見出し画像

AI保険 / AI除外条項の拡大と更新交渉――「AIが混ざっているだけ」で補償が空洞化するリスク雑感


0 はじめに

 「AIと法雑感」では保険法の論点には一切立ち入らない。保険法上の論点については学会発表や論文で将来触れることとし、ここでは法的論点以外の情報提供にとどめる。
 AI保険については、以下を読んでいただくことで背景理解が深まると思料する。

 また、今回この題材を取り上げる理由としては以下の記事の執筆時からAIと保険における米国の動向に一定の変化があったといえるためである。

"今回の雑感の射程・対象は日本国内ではなく、海外である。その点はあらかじめ強く留保しておく"

 保険の更改(更新)という行事は、例年どこか儀式的ではある。前年と同じ条件で継続し、約款は棚に戻る。だが、生成AI以後の世界では、更改(更新)のあり方が変わっていくかもしれない。Bloomberg Law に掲載された Lowenstein Sandler の Bennett と Corson の論考は、まさにその点を突くものといえる。すなわち、更改シーズンにおいて、サイバーやメディア賠償に限られない「広汎なAI除外条項」が、各種保険ラインに入り込むことを警戒せよ、というのである。

 AIは、いまや一部部署の実験ツールではなく、商品開発、マーケティング、顧客対応、社内オペレーションなど、企業活動の末端まで染み込んでいる。そこに「AIに関係する請求は免責」といった粗い線引きが入れば、保険の中心部分が、知らないうちに削り落とされる。保険とはリスク移転の装置であるが、装置の入口に「AI」というラベルを貼った瞬間に通過不能になるならば、それは装置の不具合であるというより、装置の設計思想が変わったということになる。


1 AI除外条項は「存在」より「広さ」が問題である

 AI除外の本質的な厄介さは、「AIという危険なものを除外する」という発想そのものではなく、AIの輪郭が現実世界では曖昧で、かつ遍在している点にある。保険市場は新しいリスクに直面すると、まず広い免責で遮断し、その後に市場が学習してから調整していく傾向がある。海外におけるCovid-19、PFAS、暗号資産などで見たお馴染みのパターンである。

 初期の免責は、概して「定義が曖昧」「原因関係の入口文言が広い(arising out of 型)」「過剰に包括的」という三点セットを伴う。AIの場合、それが最悪の形で効く。というのも、AIが関与しない業務の方が希少になりつつあるからである。したがって、AI除外がサイバー保険だけの問題にとどまらず、D&O やE&O のような「企業活動の周縁事故」を拾う保険にも波及する、という警告は極めて現実的である。

 ここで重要なのは、「AIに関する損害」だけが外れるのではない点である。AIが周辺的に使われているだけで、請求全体が「AIに関連する」と評価され得る。例えば、専門職賠償(プロフェッショナル・サービス)に由来する請求であっても、保険契約者がAIを使ってマーケティング資料を作っていたという周辺事情を根拠に免責されるリスクを例示する。

 この種の免責は、事故原因の核心ではなく、事故に「AIがどこかで混ざっている」という事実だけで発動し得る。AIが空気のように存在する時代に、これはほとんど万能免責である。


2 更改交渉で何をするべきか(そして、なぜ「前」なのか)

 第一に、「事故の後」ではなく「更改の前」に交渉することである。これは当然に聞こえるが、実務ではしばしば逆転する。すなわち、事故が起きてから「免責が広すぎる」と気づく。だが、免責条項は事故後に狭くならない。最も有効な対抗策は、更改時点で免責の削除や限定を交渉することかもしれない。

 第二に、削除が無理なら「定義」「入口文言」「カーブバック(例外的復活)」を詰めることである。AI除外の危険は、「AI」の定義が曖昧なまま、かつ「in any way connected to」のような過剰に広い入口文言で、請求が丸ごと排除される点にある。

 したがって、交渉の方向性は、AIを全面的に“許す”ことではなく、企業の実際のリスクプロファイルに沿って、免責を「刺すべきところだけ刺す」形に再設計することにある。ここでは、保険仲立人だけでなく、保険回収・保険紛争の専門家を更改段階から関与させる重要性も指摘されている。

 第三に、AIの利用実態を棚卸ししておくことである。更改質問票がAI利用について粒度を増していくことは、すでに予告されている。

 ここでの棚卸しは社内コンプライアンスのための台帳ではない。保険という観点では、回答の不正確さが、免責以前に告知・表明の問題として契約取消(rescission)的な紛争に波及し得る点が痛い。AI依存機能のインベントリを整備し、質問に正確に答えることで、その種のリスクを下げることが大切である。

 第四に、否認されたら終わりではない、という姿勢である。免責条項の解釈は(少なくとも米国実務では)狭く構成され、保険の目的を没却するほど広い免責は裁判所が抑制し得る。

 もちろん、これは万能の救済ではない。しかし、新種の免責が市場に投入された初期段階ほど、解釈・適用をめぐる争いが起きやすいことも事実である。企業側は、「AIが絡んだ=免責」という短絡に飲み込まれない訓練が必要になる。


3 「除外」と「専用保険」の二極化

 興味深いのは、同じ市場が、一方でAI除外を厚くしながら、他方でAI専用の補償を作り始めている点である。これは矛盾ではない。従来型保険の側から見れば、「AIリスクは不確実すぎて黙って抱えられない(silent coverage を避けたい)」という動機が働く。他方で、AIリスクを切り出し、トリガーや損害類型を設計し直せば、引き受け可能な形に再パッケージできる。

 その具体例として、Armilla と Lloyd’s 系の引受人(Chaucer)による AI liability insurance がある。公表資料によれば、この商品は、AIの「アンダーパフォーマンス」を広く肯定的(affirmative)に捉え、ハルシネーション(誤った出力)、モデルドリフト(性能劣化)、機械的故障等を含む偏差に起因する請求について、法的費用や賠償責任をカバーし得るとされる。Armilla 自身も Lloyd’s of London の coverholder として位置付けられている。

 日本でも、生成AIに特化した保険商品の動きは出ている。例えば、あいおいニッセイ同和損保は、生成AI利用に伴う知財侵害、情報漏えい、ハルシネーションに関連する対外対応費用等を念頭に置いた「生成AI専用保険」を公表している。

 「従来型の保険にAIをねじ込む」のではなく、「AIの失敗様式に合わせて補償を設計する」方向が、少なくとも商品設計の思想としては、米国だけの話ではなくなりつつある。


4 雑感

 AI除外条項の拡大は、AIを敵視しているからではない。むしろ、損害分布が読めない、相関が強そう、テールが太そうという、保険が本能的に怖がる三条件が揃っているからである。だから市場は、まず一律遮断を試み、そのうえで価格が付けられる単位に切り刻む。更改局面は、まさにその過程にある。

 ここで、AIガバナンスの議論と保険実務が接続する。企業がAIフットプリントを棚卸しし、利用目的・統制・外部提供・第三者依存を整理する作業は、ガバナンスの中核でもあり、同時に保険引受のための「説明責任」の準備でもある。保険が(意図せず)企業の自己点検を促すという意味では、保険を通じた規律付け(regulation by insurance)的な視点も浮上する。2025年12月の arXiv 論文は、保険が規律付けとして機能し得る条件を理論的に整理し、フロンティアAI分野への適用可能性を論じている。

 ただし、免責が粗すぎると逆効果である。企業は、AI利用の透明化や統制強化に投資しても、保険が一律に外してしまうなら、リスク管理のインセンティブが歪む。保険が「ガバナンスを促す規律」として働くためには、少なくとも、免責と補償の境界が、企業の統制努力と整合的である必要がある。AI除外の交渉とは、要するにその境界線を描き直す作業であるといえるかもしれない。


参考文献
Lynda Bennett=Alexander Corson「Policyholders Should Negotiate to Limit AI Exclusions at Renewal」Bloomberg Law(2025年12月15日)(https://news.bloomberglaw.com/legal-exchange-insights-and-commentary/policyholders-should-negotiate-to-limit-ai-exclusions-at-renewal, 2025年12月17日最終閲覧)。
Armilla AI「Chaucer and Armilla launch new AI liability insurance product」(2025年4月23日)(https://www.armilla.ai/resources/chaucer-and-armilla-launch-new-ai-liability-insurance-product, 2025年12月17日最終閲覧)。
Chaucer Group「Press Release: Chaucer co-develops new AI insurance product with Armilla AI」(2025年4月22日)(https://www.chaucergroup.com/news/press-release-chaucer-co-develops-new-ai-insurance-product-with-armilla-ai, 2025年12月17日最終閲覧)。
Lloyd’s「Armilla AI」(https://www.lloyds.com/insights/lloyds-lab/programmes-and-initiatives/lloyds-lab-accelerator/alumni/armilla-ai, 2025年12月17日最終閲覧)。
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社「【国内初】生成AIのリスクを補償する「生成AI専用保険」の提供開始について」(2024年2月28日)(https://www.aioinissaydowa.co.jp/corporate/about/news/pdf/2024/news_2024022701277.pdf, 2025年12月17日最終閲覧)。
Milliman「AI訴訟とD&O保険への影響」(2025年10月31日)(https://jp.milliman.com/ja-JP/insight/ai-litigation-impact-director-officer-insurance, 2025年12月17日最終閲覧)。
(注7)Cristian Trout「When Does Regulation by Insurance Work? The Case of Frontier AI」arXiv(2025年12月6日公表)(https://arxiv.org/abs/2512.06597, 2025年12月17日最終閲覧)。
(注8)Armilla AI「AI Insurance – Lloyd’s Coverholder」(https://www.armilla.ai/ai-insurance, 2025年12月17日最終閲覧)。

(マガジン)「AIと法-雑感」

 ※目次は以下を参照

note総則規約3条2項前段
3.2 クリエイターが制作したデジタルコンテンツの著作権は、クリエイターに帰属します。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集