「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖 第十四話
第七章 新しい家族
令和4年4月17日(土曜日)午前11時10分
帝央大学から実家
迎えのタクシーが大学の正面に着いたと警備室から連絡があり、私は戸締りをしてから玄関を出た。
途中の道が空いていたため、タクシーは20分ほどで家の近くまで来てしまった。昼過ぎぐらいに行く予定にしているので、昔よく通った近所のコーヒーショップに立ち寄ることにした。
ドアを開けると最初に懐かしいドアベルが迎えてくれた。アルバイトの女性にホットコーヒーを注文した。お昼は宜しいですかと言われたがコーヒーだけでと言った。
カウンターの中には変わらずマスターが居た。ここには家族みんなでよく来ていた。いわゆる常連であった。コロナで実家に帰っていなかったので久しぶりだった。
マスターは少し髪が薄くなっているが変わらず清潔感のあるエプロン姿だ。するとマスター自らコーヒーを持って来てくれた。
そして弘樹君お久しぶりと笑顔で言ってくれ、先程、百合が彼氏とそのご両親のような方と来られて、さっき帰ったところだよと話してくれた。
しかし、それ以上は一切話さなかった。このマスターのいいところは、お客さんの話し相手にはなるが、親子であっても内容を話したりはしない人だ。
私も父から離れる時に相談した。その時は、答えは決まっていたのだが、それを知っているかのように笑って、頑張れとだけ言ってくれた。
過去の思いに耽(ふけ)っていると時計は12時5分になっていた。コーヒーを飲み干し立ち上がった。するとマスターが清算の為にやって来て、頑張れと言ってくれた。何かを察しているようだった。
それから、私は家のインターフォンを押した。中から母の声がしてゲートが開き中へ入った。玄関のドアを開け、ただいまと言うと母が出迎えてくれた。
父は、挨拶もそこそこに済ませて自分の書斎に入ったまま出てこないと話した。私は応接間に行き、光一君のご両親に挨拶をしてそのまま書斎へ行き、ノックし呼びかけた。
しかし、返事がない為、ドアの前で話しかけた。
「父さん。こんなことだろうと思ったよ。百合が心配で来たんだ。仕事上、父さんの気持ちを知るべきかとも思う。しかし、知ることよりも伝えたいことがあって来たよ。
百合とはちょうど10歳違いだよね。僕が小学四年生の11月11日の夕方5時頃、急に母さんが産気づいた時、父さんはまだ事務所にいて会議中で連絡が取れないから、どうしたらいいか分からなかった。
その時近所のコーヒーショップに助けを呼びに行ったんだ。マスターが車を出してくれたおかげで、無事に病院に行ったことを覚えているだろ。ベッドの横で生む苦しみを初めて見る僕には辛かったよ。
すると、マスターがすぐにお父さんが来るよと言って帰ったのですごく寂しかった。というのも、父さんは子供を産むのは普通のことだから心配はいらない。だからお前がいる時に産気づいたらタクシーを呼べと言っていた。
だから、飛んで来ることはないと思っていた。でも、その思いは良い意味ではずれてくれた。病室にいても聞こえるぐらい廊下を走ってくる靴音がしたんだ。
途中、看護師さんに注意を受けたにもかかわらず、すみませんと言いつつも、走って病室に駆け込んできたよね。入ってくるなり鈴代大丈夫かと言ったけれど、母さんから病気じゃないからって言われていただろ。
あれほど冷静さを失った父さんを見たことがなかった。あとで母さんに聞いたけれど、僕の時は生まれたあとスタッフステーションで万歳三章をして、こっぴどく怒られたって聞いたよ。
この話は百合にもしている。それを聞いた百合が泣いていたことを話してなかったよね。あの百合が泣いていた。僕も百合も父さんの期待に応えられなかったかもしれないけれど、今まで父さんに愛されて来たのは分かっているよ。
そしてこれからも愛し続けてくれることも分かっている。厳しかったけれど、今では父親が父さんでよかったと二人とも思っている。だから、百合の結婚を最高の形で祝ってあげようよ。ねえ父さん。」
すると、ドアがゆっくり開いた。父親の目が腫れているのが分かった。二人で応接間に行きノックしてドアを開けた。
父は、丁寧に今日の無礼を謝っていた。そばで同じように母も謝っていたが、先程の私の話が聞こえていたのか母が泣いていた。そして、あのハツラツ娘の百合も泣いていた。
少し経ち、話も弾みだしたころ、あの父親が百合の子供のころから、大学入学の話などを自分から話し出した。笑い声が表まで聞こえるほどで、初めて見る光景だった。多分父は私たちを守らなければという重しが乗っかっていたのかもしれないと思った。もしかすると、今回少し下ろせたのかもしれなかった。
すると、母が今度は弘樹の番だねと言ったが、百合がお兄ちゃんにはもうお付き合している人がいるんだよと言ってきた。
父親が来週連れてこいと言った。百合に彼女は違うと言っただろと話し、今日は百合の話だけでいいからと言った。
しかし、百合がこの間カレーを作りにきていたんだよというと、父がもうそんな仲なのかと。私は、これ以上いると伊藤さんに迷惑がかかると思い、先に実家を後にすることにした。
みんなはお寿司を取ってしばらくいることになった。席を外す断りを入れると、百合がお昼は弁当でも買ってねと言い、今日は帰らないからと言った。
しかし、これから用事があって、それをすませてから帰ると言った。
玄関で、
「母さん、ひとまず良かったね。新しい家族の誕生だ。ところで、さっきの百合が話していた人は、伊藤さんっていって助手をしてもらっている人だ。まだ、百合が言うような仲ではないから。」
母は笑顔で、取り敢えずたまには帰ってきてあげて、とだけ言って手を振った。玄関を出てさっきのコーヒーショップのまえを覗いてマスターを見つけた。
マスターも私の顔を見て前向きになったと思い、右手を上げて笑顔で良かったと言っているようだった。私はゆっくりと頭を下げて、そのまま駅へ向かった。
