【愛縁奇縁/現世編】第一話:鉛白の眼は過去を映す
朝霧がまだ庭の草木に残る頃。
静かな足音が黑宅の玄関先へ近付いてきた。
引き戸の前で立ち止まった舞姫は、一歩下がって同行者に視線を向けた。
傍らには、鉛白《えんぱく》色の瞳を持つ青年が立っている。
額の右には謎めいた印があり短く整えた黒髪に黒縁の眼鏡がよく似合う。
黒い袴の上に羽織った白いパーカーは、この場では異質だった。
「おはようございます。こちらの方が、黑さんに御用があるとの事で、
案内してきたのですが……ご在宅でしょうか?」
舞姫が声をかけると障子の奥から白哉が現れた。
彼は僅かに驚いたが、すぐいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「おぉ、舞姫さんやん。
朝早ぅからありがとさん。
黑は……」
言いかけたところで、白哉の背後から別の声が被さった。
「彼なら、奥の部屋にいるよ」
天羅は朝の支度を終えたばかりなのか、
髪の毛を整えながら近づいてくる。
そして天羅は、来訪者……――――玄の姿にちらりと目を走らせた。
「どうぞ。こっちへ」
天羅は自然な手つきで青年を中へと誘導した。
舞姫と白哉は玄関先に残され、一瞬の静寂が落ちる。
「……僕、白哉言います。
ここに住んどる黑のな、えっと…………双子の弟や。よろしゅう」
「あ、はい。私は、志輝《しき》と申します。
よろしくお願いします」
微笑む志輝に、白哉は思い切って彼女に問いかけた。
「変な事、聞くんやけどさ。僕ら、前にどっかで会っとらん?」
志輝はその言葉に、桔梗色の瞳を見開いた。
***
俺は、座卓を挟んで来訪者と向き合った。隣に如月、そして天羅が座る。
台所から湯気と味噌の香りが立ち上り、静かな朝の時間が流れていた。
「名乗りが遅れました」
青年は穏やかな、それでいて透き通った声音で言う。
「私は玄《くろ》と申します。【白《ゆき》の守護者】として、参りました」
【白《ゆき》】
俺はその名に聞き覚えがなく、僅かに眉を顰めた。
如月と天羅に目配せをするが二人とも首を横に振る。
「すまんのだけどよ。俺らん、誰も【白】って名前さ。
聞き覚えがねぇんじゃが、尋ねる先を間違っとりゃせんか?」
責める意図はなかった。だが、少し語気が強くなる。
「俺たちの中に、そん名さ聞き覚えあるのはおらんと思うがな」
玄と名乗った青年は否と言うように首を振った。
動きは静かだったが、しかし確信に満ちている。
そして、静かに言葉を紡ぐ。
「それでも、話すべきだと判断しました。……白は、今を生きる者です」
その言葉に、俺は困惑した。
「……意味がわがらん」
低く絞り出すような声で呟く。警戒心が膨れ上がる。
しかし玄は怯むことなく、静かに言葉を続けた。
「【鈴】と言う名でしたら、伝わりますか?」
その瞬間、如月が小さく息を呑む音がした。
俺は自分の拳を爪が食い込むほど強く握りしめる。
天羅は何も言わず、静かに目を伏せた。
「……【鈴】は、今【白】として、生きとるんじゃな?」
それは問いでも、確かめでもなく。
……俺自身の胸に刻むように繰り返した言葉だった。
名だけが置かれ、答えも説明も明かされないまま。
空気だけが変わっていく……――――もう止まらない。
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