【長編小説】獣戦記(アポカリプス)第三十七話 虚無獣の咆哮
黒い靄が渦を巻き、 巨大な獣の形を成していく。
4本の腕、2対の翼、ゾクッとするおどろおどろしい頭部に、無数の眼が蠢く。
その姿は、夢の世界で見たどんな幻影よりも禍々しく、現実世界で見たどんな魔物よりも恐ろしく、まさに悪夢そのものだった。
——ゴクッ。
(な、なんて姿なの……)
「この姿、本当に夢幻喰……なの?」
「あれは、神獣形態と呼ばれるものだ……」
「神獣形態?……なんだそれ?」
テトラの身体が小刻みに震えている。
「神獣形態とは、俺たち幻獣種族だけが使える獣の最終形態だ。この状態になると、それはもはや獣ではない。神に近い存在といえる……」
「なんだそれ……やべぇじゃねぇか!そんな奴の攻撃、一発でも食らったら……マジで死んじまう!」
夢幻喰は巨大な獣の姿で、 ゆっくりと3人を見下ろした。
「これが本来の幻獣種族の力だ。まぁ、そこにいる飛龍には、まだできないだろうがな……」
——ブウォン!
夢幻喰の背後から4本の影が伸びる。
1つはミラへ、 1つは飛龍へ、 1つはテトラへ、 そして最後の1つは、3人を取り囲むようにうねりを上げた。
「おいおい、何か気持ち悪ぃのが来たぞ!」
「絶対に触るなよ、テトラ、ミラ!」
「防げるといいな……夢界侵蝕・棘……」
(……さっきよりも断然速い!?)
「ぐっ……!!」
「うわっ……!!」
「くそっ……!!」
3人は同時に吹き飛ばされた。
「フッハッハッハッ!この状態になった私の力は、まさに神そのもの!君たちに万に一つも勝ち目はない!」
ミラは地面に転がりながら、双剣を杖代わりによろめき立つ。
「くっ……そんなこと!」
「力だけが全てじゃない……!」
「3人でお前に勝つって決めたんだ! 負けてたまるかよ!!」
夢幻喰は巨大な鼻を振り上げた。
「ならば、その絆ごと砕いてやろう……」
——ドクンッドクンッドクンッ!
(夢幻喰の身体中の眼が全て開いた……まずい!?)
「ミラ、テトラ!離れろ!」
「……!?」
「夢界侵蝕・虚無断絶」
空間が黒く染まり、 空間が歪む。そして一閃。
3人の中にある、思考、絆、戦略、すべてを断ち切る一太刀であった。
——ギュオォォン……ズバァァァッ!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「フッハッハッハッ!どうだ、すべてを断ち切る無情な一太刀の威力は。私には、夢の法則を利用した強力な攻撃が可能だ。しかし、君たちの攻撃は、私には届かない。これが現実だ!」
ミラは剣を握りしめる。
「それでも……私たちは……負けられない!」
「そうだぜ、夢幻喰!相手が強ぇからって、諦めていい理由にはならねぇんだよ!」
「夢幻喰……ここには、勝負を諦めている者など、1人もいないぞ!」
(こいつら、なぜ、折れない……ここまで圧倒的な力を見せつけて、なぜ離れない……)
「はぁぁぁぁ!」
—————ドォォォォォンドォォォォォン!!
雷鼓が震え、飛龍の背中に“龍の影”が浮かび上がったように見えた。
(あれ?今、飛龍の背中に龍が居たような……気のせぇか?)
「俺は、俺の全力を出すだけだ!」
嵐のような暴風が飛龍の身体を包む。
「第三鼓———『嵐拳・裂空』!!」
風が龍の爪のように飛び、夢幻喰の体を抉り取る。
「……くはッ!?」
夢幻喰が初めて苦悶の声を漏らす。
(おのれ、飛龍……)
「今がチャンスだ!…… おめぇを一気に焼き払う!日輪爆閃!!」
太陽の閃光が影を焼き、轟く咆哮が夢幻喰の身体を傷つける。
夢幻喰が後退する。
「ぬぅ……その光、声…、本当に厄介だ!」
「影が力なら…… 光で全部消してやるぜ!!」
「飛龍!! テトラ!! 合わせるわよ!!」
「おう!」
—————ドォォォォォン!!
「ミラ、剣を!」
「えぇ!」
「足止めは任せろ!風羽乱奏ッ!」
テトラが放つ不協和音が、夢幻喰の動きを封じる。
(くっ……神獣化によって巨大化したことで、より音が身体中に響く……)
——スゥ……バリバリバリッ!
「そ、それは!?」
「受けなさい、夢幻喰!これが……私たちの“力”よ!!雷轟斬!」
剣が夢幻喰の胸を斬り裂いた。
「うわぁぁぁ!」
「効いてる!!」
「このまま押し切るぞ!!」
「ハァ……ハァ……なるほど…… 3人の絆の力……繋がりの力か……」
——ドクンッドクンッドクンッ!
「だが、 まだ終わりではない」
「お、おい。また眼が開きやがった!」
「さっきのが来る!飛龍、壁を……」
「違うぞ、ミラ!先程と初動が違う!これは……」
空間が震え、 森が歪み、 空が裂ける。
「夢界侵蝕奥義・虚夢獣王の雄叫び!」
——ズズズ……ギャリギャリ……キィィィ!!!
夢幻喰の雄叫びが空間全体に広がった。その声は、妬み、恐怖、嫌悪、苦しみ、嘆きを含んでいる。その声は、3人の心に絶望を与えるものだった。
「いやぁぁぁぁぁ……やめてぇぇぇぇぇ!」
「うぉぉぉぉぉ、やめろぉぉぉぉぉぉ!」
「おいらの……頭が……頭がぁぁぁぁぁぁ!」
夢幻喰は巨大な獣王の姿で吠えた。
「その身に刻め……これが本当の悪夢だ!」
絶望の咆哮に叫びもがく3人を、夢幻喰の漆黒の眼が静かに見据えているのであった。
👇目次・あらすじ
目次・あらすじ
