見出し画像

「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 6

第3章 第1話 点 
田所弁護士事務所のビル前

 今日はオンライン講義がないため、昨日約束したように、私と伊藤さんは直行で田所弁護士の事務所で落ち合うことにしていた。すると、伊藤さんが先に着いており、私を見つけるなり手招きしてくれた。
 
 ビルの前で落ち合った時の伊藤さんは少し緊張しているようである。伊藤さんにとって今まで捜査のような仕事はなかったので、仕方がないといえば仕方がないのだが、すこし緊張をほぐすためにも元気よく挨拶をした。
 
「伊藤さんおはよう」
 
「先生おはようございます」と返してくれた。

 では、戦闘開始といきますかと言うと、元気よく「はい」と答えてくれた。
 
 私たちはビルの玄関に入って行く。エレベーターが一台だけのかなり古いビルだ。エレベーターに乗って三階に降りると、部屋から一人の年配の男性が出てきた
 
「本当に、往生際が悪いやつだ、もっと儲けることができたのに」と、その男性は大声を出しながら、私たちとすれ違いざまに壁を蹴った。その凄まじい音に、伊藤さんが「キャッ!」と悲鳴を上げる。その男はさらに逆上して「うるさい」と怒鳴ってエレベーターに乗り込んだ。
 
 伊藤さんは非常識な方と言いながら顔を強張らせて怒っている。
 振り向いてドアの表札を見るとその男の出てきた部屋が田所弁護士の事務所であった。
 
 ドアの前に立つと中から誰かの声が、というか、怒鳴り声が聞こえたのでドアをノックするのをためらっていた。二人は顔を見合わせてノックするべきかどうかを考えていると、ドアが開き事務員らしき女性が出てきた。
 
 私たちを見て、当方にご用かと聞かれたので、橘結衣さんからの紹介で、田所先生にお会いするために来たことを話した。それを聞いた事務員の方がドアを開けて招き入れてくれた。入った途端に田所弁護士の怒声が放たれた。
 
「ナッちゃん、足らないよ。もっと塩持って来て、塩!」
 
 中に入ると、髪が七三でガチガチの堅物の男性が塩を撒いている。危うく塩が掛かりそうになった。
 
「これは、失礼致しました。あなた方に向かって掛けたわけではございません。服にかかっていませんでしょうか。嫌なお客さんが帰ったところでして」
 
「大丈夫です。初めまして、私、早乙女と申します。帝央大学で教鞭をとっております。本日はお時間をいただきありがとうございます」
 
「ああ。結衣さんから聞いております。とんだところをお見せしてしまいました」
 
「お仕事にも色々ありますから」
 
「ところで、結衣さんからは宜しくと連絡がありました。どうぞお掛け下さい」
 
 田所弁護士は私たちの傍まできて、さあどうぞとソフアまで案内してくれた。
 
 私たちがソフアに座ると先ほどの女性がお茶を持ってきてくれた。どうぞと言った後に少しの間(ま)があり、目が合ったあと彼女の動作が止まる。お礼を言ったが、その態度に違和感を覚えた。
 
「橘さんからはご連絡が入っておりましたか」
 
「ええ、その時にどちらの弁護士事務所も相談に乗ってくれなかったけれど、帝央大学の准教授の先生に相談すると、お力になって頂けると。私は会社の顧問をしていたこともあり、利益相反になるため相談を受けることが出来なかったのでよかったです。お名前をお聞きすると、帝央大の早乙女先生だと言っておられたので偶然だなと思いました。というのも帝央大といえば私も帝央大卒でして。三林彰信教授は学部が違うんですが、私の同級生なんです。ある授業で意気投合して、仲良くなりました。その後は、よく朝まで議論を重ねて飲み明かした仲です。三林君は体格がヒョロットしていて一見ひ弱そうに見えますが、自分の意見と相違すると相手が参ったというまで引き下がらない頑固な人間です」
 
「三林教授にそんな一面があったのですか。意外です。私には温厚でどなたの意見も真摯に向き合われる教授でございます。そして、いつも理知的な話し方で、回りの人を自分の世界に引き込み、心理学の真意を解いておられる教授です」
 
「そうですか。年を取ったせいか、それとも教える立場になったせいかも知れませんね。ははは。そして、今回帝央大の早乙女先生とお会いすることになったと話したところ『早乙女准教授は当校では稀に見る天才だ』との事でした」
 
「とんでもありません。三林教授も人が悪い。かなり誇張されていると思いますよ。准教授ごときが三林教授に天才と呼んで頂くなんて、恐縮して猫になってしまいます」
 
「ご謙遜を。そのあと彼は続けて『彼の知識・才能は常人では図り知れないので、得るところが多いよ。普通の人が考えないところに焦点をあてて紐解く才能は、訓練することで身に着くものではないものだと思う』と話しておりました」
 
 私を見ながら伊藤さんが咳払いをした。

 そうだった、話しに夢中になりすぎて伊藤さんの紹介をしていなかった。
 
「すみません先生。彼女は私の助手をしている伊藤と申します」
 
 伊藤さんは名刺を出しながら、挨拶をしていた。
 
 甲高い声で、田所弁護士が尋ねてくる。
「ところで結衣さんから知り合いの刑事さんにも相談したとか言っておりましたが、今回の件は何かの事件絡みでしょうか」
 
「まだ何がどうというわけではありません。知り合いの刑事さんとは大学のサークル仲間の方で佐々木さんという刑事さんです。単にお友達としての繋がりかと」
 
「安心致しました。その辺が鈍感なもので、結衣さんに何か迷惑がかかったのかと思い心配になりました」
 
「ご心配なく、事件性は今のところ感じられませんので。早速ですが、浅倉二朗さんの遺言書を拝見させていただけませんでしょうか」
 
「少しお待ち下さい」
 
 田所先生はソフアから立ち上がり、スチール製の戸棚に向かった。左側の扉を開け三段ある中で、一番上の棚の真ん中にあるファイルを取り出して、そのファイルを持ってこられた。
 
「このファイルの中にあります」
 
「では、拝見させていただきます」
 
 ファイルを受け取り、遺言書の封筒を抜き、中から遺言書を出した。開いて見てみると達筆で均等の取れた字列で綺麗な文字であった。厳(おごそ)かな、いかにも実直な方が作った遺言書のように思える。私はこのような遺言書を見たことがない。
 
 此処には、結衣さんが言った通りの内容が書かれてある。また、いとこ同士仲良く会社を盛り上げていくようにとあり、その他の家族の事が事細かに書かれてあった。
 
 確かに、琢磨さんのことは何一つ書かれていない。公正証書遺言とは似ても似つかないほど差がある文書だ。又、筆で書かれてあるのだが、その紙に驚いた。というのも巻物。そう、時代劇でしか見たことのない長く繋がった紙を折り畳んである。
 
 そして、訂正された文字が一文字もないということだ。この方なら一字の誤字があれば書き直したのではないかと思う。これだけの長文だから何枚かは書き直したかも知れないが。
 
 ここで私は、ロダンのポーズになった。すると、不思議であったのか、私の顔を斜め下から田所弁護士が覗いてきた。

「早乙女先生どうかされましたか・・。先生」と、問いかける。
 
 伊藤さんが間髪入れずに返答する。
「フリーズしているわけではございません。これでも熟慮の中に入っているだけで、害はございません」
 
 またまた、伊藤さんの毒舌(これでも害はありません)が、放たれたって感じだ。
 
「このポーズになると疑問が一つ以上あったということです。もうしばらくお待ちください」
 
 ポーズが解けた後、田所弁護士が尋ねてきた。

「今のところ一つだけ」とだけ答えた。
 
「何でしょう」
 
「これは、同じ人物が作ったものではありませんね」
 
「どういうことですか」
 
「自筆証書遺言には、家族の行く末を心配し、いつまでも、安らかな気持ちで過ごして欲しいという言葉で、家族のことが心配でたまらないという気持ちが書かれてあります。且つ、厳かな文章で明らかに心の中の願いが詳細に書かれてあります」
 
「そういえば、そうですね。私もいくつもの遺言書を見て来ましたが、普通は家、株、貴金属などの高価な財産だけを遺言するものです。家族への思いを入れるにしても家族が仲良く暮らすようにというぐらいで、ここまで家族一人一人の行く末を事細かに遺言する方は珍しいですね」
 
「そうです。そして、最後に感謝の気持ちを付け加えて終わっていることから、財産だけが目的ではなく家族を本当に大切に思っていたことが伺えます」
 
「しかし、公正証書遺言は公証人の作成したものに署名捺印だけをすることから、私の経験上では家族への思いなどはあまり書かないのが普通ですが」と、私とは違う発想をされた。
 
「田所先生。少し考えてみて下さい。この文章を一人で作成した方が、全ての財産を兄の琢磨さんに相続させる、などという薄っぺらな文章を依頼すると思われますか」
 
「しかし、証人二人も立会い公証役場で署名捺印した事実は間違いないですから」と反論にも似た言葉を投げてきた。
 
「確かに、そこに何かを介在させることは難しいですよね」
 
「正直、私にはお手上げです。早乙女先生の疑問をお聞きしても何も浮かびません」と、今度は迷宮に陥ったかのように、悲観的な言葉が並んだ。
 
 この方は、民事専門で事件を色々な角度から考察することができないのだろうか。それとも、顧問といえども弁護士として遺言書の保管を頼まれたということだけで、他人事なのかもしれない。しかし、自筆証書遺言の遺言執行人なのに簡単に引き下がっているということは、この人の力量はここまでの人なのであろうか。このまま此処にいても収穫は得られそうにないと思った。
 
「では、このへんでお暇(いとま)させていただきます。あっそうだ。恐れ入りますが今の遺言書のコピーを頂けないでしょうか」
 
「結衣さんから聞いておりますので用意しております」
 
 コピーを受け取ったあと、お礼を言って席を立った。エレベーターまで見送りに来られたが、その際、この件についてはあまり無理をしないようにと言われた。そして、本業の大学にも差し支えては心苦しいと声を掛けてきた。
 
 お構いなくと返し、そのまま二人は部屋を出て、ビルを後にした。
 
 私はまだ、調べ物があるので大学に戻るが、伊藤さんは直帰して下さいと言いながらタクシーを止めて乗って帰ってもらった。
 
 大学に戻った私は、コーヒーを入れながら考える。あの言葉は何だったのか。そして、あまり本気を手を出さないようにとしか聞こえなかったことも引っかかる。しかし、公正証書遺言はあの方には何のメリットもないので、自筆証書遺言が効力をもつ方がよいはずだ。
 
 それはそうと、一目で違いが分かるような遺言を作ったのは何故なのか。

 自問自答しながらその答えを見つけようとしたが、この段階で答えを見つけることはできなかった。

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

いいなと思ったら応援しよう!