もしかしてあなた、シニアPdMなのでは? PdMの定義とジュニア・ミドル・シニアの分かれ目について
BASE株式会社執行役員の柳川です。金融事業の事業責任者をしています。
私はエンジニア→PdM→事業責任者というキャリアを歩んできました。
現在は事業戦略、プロダクト戦略、組織戦略全ての責任を持ちながら、事業責任者を務めさせていただいています。
この記事は独断と偏見の塊です。答えがないことをあえてスタンスとって書いてます。
普段僕はスタンスはとるんですが、できるだけ多くの人に受け入れてもらえるような主張や表現を心がけています。
でもそれって結構エネルギーが必要なんです。バランスとってかつ、面白く伝えるのってすごく難しいのです。
そこで今回はその辺りをとっぱらい、あえて独断と偏見を書いてみようかなというnoteです。
ただこれだけは信じて欲しくて、僕は常々人を勇気付ける発信がしたいと思ってます。そこからは外さないように書いたつもりです。
普段は言い切らないことを言い切る形で書きますが、暖かく見守ってください。異論反論大歓迎です。
プロダクトマネージャーとは
いろんな考えがあると思いますが、独断と偏見により勝手に定義します。
答えのない課題に対して、旗を立て試行錯誤するスキルで解決し続ける人
プロダクト開発を通して事業を推進していく必要が出た中で、不確実性が高まりました。その不確実性を乗りこなすために生まれた仕事がプロダクトマネージャーだと解釈しています。
なぜ不確実性が高まったかというと、シンプルに階層が増えたことが原因です。ここでいう階層とはユーザーに価値が届くまでの階層です。特に大きな階層として「物作り」というものが加わり、しかもその「物作り」は作って終わりではなく継続していく。その果てしなく続く終わりのない不確実性を、試行錯誤を通して乗りこなすためにプロダクトマネジメントが生まれました。
不確実性の乗り越え方は複数ありますが、最も再現性がある方法が試行錯誤です。試行錯誤というと当たり前じゃん、どの職種でもやってるよと思うと思います。しかしステイクホルダーを巻き込んだ上での試行錯誤というのはスキルが必要です。
試行錯誤は部分的に切り取ると失敗に見えることもあるのです。その失敗を「成功までの過程である」とある意味開き直って進むのは専門スキルです。プロダクトマネージャーの専門性は何かと言えば、試行錯誤をステイクホルダーを巻き込んで継続することです。
追加された階層が「物作り」なので、製造業において育まれてきたフレームワークが活用される場面が多くあります。
言い換えると今の時代は全ての産業において「物作り」の素養が求められるようになったと言えるかもしれません。DXだね。
またITやインターネットや生成AIで、世の中が変化し続けています。目まぐるしく変化しています。
変化が多いタイミングでは、誰もやったことのない不定形な課題が増えます。不定形な課題がある状況はどこか居心地が悪く不快です。この不快な状況に抗う術を持つのもプロダクトマネージャーの大事な仕事です。
不定形な課題に、旗を立てるという形で形を作り出しチームを動かしていくスキルが大切です。このスキルが不確実で未知な状態に対する免疫であり、このスキルを持つ人がいないとチームは混乱に陥るのです。
プロダクトマネージャーもプロダクトマネジメントも決して特殊なものではないです。仕事を着実に進めるための方法が少々複雑になっただけなのです。
プロダクトマネージャーには決断力が大事とかもよく言いますが正直劇的でドラマチックな決断なんてしてないです。大きな決断しなくてもいいようにリスクコントロールしながら、スコープを切って試行錯誤を回してるだけです。試行錯誤を回すための意思決定をしている。
その上で僕の解釈ではプロダクトマネージャーは職種というより心意気みたいなものだと捉えています。プロダクトマネージャーの心意気を持った事業責任者やエンジニアやデザイナーも存在すると思います。
プロダクトマネージャーと開発ディレクターの違い
プロダクトマネージャーはプロダクトごとに1人であるべきだと考えています。これはプロダクトマネージャーはミニCEOであるべき、という思想に近いです。
では現実問題として一つのプロダクトに複数プロダクトマネージャーがいる現場があるのはどういうことなのか。
僕の意見としては呼び名が間違っていると思います。
最終的に意思決定をしている1人以外は、僕の定義ではプロダクトマネージャーと呼びません。その前提に立つと、それ以外の人は開発ディレクターもしくはプロジェクトマネージャーと呼ぶのがいいと考えます。もしくは企画職でもいいです。
期待値調整のためにも、アシスタントと見習いの区別をつけるべきだと思うのです。この話は、「ジュニアPdM本当にシニアPdMになるの?」話として、記事の後半に続きます。
現場によって僕の定義する一つのプロダクトの責任者のプロダクトマネージャーに特別な名付けをするかどうかは変わります。ただのプロダクトマネージャーの場合も、シニアプロダクトマネージャーの場合も、VPoPの場合もCPOの場合もあるかもしれません。
しかし明示的であるか明示的でないかによらず、最終意思決定しているのは1人のはずだと考えています。もしかしたらプロダクトマネージャーですらなくて、エンジニアと呼ばれていたりデザイナーと呼ばれたりCEOとよばれてたりしてるかもしれません。呼び名はなんでもいんですが最終意思決定している1人がいるはずです。
鶏が先か卵が先か感もありますが、巷のプロダクトマネジメントを説明した本や動画ではわかりやすさや説明のしやすさもあり、開発ディレクター的スキルに重心がよりがちな気がしています。
開発ディレクションはエンジニアがやるべき
僕は思うのです、プロダクトマネージャーは翻訳者ではないと。
「PdMはBizとDevの橋渡し役」みたいな表現もよくされます。わかるような気もしつつ、その役割必要なのかな?BizとDev甘えてない?と思うこともあります。
そもそも翻訳者が必要なのか?それぞれが少しづつできる範囲を広げればよくないですか?翻訳者が必要なのは過渡期的な話だと思います。
階層は薄ければ薄いほどいいはずなのに、余計な階層を挟む必要があるでしょうか。エンジニアが開発ディレクションをしてBizは当然にプロダクト開発の言葉を学べばいい。本気でそう思います。
一昔前は理想論だよねで終わっていたかもしれません。
でも今現在もそう言えるでしょうか。生成AIの登場?それもあるともいますが世代が入れ替わっていることがでかいと思います。ITやWEBやプロダクト開発というものが事業に組み込まれることが当たり前の世代がメインプレイヤーになっていっています。大きな変化が日々起きていると思います。
翻訳は物作りの話だけでないので、翻訳が全ていらなくなるわけではないかなと思ってはいます。ビジョンを事業に落とし込むのも翻訳ですしね。伝えるのが得意とか、考えるのが得意とかそれぞれ特性はあると思います。
ただ開発ディレクションだけをする人が必要な時代は変わるのではないかなと考えています。
プロダクトマネージャーでありたいなら、実感を持って試行錯誤を回す機会を持つ必要があると考えています。
プロジェクトマネージャーはすごく大事
プロジェクトマネジメントのスキル自体は、ビジネスマンであれば全員が持つべきスキルだと考えます。
必須スキルではありますが、とても大事で価値のあるスキルであり役割であると考えます。特に複数人で進めるプロジェクトを進めていくのは特殊技能であり、基本的にはプロジェクトの数だけプロジェクトマネージャーは必要です。
プロジェクトマネージャーは立派な仕事なので、わざわざプロダクトマネージャーと混同する必要ないと考えます。
答えのない中でリーダーシップを取り試行錯誤することの困難さについて
試行錯誤って結構大変なんです。「答えのない中で、それを乗り越えるために試行錯誤をしていけ!」と言われても、小さな試行錯誤でさえ、「それって本当に合っているの?」という疑問が内外から噴出します。自分の内側からも疑問が出てきます。小さな試行錯誤にスコープマネジメントできずに、大きな決断になってしまえば、より「それって本当に合っているの」ということに関して説明コストが生まれます。
また小さく分割して試行錯誤していくことにはデメリットがあります。気をつけないと整合性が取れなくなるのです。ブラしていいことブラすべきでないことをしっかり認識し捉えてチームを進めていくは難しいのです。
第一に1人の人がビジョンとストーリーを持って長期的に引っ張っていく必要があるし、第二にそのビジョンとストーリーをステイクホルダーに信じ続けてもらうための工夫が必要だし、第三に何よりもリーダーである自分自身がビジョンとストーリーをを見失ってはいけません。
変えるべきこととブラすべきでないことの線引きも曖昧です。
ここまで読めば、この試行錯誤を乗り越えるためのスキルは一定特殊スキルであること、そしてプロダクトマネージャーの専門性も一定理解してもらえるのではと思います。当たり前のことの積み重ねなんだけれども、高度なスキルではあるのです。
気をつけないと、試行錯誤じゃなくてただ迷子になっているだけということもあり得る話です。そうなると、力強いトップダウンの方がいいのでは?となりかねないのです。力強いトップダウンのもとであれば、着実にプロジェクトマネジメントして運用できるディレクションスキルの方が重要かも知れません。
ジュニア・ミドル・シニアの分かれ目について
プロダクトマネージャーにおいてよく使われがちな気がしますが、職種に限らず、ジュニア・ミドル・シニアの分かれ目は存在すると考えています。
ここも人によって定義が分かれる部分だと思います。
僕はジュニア・ミドル・シニアはレベル感の違いではなくスタンスの違いであると考えています。その上で以下のように定義します。
ジュニア(指示を受ける)
指示された仕事を、プロジェクトマネジメントをしてもらった範疇で進められる
ミドル(プロジェクトマネジメントできる)
提示された課題を、自らがプロジェクトマネジメントをして完結できる
シニア(自らの意思で創造する)
課題を提示されずとも自らの意思で、事業もしくは事業の実現手段をゼロイチで生み出し自ら改善し遂行できる
上記のように分けた上で、それぞれのカテゴライズの中でもレベル差が出ます。そして世の中に出てくる評価や育成の話は、カテゴライズ内でのレベルやスキルの話題が多いと感じています。
担当領域の広がりとか、経験年数とか、人のマネジメントをしているかどうかなどでジュニア・ミドル・シニアを分ける考えもあるともいます。そういう分け方もあるともいますが、僕はあえて違う分け方を提唱してみます。
ジュニア・ミドル・シニアという分かれ目を飛び越えられるのか
個人の見解ですが、ジュニア・ミドル・シニアがスタンスであるならば、飛び越えるのはかなり難しいと思っています。難しいというより無理に近い。ここは「出来ます」と答えておいた方がウケはいいんだと思うけど、実感としては難しいと思います。
少なくとも、飛び越えるための体系化された育成プランの確立というのは不可能だと考えています。
現実的にはジュニアの中でレベルがあがる、ミドルの中でレベルが上がるということまでしか育成では達成できないと考えています。
ジュニアからミドルの引き上げでさえかなり難しいと考えています。いわんやシニアに引き上げるのは。という感覚です。
シニアって年齢が若くてもシニアだと思いませんか?進化するものじゃない気がしません?ジュニア・ミドル・シニアと着実にひとつずつレベルを積み重ねてきたなという実感のある方いますか?
ジュニア・ミドル・シニアと成長していくのだという捉え方は、誤解を生みかねないと考えいています。ポケモンみたいに進化するものじゃない。
ただし、パレートの法則的なものはあると思っていて、環境によってミドル的な振る舞いをするかシニア的な振る舞いをするかは変わるかもしれません。それこそ1人になったら何とか自分で考えてお金を稼がないといけませんからね。
ただそれでも、1人になって自分でなんとかする状況が心地よいかそうでないかは、生得的な特徴であるように思うのです。
ジュニア・ミドル・シニアという名付けがそもそも違うのかも
ここまで書いてみて、ジュニア・ミドル・シニアの違いはレベル分けではなくて、一般職と総合職の違いのような、そもそもの働き方の違いとか雇用形態の違いに近いものと捉えた方がわかりやすいかもと考えました。スキルレベルの話ではなくスタンスの違いに近いのかもしれません。例えば以下のような分類ができそうです。
ジュニア → 一般職・派遣職
ミドル → 総合職
シニア → 経営
これらはあくまでも役割や働き方の違いであって、優劣ではないと考えます。
スキルは高められてもスタンスは変えれない
ジュニアの中で、ミドルの中で、シニアの中で成長していくというのはスキル的な成長だと考えています。
比較して、ジュニアとミドルとシニアを飛び越えるのはスタンスの変化に近いと考えていいます。
少し言い換えると、土台は同じ中で進化するか、そもそもの土台から変化するかの違いだと考えます。個人的にはスキルの成長はできてもスタンスの変化を促すことは難しいのではないかと感じています。
必ずしもジュニア・ミドル・シニアと変化していかなくてもいいのでは
ジュニア・ミドル・シニアという並びをみると、「いつかはシニアになるぞ」と思ってしまうかもしれません。でも個人的には「シニアにならなくてもいいのでは」と考えます。
シニアなら報酬が高いわけでもないです。報酬はただの需給の話です。シニア的志向な人は相対的に数が少ないため報酬が高いケースが多いだけです。もっというと、シニア的な志向を持ちながら出世できる人は貴重なので報酬が高いだけです。
並行処理できる量を増やすという選択肢も大いにあります。ミドルだったとしても並行で進められる数を増やすことでシニアよりトータル報酬が高くなる可能性も全然あります。ミドルを極めるという選択肢も積極的に推奨されるべきだと考えます。
必ずしもシニアを目指さないといけないわけではないし、シニアを目指さないことが後ろ指を刺される必要もないです。
そもそもシニアだけのチームはバランスが悪いです。事業を進めていく上ではジュニアも、ミドルも、シニアもバランスよく必要なのです。
特にミドルはめちゃくちゃ大事で、ミドルの質でチームアウトプトの質の高さが、直接的に変わります。ミドル的な役割を極めるキャリアは本気でアリだと考えています。
必ずしもジュニア・ミドル・シニアと変化していかなくてもいいのではということが言いたいわけですが、僕がこれ言っちゃうと胡散臭いですよね。
胡散臭いかもしれないですが本気でそう思っています。
ここまでの話を統合するとプロダクトマネージャーはシニアしかあり得ないのかもしれない
ここまで書いてみて気がつきましたが、僕はプロダクトマネージャーはシニアしかあり得ないと考えているらしいです。
答えのない課題を試行錯誤というツールを使って突破していく人は、指示もされずに事業や実現手段ををゼロイチで生み出せる人だと思うわけです。その意味ではジュニアPdMもミドルPdMもいないし、PdMは経営級の仕事であり、ミニCEOであると思うのです。
あえてプロダクトマネジメント勉強中の人に名前をつけるなら、ジュニアより見習いPdMとかの方が良さそう。ジュニアという表現には見習いとアシスタント側面が混ざっていると思うのです。
見習いとアシスタントの区別はつけた方がいいと思うんですよね。アシスタントはアシスタントで必要なのはわかるのです。プロダクトマネージャー忙しいので。
ただマネジメントとしてはマネジメント対象がアシスタントとして習熟していく前提なのか、見習いシニアPdMとしてシニアPdMを目指す前提なのかで任せることもプレッシャーの掛け方も明確に変わります。
逆サイドから見ても自己認知がアシスタントPdMなのか見習いシニアPdMなのかでやるべきことの取捨選択も変わるでしょう。
見習いシニアPdMの自己認知であればプロダクトマネジャーとして、一定範囲の責任持って決断できる環境に行く方が早いです。(体制がないところの1人PdMとかはお勧めしないです。そこで生き残るのはまた別の特殊スキルなので。)
プロダクトマネージャーをやりたいなら、ジュニアから始めようじゃなくて、最初からシニアとして矜持を持ってやればいいのではと思うわけです。ジュニアとかミドルとか言って甘えない方がいいです。
あくまでも自分の見解であって、これによって「誰々はプロダクトマネージャーじゃない!」とかそう言うことが言いたいわけではありませんよ!
ジュニア・ミドル・シニアが自己認知と他者認知で違うとみんな辛い
ごめん!記事長くなってますが、ここが一番話したいことです!
ここでは以下の定義のジュニア・ミドル・シニアの話をしています。
ジュニア→指示された仕事をプロジェクトマネジメントしてもらった上で完結できる
ミドル→指示された仕事を自らがプロジェクトマネジメントして完結できる
シニア→指示されずとも事業もしくは事業の実現手段をゼロイチで生み出し自ら改善し遂行できる
「自己認知はシニアなのに他者からの期待や扱われ方はジュニア」だと辛いと思うんですよね。
辛いというかイラつく場面があると思います。でもいきなりシニアとして他者認知されるのは無理なので、ジュニアの皮をかぶって信頼獲得していくしかないタイミングもあるのです。でもここで耐えられない人が結構いるんですよね。
ちょっとしたバグとして、ジュニアがミドルの動きをしようとするのは喜ばれるけど、ジュニアがシニアの動きをするのは怒られがち問題があります。
これはシニアの定義が曖昧だから起きる問題で、ミドルのケイパだけどシニアの役割をせざるを得ない状況が間接要因です。
逆のパターンも然りで、「自己認知はミドルなのに、他者からの期待や扱われ方はシニア」というのも辛いと思うのです。「頼まれた仕事をきっちりこなして、人を助けて喜ばれたい。」と思っているが、他者からの認知がシニアなので、ゼロイチをうみ出す必要があるがそれがケイパ的にできずに辛いと、いうパターンもあり得ると思います。シニアだという認知から降りるのもそれはそれで大変なのです。
このような自己認知と他者認知があっていない辛い状況に気がつき、解消するヒントになればいいなという狙いもあり本記事を書いています。
ここで重要なのは、シニアはやろうと思えばジュニアの仕事もミドルの仕事もできると思うんですが、あくまでもやろうと思えばできるだけなんです。努力が必要なのです。つまりジュニア・ミドル・シニアは単純な下位互換とか上位互換ではないのです。
ジュニアはジュニアとしての、ミドルはミドルとしての、シニアはシニアとしてのキャリアアップ戦略があるのです。必ずしもシニアになることがキャリアアップとは限らないのです。というかなれないものはなれないので、なれないものを目指すと病みます。これは大事なポイントだと思う。
要するにあなたは本当にミドル・ジュニア・シニアなんですかという話
重複するのだけれど重要なメッセージなのでもう一度言わせて欲しい。
経験年数と実績的に、ジュニアだな、ミドルだな、と思っている人や思われている人もスタンスとしてはシニアである場合がある。
経験年数と実績的に、シニアだなと思われている人も、スタンスとしてはミドルである場合がある。
あなたが自分をなんと名乗るかは、マーケ的な側面もあるし自由だけれど、自分の心の中での捉え方をミスっていると辛いから、捉え方気をつけようねということが言いたいのです。
あなたもしかしてスタンスはシニアなんじゃない?
プロダクトマネージャーのレベル感は何で測るのか
ではプロダクトマネージャーのレベル感は何で測るのか。測る必要があるのだろうかという話もあるけど、仮に測るならという意味で書きます。
僕は実績以外で測りようがないのではないかと思っています。プロダクトや事業を伸ばした実績です。その過程を説明できる試行錯誤の結果があるかどうかということがプロダクトマネージャーのレベルを決めると考えます。
別に壮大なものではなくてもいいのです。誰もが知るプロダクトを作り出さないといけないわけではないです。ただただ仮説を立てて、トライして、軌道修正してということを自分でマネジメントした経験が大事だと思います。チームで物作りを通してユーザーに価値を届ける中で起こった経験が、そのままレベルになります。
その洗練度はトライすればトライするほど上がっているはずで、自ずと結果もついてくるはずです。
何が言いたいかというと、試行錯誤はスキル検定では測れないのです。実際にプロダクトを事業を伸ばすために試行錯誤したことで出た結果でしか測れない。
結果を何と定義するセンスも含めてです。
排他主義的な話をしたいわけではなく、認識することの大事さを言いたいだけ
「プロダクトマネージャーは選ばれた人しかできない難しい仕事だから、簡単にプロダクトマネージャーを名乗るんじゃない」みたいな排他的なことが言いたいわけではありません。
当たり前ですが、プロダクトマネージャーを名乗られた時に噛みついたりもしません!
ただ考えてみることは大事だと思うのです。考えてみて現状と照らし合わせてみること。言語化してみることが大事なのです。
目指すものがあるとして、そことの客観的な距離を知ることであったり、漠然と考えていた目指しているものが、実際にはやりたいことと少し違うかもということは現実にはあるわけです。そこに気が付かないまま闇雲に進むのは誰にとっても辛いことだと思うんです。
今回書いたのは僕の偏った独断と偏見ですが、これを一つのきっかけにディスカッションがしたいのです。僕もさらに解像度を上げていきたいのです。
プロジェクトマネジメントと試行錯誤の違いは
プロジェクトマネジメントと試行錯誤って同じなんでしょうか違うんでしょうか。結論プロジェクトマネジメントができないと試行錯誤はできないけれども、プロジェクトマネジメントができるからと言って、試行錯誤ができるわけではないと考えます。
複数ステークホルダーを巻き込んだ上での試行錯誤って、信じてもらわないとできないのです。信じてもらうためにはいろいろな要素がありますが、そのうちの重要な要素の一つにプロジェクトマネジメントのスキルがあります。プロジェクトの進行が約束通りにできていないと信頼は獲得できません。
「プロジェクトマネジメントもスキルなので、成長するのでは。それならジュニアからミドルへの成長は作れるのでは?」
わかる。わかるんだけど、プロジェクトマネジメントは土台をなす重要なスキルでありスタンスに近いと考えています。これはうまく説明できない。感覚。プロジェクトマネジメントのHow的なスキルとして、これを身につけるとプロジェクトマネジメントできるようになるよ、というものもあると思うんだけどそれをは少し違うものがあるような気がするのです。
「何か手伝えることあったら言ってくださいね」と言われた時の感情について
「何か手伝えることあったら言ってくださいね」と言われた時に皆さんは何を考えますか。
素直に「ありがたいな」と思いますか?「何をやるべきかは自分で考えてよ」と思いますか?「マネジメントしたことなさそうだな」と思いますか?それもと笑顔で「ありがとう」と言ってスッとその人の存在自体を認識から消しますか。
誰から言われるかによっても変わると思います。上司なのか部下なのか同僚なのかなど。色々な想定が考えられます。
嫌な話なんですが、結論こういう話をちゃんとすべきで、向き合うべきと思うのです。
あとがき
「なんの権利があってお前が定義してるのよ」感あると思う。本当に申し訳ない。
プロダクトマネージャーとはとか、ジュニア・ミドル・シニアの定義とはみたいな、語りにくいことの実際のところの話をしてみたくて書いてしまった。誰かを批判したい否定したい意図は一切ないです。
プロダクトマネージャーもジュニア・ミドル・シニアも会社や現場やなんなら個人によっても全然違います。ただ「全然違うので難しいよね」だと何にも深まらないので、一例として自分の考えを書いてみました。
年齢の話と、仕事に対する成熟度やスタンスを混ぜて、ジュニアとかシニアとかを扱うと、ミスリードが起こると思っているのです。
特にスタンスがジュニアな人は、決してシニアにはなれないなという感覚があります。
この記事に限らず、僕の書いていることが絶対ではないので、これからも発信内容をベースに意見交換したいです。みなさん。何を考えたか教えてください。よろしくお願いします。
スコープ広げすぎて若干読みにくいかもですが、ここをつなげて書きたかったのです。部分に着目したスピンオフも書くかも。
