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はじまりはじまり 〈日本神話から見る日本の成り立ち⑥〉

⚠️当記事には過激な表現、不快に感じる表現があります。食事中の閲覧はおすすめしません。ご注意ください。

この記事は『今日、好きになった結果〈日本神話から見る日本の成り立ち⑤〉』の続きとなります。
まだご覧になっていない方は、先にこちらを閲覧していただけると幸いです。


1.ニギハヤヒとナガスネヒコ

河内国(かわちのくに、現在の大阪府の一部)は鳥見の里。
ニニギノミコトが降臨する何年か前、地上のこの場所にとある神が降臨していました。

「我々はアマテラス様の命を受けてここに参った。」

天磐船(あめのいわふね)という舟に乗り、空から降りてきた彼は、その土地に住まう人間にそのようなことを告げました。

「……名を名乗れ。いかに神々と言えど、長髄の者は外部の者を受け付けてはおらぬ。」

対する人間も、強い警戒心から彼らに対して親密に接しようとはしませんでした。

「私はニギハヤヒ。天照大神様より、地上を治める使命を仰せつかった神。」
「ほう……?」

その神がニギハヤヒと名乗ったタイミングで、神宝を手に持った神々がぞろぞろと舟から降りてきました。

ーーニギハヤヒ

「……証を見せよ。」
ニギハヤヒ「布津御魂剣(ふつみたまのつるぎ)、天羽々矢(あめのはばや)、そして十種瑞宝(とくさのかんだから)。アマテラス様より授かった神宝。そして今回の降臨に随伴した者は、皆全て高天原より参った神々だ。」

背後に並ぶ錚々たる神々。ツクヨミを筆頭にオモイカネ、アメノウズメ、スクナヒコナ、アメノコヤネ、サルタヒコなどーーニギハヤヒの降臨に際して同伴した者達が立ち並ぶ。

ニギハヤヒ「納得してもらえただろうか。私が……」
「違う。」
ニギハヤヒ「は?」
「我ら長髄の者は、その体を狩猟のために鍛え、その指を生活に根差した物づくりのために動かしてきた。我らにとって証とはーー」

ニギハヤヒと相対する人間は、そっと拳を構える。

「己の肉体、そしてその内に眠る闘志に他ならぬ。」
オモイカネ(ほう、ニギハヤヒ様に肉体一つで挑むか。)
アメノウズメ(人の子の中にも面白そうな子がいるじゃない♡)

ニギハヤヒの背後にいた神々はただ固唾を呑んで見守る。拳を構えた人間に対してニギハヤヒはーー

ニギハヤヒ「ーーいいな!」

拳を構える。その眼差しには太陽のような闘志が燃え上がりーー

ニギハヤヒ「不要な争いは好まないが……そうだな。『その手』の戦いは私も好きだ!」
「……良い顔をする。」

太陽神として、また天孫として知られるニギハヤヒ。彼の拳と人間の拳が交差し、激しい火花が飛び散りました。

サルタヒコ「開戦の合図としては些か激しいものよ。なれど……」
スクナヒコナ「ニギハヤヒ、楽しそう。」
アメノコヤネ(うう……なんでこんなことに……アマテラス様に言われたから仕方なく来たけど……!)

空を切る数多の業、互いの闘志が肉体と骨を打ち付ける音。神と人間による激闘を、他の神々と人間も見守るばかりでした。

「……ぬう。」
ニギハヤヒ「どうだ人間!貴殿の目に今の私はどう映っている!?」

服を脱ぎ捨て、隆々たる肉体を見せるニギハヤヒ。その顔は既に痣と血に塗れていましたが、太陽のように輝く笑みと子どものような瞳には屈託など無いように見えました。

ニギハヤヒ「高天原では鍛錬のみ故、死闘を演じたことは一度もない。故にこうして死ぬ気で拳を交えられる者と出会えて私は嬉しい!」
「……ふっ。それは我とて同じ。」

ニギハヤヒと同じく服を脱ぎ捨て、人間は生傷だらけの肉体を露わにしました。人間同士の抗争によるもの、狩猟による自然の脅威によるもの、様々な傷が交差し、数多の嵐に晒してきた命をニギハヤヒに示したのでした。

「……我が名はナガスネヒコ。」
ニギハヤヒ「ナガスネヒコか!」
ナガスネヒコ「ニギハヤヒ……いや、天神殿。まずは貴殿を歓迎しよう。だがーー!」
ニギハヤヒ「ああ!もうしばし!愉しもうか!」

歓迎の意をそのままに、ニギハヤヒとナガスネヒコは殴り合いに興じることとしました。

ツクヨミ「………。」

その光景を、ツクヨミはただ冷たい眼差しで見つめていました。

ツクヨミ「……戻るぞ。姉上に事の次第を報告する。」
オモイカネ「ツクヨミ様。」
ツクヨミ「ニギハヤヒはもはや自らを抑え込むようなことはすまい。ともすれば、早々に次の手を考える必要があろう。」
オモイカネ「それはつまり、ニギハヤヒ様では地上を統治することはかなわぬと?
ツクヨミ「お前にこれ以上語る必要があるか?」
オモイカネ「………。」
ツクヨミ「人は命に限りがある。故に『残す』思考が我々神々よりも遥かに強い。見て分かるだろう。抑え込むとは即ち残すことに他ならぬ。ともすればニギハヤヒのあの姿勢は、いずれ仇となろう。」

ニギハヤヒを置いて帰還しようとするツクヨミ、そんな彼の元に、サルタヒコが駆け付けます。

サルタヒコ「お待ちを、ツクヨミ様。」
ツクヨミ「何だ貴様は。」
サルタヒコ「先ほどの話、天神殿の他に後継者を送るという意にござるか?」
ツクヨミ「ああ。」
サルタヒコ「それではいずれ、アマテラス様の御子、その血筋同士で相争う形になるのでは?」
ツクヨミ「何か問題が?」
サルタヒコ「無用な争いは人間どもに付け入る隙を与えると思いましてな。」
ツクヨミ「……お前は、蟲毒なる毒の作り方を知っているか?」
サルタヒコ「……そうですか。いや、全てを語る必要はありませぬ。」
ツクヨミ「いきなり口を挟んできて何事かと思ったが……理解が早くて助かる。」
サルタヒコ(天神殿が残ればそれでよし、そうでなくとも天神殿の命を討ち取れるだけの実力があればそれもよし……か。)

ため息を吐いたサルタヒコは、そっと神々の列から離れていきました。

サルタヒコ(そのような血生臭いやり方では、血生臭い世しか生まれぬ。我輩にはそのような世より先に未来は見えぬ。)
スクナヒコナ「サル。どこ、いく。」
サルタヒコ「すまぬな、スクナ殿。我輩はちと疲れた。」

ナガスネヒコと楽し気に打ち合うニギハヤヒの姿を見つめながら、サルタヒコはただただ憂いと共に、彷徨うように旅に出ました。

ニギハヤヒ「ああ……楽しいなぁ!退屈だった高天原とは大違いだ!」
ナガスネヒコ「……退屈とは程遠い根を持っている。貴殿はやはり我らと共に在るのが正しかろう!」

饒速日命(ニギハヤヒノミコト)は、後世においては資料に乏しく、その名から太陽の神ではないかと言われている神です。
しかし河内国鳥見に降臨し、後に大和国は哮ヶ峰(いかるがみね)に移り住み、ナガスネヒコの妹を娶ってその地を治めたということーー
そして、ニニギノミコトよりも先に地上に降臨したことだけは分かっています。ニニギが天孫と呼ばれたのに対して、ニギハヤヒは天神と呼ばれ、その扱いも差別化されていることが特徴的です。

果たして、サルタヒコが危惧した神々の血筋を引く者同士の争いですが、時を隔てるごとにそれが現実味を帯びていたのは事実でした。

2.出立

イワレビコとその兄弟たち

『ーーこれがかの地に伝わる話じゃ。』

ニニギノミコト崩御から幾つもの歳月が過ぎ、彼の子孫である神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ)は、幼い頃に出会ったシオツチノオジから遥か東方に存在する地の話を思い出していました。

シオツチノオジ『その地は青く美しい山々が四方を囲み、天神と呼ばれる王が治めていることによって大いなる加護を受けておる。まさしく中洲(なかつしま)。この国の中心と呼ぶに相応しき場所じゃ。』

幼き日のイワレビコにとって、その地の話は不思議と惹かれるものでした。この国の中心という言葉がそうさせたのか、はたまた青く美しい山々という情景がそうさせたのかーー

シオツチノオジ『じゃが、その地は未だ争乱が絶えぬ地でもある。天神殿の力を以てしても、その地の争乱は収まることを知らずーー天孫殿の統治による恩恵も、未だ届いておらぬ有様じゃ。美しいだけにもったいないのう。』

あるいはーーそんな美しい土地であっても争乱の火から逃れえぬという無情さか。
末子が統治者となるしきたりの元、イワレビコには幼い頃から既に統治者としての意識が芽生えておりました。それ故にその国のことは対岸の火事とは思えなかったのでしょう。

『この国を治めるには、より中心にある場所でなければならない。』

幼い頃から伝え聞いたかの地のことを思い出したのは、統治者としての日々を送る中で見るようになった夢がきっかけでした。

「……また、例の夢を見ました。兄上。」
「……そうか。」

夜眠る度に、まるで何者かに急かされるように見る夢の内容を、イワレビコは兄である五瀬命(イツセノミコト)に相談していました。

ーーイツセノミコト

イツセ「天啓としか言いようが無かろう。」
イワレビコ「しかし長兄……。」
イツセ「分かっておる。だが、お主はいつだって聡い判断を下してきた。」

この国の中心ーー即ち中洲(なかつしま)。彼らが今いる日向国(ひむかのくに、現在の宮崎県及び鹿児島県一部)よりも遥か東にあるその場所でなければ、国を治めることはままならないと、イワレビコは夢の中で何者かに告げられたのでした。

イツセ「それに、お主も正直思っているのであろう。」
イワレビコ「はい。ここ日向国は高千穂より漂うニニギ様の神威が未だ色濃く残り、我々と共に在る人々の象徴となっています。しかし……国の中心として神に都合はよくとも、人間には不便な部分が目立ちます。ともすれば、やはり合理的に見ても中洲に中心を移すべきかと。」
イツセ「そうか。」

弟にして統治者の言葉に、イツセは腕を組んで頷きました。

イワレビコ「ですが、中洲に行くは並大抵のことではありませぬ。多くの時と、障害を乗り越えるだけの犠牲が必要となりましょう。」
イツセ「だが、お主はそれが最善と心得ているのであろう。」
イワレビコ「はい。」
イツセ「ならばわしらはそれに従うのみじゃ。」

微笑むイツセ。イワレビコはその笑みに、ただ頭を下げるのみでした。

イツセ「すぐにイナイとミケイリも呼ぶとしよう。お主の気持ちを聞けば、奴らもすぐに納得しよう。」
イワレビコ「ありがとうございます。長兄。」

次兄・稲飯命(イナイノミコト)、三兄・三毛入野命(ミケイリノミコト)、そしてイワレビコを主君と慕う家臣達がイツセの一声で集まることになります。

イワレビコ「次兄。兄者。皆集まっていただきありがとう存じます。」
ミケイリ「な~に?どうしたのイワちゃん。もしかして~昔みたいに甘えたくなっちゃったとか~?」
イナイ「んなわけなかとや。のう?イワレビコ。」
イワレビコ「皆に集まっていただいたのは他でもありません。この国の未来について、私の意志を聞いていただきたいと思ったからです。」
イナイ「しれっと始めよる。ほんにおはん昔から変わらんと。」
イワレビコ「数多の人々が生を受ける太古の昔、我々の祖である高皇産霊神・天照大神はニニギノミコトに地上の全てを授けました。そのために高天原の門を開き、天の八俣を越え、この高千穂に天逆鉾を打ち立て、未だ混迷を極めたこの国を治めました。」

集まった人々の前で、イワレビコは国の成り立ちを語ります。その上でーー

イワレビコ「ですが、それでも未だその恩恵を受けられていない人々がいることもまた事実。これは天孫の血を引く我々にとって憂い、嘆くべき出来事。少なくとも私には、それが悔しく思えて仕方がなかった。しかし今日、その悔しさに終止符を打つべき時が来たのだと実感したのです。」
イツセ「………。」
イワレビコ「昔、シオツチノオジにお会いした際に、ここより東にこの国の中心と呼ばれる地があると聞き及びました。幼き私にはそれが夢のような存在と感じていましたがーー今日に至り、その地を治めるべしという天啓を受けたのです。これを受けた以上、私はこれを無為にするわけにはいかない。」
イナイ「ほう――。」

顎に指を添え、イナイは興味深そうにイワレビコの顔を見つめます。

イナイ「ほんに面白か話ばするとね、イワレビコ。ここがニニギ様ん縁が深きを知っとる上で言うとるか?」
イワレビコ「はい。」
ミケイリ「う~ん、そうなるとちょっと心配かな~?ほら!ニニギ様のことを慕っている人多いじゃん?もしかしたら反発も多くなるカモ?」
イワレビコ「すべて承知の上です。その上で私は次兄と兄者にも聞いていただきたいと思ったのです。」

イワレビコの言葉を聞いたイナイ、ミケイリは逡巡の後、顔を合わせて互いに笑い合うとーー

ミケイリ「カワイイ弟の言うことだもん!大丈夫!ワタシ~イワちゃんのお兄ちゃんだから!」
イナイ「統治者としてのおはんの力ばよう知ってる。俺も全力で力ば貸す!任せんしゃい!」
イツセ「ふっ、お前らは本当にイワレビコには甘々だな。」
イナイ「そういう兄ィも、始めからそんつもりだったじゃろうが!」
イツセ「そうじゃ。わしはお主らの腹積もりなど始めから想定済みじゃ。」

弟たちを見た後、イツセは自身らの背後に控えていた家臣達を見つめる。

イツセ「この中に我らが主君の言葉に異存ある者はいるか!」

イツセの言葉に動揺もせず、その場にいる誰もがただじっとイワレビコらを見るのみでした。

イワレビコ「立ち去る者は咎めない!果て無き旅路と多くの困難が待ち構えている以上、多くの者が命を落とすこととなる!それでも征くというのであれば、ここに残ってくれ!」

イツセの言葉を受けて、立ち去る者は誰もいませんでした。

顎髭が長い家臣「イワレビコ様!我らは常にイワレビコ様と共に!」
老いた家臣「皆、あなた様の統治に感銘を受けた者ばかりですじゃ。今更見捨てることなどできましょうや。」
少年「イワレビコ様!」
イワレビコ「……ありがとう、皆。」

こうして、イワレビコとその兄弟による、長きに渡る東征が始まることとなりました。

速吸瀬戸

東征の演説を終えたイワレビコは、海路を通って東に向かうことを決めました。

イワレビコ「まずは日向国と伊予国の間にある海峡を通り、宇佐へ向かう。大丈夫。我々には海神の加護がある。」

海神・ワダツミの娘であるタマヨリヒメを母親に持つイワレビコたち兄弟は海の加護を持っていました。それ故に海路を渡ることを決断したのですが……

少年「い、イワレビコ様。」

船に揺られる中で、家臣が慌ただしくやってきました。

イワレビコ「何事か。」
老いた家臣「船が止まってしまいました。潮の流れが急であり、まともに動けないとのことらしいですじゃ。」
イワレビコ「何。」
イツセ「……聞いたことがある。そこは潮の流れが極めて速く、かのイザナギも、冥府で受けた穢れをそこで落としたと言われているそうじゃ。」
少年「どうしましょう……イワレビコ様。」
イワレビコ「ううむ……。」

船を出したはいいものの、いきなり立往生を喰らってしまうイワレビコたち。しかし、そこにーー

「やぁやぁ、このような所を通ろうとは。命知らずか、それとも世間知らずか。」

亀の背に乗って、悠々と海を渡る一人の神が姿を現しました。

イワレビコ「あなたは?」
「ん?おお。我が名はウヅヒコ。ただのしがない国津神よ。」

珍彦(ウヅヒコ)と名乗った国津神は、口回りの無精髭を目いっぱい横に伸ばし、歯の抜けた笑顔を見せました。

ウヅヒコ「おや、貴公はもしや、イワレビコ様か。」
イワレビコ「いかにも。」
ウヅヒコ「おお!ここを通るという噂は聞いていたが!やはり来られたか!」

拍手をするように、ウヅヒコは手を叩き、何度も頷きました。

ウヅヒコ「ならば、このウヅヒコが水先案内人を務めさせていただきましょうや!何しろここは色々と厄介な所故!!」
イワレビコ「そんなに厄介なのか。」
ウヅヒコ「左様!ここは昔から二匹の大ダコに守られておりましてな。東は海神様から授けられた剣を振るうオスダコ、西は海神様から授けられた宝玉を用いるメダコがおりましてな、かのタコの力によってこの海峡は守られているのです。」
イツセ「……なるほど。それで合点がいったわ。母上より海の加護を授かっている我々でも、この潮の流れに止められたわけじゃ。偉大なるワダツミより直々に授けられた力であれば、それは足止めもされよう。」
ミケイリ「な~にそれ!?な~んか早速雲行きがアヤシー感じじゃん!」
イナイ「眩しいのう!!?

ミケイリの不満を適当に受け流した直後、突然、イナイが大きな声を上げました。彼の視線の先には黄金の煌めきを放つ岩があり、直視すればたちまち失明しそうなほどの輝きを放っていました

イナイ「わっぜぇ光があるけぇないごとか思うたら、黄金の岩があったんや!」
ウヅヒコ「ああ、あれは昔このあたりで暴れ回っていた怪物ですな。それを知った海神様が、怪物を黄金に変えてしまったというわけでして。」
イワレビコ「……ふふ。」
イツセ「何じゃ、何を笑っとる。」
イワレビコ「いや、こうして一歩外に出ただけで、こうも新鮮さあふれる状況に巡り合えるなどとは思ってもなくて。しかもそれを兄弟たちと共に分かち合えると思うと、嬉しくて。」

子供のように笑うイワレビコ。統治者として、よりよい国造りをするための道のりだというのに、彼は子供のように無邪気に笑っていました。

イワレビコ「長く国を統治していては知り得なかったことばかりで、私は嬉しいのです。長兄。」
イツセ「……お前というヤツは。」

呆れたような、しかしどこか楽しそうな笑みを浮かべるイツセ。

イツセ「そうだな。わしも素直に嬉しく思う。お主のお陰で、何やら遠征ではなく旅に出ているような気分になるわ。」
ウヅヒコ「随分と仲の良いご兄弟ですな。」
イワレビコ「私にはもったいない兄たちです。」

潮の流れが速い速吸瀬戸を越え、次の目的地である宇佐にたどり着いたイワレビコたち。
そこで、イワレビコは、東征における準備を整えることにしたのでした。

筑紫国宇佐

ウヅヒコの先導によって、イワレビコたちは筑紫国(つくしのくに、現在の福岡県)の柁鼻(かじはな)という場所に上陸しました。

イワレビコ「ありがとう、ウヅヒコ。」
ウヅヒコ「いやはや、まさかお礼をいただけるとは、ありがたき幸せ。」
イワレビコ「今後は椎根津彦(シイネツヒコ)と名乗るといい。その名を後世に伝え、永遠の誉れとしてくれ。これが今の私にできる、精一杯の謝礼だ。」
ウヅヒコ「な、ななななんと!?イワレビコ様から名を賜るとは!!いやいや!!子々孫々に至る栄光の誉れをいただけるとは!!」
ミケイリ「ドギマギしちゃって~カワイイじゃ~ん♡」

ウヅヒコは、こうしてシイネツヒコと名を改めることになりました。

ーーシイネツヒコ

シイネツヒコ「しかし、ここまでの誉れをいただけるとは……かくなる上はこのシイネツヒコ、最後までお供いたしましょう!」
イワレビコ「頼もしいな。ありがとう。」
イツセ「イワレビコ。」

船に置いてある荷物を家臣たちが下ろしている間、イツセは二人の人物を引き連れてきました。

イツセ「お主に会いたいという者共を連れて参った。なんでもこの宇佐を治めている者だそうじゃ。」
菟狭津彦(ウサツヒコ)と言いますたい。これは妹の菟狭津媛(ウサツヒメ)。」

兄のウサツヒコと妹のウサツヒメ、二人は筑紫国は宇佐の地を治める兄妹でした。

ウサツヒコ「いやまさか、あのイワ公がこのような所にいらっしゃるとは思わんかったけん、ばり驚いとりますばい。」
ウサツヒメ「つきましてはあたくしどもで、皆様をおもてなししたいと思っとりますけん。ぜひ宇佐川にある宮殿、足一騰宮(あしひとつのあがりのみや)にお越しいただきたく。」
イツセ「こう言ってることじゃ、ここはご相伴にあずかるのはどうじゃ。」
イワレビコ「はい、ぜひ。」
ウサツヒコ「イワ公とイツセの旦那のお墨付きがいただけるとは、このウサツヒコ、望外の喜びですたい。ではーー」

こうしてウサツヒコから歓迎されたイワレビコたち。

ウサツヒコ「オラオラァ!!道開けんかい!!」
ウサツヒメ「イワ公のお通りじゃボケェ!!!轢き殺されたくなきゃさっさと道開けんかい!!」
「何じゃウサ公!?ナメた口ば叩きよって!!」
「言われる前に道開けとるわボケェ!!」
「今日も今日とて上手い飯食って太らんかいアホ!!」
「平和な毎日に感謝たい!!こんボケ!!」

宇佐の人々はウサツヒコ・ウサツヒメと大変親しく、心温まるやり取りを交わしていました。

イツセ「……間違えたか?」
イナイ「こ、こりゃ随分とアクの強か人が来たな。兄ィ。」
イツセ「ま、まあ、悪い人ではないのは確かじゃろう。」

ウサツヒコの案内によって、宇佐川の上流に建つ足一騰宮に訪れたイワレビコたち。

ウサツヒコ「聞けば、イワ公は東にあるというこん国の中心に行かれるというお話で。」
イワレビコ「え、ええ(イワ公て)。」
ウサツヒコ「ええ夢ですばい。」

ウサツヒコによって、イワレビコたちの前には次々と酒や料理が運ばれてきます。

ウサツヒコ「じゃっど、あのあたりは争いが絶えぬ地ですたい。迂闊に足を踏み入れれば、いかにイワ公であっても無事には済みますまい。」
イワレビコ「それなら、尚更私たちが向かう必要がありましょう。」
ウサツヒコ「イワ公、おどれ自分の命をなんと思っとるたい?」

酒を飲みながら、ウサツヒコはイワレビコに語り掛けます。

ウサツヒコ「あそこは修羅ばい。天神が降り立ったことで混乱は加速しとるけん、あっこに足を踏み入れるモンは命知らずかーーおどれみたいな夢想家しかおらんばい。
イワレビコ「夢想家……」
イツセ「おい。」

ウサツヒコの言葉は罵倒ともとれる発言であり、イツセが額に血管を浮かび上がらせて立ち上がります。

イツセ「口に気を付けろ。わしらがいることを忘れたか?」
ウサツヒコ「俺はこん国のためだったら、いつでも死ぬ覚悟はできとるけん。けど、浅い理由で死ぬのはごめんですたい。」
イワレビコ「………。」
ウサツヒコ「だから聞いとんのです。死ぬ理由はあるとか?と。」
イワレビコ「……ここは、いい国ですね。統治者に恵まれている。」
ウサツヒコ「………。」
イワレビコ「天祖である天照大神は、地上の混乱を嘆いてニニギノミコトを降臨せしめるに至りました。一時は平穏が世に齎されましたが、その後はホオリとホデリの間で骨肉の争いが起きました。私の伯母であり祖母であるトヨタマヒメに授けられた神宝によって、ホオリは勝利しましたが……混迷は未だ止まず、我々の代に至ります。」

イワレビコは神妙な面持ちで語ります。その姿にウサツヒコは覚悟を見出したのか、目を見開き、固唾を呑んで見守るばかりでした。

イワレビコ「天孫の血を引く以上、私には世の混乱を治める使命があります。天神が世を乱しているのであれば、私は天神をも討ちましょう。
ウサツヒコ「天神を討つのは神に弓引くも同じですけん、それはどう考えとるんで?」
イワレビコ「ならば神も討ちましょう。立ち塞がる神が討たれたとあれば、それは私が治めるに相応しい器だったというだけのこと。」
ウサツヒコ「くっ、ははははははは!!!」

ウサツヒコは膝を打って笑いました。その笑いぶりを肴にするかのように酒を呷ると、再び呵々大笑。

ウサツヒコ「誠!!イワ公は面白き人ですたい!!招いて正解だ!!」
イツセ「ったく……。」

ため息をつきながら、イツセは剣を抜こうとした手を引いて座り込みます。

イツセ「イナイの言う通りじゃったな。アイツは昔から頑固な所が全く変わっておらんわ。」
イナイ「あん演説時から思ってたが、ま~自分本位が過ぎるとね。肝がいくつあっても足らんご。」
ミケイリ「一度言い出したら聞かないもんね~。」
イツセ「まあ、何があっても。アイツは絶対にわしが死なせはせん。」

次々と運ばれてくる料理を前に、イツセは酒を目一杯飲みながらイワレビコを見ました。ウサツヒコと意気投合し、肩を組み、時には笑いながら背中を叩かれる弟の姿に、イツセは決意を固めます。

イツセ「アイツはわしらの宝……いや、この国の宝じゃ。アイツが死ぬ時は、それこそこの国が、地上の全てが堕ちる時じゃ。」

饗宴の後、イワレビコたちはしばらくの間筑紫国に留まりました。その後、ウサツヒメを自身の家臣であるアメノタネコと婚姻させ、筑紫国とのつながりを強化させるに至りました。

吉備国高嶋宮

筑紫国から、各地を転々としながらイワレビコたちは吉備国(きびのくに、現在の岡山県)にある高嶋の地に訪れました。瀬戸内海を臨んで浮かび上がる島々と海が作り上げる景観を前に、イワレビコたちはここでより多くの船や兵糧を準備することにしました。

イツセ「しかし、随分と兵が多くなったものよ。」

島に上陸した際、イツセは船から降りる兵士たち、そして船の上で談笑する兵士たちを眺めながらそう呟いた。

イツセ「イナイはウサツヒコの所から持ってきた酒をかっくらい、ミケイリは相変わらず女子と猫の真似事をしておる。」
老いた家臣「いつも通りですな。ほっほっほ。」

長い東征の中で、イワレビコ率いる軍勢は徐々に肥大化。各地でイワレビコを慕う人々が集まっては軍勢に加わっていった結果でした。

顎髭の長い家臣「しかし、何と空気のうまい所か。」
イツセ「ああ。わしもこの場所は知らなんだ。」
顎髭の長い家臣「イワレビコ様は、この東征の行く末を占って参ると仰っておられたが……」
イツセ「天神と戦うやもしれぬからのう。だが……」
老いた家臣「しかしのう……イワレビコ様は天孫の血を引くお方。偉大なるアマテラス様の地を引くお二方がそのような争いに巻き込まれるなど……」
青年「……それでも、イワレビコ様良い世の中を作ってくれますよ。」
イツセ「ああ。」

多くの兵が集まる中で、イワレビコは一人、島々の中でも大きな山に登っていました。その頂上で彼はーー

『この国を治めるには、より中心にある場所でなければならない。』

この東征の吉凶を占っていました。閉じた目と合わせた両手。意識はただ、東に向かう最中でもこの夢を見せたであろう神に向けていました。

イワレビコ(教えてください。この東征の行く末は果たして吉と出るか凶と出るかーー)

微かな風が木々を揺らし、さざめく葉の音を奏でていきます。その静寂の中にイワレビコは何か答えを得たのか。ゆっくりと瞼を開けます。

イワレビコ「……答えは、己の目で確かめよと、そう仰せか。」

振り返り、山を下りていくイワレビコ。彼の中で、何か見つかったのかーー

青年「イワレビコ様!」

そこに青年が姿を現す。日向国を出る時は少年だった彼と顔を合わせると、イワレビコは軽く手を挙げ、微笑みかける。

イワレビコ「行宮(かりみや)を置く。ここでしばらく英気を養い、しかる後東に参る。お前も、長い間付いてきてくれてありがとう。その力、期待している。」
青年「ーーはい!」

イワレビコ率いる軍勢は高嶋宮と呼ばれる地でしばらくの間兵糧を蓄え、兵士の訓練に力を入れたとされています。これは来たる東の地での戦に備えたものだとされていますがーー

3.試練

孔舎衛坂(くさえのさか)の戦い

しばらく高嶋宮に滞在した後、瀬戸内海を通じてイワレビコは難波の𥔎(なんばのみさき)から、浪速国(なにわのくに、現在の大阪府)の白肩津と呼ばれるところに停泊しました

イワレビコ「ここが、東の地……。」

まだ国の中心と呼ばれる場所には至っていませんが、それでも、確かに近付いているという実感がイワレビコにはありました。

イワレビコ「さあ!もう少しだ!」

当初は龍田(たつた)と呼ばれる道を通ろうとしたのですが、その道は険しく、大人数で通るには難儀したので断念。胆駒山(いこまやま)を越えて中洲に至ろうとしました

『待て。』

しかし、孔舎衛坂(くさえのさか)と呼ばれるところで、イワレビコたちは足を止められました。彼らを止めたのは、ニギハヤヒと共にこの地を治めるナガスネヒコでした

ナガスネヒコ「……貴様ら、どこの者だ。」
イワレビコ「私はイワレビコ!日向国より参った!この地は未だ混迷のさなかにあり、それを治めるべくこうしてーー」
ナガスネヒコ「妙な話だ。」

ナガスネヒコはイワレビコの言葉に、強い不信感を抱きました。

ナガスネヒコ「……誰が、言った。お前に。」
イワレビコ「天啓である。私は神々よりーー」
ナガスネヒコ「……ならば、早々に立ち去れ!」

血相変えて、ナガスネヒコはイワレビコを一喝。

ナガスネヒコ「ここは既にニギハヤヒ……天神によって治められている。混迷?笑わせるな。我らはただ在るべき形に収まっているに過ぎん。貴様らの杓子定規で我らの形を測るな。反吐が出る。」
イワレビコ「在るべき形とは、弱き者を弱いままに捨て置き、強きを一層強くすることを言うのか!」
ナガスネヒコ「……自然の営みを見よ。弱きは消え、強きが残る。それが世のあるべき形よ。」
イワレビコ「それが、天神の教えか。」

背後に立つ兄弟と兵士と共に、イワレビコはナガスネヒコを睨む。

イワレビコ「見てくれ、私の軍勢を。彼らは皆、元々ただの人間。そして私達も、神の流れを汲みはすれどその力は人間に等しい。弱さは捨てるものじゃない!受け入れるものだ!」
ナガスネヒコ「……言いたいことはそれだけか。」

イワレビコの言葉を聞いたナガスネヒコは、彼の言葉を鼻で笑う。

ナガスネヒコ「……鏖殺せよ!我らの強さを見せてやれ!」

率いてきた長髄の者と入れ替わるように、ナガスネヒコは軍団の後方へと下がっていきました。

イナイ「ちぃっ!言わせとりゃ散々バカにしとらっせに!」
ミケイリ「何かムカつく~!分からせてやるしかないじゃんね!」
イツセ「ああ。わしらの力、見せてやるより他あるまい。」

坂の上から迫るナガスネヒコの軍勢。その勢いは凄まじくーー

イツセ(くっ、何という勢いだ!奴ら地の利を得ておるか!

有名な三国志では、蜀漢の名将・黄忠が逆落としで魏の名将・夏侯淵を討ち取ったようにーー
後世の日本で、源義経が鵯越の逆落としを行ったようにーー
高い位置から逆さまに落ちるように急斜面を駆け下りるという戦法は、シンプルかつ極めて高い攻撃力を発揮することで有名でした。

ナガスネヒコ軍兵士「しぇあッ!!」

更に言えば、ナガスネヒコが率いる長髄の者達は、極めて長い脚と恵まれた体を誇っていたと言われています

顎髭が長い家臣「げっ」

その恵まれた体躯から放たれた蹴りによって、顎髭が長い家臣は首がちぎれ飛び、一瞬で事切れてしまいました。

イツセ(こやつら、戦を知り尽くしておる!我らとは知識も経験も段違いじゃ!)

迫る兵士を剣で斬り伏せつつ、イツセは坂の上にいるであろうナガスネヒコを見ました。迫る人の雪崩の頂上で、不敵にも彼は腕を組んでいました。

イナイ「チェストォォオオオ!!かーっ!次から次へと湧いてきよる!」
ミケイリ「イワちゃん!ダメ!ワタシたち負けてる!」

兄弟たちはどうにかやり過ごせているものの、それ以外の兵士たちは次から次へと蹂躙されていく一方。大刀を振るうイナイと、両手に短刀を持つミケイリは既に返り血で全身が赤く染まっていました。

イワレビコ「くっ……だが……ここで退くわけには……!!」

イワレビコ自身も剣を手に軍勢を斬り伏せていきますが、状況は悪化の一途をたどるばかりで、未だ好転の兆しはありません。東に見える理想郷はすぐそこなのにーー

老いた家臣「ぐう……すみませぬ……イワレビコ……様……。」

老いた家臣は、左腕を失くした肩から夥しい血を流し、無数の矢を体に受けた後倒れ込みました。うっすらと開けた瞳から徐々に光が無くなり、イワレビコはその様子を見て背中が冷えていきました。

イワレビコ「怯むな!中洲はすぐそこだ!」
イナイ「おい!イワレビコ!無茶だ!こっちの死人が多すぎる!」
イワレビコ(みんなの死を無駄にするわけにはいかない!ここで止まればみんなの死がーー)
イツセ「イワレビコォ!下がれェ!」

イツセの声が背後に聞こえてきた瞬間に、イワレビコは自身が誰よりも前に突出していたことに気が付きました。そして、坂の上、太陽を背にナガスネヒコは、弓を構えておりーー

ナガスネヒコ「弱さを受け入れたのではないのか!?今の貴様は!ただそれを言い訳に弱さから目を背けているだけではないか!」
イワレビコ「ーーーっ!」
ナガスネヒコ「斯様な軟弱者に!先に参らせるわけにはいかぬ!ここで死ねぃ!!」

弦から指が離れ、ひゅるひゅると甲高い音を上げて矢が迫ってきます。

イワレビコ(矢、避け……)

瞬間、矢が数本分かれーー周囲の時間が緩やかになり、その状況が鮮明に理解できました。

イワレビコ(眉間、喉、心臓ーー急所という急所を全て的確に狙っている。周囲は敵だらけ。死ーー)
イツセ「イワーーッ!!!」

咄嗟にイワレビコを庇い、イツセは矢を落とすものの……

イツセ「うっ。」

肘を、脛を、肩を射貫かれてしまいました。矢は非常に重い上に鋭く、筋肉どころか骨ごと貫いて刺さっており、イツセは体の動きを一気に制限されてしまいました。

イワレビコ「長兄ーーっっ!!!」
イツセ「退くぞ!イワレビコ!これ以上の戦は無意味!」

肘と脛を貫いた矢を引き抜き、イツセは激痛に苛まれながらも迫る敵を斬り捨てながらイワレビコを坂の下へと押しやっていく。

イツセ「イナイ!ミケイリ!イワレビコを絶対に死なせるな!死んでも守れ!!」
イナイ「お、おう!!!任せんしゃい!!」
ミケイリ「イワレビコ!!早くこっちに!!」

イナイとミケイリに庇われ、イワレビコは孤立した状態からどうにか復帰する。

イツセ「急げ!急いで下がれ!!」

イツセの奮戦によって、どうにかイワレビコは命を取り留めましたが、軍勢が受けた損害は大きく、這う這うの体で撤退するのが精一杯でした。

イツセノミコトの死

ナガスネヒコとの戦いから退却したイワレビコの軍勢は、草香津まで撤退。そこでイツセの矢傷を治療することにしましたが……

イツセ「……太陽に向かっていったこと。」
イワレビコ「長兄……。」
イツセ「わしらの敗因は、太陽に向かっていったことだ。日に向かって行かば、我らの視界は自ずと阻まれる。」
イワレビコ「………。」
イツセ「何より、わしらはアマテラス様の血を引いている。太陽の子孫が、太陽に刃を、矢を向けたのだ。天の時が我らに歯向かうは当然の理……。」
イワレビコ「……すみませぬ。長兄。私が愚かであったばかりに。」
イツセ「良い。良いのだ。気にするな。」

幼い頃に見せた兄の笑みが、そのまま目の前にあったような気がして、イワレビコは緩む涙腺をぐっと堪えました。その笑みが、今は心の奥を突き刺すような気がしたのでした。

イナイ「……兄ィは笑っとるが、あの矢傷……。」
ミケイリ「文字通り骨の髄まで食い込んでいた。ちゃんと治療しないと、傷が腐っちゃって大変なことになっちゃうよ……。」

イナイとミケイリは互いに顔を合わせ、頷きました。

イナイ「……兄ィ。イワレビコ。」
イワレビコ「次兄。兄者。」
ミケイリ「さっきね、イナちんと話してたんだけど……このままだと、お兄ちゃん、死んじゃうと思うんだ。」
イワレビコ「……私も、そのつもりでした。」

失った物が多過ぎたーーイワレビコと共に苦楽を共にした家臣は半数以上が命を落とし、五体満足な者はその更に少数でした。
イワレビコはこれ以上は失いたくありませんでした。それ故に、まずは日向国に戻り、イツセとケガを負った家臣の治療に専念しようと考えたのでした。

イツセ「バカ野郎!!」

弟三人たちに、イツセは一喝。

イツセ「貴様ら!わしを無駄死にさせる気か!?」
ミケイリ「でも……でもお兄ちゃん!!」
イツセ「今から戻るにしても、どうせ潮風でこの傷は腐る。傷が腐れば命は落ちたも同然。どうせ死ぬのであればーーわしは奴らに一矢報いたい!!
イナイ「兄ィ……!」
イツセ「イワレビコ。己の責務から逃げるな。お前が今申したは、逃げじゃ!上に立つ者が断じて口にしてはならぬ!恥を知れ!」
イワレビコ「長兄……!」
イツセ「敗因さえ分かれば、次は勝てる!航路を変え、東より奴らと戦おうぞ!
イワレビコ「……分かりました。」

イツセのその言葉が、イワレビコには重く響きました。一人分の体の重さが、そのまま肩に乗ったようなーーそのような責任に、痛みを感じるほどに眉間に力が入りました。

イワレビコ「ここより南、紀伊国(きいのくに、現在の和歌山県)を迂回して、今度は我らが太陽を背にして戦う。そうすれば……」
イツセ「そうじゃな……。」
イワレビコ「………。」

内心、イワレビコは悔しい思いに塗れていました。

イワレビコ(私のせいで、長兄は癒えぬ傷を負ってしまった。)

『長兄を殺すのは、あの者の矢傷ではない。』
『私の惰弱な心が、長兄を殺すのだ。』

その後、イツセは紀伊国に入ったあたりで傷が悪化。竈山で亡くなったとされています。

「わしはまだ戦える!戦えるというのに……斯様な傷で果てるか……無念じゃ。」

重なる試練

イツセを竈山で葬った後、イワレビコたちは更なる航海を続けました。

「父上。」
イワレビコ「……タギシミミか。」

船の中、一人部屋の中で考え込んでいたイワレビコの元に、息子のタギシミミが入ってきます。

タギシミミ「ご自身を責めておいでか。」
イワレビコ「そうでなければ、私は生きてはおられぬ。生きるために私は己を責めている。」
タギシミミ「イツセ伯父の件は、父上のせいでは……。」
イワレビコ「私は生きねばなるまい。長兄のためにも、死んでいったもののためにも。これは全て私が始めたこと。ならば何が何でも果たさねばなるまい。」
タギシミミ「……それが、父上の生きる理由であるならば。」

目を伏せるタギシミミ。そこにシイネツヒコが入ってきてーー

シイネツヒコ「イワレビコ様、見えて参りました。」

紀伊半島を大きく回り、浪速国とは反対側、紀伊国は神邑(みわのむら)という地に着陸したイワレビコたち。

タギシミミ「ここから熊野を通れば、中洲に至れるのか。」
シイネツヒコ「はい。ですが……」
イワレビコ「ああ。そう簡単にはいかないだろう。」

神邑を進んでいき、天磐盾(あめのいわたて)という険しい山道に差し掛かった時のことでした。

イワレビコ「うっ、なんだ!?」

突然の暴風雨に見舞われてしまいます。その風は周囲の木々をなぎ倒す見えぬ壁のように、その雨は矢のように鋭く強いものでした。

青年「あ、あっ、あっ!うわぁぁぁあああ!!!」

土砂崩れに巻き込まれていく青年を始めとし、雨風によって険しい山道を転げ落ちていく者や、激しい雨に力尽きていく者。次々と天災によってイワレビコの軍勢は命を落としていきます

イワレビコ「くっ、このままでは進軍もままならぬか……!!」

このままでは埒が明かないと感じたイワレビコは、一度停泊している船に戻ることにしました。しかしーー

イナイ「ちぃっ!まともに立っとられんご!!

停泊している船が荒波によって木の葉のように大きく揺れており、まともに待機することもままなりませんでした。

タギシミミ「父上!船が数隻ほどありませぬ!恐らく流されたかと……それに乗っていた者達も、っ……行方が知れず……!!
イワレビコ「………!!」
イナイ「おどれぇぇええええ!!!」

イナイが大刀を引き抜き、揺れる船の先端に立ちました。

イナイ「俺たちは海神が子じゃ!!陸ならばいざ知らず!海までが俺達の行く末ば塞ぐのはどういう了見じゃ!!
ミケイリ「そうだよ……!!母上(まま)も祖母(ばあば)もみんな海神で……今まで散々ワタシたちのこと守ってくれてたのに……!!なんで今更!!

その様子を見て、ミケイリも短刀を引き抜いてイナイの隣に立ちます。

イナイ「もう俺たちは我慢ばできん……!!」
ミケイリ「ワタシたちの……イワレビコの行く道を塞ぐのなら……!」
イワレビコ「次兄!兄者!」
イナイ「イワレビコ!俺達は海と一戦交えてくんど!!
ミケイリ「大丈夫!ワタシたちは強いから!!
イワレビコ「待ってくれ、あなたたちまで行ってしまってはーー」

イワレビコの制止も聞かず、イナイとミケイリはそれぞれの得物を手に荒波激しい海へと飛び込んでしまいました。

イワレビコ「………。」

二人が飛び込んでしばらくした後、海は止みました。

タギシミミ「イナイ伯父……ミケねえ……。」
イワレビコ「ぐぁぁあああああああ!!!!」

大地と海を震わせんばかりの咆哮と共に、イワレビコは天を仰ぎます。

イワレビコ「ーー何が何でもこの戦、終わらせるぞ。」
タギシミミ「父上……!」
イワレビコ「誰一人欠くな。これ以上戦力が落ちれば、勝てる戦も勝てぬ。」

そうして、イワレビコは再び熊野へと進むことにしました。イワレビコはかつてないほどに険しく、しかし重苦しい影をその顔に映していました。

4.進撃

高倉下(タカクラジ)との出会い

イワレビコは、タギシミミを始めとした多くの者達と共に熊野の道を進んできます。

イワレビコ「……待て。」

深い森、妖しげな山の空気。前方に広がる景色の奥からただならぬ気配を感じ、イワレビコたちは立ち止まります。

タギシミミ「父上、こちらは既に戦う準備をーー」

剣を、弓を構えるタギシミミ達でしたが……ただならぬ気配の正体が明らかになった瞬間に、全ての人間が目を見開きました。

イワレビコ「何だ、こいつは。」

その正体は大熊。頭は周囲の木々よりも遥かに高い位置にあり、ぎょろついた大きな目は血走っており、殺気立っていることは一目見て分かりました。山のような黒い体躯は並の武器では歯が立たないことを即座に理解した瞬間に、兵士の何人かは失禁、そのまま硬直していました。

タギシミミ「ち、父上……うっえ!!」

その直後、タギシミミが血を吐いて倒れ込みました。彼に引き続き、他の軍勢も血を吐いて次々と倒れていきます。

イワレビコ「毒気か!この熊ーー

振り下ろされた丸太のような太い前脚を剣で防ぎ、イワレビコは熊から漂う毒気を目の当たりにします。

イワレビコ「おっ、えっ、がっ。」

涙のように目から血が、耳から、鼻から、全身の穴という穴から血が流れていき、イワレビコもまたその毒気に体を冒されてしまいます。

熊「立チ去レ、ニンゲン、神聖ナルコノ地二踏ミ入ルコトハ許サン。
イワレビコ「そうか……ここは……禁足地……

自分達は踏み入れてはならない領域に足を踏み入れてしまったのだと、イワレビコは理解しました。

イワレビコ(天磐盾……盾……あの地は、外から来る魔を防ぐための防衛線……それを越えれば、我らが敵と相成るのは当然か……)

しかしーー突如として、熊が逃げ去っていきました。

イワレビコ(なんだ……?だが……)

好機ではあるものの、それ以上にイワレビコは重篤な状態にありました。全身に回る毒気をなんとかできる者は誰もおらず、もはや死を待つだけの状態でした

イワレビコ(ここまでか……兄上……皆……ここに果てる私を許せ……。)

『おお、いたいた。』

その声が聞こえてきた瞬間に、イワレビコは突然体が軽くなります。よく眠った次のような目覚めの良さと共に体を起こすと、目の前には剣を持つ青年がいました

「目覚めましたか。イワレビコ殿。自分は高倉下(タカクラジ)。神さんから色々言われて、貴殿を助けに来ました。」
イワレビコ「神さん……神から?」
タカクラジ「ええ。」

数日前ーー


熊野の地に住まうタカクラジは、ある日、とある神が語り掛ける夢を見ました。

『よう。いきなりで申し訳ねえが、頼まれてくれねえか。』

地上平定にその絶大な力を発揮した神、タケミカヅチ

タケミカヅチ『おっと、まずは名乗らねえとな。俺はタケミカヅチ!アマさんから頼まれて、お前に一つ頼みたいことがあって来たんだわ!』
タカクラジ『は、はあ。』
タケミカヅチ『お前が今いる熊野にもうすぐ天孫の子孫がやってくる。だが知っての通り、熊野ってのは神々の気配が濃く、気軽に足を踏み入れちゃあならねえ。
タカクラジ『………。』
タケミカヅチ『俺の剣をお前に託す。そいつを持って天磐盾に向かう道を行け。そうすりゃ天孫の子孫に会えるだろうよ。
タカクラジ『………。』
タケミカヅチ『この剣には、俺とフツヌシの力が宿っている。おまけに地上を平定したことでより大きな力を宿している。俺が行ってもいいが、迂闊なことをして変な軋轢は残したくねえ……ってフツヌシとシオツチノオジが言いやがるからな。』

タカクラジ「そういうわけで、自分が参ったわけです。」
イワレビコ「そういうことだったのか……ありがとう。タカクラジ。」
タカクラジ「礼には及びません。自分、不器用なんで。

タケミカヅチから賜ったという剣を握るタカクラジ、布津御魂剣(ふつみたまのつるぎ)と呼ばれるその剣は、確かな霊力を感じられました

タカクラジ「この剣はあなたに献上いたしましょう。不器用な自分より、あなたが扱うのが適切かと。」
イワレビコ「ありがたい。これがあれば一層戦えよう。」

八咫烏(ヤタガラス)の導き

タカクラジと合流し、更に霊剣の力によって毒気に当てられた軍勢も目を覚ましましたが……

イワレビコ「熊野は広いな……中々先が見えぬ。」
タカクラジ「ここは神々の気配が濃く、現地に住まう者でも迷う者が出てくるほどにございますれば。」

進めど進めど、一向に変わらない景色にイワレビコ率いる軍勢は疲労の色を見せ始めていました。

タギシミミ「父上、これ以上進むのは厳しいかと……」
イワレビコ「だが、ここで止まることはできん。」
タギシミミ「た、確かに……」

ーー森の中、突如としてカラスの鳴き声が響き渡ります。その声を聞いたイワレビコたちが振り返ると、そこには白く輝くカラスが飛んでいました

イワレビコ「何だ、あのカラスは。」

太陽のように白く輝くカラスは三本の脚を持っており、その異様な姿は神秘性を纏っていました。

ーー我が名は八咫烏(ヤタガラス)。
イワレビコ「ーーー!」
タギシミミ「しゃ、しゃべったぁぁ!?」
ヤタガラス「タカミムスビ様とアマテラス様より、貴殿をお助けするよう言われて参った。
イワレビコ「……ふふ。」

イワレビコはいよいよ、自身に天の時が巡り始めたことを実感し始めました。

ヤタガラス「我について参られよ、天孫の血を引く者よ。公の目指す道を、我が先導し、示して進ぜよう。
イワレビコ「相分かった!ともすればーー」

ヤタガラスが向かう先、その先に自身の目指す場所があると知ったイワレビコは一人の家臣を呼びました。

イワレビコ「ヒノオミ!出て参れ!」
ヒノオミ「っしゃあ!何すか!イワレビコ様!」
イワレビコ「お前に先陣を任せる!その気概で我らの闘志に火をつけて見せよ!」
ヒノオミ「任せてください!!っしゃあ!!」

日臣命(ヒノオミノミコト)は先陣を任され、イワレビコの軍勢を引っ張るようにして、ヤタガラスの先導と共に熊野の道を進んでいきます。そうしてーー

ヒノオミ「抜けたァ!!抜けましたぜ!イワレビコ様!!」

軍勢は宇陀(うだ、現在の奈良県宇陀市)という地に抜けると共に、イワレビコがシオツチノオジより聞き、そして夢の中で聞いた景色を、その視界に映しました。

タギシミミ「これが、父上の語った景色……何と澄んだ空気か。」
イワレビコ「……遂にーー」

眼前に広がる景色、現実にあった、夢の光景。イワレビコは感慨深く息を吸い込むとーー

イワレビコ「もう少し、もう少しで、全てをーー」

一旦言葉を止め、イワレビコはヒノオミの方を向きます。

イワレビコ「先導の大役、見事であった。お前の勇猛なる姿を称え、道臣命(ミチノオミノミコト)の名を贈ろう。」
ヒノオミ「へへっ、はい!!」
イワレビコ「タカクラジ、ここはどういう地だ。」
タカクラジ「エウカシ、オトウカシという兄弟が治める地にございます。
イワレビコ「分かった。ならばその兄弟に伝えよう。我々に、力を貸してはくれまいかーーとな。

ーーミチノオミノミコト

兄宇迦斯(エウカシ)と弟宇迦斯(オトウカシ)

エウカシ「にゃ、にゃに~!?」

宇陀の地を治める兄宇迦斯(エウカシ)弟宇迦斯(オトウカシ)、二人の元にイワレビコ軍が現れたことはすぐに伝わりました。

エウカシ「なんじゃそりゃ……ナガスネヒコはヤツを殺したのではなかったのか?」
オトウカシ「……これは一大事ですぞ。兄上。」

宇陀の地を治める兄弟だが、その性格は全くと言っていいほど真逆。

エウカシ「このまま放っておいたら、ナガスネヒコに何を言われるか!くそ、面倒ばかり引き起こしおって!」
オトウカシ「兄上……それ以上に大事なのは、彼らはいかにしてここに現れたのかです。」
エウカシ「はあ!?何を言っておる!まずは奴らをどうするのかが大事であろう!」
オトウカシ「……聞けば、彼らは熊野を越えてやってきたとか。悪霊と化した神々が彷徨う魔境であったあの地を、彼らは越えてきたのです。それはつまり、彼らはそれ以上の神の加護をーー」
エウカシ「ええい黙れ!お前は黙ってろ!」
オトウカシ「………。」

ため息を吐くオトウカシ。慌てふためくばかりのエウカシ。そんな二人の元に、報告が入ります。

家臣「エウカシ様、オトウカシ様。イワレビコの使者と名乗る者が参った次第にございます。」
エウカシ「な、何……?」
オトウカシ「……分かった。通せ。」
家臣「はっ。」
オトウカシ(見極めるか、イワレビコの器を。熊野を越えた者の力を。)

そうして、使者と名乗る者が、ばさばさとはためく音と共に二人の前に姿を現します

エウカシ「なっ、カラスだとぉ!?
オトウカシ(光り輝き、我ら人間と変わらぬ体躯。その上三本の脚とな。)
ヤタガラス「我はヤタガラス、故あって、今はイワレビコの使者を務めておる。」
オトウカシ「……話には聞いている。聞けば、貴殿はかの天照大神より、先導の大役を担い、イワレビコ殿に力をお貸ししているとか。」
ヤタガラス「然り。」
オトウカシ(アマテラス様の使いかどうかは確信が持てぬ故、かまにかけてみたが……なるほど、やはりそうか。)

外交官を務めるヤタガラスとの対話で、オトウカシはイワレビコがアマテラスの加護を得ていることに確信を得られました。

オトウカシ(ともすれば、我らの行く末は決まったな。ナガスネヒコ殿には悪いが……我らはイワレビコ殿に付かせてもらう。
ヤタガラス「単刀直入に言おう。エウカシ殿、オトウカシ殿。其の方らの力、
イワレビコ殿に預けてはくれぬか。」
オトウカシ「願ってもない申し出。我ら兄弟、イワレビコ殿に喜んで協力させていただきます。」

そう言って、オトウカシは頭を下げました。その様子を見て、エウカシもまた慌てて頭を下げます。

オトウカシ(正直、外交役を寄こした時点で何を話すかは想定済みだ。話は早く済ませるに限る。)
エウカシ「……つきましては、イワレビコ殿を我らが館に招きたいと思いまする。どうですかな?お近づきの印ということで?ね?」
ヤタガラス「ふむ、イワレビコ殿に伝えておこう。」

恭順の意を示した二人の言葉を聞き届け、ヤタガラスは飛び立ちました。

エウカシ「よくやったぞ、オトウカシ。」
オトウカシ「………!?」

オトウカシは我に返りました。あれほどイワレビコへの恭順を渋っていたエウカシが、あの場ではなぜか異様におとなしかったばかりか、恭順に賛成の意を示していたのです。

エウカシ「さて、そうと決まればイワレビコ殿を迎え入れる準備をしなければのう~。」
オトウカシ「……兄上。何を企んでいるのですか。」
エウカシ「は~?」
オトウカシ「ナガスネヒコ殿に殺されるのが、そんなに怖いのか、兄上。」
エウカシ「あのなぁ。確かにイワレビコは恐ろしいだろう。だが奴らの立場から見れば、奴らは今敵地の真ん中におるのだぞ?いかに熊野を越えてきた連中とはいえ、いくら何でもこの状況は打破できまいよ。
オトウカシ「兄上!」
エウカシ「それに、奴らの首を挙げればナガスネヒコは大層喜ばれるだろう!侵略者を討った英雄!そうすれば今以上にわしらも優遇された立場となろう!ぐふ、ぐっふっふっふ!!」
オトウカシ(……こいつは昔からそうだ。目先の利益にばかり捉われ、大局を見極めることが出来ん。もう、ここら辺が潮時だな。)

オトウカシは鼻を鳴らし、わざと足音を立ててエウカシの元を離れていきました


イワレビコ軍陣営


ヤタガラス「ーーということだ。」
ミチノオミ「はぁ~あ?」

事の次第を報告したヤタガラスに対して、ミチノオミは腕を組んで苦虫を嚙み潰したような顔をしました。

ヤタガラス「どうしたミチの字。何ぞ気になることでもあるのか。」
ミチノオミ「いや、その、なんつーかさ、う~ん、上手くいえねーけどよ!な~んかイヤな予感がするんだよな!
イワレビコ「ミチノオミ。それはつまり、勘ということで間違いないか?」
ミチノオミ「ええ!でも俺の勘はケッコー当たるんで!」
ヤタガラス「………。」
ミチノオミ「んだよトリ公!!俺の勘が信じられねーってのか!?」
ヤタガラス「……認めたくはないが、あながち間違いでもなさそうだ。」

頷くイワレビコ、ミチノオミの『勘』に何か思うところがあったのか、しばらく考えた後……

オトウカシ「失礼いたします。」

陣営の門に一礼し、オトウカシが訪れました。

ヤタガラス「オトウカシ殿か、何用ぞ。」
オトウカシ「イワレビコ殿にお伝えしたき儀がございまして。」
イワレビコ「何か。」
オトウカシ「兄は……エウカシは、貴殿に危害を加えようとしております。
イワレビコ「……やはりか。」

ミチノオミを一瞥するイワレビコ。彼は勘が当たったことが嬉しかったのか、視線が来たタイミングでウィンクしていました。

オトウカシ「貴殿を招くという口実の元、ヤツは貴殿を罠に嵌めるつもりです。宴の際に数多くの兵を以て貴殿を包囲し、一息に仕留める腹積もりです。」
イワレビコ「左様か。」

『だが』と付け加え、イワレビコはオトウカシに目を向ける。

イワレビコ「だからと言って引き返せば、礼儀に反するというもの。その宴、甘んじて受け入れよう。」
オトウカシ「しかし!」
イワレビコ「安心いたせ。ここにいる者はいずれも剛の者、並大抵の罠では怯まぬ。」
オトウカシ(信じておらぬわけではないが……だが……)
イワレビコ「さて、支度して参るか。」

そうして、あえてエウカシの誘いに乗ることに決めたイワレビコたち。


それからしばらくの後


エウカシ「やあやあ、皆様お揃いで。」
オトウカシ「………。」

イワレビコたちは、エウカシたちの館にやってきました。

エウカシ「ささ、こちらへ。」

と、エウカシは館へとイワレビコたちを案内しようとしますが……

ミチノオミ「待った!」
エウカシ「へ?」

館の入り口に差し掛かった時、ミチノオミが待ったをかけます。

ミチノオミ「入り口、何かあるだろ。」
エウカシ「へ?」
オトウカシ(なんだと?)

訝しげな顔をするオトウカシ、自身の想定とは異なる展開に、彼は疑問符を頭に浮かべました。

エウカシ「ななななな、なんのことですかねねね?」
ミチノオミ「何か知らねえがよ、イヤな予感がすんだ。なあ?
エウカシ(ば、馬鹿な!オトウカシのヤツにも伝えてないのだぞ!?)

入り口上部に目線を向けるエウカシ。壁に隠れていますが、そこには、足元に張った糸に反応して動く巨大な石の塊がありました

エウカシ(わ、わしの罠がバレてる!!?なんで!?!)

糸はよく目を凝らさないと見えないほど細く、仕掛けも壁に隠れて見えないはず。

エウカシ(こいつ!罠に気付いている様子も無いのに!?なぜ!?
ミチノオミ「どうなんだよ!おい!」
エウカシ「そ、そそそそそそそれはーー」
ミチノオミ「お前、先に入ってみろ。」
エウカシ「え?し、ししししかしーー」
ミチノオミ「分かった。」

ミチノオミは剣を引き抜き、それをエウカシに突き付けます

ミチノオミ「入らねえってんなら、お前を反逆者として殺す。それでいいか?」
エウカシ「ひいいいぃぃぃーーー!!」
ミチノオミ「さあ!どうすんだ!」
エウカシ「は、ははは入ります!入ります!

大量の汗を額に流しながら、エウカシは入り口に入ろうとします。

ーーミチノオミに詰められるエウカシの様子

エウカシ(な、なぜこんなことに!く!足元に糸があると分かれば罠がバレる!そうなれば即座に殺されてしまうではないか!)

ちらりと、イワレビコの方を見るエウカシ。彼を見て、エウカシは微かな希望に縋ることにしました。

エウカシ(そう言えば、オトウカシはイワレビコが神々の加護を受けているとか何とか言っていたな。もしかしたら、その加護にあずかれるかも。

あえて罠にかかりに行こう。仮に神の加護が無くとも、咄嗟に岩が落ちてきても避けられるはず。そう思っていたのですがーー

エウカシ(そう、大丈ーー)

躓いてしまい、彼はそのまま入り口に飛び込むように入ってしまいました。

エウカシ「あっ、ああーーーーっ!!!」

彼が倒れ込んだ瞬間、仕掛けが起動

エウカシ「ま、待っ」

言い終わる前に、巨大な岩に押し潰されてエウカシは事切れました

オトウカシ「これは……」
イワレビコ「なるほど、足を踏み入れればこれで圧死。エウカシめ、考えたな。
ミチノオミ「その様子じゃ、お前は何も知らなかったみてーだな。とことん小賢しいヤツだぜ、あえて弟にも何も言わず、自分の策がバレる可能性を減らしたってことか。」
オトウカシ「……申し訳ございませんでした。イワレビコ様。この上は、私もーー」
イワレビコ「いや、そこまでする必要は無い。オトウカシ。お前は何も悪くない。むしろ生きて、私を支えてくれ。」
オトウカシ「ーーはっ!」

吉野の国津神たち

オトウカシを仲間に加えた後、イワレビコは宇陀に拠点を置いた上で、新たに自身の領地とした吉野へと視察に来ていました。

イワレビコ「ここが吉野か。」
タカクラジ「左様。ニギハヤヒ、及びナガスネヒコの支配が弱い地にございますれば……」
「あれ?何か神々しい気を感じて来てみたら……」

井戸の中から、国津神が光りながら姿を現しました。腰には狐のような尾を、頭部には狐の耳を生やしているという異形な出で立ちの少女。

「うわ!天神さんみたいな人だと思ったら!全然違う人!」
イワレビコ「国津神か。」
「うん!あたし井氷鹿(イヒカ)!よろしくね!」
イワレビコ「そういえば、タカクラジがここはナガスネヒコの支配が弱いと言っていたが……」
イヒカ「あーね、それ簡単な話でさ。ナガスネヒコとか天神さんって、力こそ全て~!!みたいな考えを持ってるんだけどさ……」
タカクラジ「彼らの力に訴えるやり方に、ついていけぬ者もおります。そういった者が、この国には各地におります。」
イワレビコ「弱肉強食か。その考えを否定するつもりはないが……。」

吉野に暮らす人々を眺めながら、イワレビコは深く息を吸い込む。

イワレビコ「それは血に飢えた獣の世界での話。我らは違う。対話し、手を携え、共に暮らすことが出来る。

イヒカを見て、イワレビコは安堵のため息を溢す。

イワレビコ「ナガスネヒコとの戦いで、私は誤った認識を抱いていたことを知ったよ。同じ志を持つ者はいないのだと。」
タカクラジ「イワレビコ様。」
イヒカ「えっへっへ、なんか面白い人だね!」

井戸から飛び出し、イヒカは地面の上に立つ。

イヒカ「それじゃあ、もっと色んな人と友達になってほしいな♪」
イワレビコ「ほう?たとえば、どのような人と?」
イヒカ「ついてきて♪」

イヒカに連れられて、イワレビコたちは山道に入っていきます。生い茂る木々の中、まるで扉のような岩がありーー

イヒカ「ここにね、あたしと仲良しの子がいるの。」
イワレビコ「ここに?」

ゆっくりと、岩が開いていきます。そこから姿を現したのはーー

「天神、来だがど、思っだ。」
イヒカ「紹介するね!この子は石押分之子(イワオシワクノコ)!」
イワオシワクノコ「どうも。」
イワレビコ「どうも。」

大兵肥満、岩のように硬い肌に、猿のように長い尾を持つイワオシワクノコはその見た目に違わぬ緩やかな姿勢で語り掛けます

イワオシワクノコ「おめ、ナガズネビゴど戦っでるんだが?」
イワレビコ「ああ。」
イワオシワクノコ「すげえ勇気だぁ、ごごにいるモンは、みんな殺されるのが怖ぐで、おとなずぐ暮らじでるだよ。」
イワレビコ「……そうか。」
イワオシワクノコ「おめは死ぬなよ。おめは強えげど優じい、大事なモンを失っだら、ぎっど深ぐ傷付ぐがらの。」
イワレビコ「……ありがとう。」
イワオシワクノコ「……おめは……いや、やっぱ何でもね。」
イヒカ(……そうか、もう……)

イワレビコはイワオシワクノコの優しさに触れ、目を細めました。

イワレビコ「ここにいる者は皆優しいのだな。」
イヒカ「……ねえ!お腹空いてる?」
イワレビコ「ん?ああ。」
イヒカ「じゃ、ついてきて!」

そうして次に来たのは、心地よい水の音が聞こえてくる渓流でした。

「おや、イヒカちゃん。」
イヒカ「お~い!」

川の中央で、手作りのうけで魚を獲っている一人の青年がいました。イヒカやイワオシワクノコと違い、彼は一見して普通の人間のように見えました。

イヒカ「この人は贄持之子(ニエモツノコ)!食べ物をいっぱい持ってるんだ!」
ニエモツノコ「どうも。」
イワレビコ「どうも。」
ニエモツノコ「まさかここで会えるとは、イワレビコ様。」
イワレビコ「……知っていたのか?」
ニエモツノコ「私も国津神の一人、天孫の血を引く方がいらっしゃったとあらば、その気配を察することが出来ます。

そう言うなり、ニエモツノコは川辺にある焚火に向かいました。焚火の周囲には数本の鮎があり、美味しそうな匂いを漂わせていました。

ニエモツノコ「今日は魚が上手く取れました。丁度焼いていたので、もしよろしければ。」
イワレビコ「ああ、いただこう。」

一本、イワレビコは鮎を口に運びます。

ニエモツノコ「私たちは、こうして日々の糧を賄い、時には自然の気を浴び、時には共に語らうことで過ごしてきました。」
イワレビコ「………。」
ニエモツノコ「ご覧の通り、闘争とは無縁の中で生きておりますし、生きていくことが出来るのです。しかし、周囲にそれを理解できない者が多過ぎました。」

ニエモツノコはそう言って、鮎を一本食べ終えると、食べ終えた後を火にくべました。

ニエモツノコ「イワレビコ様。あなたに闘争が無い国が作れますか?」
イワレビコ「ーーそのために、私はここに来た。」
ニエモツノコ「……ならば安心です。」

ニエモツノコは微笑みながら、もう一本の鮎に食らい付きました。

ニエモツノコ「私は贄……つまり、米や魚などの食料を手にする力に長けています。私さえよければ、いつでもあなたを支援いたしましょう。」
イワレビコ「ああ……ありがとう。」

こうして吉野の視察を終えたイワレビコは、宇陀へと戻っていきました。

八十梟師(ヤソタケル)

イワレビコ「八十梟師(ヤソタケル)?」
オトウカシ「はい。」

高倉山の上から周囲の状況を眺めていたイワレビコに、オトウカシは語りました。

オトウカシ「八十建(ヤソタケル)を大将とした戦闘集団であり、名前の由来はそのままヤソタケルが由来となっています。その内、女軍(めくさ)と呼ばれる者達が女坂(めさか)、男軍(おいくさ)と呼ばれる者達が男坂(おさか)に配置されています。墨坂には彼らが戦の合図に使う赤い炭があり、彼らの高い戦闘力は、ナガスネヒコに匹敵すると言われています。」
イワレビコ「そうか……。」
オトウカシ「それだけではありません。磐余邑(いわれのむら)には兄磯城(エシキ)率いる八十梟師が、磯城邑(しきむら)には弟磯城(オトシキ)率いる八十梟師、そして高尾張邑(たかおわりのむら)には赤銅をまとう八十梟師がいます。」
イワレビコ「随分と警戒されているな。」
オトウカシ「ええ。さすがにナガスネヒコも指をくわえて見ているわけにはいかなくなったのでしょう。」

しばらく考え込むイワレビコ。しばらくその場をふらふらと歩いた後、彼は口を開きます。

イワレビコ「ならば、まずは国見丘に攻め込むとしようか。」
オトウカシ「なんと、いきなり大将を狙うと。」
イワレビコ「彼らは言わば一つの部族のようなものだろう。ともすれば、まずは大将を討ち、指揮系統を混乱させるのが良かろう。」
オトウカシ「しかし、そうなれば他の部隊も黙ってはおりますまい。」
イワレビコ「ヤソタケルの次に権力を持つとすれば、それはエシキだ。であればヤソタケルさえ討ち取れば、残る者共はエシキと合流するように動き出す。」

そうしてイワレビコは、山の上から国見丘の位置を確かめました。国見丘の少し後ろには、男坂、女坂、墨坂に分岐する地点を指しました

イワレビコ「オトウカシ、あそこは何という地だ?」
オトウカシ「忍坂邑(おざかのむら)と言います。」
イワレビコ「敗走する八十梟師は必ずあの地点を通る。ヤソタケルとやらを討たれた者共は必ずあそこを通るとすれば……」
オトウカシ「ーー!そうか!そこを一網打尽に!ということですね!」

イワレビコはニヤリと笑いながら頷きました。

イワレビコ「無論、それなりに気を引く必要がある。そのための策も用意したいが……」
オトウカシ「それならば、私にお任せを。八十梟師は宴を好む者ばかり故、美酒と肴、そしてミチノオミ殿の武勇をお貸しいただければ成功するかと!」
イワレビコ「ははっ、中々我儘な願いだ。だが承知した。頼んだぞ、オトウカシ。」

こうして、決死の策が決行されようとしていました。


翌日ーー


イワレビコは自ら剣を握り、国見丘へと出兵。その様子を見た八十梟師の多くがざわめき立ちーー

ヤソタケル(ほう、大将自ら前線に出てくるか。)

先頭で、一際大きな騎馬に乗っていたヤソタケルはその様子を興味深く見ていました。

イワレビコ「我が名はイワレビコ!国見丘にいる八十梟師の者共よ!よく聞け!」

軍勢を率いるイワレビコ、彼は剣を高々と掲げながら、国見丘に陣取る敵勢に声を張り上げます。

イワレビコ「この剣は、かつて地上を平定したタケミカヅチが霊剣である!その剣に導かれ、熊野の山々を越えてここに参った!我に眠る天孫の血が!我をここに誘ったのだ!」
ヤソタケル(なるほど、戦う気力を失くさせようという魂胆か。)

自身の名をそのまま戦闘集団に付けただけあり、ヤソタケルもまた確かな戦術眼を持っていました。イワレビコ自身が天孫であること、そしてその加護を受けていることを主張することで、自身らに刃向かうことの不利性を主張しているのだと即座に看破しました。

ヤソタケル(だが!真の目的は違う!奴は俺を誘き出そうとしているのだ!このような奸策、俺が見抜けぬはずがないと思っているのだ!)
八十梟師1「生意気なヤツめ!雨後の筍が如くノコノコ出てきたこと思えば!」
八十梟師2「取り囲んで皆殺しにしてくれるわ!その口引き裂き、手足を捥いで、あの世で恥を晒してやれ!」
ヤソタケル「待てぃ!」

騒めく八十梟師を、ヤソタケルは鶴の一声で制しました。

ヤソタケル「イワレビコとやら、まずはご高説賜り、幸甚の至り。」
イワレビコ「………。」
ヤソタケル「だが所詮はヒヨッコよ。この国のしきたりを知らぬが故に、口先ばかりが尖っておるわ。鏡を見たことが無い故、それに気付いておらぬと見た。」

徐々に騎馬を進めるヤソタケル。イワレビコを嘲る彼の言葉に続けて八十梟師がどっと笑い声を上げました。

ヤソタケル「一つ教えてやろう。」

暴風の如く槍を振り回した後、その切先をイワレビコに向ける。ヤソタケルの口元には不敵な笑みが浮かんでおり、自身の強さに絶対的な自信を持っていることを示していました。

ヤソタケル「八十梟師とは、この国において絶対的な強さを残る勇者のみが名乗ることを許されている。言うまでもなく、俺がその中で最強よ。
イワレビコ「……ええ、存じております。」
ヤソタケル「貴様も軍を率いている以上、その軍で随一の強さを誇るのであろうな。」
イワレビコ「当然。」

その言葉を聞き、ヤソタケルは片側だけ口角を上げ、微かに歯を見せます。

ヤソタケル「俺もまどろっこしいのは面倒よ。ここらで一つ、大将同士で死合い、己の強さを示すのはどうか。」
イワレビコ「望む所。むしろ、私もそれを望んでここに来たのだ。」

剣を構えるイワレビコ、そしてヤソタケルもまた呵呵大笑し、槍を豪快に振り回します。

ヤソタケル「いいだろう、俺を退屈させるなよ。」
イワレビコ「いざ!」

互いに馬を走らせ、それぞれの得物を構える。激しい剣戟の応酬に火花が舞い、血走った互いの瞳に死の色を見出しました。

ヤソタケル(なるほど、確かにいくつかの修羅場は越えてきたようだな。)

イワレビコの振るう剣を伝い、彼の覚悟、経験をヤソタケルは感じ取りました。

ヤソタケル(だが、やはりヒヨッコよ。サシでの戦をとんと知らぬ。)

剣を弾き、疾風の如き速さでヤソタケルは槍を何連、何十連と突いていきます。その勢いは棘の壁といった様子でありーー

イワレビコ「うっーー」
ヤソタケル(避けるので精一杯!無駄に体力を浪費しよるわ!それではいずれ一撃が当たるというもの!)

イワレビコは不利、ヤソタケルは息つく間もなく連撃を続けます。

ヤソタケル(そうして一発当たれば、あとはなし崩し的に打撃を受け続ける。あっという間に命を奪われて終いよ。)
イワレビコ「ーーー。」
ヤソタケル(興が冷めたわ。このまま一息に突き殺してくれる。)

しかし、槍を引いたほんの一瞬、イワレビコは剣を逆手に持ち変え、素早く斬り上げました。

ヤソタケル「なっーー!?」

ほんの一瞬。刹那にも満たない隙。しかしヤソタケルも歴戦の戦士。咄嗟の回避で顎を掠める程度の傷で済ませました。

『な〜に〜?イワちゃんワタシに教えてほしいことあるの〜?しょうがないな〜♪』

イワレビコ(兄者のように、しなやかかつ素早く!)
ヤソタケル(こ、こやつ、斯様に俊敏に動けたのか!?油断したわ!)

両脚で馬を抑え、腰を据えるヤソタケル。

ヤソタケル(突き殺すのはやめだ。叩き殺す!)

渾身の薙ぎ払いで、イワレビコの首を叩き折ろうと構えるヤソタケル。しかしーー

『俺の剣は激しか!ついてこれるか!?イワレビコ!!』

イワレビコ(次兄のように、力強く!)
ヤソタケル(なにぃ!?両手で剣を!?馬上だぞ!!)

今度は両手で剣を持ち、全力で振り下ろしてきます。ヤソタケルは咄嗟に槍を振り回して構え直し、イワレビコの剣を防ぎました。

ヤソタケル(此奴!サシの心得をとんと知らぬくせに、何人もの人間と変わるかのように攻め方を変えてくる!呼吸がまるで掴めん!)

『なんじゃイワレビコ、最近兄共に剣術を請うておるそうじゃな。』
『はい!私も強くなりたいのです!』

ヤソタケル(誰もが持っている戦場の呼吸。それは環境、所属によって大きく変化するが、大体は共通化していく。だが此奴は違う!)

『わしの剣も教えてやっても良いが……ふっ。』

イワレビコ(長兄のように、鋭く、真っ直ぐに!)

『お主が統治する頃には、もう剣など無用の物となっておるだろう。』
『ええ?なぜですか?』
『平穏の世に剣の居場所は無い。それだけの話じゃ。』

ヤソタケル「なにぃ!!?」

イワレビコの一瞬の斬り返しが、ヤソタケルの胸に突き立てられます。

ヤソタケル「くっ、ハッハッハ!!」

しかし、笑いながらヤソタケルはイワレビコの顎に掌底を打ち込みーー

イワレビコ「うっ。」

のけぞった彼の肩に槍を突き立て、そのまま穂先で彼の体を持ち上げてしまいます。するりとヤソタケルの胸から剣が抜けますが、出血は浅く、心臓まで切っ先が届いていないことが分かりました。

イワレビコ「ぐっ、ああああ!!」
ヤソタケル「心の臓を外したな!確かに貴様は凄い!だがまだ甘い!まだまだ甘い!」

剣はまだ握っているものの、切先が鼻先に僅かに触れない程度の距離感まで持ち上げられているせいで、どうにもままなりません。

ヤソタケル「実力は認めよう!だがここまでよ!」

そのまま力強く、イワレビコを上空に投げ飛ばすヤソタケル。後は落ちてくる彼を串刺しにしようと、天を仰ぎます。

イワレビコ(ーーしめた!)

しかし、それが仇となりました。

ヤソタケル「うぬぅ!?」

太陽とイワレビコが重なった瞬間。その陽光は突如として強い輝きを放ったのです。

ヤソタケル「ぬぉああ!!?」

思わず目を閉じるヤソタケル。失明には至らなかったものの、その隙は絶大なものでした。

イワレビコ「もらった!!」
ヤソタケル「しまっーー」

落下する勢いと共に、イワレビコはヤソタケルの肩から腰までを斬り裂きました。体が裂ける感覚と共に、ヤソタケルは血を吐き、空を仰ぎます。

ヤソタケル「天がーー貴様に味方したかーー」
イワレビコ「………。」
ヤソタケル「だがーーいいーーなるがままはーーつまらぬ。」

槍を落とすヤソタケル、彼はイワレビコの方を向き、ニヤリと笑うとーー

ヤソタケル「勇者とはーー力だけではないーー天の時を知る者ーー誇れーーお前ーーはーー勇ーー者ーー」

おもむろに騎馬から落ち、満足げな表情のまま事切れました。

八十梟師「う、うわぁあああ!!お、長が!!長が死んだぁぁあああ!!

ヤソタケルの死に、八十梟師は慌てふためき、そのまま逃げていきます。

オトウカシ「今だ!!かかれーーっ!!」

オトウカシの号令で、イワレビコの軍勢が一気に動き出します。八十梟師に走った動揺は凄まじく、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。

イワレビコ(ヤソタケル……見事な男だった。だが……)

ヤソタケルの元にいた戦士達は、皆ヤソタケルがいたからこそ戦士たり得たのだとイワレビコは実感しました。頭を失えば動揺するとは想定していましたが……その勢いは想像以上のものでした。

イワレビコ「……忍坂邑まで追い込め!徹底的にだ!

それでも、イワレビコはあえて八十梟師を殲滅することを選びました。禍根を残さないためにも、そして、あえて非情な選択をすることで、これから先に来る敵を戦わずして屈服させるためにーー

兄磯城(エシキ)と弟磯城(オトシキ)

夜、忍坂邑ーー

八十梟師1「いやぁ、危なかったぜ!ハッハッハ!
八十梟師2「男坂も女坂も危ない状況だったからな!一足早く逃げたのが正解だったぜ!

ヤソタケルの死から即座に逃走した八十梟師たちは、この村で開かれていた酒宴に合流、生き延びた仲間達と酒を飲んでいました。

八十梟師3「っつか、せっかく強くなってヤソタケルの下についたってのに、なんでその上で死ぬ目にあわにゃならんのよ。」
八十梟師4「そうそう、俺らは美味い汁が吸えりゃそれで良かったってのにな。」
八十梟師3「え、お前も?」
八十梟師4「当たり前だろ!うまいこと上に取り入って、後はそこそこいい所で安定した収入を得て暮らす!だから俺は八十梟師になったんだよ!」

しかし、その瞬間にーー

八十梟師5「て、敵襲だーーっ!うわっ!」

突如として、宴の中心からミチノオミ率いる軍勢が出現。次々と八十梟師を斬り伏せていきます。

ミチノオミ「八十梟師は一人たりとも逃すな!徹底的に殲滅だぜ!」
タカクラジ「………。」

ミチノオミの指示により、次々と倒れていく八十梟師。

八十梟師6「うう……すまん……お父ちゃんは……ここまでだ……。」
ミチノオミ「………。」
八十梟師7「うう……お……おっかさぁん……。」
タカクラジ「………。」

ーー翌日

ミチノオミ「……これで全員だ。少なくとも、あの酒宴から逃がした八十梟師はいねーです。」
イワレビコ「……そうか。」
ミチノオミ「……なあ、イワレビコ様。」

ミチノオミは、苦しそうな顔のままイワレビコに問います。

ミチノオミ「俺、正直分かんねーよ。確かに、カコン?ってのを残さねーってのも大事だけどさ……コイツらにも、家族がいるんだよな。」

筵の上に冷たく横たわる戦士たち。彼らは皆、身体中を赤黒く染め、それまで溢れていた生気を全く感じさせなかった。

イワレビコ「だが、それが戦だ。」
ミチノオミ「……だよ、な。」
タカクラジ「そう落ち込まれるな。ミチノオミ殿。」
ミチノオミ「タカクラちゃんよ。俺は……」
タカクラジ「自分、不器用ですから、あまり気の利いたことは言えません。ですが、これだけは言わせてください。」

ミチノオミの背を撫でながら、タカクラジは戦士たちに目を移します。

タカクラジ「あなた方は何も間違っていない。無論、彼らも。ただ互いに守るべきもののために戦い、そして勝者と敗者が生まれた。それだけです。」
イワレビコ「……その通りだ。」

頷くイワレビコ。彼の動きは、二人から見てひどく重く見えました。

イワレビコ「……ヤタガラス。」
ヤタガラス「うむ。」
イワレビコ「周囲の土豪、豪族に降伏を呼び掛けてきてくれ。八十梟師は鏖殺した。この国のやり方に則り、我々は力を示した。これ以上戦うならば、同様の処置を取ると。」
ヤタガラス「相分かった。任せよ。」

イワレビコの言葉を聞いたヤタガラスは、早速その大きな翼をはためかせて飛び立ちました。

磐余邑ーー

ヤタガラス「ーーさあ、早う決断を。」
断る!

空から降伏勧告をしたヤタガラスに向けて、その男は鈴が付いた鏑矢を飛ばしました。

「イワレビコ何する者ぞ!この兄磯城(エシキ)斯様な言の葉を聞いて降るような安い男に見えたか!
ヤタガラス「ほう、我に矢を向けるか。恐れ知らずよ。
エシキ「おっと、言っておくが伝える必要は無いぞ。ただちに軍勢を率いて、貴様らの首を上げてくれるからな!貴様も首を洗って待っておれ!カラス!」

八十梟師鏖殺の件を聞いたエシキでしたが、彼と彼に付き従う者達はそれでもイワレビコに対する敵意を露わにしていました。一方で……

磯城邑ーー

もうさァッ!無理だよ!八十梟師皆殺しにされたんだからさァッ!弟磯城(オトシキ)でるじばぜよ!(?)

涙をダラダラと流しながら、弟磯城(オトシキ)はヤタガラスの前で土下座をしていました。

オトシキ「ほんっっっと勘弁してください!ヤタガラス殿!もう勝てないの分かってますから!人間相手に戦って死ぬのならまだしも!バケモノ相手に戦って死ぬのは絶対に嫌ですから!」
ヤタガラス「はあ。」
オトシキ「そもそもヤタガラスさんが来るって聞いて、みんな僕に責任色々押し付けてくるんですよ!!だってみんなイワレビコ様と戦いたくないってんで!自分たちは従う旨を僕に押し付けて!最悪拒否されても僕だけ死ぬからいいって高みの見物で!!」
ヤタガラス「はあ。」
オトシキ「唯一兄さんは来てませんけど、きっと兄さんも同じ意見です。この通り僕たちは降伏します。というか僕が代表して降伏を宣言します。だからこの通り!!」

額を床に擦り付けて、オトシキは何度も降伏する旨をヤタガラスに語ります。しかし……

ヤタガラス「エシキも同じ意見ということだが、彼奴は徹底抗戦を主張しておったぞ。」
オトシキ「え゛っ゛」
ヤタガラス「安心いたせ。其の方らの降伏は我がしかと伝えおく。故に……
オトシキ「終わった……僕……殺される……。」
ヤタガラス「お、オトシキ!?」

オトシキはそのまま卒倒してしまいましたが、降伏する旨を伝えていたのでそれはしっかりとイワレビコに伝えられるのでした。


イワレビコ陣営


イワレビコ「そうか、オトシキが。」
ヤタガラス「ああ、だが、エシキめは徹底抗戦を主張しておる。」
オトウカシ「そ、そんな……力を示したのに……」
タカクラジ「そういうものでございましょう。これもナガスネヒコが力で律してきた結果と言えるのですから。」
イワレビコ「しかし、軍勢が来るというのであれば捨て置けん。すぐに戦の支度をーー」

『イワレビコ様!』

ミチノオミが、拳を握って息せきを切って現れます。

イワレビコ「ミチノオミ。」
ミチノオミ「こないだは腑抜けたトコ見せて、すんませんでした!」

そう言って頭を下げるミチノオミ。

ミチノオミ「冷静に考えてみりゃ、イワレビコ様も兄貴亡くして……家族を残して死んだ奴らは、仲間にもたくさんいて……だから!」
イワレビコ「………。」
ミチノオミ「俺!もう迷いません!トリ公がみんなを導いたように!熊野で先陣切った時のように!俺!真っ直ぐ突き進みます!」
イワレビコ「ありがとう、ミチノオミ。」
ヤタガラス「……まず、我をトリ公と呼ぶのをやめよ、馬鹿者め。」
ミチノオミ「エシキが来るんすよね!それなら、この俺にーー」

『ちょっと待った!』

そこに待ったをかけたのは、シイネツヒコ。

シイネツヒコ「イワレビコ様!そろそろ私にも出番をくださいな!」
イワレビコ「シイネツヒコ?」
シイネツヒコ「私はこの軍の中で古参!それなのに!ミチノオミやらヤタガラスやら、新入りにばかり出番を取られて悔しい思いをしているんですわ!」
イワレビコ「はあ。」
シイネツヒコ「エシキの件ですが、私も行ってもよろしいですかな?とっておきの作戦がございます故!」
イワレビコ「そこまで言うのなら……まあ。」
シイネツヒコ「よっしゃ!お任せください!」

シイネツヒコとミチノオミ、イワレビコはエシキとの戦いに備え、二人に一度軍を預けることにしました。

それからしばらくした後、エシキ軍

エシキ「見えてきたぞ!あれがイワレビコの軍勢だ!」

殺気立った軍勢が必死の形相で馬を駆り、各々の得物をギラギラと輝かせて迫り来ます。

ミチノオミ「エシキの軍勢が来た!構えろ!」
エシキ「あれはミチノオミ!武勇に長けた先駆け大将か!良かろう!まずはヤツから血祭りに上げてくれるわ!」
ミチノオミ(シイネツヒコさん、あんだけ張り切ってた割にすぐどっかに行っちまった……どういうつもりだ?

シイネツヒコが不在の中、ミチノオミは軍勢を率いてエシキへと向かっていきます。

ミチノオミ(悩んでたって仕方がねえ!まずは目の前の敵を叩き潰す!)

そうしてエシキと向き合うミチノオミ。その直後ーー

エシキ軍兵士「た、大変です!エシキ様!」
エシキ「何事だ!」
エシキ軍兵士「背後より!イワレビコの軍勢が現れました!我らは挟み撃ちにされております!
エシキ「何だと!?バカな!まさかオトシキか!?磯城邑からここまではかなりの距離があるはず……」
エシキ軍兵士「そ、それが本当に、突然姿を現したようで……我々にも分かりかねる状況なのです。」
エシキ「くそ!無能が!貴様はすっ込んでろ!」

突如として軍勢の背後に出現した敵勢に、エシキの軍は大混乱。前方にはミチノオミ率いる軍勢が猛然と襲い掛かりーー

シイネツヒコ「よ〜しお前ら!どんどん放て!」

エシキの軍勢が通り過ぎるまで隠れていたシイネツヒコらが、弓矢を使ってエシキ軍の兵士たちの背を射抜いていきました。

エシキ軍兵士「くそ!やってられるか!俺はもう降りるぞ!」

次から次へと、武器を捨ててエシキ軍の兵士たちは投降。残るエシキも最後まで抵抗しますが……

エシキ「ふ、ふざけるな!このような小細工に!」
シイネツヒコ「ほい、終わりってな。」

シイネツヒコが放った矢を眉間に受け、そのまま息絶えてしまいました。

シイネツヒコ「私はイワレビコ様とそのご兄弟、ミチノオミたちみたいな武勇は持ってないからな。だから頭(ココ)で戦わせてもらったってわけよ。」

エシキを打ち破り、次から次へと豪族達を降伏させていったイワレビコとその家臣達。

イワレビコ「後は……ナガスネヒコ。ただ一人。」

5.決戦

雪が降り頻る日、ナガスネヒコは迫り来るイワレビコの軍勢の気配を察しました。

ナガスネヒコ「……イワレビコ、あの軟弱者か。」

自身の肩に降り積もる雪が、体の熱で解けていき、立ち上る熱気は闘気を示していました。

ナガスネヒコ「……だが、今は違う。ヤツは力を示し、この地に住まう悉くを随えるに至っている。」

長髄の者を引き連れ、ナガスネヒコはイワレビコがいるであろう戦地に向かいます。空は鉛色、地は白く、吐息を鮮明に映し出していました。

ナガスネヒコ「……この地に根を張る以上、貴様もその一員。我に並ぶ力を持つあのヤソタケルを打ち倒した力!見せてみよ!」

ナガスネヒコの一喝が天に響き、空気を震わせて遥か先にいるイワレビコの元まで辿り着きます。その意気を感じ取ったイワレビコはーー

イワレビコ「……ナガスネヒコ。」
ミチノオミ「いよいよ決戦すね、イワレビコ様。」
シイネツヒコ「相手はあのイツセの旦那を倒した……前の戦いは、私は生き抜きましたが……こりゃ死ぬかも。」
オトウカシ「ですが、イワレビコ様なら必ず……必ず成し遂げられます。」
タカクラジ「ご安心を、不器用ながら、自分もイワレビコ様をお守りします。」
ヤタガラス「なに、タカミムスビ様とアマテラス様の加護がある。そう簡単には死なぬ。死んでも死ねぬわ。」
イワレビコ「皆……。」

振り返り、自分について来てくれた仲間達にイワレビコは頭を下げます。

イワレビコ「ありがとう、この戦い、必ず皆生き残ってくれ。」
シイネツヒコ「イワレビコ様。」
イワレビコ「私たちはまだ、始まる段階にすら至っていない。新たな国を作るために、私たちは戦っているのだ。だから、新たな国ができるその瞬間を見るまで、死ぬことは断じて許さん。いいな。
シイネツヒコ「……へへっ、そうでした。」
ミチノオミ「そんなこと言われなくても、死ぬつもりは毛頭ないっす、任せてください。イワレビコ様。」
イワレビコ「……頼もしいな。」

剣を抜き、雪が作り上げる靄の向こう。そこに浮かび上がる巨大な影の数々へーー

イワレビコ「全軍!!進めーーっ!!」

鬨の声を上げ、イワレビコ率いる軍勢とナガスネヒコ率いる軍勢が一斉に突撃。

ナガスネヒコ軍兵士「しゃあっ!!」

雪を突き抜け、飛び込んできたナガスネヒコ軍の兵士が一度の蹴りで五人の頭部を破壊。鼻先に蹴りが掠ったタカクラジは咄嗟に剣で、ナガスネヒコ軍兵士を斬り伏せますがーー

タカクラジ「やはり、実力の差があるか。」

恵まれた体躯のナガスネヒコ軍の兵士、僅か三人であっても、その威容は並々ならぬものだと実感されました。

タカクラジ「息を合わせよ!絶対に隊列を崩すな!」

並ぶ兵士と息を合わせ、タカクラジは剣を振るい目の前にいるナガスネヒコ軍兵士に立ち向かいます。

ナガスネヒコ軍兵士2「見切った。」
タカクラジ「なにっ。」

地面を踏み抜くと、その衝撃でタカクラジと共にいた兵士が体勢を崩しーー

ナガスネヒコ軍兵士3「れりゃあ!!」
ナガスネヒコ軍兵士4「きぇえい!!」

鎌のように振り下ろした脚を振り下ろします。

ヤタガラス「手間を増やしおって。」

ヤタガラスが飛来、三本の脚でナガスネヒコ軍兵士三人の目を潰し、命を奪われかけたタカクラジ達を救出します。

タカクラジ「助かりました。自分、不器用ですので。」
ヤタガラス「言ってる場合ではなかろう。」
イワレビコ軍兵士「ああ、タカクラジ様、ヤタガラス様、申し訳ありまーー」

ぬっーーと、ナガスネヒコが突如として姿を現し、礼を言った兵士の体を手刀で真っ二つにしました。

ナガスネヒコ「……以前は取り逃したが、此度は逃さぬ。」
タカクラジ「ナガスネヒコ。」
ヤタガラス「真打ちがいきなり来るか。」
ナガスネヒコ「……タカクラジ。熊野の山中においてイワレビコに霊剣を渡した者。そして……ヤタガラス。神々より遣わされし霊鳥。」

拳を構え、ナガスネヒコは不敵に笑う。

ナガスネヒコ「貴様らを殺せば、イワレビコも姿を現そう。」
タカクラジ「不器用ながら、お相手いたそう。」
ヤタガラス「面倒な……貴様の相手などおちおちしておれんわ。」
オトウカシ(あ、あーっ!ナガスネヒコが!)

突然の登場に慌てるオトウカシは、矢を番えてナガスネヒコを狙います。

ナガスネヒコ「……オトウカシ。兄であるエウカシと違い、賢明な判断でイワレビコに付いた裏切り者。」
オトカシ「ひゅっ。ば、バレてる……!」
ナガスネヒコ「良かろう。裏切り者は粛清せねばな。」

狙いを変え、ナガスネヒコはオトウカシに向かっていきます。立ち塞がる兵士は肘で頭を体にめり込ませ、膝で頭部を破壊し、歩くだけで容易く命を奪っていきます。

オトウカシ「あっ、ああ。」
ミチノオミ「くそ!待ちやがれ!」
シイネツヒコ(挟み撃ち!いかに屈強なナガスネヒコと言えど、双方からは防ぎ切れまい!)

その前に、ミチノオミとシイネツヒコが左右からナガスネヒコを挟み込みます。

オトウカシ「……ミチノオミ、熊野を越える折に先導を務めた男。シイネツヒコ、古参としてその知略を示した男。」

二人がナガスネヒコに迫るその瞬間を狙い、ヤタガラスとタカクラジも動きます。

ナガスネヒコ「……ふんッッ!!」

全方位からイワレビコ傘下における実力者達が迫るものの、ナガスネヒコは地面を力強く拳で打ち抜き、隆起させることで全方位に一斉に攻撃しました。

シイネツヒコ(何ィ!?力業ァ!?)
ナガスネヒコ「甘い、とことん甘い。」

大地震が起きたかのような衝撃と、突然小高い丘ほどの隆起によって五人を吹き飛ばし、さらには隆起した岩盤を砕くと、刹那にも満たないその一瞬で破片を指先で弾き飛ばしていきます。

ナガスネヒコ「……我は、天神・ニギハヤヒの盟友、ナガスネヒコ!!
ヤタガラス(化け物が……!)
オトウカシ(う、うそだ……こ、こんな……)

何十もの破片が、吹き飛んでいる最中の五人の体に矢の如く飛んでいっては貫いていきます。それだけではなくーー

ナガスネヒコ「この地は天神降臨の地!!彼の地を守ることこそが!我が使命ッッ!!

両手を高々と掲げ、振り下ろしたその瞬間。大気が裂け、鉛色の空がそのまま巨大な鎚となって降り注ぎました。ナガスネヒコの振り下ろした拳の一撃は重苦しい雲と合わさり、戦場にいたイワレビコの兵士とナガスネヒコの兵士を諸共押し潰していきました。

ナガスネヒコ「天孫の血がどうとか言っていたが、この地には既に天神が降臨している!神の血筋など!何の証左にも!何の脅威にもなり得ぬわ!」

荒々しく削り取られた大地には、もはやナガスネヒコとイワレビコしか立っていませんでした。タケミカヅチの霊剣を構えていたおかげで、イワレビコは先ほどの一撃を交わすことが出来たのです。

イワレビコ「……果たして、どうだろう。」

雲が霧散し、太陽が燦々と輝く中でイワレビコは剣を構えます。

イワレビコ「確かにその通りだ。今の私にとって神々の証など何の証左にもなりはしない。」
ナガスネヒコ「この地に生きるならば……まずは力を示せ!」

一歩踏み出し、ナガスネヒコは拳を突き出します。イワレビコはその拳に対して剣を突き出しますが、鋼鉄と衝突したかのような感覚で手が痺れました。

イワレビコ(なんだ!?ヤツの拳!!霊剣と同じ硬さだと!?)
ナガスネヒコ「この程度ではあるまい!ヤソタケルを討ち滅ぼした力!早く見せてみろ!そのために貴様の仲間を半殺しにしてやったのだ!」
イワレビコ「……ぬぅあああ!!」

剣と拳、戦場の中心で甲高い音が鳴り、火花が飛び散り、焼けた鋼のような臭いが鼻を刺す。イワレビコはナガスネヒコの神にも似た形相と威容に負けじと剣を振るい続けます。

ナガスネヒコ「ぬるい!ぬるいぞ!その程度では肩慣らしにもならぬ!」
イワレビコ(なんてヤツだ!ヤツは未だ本気ではない!だというのに……!)

実力差があり過ぎる。イワレビコは既に本気で挑んでいるのに、ナガスネヒコは遊んでいるかのような余裕を見せている。

イワレビコ(このままでは……負ける……!)

その瞬間ーー突如として、金色の鳶が姿を現しました

イワレビコ「ーーは。」
ナガスネヒコ「ーーー。」

二人はその金色の鳶に、視線が釘付けになりました。何故かは分かりませんが、その鳶から目が離せず、次の瞬間ーー

稲妻が、二人の目に閃きました。

イワレビコ「ぐ、あああ!!!」
ナガスネヒコ「ぬうおおおお!!!」

失明には至っていないものの、視界が嵐のように乱れて見えない状態になりました。二人は互いの気配を探り合いながら、戦います

イワレビコ(この気配……)

ナガスネヒコの闘気を、肌で、耳で、鼻で感じ取り、イワレビコは大きな気が集まる場所を感じ取りました。視界は相変わらず嵐のまま。

ナガスネヒコ「………。」

互いに目を閉じたまま、気配を探っていきます。そうしてナガスネヒコは拳を構えます。

イワレビコ「ーーー!」
ナガスネヒコ「ーーー。」

奇しくも同時、ナガスネヒコが拳を突き出した瞬間と、イワレビコが剣を振り下ろした瞬間は全く同じでした。

ナガスネヒコ「ーーぐっ。」
イワレビコ「………。」

ナガスネヒコの拳はイワレビコの耳のすぐ横を掠めていましたがーーイワレビコが振り下ろした剣は、ナガスネヒコの肩に深く食い込んでいました。

ナガスネヒコ「ば……バカな。」

視界が徐々に戻っていき、眼前には霊剣が左肩に食い込んだナガスネヒコの姿がありました。

ナガスネヒコ「天は……天は、貴様に味方したというのか。」
イワレビコ「………。」
ナガスネヒコ「あり得ぬ!ならば何故ニギハヤヒをこの地に遣わした!天津神の血を引く者を二人も遣わせば混乱の元となるは必至!何故!何故!
イワレビコ「……天羽々矢。」

イワレビコは、懐から天孫の子孫たる証である、天羽々矢を出しました

ナガスネヒコ「……それは!ニギハヤヒの!」
イワレビコ「……父上から賜ったものだ。代々、我らの家に伝わる物。天孫の血を引く者の証として、伝わる物だ。」
ナガスネヒコ「……ハハハハハ。ハーッハッハッハ!!そうか!!天は気紛れたか!!」

ナガスネヒコは霊剣を抜く余裕を見せるものの、イワレビコに反撃せず、そのまま地面の上で笑い転げました。

ナガスネヒコ「ニギハヤヒはな!我の妹を妻に娶り、子も儲けた!血を残すためと言ってな!奇しくも貴様らも、同じことを宣った!そして今!何もかもが繋がり始めたわ!これがおかしくておかしくて仕方がないのよ!
イワレビコ「………。」
ナガスネヒコ「そうか!我らは……手のひらの上か!神々の!すると我は何だ!ん?引き立て役ということか!ハハハハハ!」

地面を何度も叩き、ナガスネヒコは涙を流すほど笑いました。その様が、イワレビコにはどうにも哀れに映りましたがーー

ナガスネヒコ「……同情はいらぬ。このまま天に弄ばれた道化となるつもりはない。」

おもむろに立ち上がり、ナガスネヒコはイワレビコから背を向けます。

ナガスネヒコ「……貴様の仲間は、半殺しにしている。故に、治療すれば、一年ほどですぐに動けるようになろう。」
イワレビコ「待ってくれ、ナガスネヒコ。」
ナガスネヒコ「……止めてくれるな。我が天に弄ばれたのならば、我もまた天を弄んでも良かろう。」
イワレビコ「何をする気だ。」
ナガスネヒコ「我が望みを叶えに行く。

6.即位

一年後、橿原(かしはら、現在の奈良県橿原市)

ニギハヤヒ「やあ、貴殿がイワレビコ殿か。」

ニギハヤヒが、天羽々矢を持って宮殿に姿を現します。

イワレビコ「……貴方が、ニギハヤヒ殿。」
ニギハヤヒ「ナガスネヒコから話は伺っていたが……なるほど、いい面構えをしている。」
イワレビコ「ナガスネヒコから……彼は、まだ生きているのですか?」
ニギハヤヒ「いや、死んだ。」
イワレビコ「もしや……」
ニギハヤヒ「ああ、私が殺した。」

最後にナガスネヒコを見た時、イワレビコは何となしに彼の願いが分かったような気がしていました。

『……ニギハヤヒ。』
『ナガスネヒコか。』
『……これが神々の描いた物語だとすれば、我はどういう役割を担っているのだろうな。』
『ん~、そうだな……多分、道化だったのだろう。』
『………。』
『私も、お前も、神々の掌の上に踊らされる道化だったのだろう。私が来たことで何が変わったわけでもなければ、お前の全てが変わるわけではなかった。』
『……我は、変わったのだ。お前が来たことで、我は精一杯愉しめたのだ。』
『ーーそう、か。』
『……頼む。ニギハヤヒ。』
『言ってみろ、ナガスネヒコ。』
『……我と、戦ってくれ。』
『イワレビコに殺られくはなかったのか。』
『……どうせ死ぬのであれば、お主に殺されたい。そしてお主に殺されるのであれば、せめてお主との勝敗だけは決しておきたい。』
『ハハハ!なるほど!一人で逝くのは寂しいか!』
『……そうかもしれぬ。だが、そうでもないかもしれぬ。』
『もう時間も残されてはおるまいーー始めるか。』
『……おう!』

ニギハヤヒ「いずれにせよ。アイツはそう長くは持たなかっただろう。そうなる前に、私との決着を付けたかったのやもしれぬな。」
イワレビコ「そうでしたか……戦いに身を置く、彼らしい。」
ニギハヤヒ「ーー今後は、私も貴殿に臣従しよう。貴殿は力を示した。この国をよく統べてくれるだろう。」
イワレビコ「元よりそのつもりです。ニギハヤヒ殿。この度はありがとう存じます。」

ニギハヤヒが立ち去り、イワレビコは深く息を吸い込みます。一歩、また一歩と踏み出していきーー

イワレビコ「待たせたな、皆。」

橿原神宮より外には、苦楽を共にした仲間たちが待っていました。

青空の下、イワレビコは宣言します。

「我は、始馭天下之天皇(ハツクニシラススメラミコト)。混迷に惑う天下を一つにまとめ、大いなる社が如く覆う者である。」


後の世では、彼をこう呼びました。


神武天皇、日本における最初の天皇と。




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