親切心が心を壊す。優しすぎる先生の『防衛ルール』
「良かれと思ってやったこと」が、逆に保護者から追及されて、傷ついた経験はありませんか?
「こんなに頑張っているのに…」と、優しさゆえに裏切られたような気持ちになるのは、本当に辛いものです。
多くの先生が、大きなトラブルではなく、この「善意の裏切り」の積み重ねで、心を病んでしまうのではないか、と思っています。
私自身も、過去に休職に至った原因の一つが、まさにこの「親切の線引き」ができなかったことでした。
詳しくは以下の記事に。
優しさは、この仕事では大切です。しかし、あなたの心を無駄なリスクから守るために、「親切の正しい使い方」を考えることが大切です。
この記事では、あなたの優しさを守るための、「親切の線引きルール」を3つ紹介します。
心を守るヒントになると、嬉しいです。
1. なぜ「優しさ」が心を壊してしまうのか
私が過去に休職に至った大きな原因の一つは、善意で接したことで、かえって「自分を全否定された」ように感じてしまったことです。全力で庇った生徒の保護者から抗議を受け、自分の心がプツンと切れてしまったのです。
親切は美しいですが、学校という組織の中では、「親切=予期せぬリスク」になる瞬間があります。
自分の持っている本当の優しさを守るために、あなたの「親切」を、この3つのルールに照らし合わせてみて下さい。
2. 心を消耗させない「親切の線引き」3つのルール
あなたの優しさを守り、安定した精神状態で長く教員を続けるための、私自身の経験に基づくルールです。
ルール 1: 「公平性のライン」を超えない
学校の中での親切は、誰か一人の子どもに向けられた瞬間、他の子どもたちに対する「不公平」というリスクになります。
どうするか? 「A君だけ荷物を運んであげる」など、他の先生や保護者が見たときに『なぜあの子だけ?』となる親切は避けましょう。
理由: 親切を「公平性」というルールで拒否すれば、もし追及されても「私個人の意地悪ではない。学校のルールなんです」と公的な立場で返せる防御壁となります。
ルール 2: 「説明責任」を負えない親切は、しない
「良かれと思って」という感情論は、トラブル時には通用しません。後で説明できない親切は、すべてリスクです。
どうするか? 「なぜそうしたのか?」を論理的に説明できない親切は、しないようにしましょう。例えば、連絡帳に私的な感情を吐露したり、個人的な居残り指導をしたりする時などです。
理由: 後で保護者や同僚、本属長に質問されても、「子どもの〇〇な成長のために、この指導を行いました」という教育的な根拠で返せます。感情論ではなく、ロジックで自分を守る練習だと思って考えて見てください。
ルール 3: 「期待の見返り」を求めない
親切をした後、「感謝してくれるはず」と期待すると、感謝されなかった時にあなたの心が傷つきます。言われてみれば当然ですが、この見返り、を変に期待すると、昔の私のように傷が深くなります。
親切は、「相手が感謝しなくても、私がやりたいからやった」と心の底から思える範囲に限定しましょう。
心がラクになる理由: 報酬を「自分の心の満足度」に切り替えるんです。そう。自己満足です。相手の反応に依存するのをやめるだけで、心が揺さぶられるのを防げます。
3. 優しさは「戦略」として使おう
優しさは、才能です。その才能を、どうか無駄なリスクに使わず、最も効果的に(子どもたちの笑顔のために)使いましょう。
優しさを「感情」ではなく「戦略」として使うこと。 これが、あなたが長く、笑顔で教壇に立ち続けるための、最も重要な「自己防衛術」だと私は思っています。したたかになりましょう。
私の他の記事は以下にまとめています。暇なときにでも、どうぞ。
