「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 10
第3章 第5話 点と線 PARTⅡ
牧野弁護士以上にビックリしていた伊藤さんが、聞いてくる。
「先生は弁護士の先生でもあるんですか? またまたびっくりです。ところで二弁って何ですか」
「東京には弁護士会が東京、第一東京、第二東京と三つあって、二弁というのは第二東京弁護士会のことだよ」
「弁護士会って都道府県に一つずつではないのですか」
「東京も初めは一つだけだったけれど、戦前、つまり先の第二次世界大戦前に東京から独立して第一東京弁護士会ができ、その後、東京と第一との争いに難色を示した人達が第二東京弁護士会を作ったんだけれども、戦後は一つにならずそのままの体制がとられたということらしい」
「先生は、どうして二弁なのですか?」
「三つともほぼ変わらないとは思うので、こだわるところがあるというわけではないけれども、弁護士の父が二弁だったのでその影響かな。まあ、それぞれ伝統を重んじて弁護士の資質を向上させるために尽力しているので、あまりかわりはないとは思うのですが」
「現役の弁護士の先生なのですね」
「最初は弁護士の父の影響で法曹界に入ったけれど、その後すぐに父との関係が悪くなり事務所を辞めてしまいました。そして、色々あって、また大学に入り直し精神学の方に進むことにしたということです」
「先生に付いてもう二年になりますが、知らないことがたくさんあります。お父様の件にしてもしかりです。もっと先生を知りたいです」
ちょっと、ドキっとする発言だな。牧野弁護士が戻ってきた。これまたノックもせずにいきなりドアを開けて、恥ずかしそうに席に座った。
「すみません。お詫び致します。確かに弁護士登録をされておられます」
先程とは打って変わった態度になっていた。やはり何かを隠していることは明白であった。ボロを出さないようにすごく丁寧になっていた。いや、丁寧すぎる態度に違和感を覚えた。
「では、お聞きしても宜しいでしょうか」
「はいどうぞ」と背筋を伸ばし、就職面接のようであった。
「まず、先生は琢磨さんの代理人ではなく、あくまでこの公正証書遺言についての執行人という立場でよろしいですね」
「はい、そうです」
「しかし、会社の顧問をお引き受けされましたね」
「はい、そうです。でも公正証書遺言は二朗さんの財産に関するものですので」
「なるほど。遺言については財産の執行をするだけということですか」
「その通りです」
「わかりました。浅倉二朗さんの遺言執行人兼ASAKURA(あさくら)建設株式会社の顧問弁護士である牧野森一先生にお伝えいたします」
牧野弁護士と清水弁護士は、何事かと伸ばした背筋がこれ以上伸びないくらいピンと伸びた。
「直ぐに、公正証書遺言の執行停止の仮処分及びASAKURA建設株式会社に対し、先の株主総会決議取消並びに取締役会決議取消の訴えを起こしますのでご容赦下さい」
ここで詳しく説明しよう
(一般的に遺言書があればその通りに行われると思っている人がおられるが、遺言書があるほうが揉めることが多い。というのも、遺言書がなければ相続人全員の意思の統一がなければ成立することがないため、成立しないのであれば家庭裁判所による遺産分割の調停や審判を仰ぐようになっている。しかし、遺言書は亡くなった方の内面の意思が表に出た書類のため、意に沿わない相続人がいると、相続分をゼロや減らす傾向にあり、遺言書の存在自体で争いごとになることがある。そして、地方裁判所でその信憑性等の判断を仰ぐケースになり、複雑な親族の葛藤が解決の糸口を見いだせなくしてしまうことが多々ある。また、遺言書には自筆証書遺言と呼ばれるものと、公正証書遺言と呼ばれるものがあるが、そのうち、公正証書遺言は公証人という実質的な公務員の書面になり、一般的には公文書とされるものとなる。故に本文にもあるように覆ることがほぼないのが実情である。しかし、対抗手段としては仮処分として一旦停止させ、遺言に有利な側の足かせにする方法が今回の仮処分である。次に、株主総会決議取消の訴えというのは、決議から三か月以内という制約があるのだが、招集や決議方法に不公平な決議に適用され、まさしく本件の取消事由となって訴えを行ったものである。また取締役会においては、株主総会が取り消されれば成立しないものなので申立てたものである。尚、株主総会決議無効または不存在の訴えという訴訟もあるが、これは法令や会社定款等の違反であるため、本件とは様相が違っているものである)
「いや、それは困ります」
「いや、それは困りますとは、どういうことですか」
「会社は、譲渡、いや、その・・・」
「どういうことですか。取り敢えずちょっと電話をしてきますので、そのままお待ちください」
部屋を出て、廊下で結衣さんに電話をし、頼んでいたことを実行してもらった。
そして、部屋に戻って席につくなり牧野弁護士に言い放った。
「会社を譲渡とはどういうことですか」
「それは、顧問弁護士としてのお話ですので部外者の方にはお伝えできません」
「いや、橘さんは取締役を外れておりますが大株主ですよ。ましてや、先の株主総会が口頭で開くと言っただけで、いつのどの場所ですることも言わず、橘さん達が知らないまま勝手にした株主総会だけでも取消事由になるのに、今度は大株主に召集通知もなく勝手に開いた株主総会で会社の譲渡を決めれば、その株主総会決議は完全に取消事由になることぐらい先生もご存じですよね」
顔色が瞬く間に変わっていった。一緒にいた清水弁護士の「先生!」という言葉も耳に入らないようであった。ここまで動揺するのは何かを隠していると言っているようなものだ。
「会社の顧問弁護士が率先して行っているのですか。前代未聞ですね」
「いや、違います。そんなことをするわけがないじゃないですか」
この狼狽えぶりから、明らかに誰かの指図で動いているだけと言うことが分かる。というのも、こんな初歩的なミスをするはずがない。あらかじめ知っていたのであれば、結衣さん達を排除せずに総会を開けば問題はないからだ。
「70%の株の保有者は琢磨さんですから、単に軽微な通知ミスと思われますね」
「先生。こんな大きな事務所を構えておられる先生が、他に三人しかおられない株主への通知が軽微なミスで済まされるのですか。軽微なミスといえども株主総会決議取消訴訟の十分な根拠になることをご存じないわけがないと思いますが」
「この件に付きましては、後日またということで」
その後すぐに、スマホのメッセージを知らせる音が鳴った。結衣さんからである。【完了しました。結衣】とあった。
そして、牧野弁護士に決定的な言葉を投げかける。
「後日はありませんよ。先程、遺言執行停止の仮処分と先の株主総会決議取消並びに取締役会決議取消の訴えを申し立てをしました。この先どのような立場でお会いするかを楽しみにしております」
私達は席を立ち会議室のドアへ向かった。牧野弁護士は慌てて追いかけてきて、私の腕を捕またので振り向きざま手を払った。
「痛いではないですか」と大声で叱責した。すると、私の前に回り膝をついてお戻りくださいと懇願した。部下に狼狽(うろた)えた姿を見せてまでも止める態度から仕方なく席に戻った。
「先生、早乙女先生、お願いいたします」
「なんのお願いでしょうか」
「私は、ある人に頼まれただけです」
「ある人って誰ですか」
「それは言えません」
「この期に及んでまだ言えませんと言われるのですか」
「言わなくてもいいですよ。どこまで関与されたかは必ず暴いて見せますので。その時には、ここまでしか関わっていないから、ということは通用しませんよ。覚悟しておいて下さい」
「わかりました。全てお話しします。だから、不正などには関与していないことを信じてください」
ううん。ロダンのポーズに入った。
人間は動揺すると自分の意思とはそぐわない意志が交差すると、これほどおろかに無意識を発するのだと思った。
「牧野先生、少しお待ち下さい。今、大変重要なことを話されたみたいですね」と、伊藤さんが得意げに告げた。
「いや、まだ何も」
「いいえ、間違いなくお話しされたとようでございます。早乙女がこのポーズになったときは、何気ない言葉の中に、深い意味を感じ取って頭の中を駆け巡っていることでしょう」
牧野弁護士は、伊藤さんの言葉で断崖絶壁に立たされているような顔つきになった。
私はゆっくりとポーズを解きながら、内堀を完全に埋める一言を発する。
「お待たせしました。先に、黒幕は誰なのか聞きましょうか」
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