「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖 4
第2章 第1話 伊藤さんの家族
「伊藤さん、入学式早々、大変のことに巻き込んでしまいましたね。申し訳ありませんでした」
「とんでもありません。今日は、スッゴク貴重な体験をさせていただきました。だって、教授の助手をしていなければ、捜査会議なんてドラマの中でしか見られませんから。少し緊張はしましたけれど、教授と一緒なので意外と楽しかったです」
「そう言ってもらえると助かるよ。今日はタクシーで家まで送ります」と言って、二人で伊藤さんの家へ向かうことになった。
運良くすぐにタクシーを見つけた。先に伊藤さんを降ろすからと私が先に乗り込むと、その後に乗った伊藤さんは、シートベルトをするとすぐにメールを打ち出す。
多分、お母さんに何時頃帰ると打っていたのだと思った。
道は空いており、走り出して40分ぐらい経ったところでタクシーが止まる。
一戸建ての家からご両親が出てきた。驚いた私は、一旦精算してタクシーを降りる。
伊藤さんが、私が一緒である事をメールしていたみたいだ。ご両親に挨拶したあと、お父さんから上がってお茶でもと言われ、遅いと思ったが、遅くに一緒に帰って来たことなどをご説明するべきと思い、お言葉に甘えてお邪魔することになった。
玄関へ向かうとお父さんだけがガレージの方へ歩いて行かれた。何かご用があったようで申し訳ないと思ったが、上がらせて頂くと言った以上、お断りすることもできず、そのまま玄関に入っていった。
スリッパに履き替えると、右手に引き戸があり、開けた部屋に通される。リビングのソファにどうぞと言われ座った。お母さんから、にこやかに、私の話を、いつも聞かされていると話されたので、こちらこそ、いつも絶大なサポートをいただいていると返した。
そして、今日遅くなった経緯を話そうとすると、制止するかのようにお母さんが話し出す。
「今日は、うちの娘が捜査会議に参加させて頂いたと聞きました」
佐々木刑事から承諾を得て、伊藤さんが先にメールしていたそうだ。
「内容はお伝え出来ないのですが」と話したが、遅くなったことはご理解いただけたようである。
すると、二階からすごい勢いで降りてくる足音がした。
ドアが開き女性が入ってくる。そして、私の横に来て、両手で握手を求めてきた。
「早乙女教授。いつも教授の授業を楽しみにしております。毎日授業があればいいのにと思っています。今日は家でお会いできるなんて感激です」
「深雪、いきなり失礼でしょう。教授、すみません。妹の深雪でございます。深雪、きちんとご挨拶しなさい」と、少しおかんむりの伊藤さんである。
「伊藤深雪でございます。帝央大学教養学部2年になります。教授のことが大好きでございます。私が卒業しましたら、お姉ちゃんは解雇していただき、私くしを助手にしていただきたく、宜しくお願い申し上げ奉(たてまつ)ります」
「愉快な妹さんだね。確かに、伊藤さんは今年講師だし、数年先には准教授に推薦したいと考えていますので、助手の席は開きますよ」
「教授、私は准教授なんて考えておりません。まだまだ、教授のお側で助手として」
「お姉ちゃん。うっそぴょん。必死だね。それほど教授と離れたくないの」
伊藤さんが、右手でグーを作り、深雪さんを下から見て小声で呟く。
「深雪、殺す!」
その凄まじさに、退散、退散と言ってリビングを出て、二階へ上がって行った。お母さんは平謝りで、伊藤さんもバツが悪そうに、それ以上に頭を下げていた。
「微笑ましいご一家ですよ」と、うちの家では笑い声はありませんので羨ましいと話した。
お母さんが、私が一人暮らしをしていると聞いたことを話されてきた。
多分、伊藤さんと奈良へ一緒に行った際に、わたしの家に訪問したことが伝わっていると思い、説明することにした。
「今は、一人住まいで、実家には夏休みとかの長期休暇に、数日顔を出すぐらいです」
その後、食事に関して尋ねてきた。
「立ち入って申し訳けありません。それでは、お食事とかお困りではないのですか」
「ほぼ外食か、コンビニ弁当に頼っております」と答えた。
すると、お母さんの次の言葉に驚かされることになる。
「真奈美、日頃のお礼のためにも、たまにはお食事ぐらい作りに行きなさい」
それを聞いた伊藤さんの返答にドキッとしてしまう。
「はい!」
お母さんに、私とは年齢が違いますと言いたかったが、勘違いしていると思われるので、心の中に留め置いた。
それから、大学の話になり、かなり盛り上がった。
話しも尽きない感じであったが、そろそろお暇させていただきますと言って席を立とうとした。すると、お母さんが奥から紙袋を持ってくる。袋には羊羹の藤井とある。
どこにおられたのか、お父さんがひょっこり現れる。もしやと思っていたら、二階から深雪さんが降りてきて、お父さんが買ってきたと報告してくれた。
以前、伊藤さんに、藤井の羊羹が大好物と言ったのを覚えていてくれたのだ。ただ、新宿本店しか10時まで開いているところがないので、わざわざ新宿まで車を飛ばしていただいたと思いお礼を述べた。
お父さん達に何度も頭を下げながら、呼んだいただいたタクシーに乗り込む。後ろを見ながら手を振ったが、家族みんなが手を振って見送っていた。
しばらくすると家に着き、玄関に鍵を挿しドアを開ける。中に入って左壁のスイッチを入れて驚いた。そこに人が。
「びっくりするだろう。何しに来た百合。それに何故この家の鍵を。母さんか」
そう、私には十歳離れた妹がいる。
「また、父さんと喧嘩したのか」
「お兄ちゃん、可愛い妹が来たんだから、おーよく来たなぐらいは言えないの」
「いくら妹でも、暗闇から出てきたら、びっくりするだろうが」
「まあ、ちょっとだけびっくりさせようとは思ったけど。ところで聞いてよ、お兄ちゃん」
私は、ネクタイを少し緩めながらソフアに座る。すると、妹のいつもの愚痴が始まった。
私も父とは険悪な仲だが、妹も彼氏の件で負けず劣らず険悪だ。
私は、弁護士が依頼人の味方であって正義の味方ではないことが性に合わず、父親の事務所を辞めて、今の職業についてから会話が少なくなっていた。
しかし、妹は自由気ままが大好きなので、初めから法曹関係ではなく、芸術の分野、取り分け染色の方に進み、染物屋さんに勤めている。そして、そこの長男と交際している。
伝統芸能などに、一切興味のない父親には認めてもらえず、いつも衝突しているのだ。
「で、今日はなんだ。頭を冷やすだけなら、彼氏に迎えにきてもらえ」
「今度は堪忍袋の緒が切れたのよ」
「何があった」
すると、延々と話し始めた。聞けば、いつも通りの彼氏批判で喧嘩したということだ。しかし、今回は父の虫のいどころが悪かったのか叩かれたらしい。手を挙げたことは流石に母親も怒ったらしいが、父は聞く耳持たずという態度であったらしい。だから、当分のあいだ泊めてほしいとのことだ。
聞き終わると同時に、母から電話が入る。百合と同じようなことを話していた。母からの頼みでもあるので、仕方なく落ち着くまで泊めることにした。
「それはそうと、染物屋さんの仕事はここから通うのか。かなり距離があるだろう」
「大丈夫。光一が迎えに来るから」と、既に通うことまで話してあるようであった。
「夜遅くに帰る時は必ず送ってもらえよ。分かったな。実家にいるなら私の責任もないだろうが、うちに泊める以上は許さんぞ。約束しろ。そして、守れなければ出て行ってもらう」
「了解です。お兄様」
「今日は、入学式や何やらで疲れたからシャワーを浴びて直ぐに寝る。お前は、一階の客間を使え。私は、明日早いので先に行くが、戸締りは忘れるなよ。じゃーな」
明日の捜査会議の為にも、すぐに床についた。
