 『The 4 Asian Countries: Al Governance Comparison Table』を基礎資料とし、以下の文献を参照した。
[1, 3, 4] Ko, Chin, Global Al Governance Law and Policy: South Korea (IAPP, Feb. 2024)
https://iapp.org/resources/article/global-ai-governance-south-korea/
[2] W.Media, South Korea names first ever Al Secretary
https://w.media/south-korea-names-first-ever-ai-secretary/
[5] J. Lee, Al Verify: Singapore's Al Governance Testing Initiative Explained (FPF Blog, June 2023)
https://fpf.org/blog/ai-verify-singapores-ai-governance-testing-initiative-explained/
[6] Singapore News Center, "Singapore launches Al Verify Foundation to shape the future of international Al standards through collaboration" (Jun.12, 2023)
https://news.microsoft.com/en-sg/2023/06/12/singapore-launches-ai-verify-foundation-to-shape-the-future-of-international-ai-standards-through-collaboration/
[7] 内閣府, 令和6年12月26日 AI戦略会議・AI制度研究会合同会議 (2024年12月26日) | 首相官邸ホームページ
https://www.kantei.go.jp/jp/103/actions/202412/26ai.html
[8] C. Andrews, "Japan passes innovation-focused Al governance bill" (IAPP, June 4, 2025)
https://iapp.org/news/a/japan-passes-innovation-focused-ai-governance-bill
[9, 10] Diligent Blog, "Japan's Al Legislation and How It Creates Competitive Advantages" (2024)
https://www.diligent.com/resources/blog/japan-ai-regulations
[11] ANSI, "China Announces Action Plan for Global Al Governance" (Aug.1, 2025)
https://www.ansi.org/standards-news/all-news/8-1-25-china-announces-action-plan-for-global-ai-governance
[12] White & Case, "Al Watch: Global regulatory tracker - China" (22 Sept. 2025)
https://www.whitecase.com/insight-our-thinking/ai-watch-global-regulatory-tracker-china
(マガジン)「AIと法-雑感」
※目次は以下を参照
note総則規約3条2項前段
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