【愛縁奇縁/幽世編】第一話:霞の森すれ違う声
風が鳴っていた。耳元で囁くような不穏な音。
靄の森に足を踏み入れた黑は、異変に気づき言葉を失った。
「…………如月?」
隣にいたはずの彼女の姿がどこにもない。焦燥が黑の胸を走った。
「嘘じゃろ……!
おい! 如月!!」
声を張り上げるも、返事はない。靄《もや》に声が吸い込まれる。
その様子に白哉が眉を顰め、彼の背を叩いた。
「おい黑、落ち着けって! 今の今まで一緒におったやろ!
簡単に消える訳ないやんか!?」
「やかましか! 落ち着いとる暇なんぞない!!」
袴の裾を蹴り、黑はその場から駆け出す。
白哉も舌打ちしつつその後を追う。
「もう! 落ち着きって!
いっつも涼しい顔しとる癖に!
如月ちゃんの事になると周り見えんくなるんやから……
このあんぽんたん!!」
だが白哉の悲痛な叫びも、
黑の耳には届かない。森の中で霧を裂き如月の名を呼び進んで行く。
けれど、返る声はなかった。
***
そして、反対側。
「黑、……どこに居るの?」
如月は不安げに周囲を見渡していた。
そんな彼女の手を、志輝がそっと取る。
「如月ちゃん、大丈夫……?
足元、危ないから手を繋いでいこう?」
「……うん。ありがとう、志輝ちゃん」
二人は黑たちとは別の霧の中にいた。
「黑が居ない。白哉さんも、天羅さんも、玄さんも……」
「きっと……みんな、別の場所に飛ばされたんだと思う。
ここは、時も空間もぐちゃぐちゃみたいだから……」
志輝の声は落ち着いていたが、指先は微かに震えていた。
「この場所、私たちが居た現世とは違うんだよね?
怖いけど今は前に進もう。きっと大丈夫。
ここは、現世よりも【想い】が強いからきっと導いてくれる」
志輝は力を込めて前を見据える。
如月もそれに頷き、二人は手を離さず森の奥へと歩を進めていく。
****
そしてまた、別の一角。
「……あ、あれ? え?
えっ!? 嘘、ちょっと待って……なんで!?」
取り乱した声で玄が辺りをきょろきょろと見回していた。
鉛白の瞳にも、珍しく狼狽が浮かんでいる。
「一緒に入った筈なのに……皆……どこ……!?
これは……こんな、…………計算外だ!!」
肩を震わせて呟く玄の後ろで、天羅が額に手を当て、深くため息をついた。
「君、少し落ち着きなさい。こんな時に慌ててどうするの?」
「……っだ、だって! これは、俺の失態……!」
涙ぐみそうな顔で天羅を見上げる。彼女は玄の襟元をぐいっと引いた。
「いいから、深呼吸して。目を閉じろ。
ゆっくりと……そう。落ち着いた?」
「ふ、ふぇ…………はい……」
天羅の言葉に従い息を吸って吐く……
何度か繰り返すうち、玄の肩から力が抜けていく。
「……すみません。俺、少し……動揺してしまって」
「いいさ、今は私がいる。動揺したら、また落ち着けてあげるから。
……さてと、じゃあ。皆を探しに行くとしようか?」
「はい!」
その返事は、さっきまでの震えが嘘のように澄んでいた。
霧の深い森。六つの魂が別々の場所で歩き始める。
だが、彼らはまた出会えると信じて前へ進む。
そして幽世の森は、それを嗤うかのように――また風を吹かせた。
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