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一筋の光 ― 王の独白 ―

ゲートの中で、俺は己の鼓動だけを聞いていた。
師走の中山。十万人の視線が、俺の漆黒の馬体に注がれているのを感じる。「現役最強」「絶対王者」。人間どもが勝手につけた称号だ。
だが、悪くない。俺はこのターフの王だ。誰よりも速く、誰よりも強い。それは事実だ。
隣の枠で、栗毛の馬が荒い息を吐いている。恐怖しているのだ。俺という存在に。
 フン、雑魚が。
視線を少しだけずらす。二つ隣の枠。「ミランシンクオー」。ここ最近、力をつけてきたと噂の若造か。
奴は静かだった。俺を見ても萎縮しない。それどころか、その瞳の奥には静かな炎が燃えているように見えた。
 ……面白い。だが、王の座は渡さん。
 ガシャアン!!
ゲートが開いた瞬間、俺は大地を蹴った。
先行争い? そんな小細工は必要ない。俺は中団で堂々と構える。王は慌てない。
道中、周りの馬たちが俺を避けようとする気配が伝わってくる。当然だ。俺に触れれば吹き飛ぶぞ。
だが、あのミランとかいう若造だけは違った。内ラチ沿いの狭いスペースで、虎視眈々と前を狙っている。
 向こう正面。俺は動いた。
外からゆっくりと進出する。行く手を阻む風すら、俺の威圧感で切り裂いていく。
第3コーナー。俺が大外をまくると、観衆の悲鳴のような歓声が上がった。
そうだ、見ろ。これが王の走りだ。
 しかし。
第4コーナーを回り、直線を向いた時、内側から強烈な殺気が突き刺さった。
 ――来たか。
ミランだ。馬群をこじ開け、俺の懐に飛び込んできた。
 並ぶ気か? この俺に?
俺の闘争本能が爆ぜた。全身の筋肉が鋼のように硬化し、一完歩ごとに地面を叩き割るような衝撃を生む。
 残り200メートル。
 俺たちは並んだ。
互いの筋肉が擦れ合い、汗が飛び散る。
奴の気迫が、俺の肌を焼くように熱い。
これまで戦ってきたどの馬とも違う。こいつは、本気で俺を食おうとしている。
 負けん。俺は王だ!
俺は更にギアを上げた。肺が悲鳴を上げようが構わない。全てをねじ伏せる。それが王の責務だ。
 だが、奴は離れない。
むしろ、食らいついてくる。泥臭く、必死に、ただ前へ。
 残り100メートル。
視界が狭まる。世界には俺と奴しかいない。
俺のプライドと、奴の執念がぶつかり合い、火花を散らす。
 ――どけぇぇぇッ!
 俺は心の中で咆哮した。
だが、奴の瞳は死んでいなかった。
 ゴール板が迫る。
俺たちは同時に首を伸ばした。
 ――刹那。
風が、ほんの少しだけ、奴の方へ吹いた気がした。
 ゴールを過ぎ、減速する。
場内の実況が、信じられない現実を告げていた。
 ハナ差。わずか数センチ。
 俺は、負けたのか?
 荒い息を整えながら、横を見る。
そこには、ジョッキーに首を抱かれ、祝福を受けているミランの姿があった。
ジョッキーは泣いていた。ミランもまた、相棒の愛を静かに受け止めていた。
その光景を見た瞬間、俺の胸に冷たい風が吹き抜けた。
俺は今まで、自分が強いことだけに固執していた。王であることにあぐらをかき、周りを見下していた。
 だが、奴らは違った。
人馬一体。信頼と絆、そして泥臭いまでの勝利への執念。
それが、最後の最後で、俺の「個の強さ」を凌駕したのだ。
 ……完敗だ。
俺は大きく鼻を鳴らし、ミランへと視線を送った。
 奴が気づき、こちらを見た。
 ――見事だ、ミランシンクオー。
俺は心の中でそう呟き、静かに踵を返した。
悔しさはある。腹の底が煮えくり返るほどに。
だが、それ以上に、俺の中で新たな炎が灯ったのを感じていた。
 王座はくれてやる。だが、一時だけだ。
俺はまた強くなる。傲慢という鎧を捨て、ただ純粋に速さを求め、這い上がってやる。
 次は負けん。
首を洗って待っていろ、ミラン。
お前こそが、俺の真の好敵手(ライバル)だ。
漆黒の王は、誰にも見せない決意を秘め、冬の風の中を静かに歩き出した。
その瞳には、かつてないほど澄んだ、一筋の光が宿っていた。

ミランシンクオー視点⬇️

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