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【愛縁奇縁/幽世編】第三話〈前編〉:幽世に散る白藤の花

【巫女/舞姫】


 靄を掻き分けるように如月と志輝は歩を進めていた。
 白い霧は視界を奪い、足元から先の景色を溶かしている。

 やがて……――――その白の帳の向こうに、赤く連なる鳥居が現れる。

 一本、また一本と続き、果てを知らぬ回廊のよう。
 千本鳥居に似てはいるが、
 その壮麗な佇まいはまさに神域そのものだった。
 薄暗い参道の両脇には灯篭が並び、灯る火が靄に霞み揺らめいている。

 顔を上げた志輝が息を呑んだ。

「……藤の花?」

 視線の先には、白と紫の房が垂れ下がり光を帯びて揺れていた。
 今は夏の盛りのはずなのに。
 如月も足を止め、掌を花弁へ近づける。
 冷ややかな空気と共に花の香りが鼻先を掠めた。

「やっぱり……ここは、現世とは異なる場所なのね」

 その光景が、ここが現世ではないと感じさせる。
 二人は視線を交わし黙って鳥居をくぐった。
 足音は砂利に吸われる。やがて参道の先に小さな社が姿を現す。

 規模こそ控えめだが、
 屋根や扉に刻まれた文様は精緻《せいち》で、荘厳さを放っている。

 志輝は深く一礼し、如月と並んで手を合わせた。
 目を閉じ、祈る。……その時。

 背後から、柔らかく芯のある声が降ってきた。

 「よう来たね。いらっしゃい」

 二人が振り返ると、靄の中から一組の男女が姿を現した。

 男は長く艶やかな白髪を一つに結び、黒い瞳を細めて立っている。
 白を基調とした衣の裾が、風もないのに揺れていた。
 女は綺麗な黒髪を肩に落とし、白い瞳でこちらを見つめている。
 紫の刺繍が入った黒衣は、灯篭の光を吸い込み輪郭を溶かしていた。

 「僕は白銀《しろがね》や。この社を護っとる蛇神やねん」
 「私は黒曜《こくよう》。白銀の妻で、共にこの地を護っているわ」


 二人の言葉はやわらかい。
 しかしその奥に、人を寄せつけぬ神性があった。

 如月と志輝は思わず息を呑み、もう一度深く頭を下げる。


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