「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖 5
第2章 第2話 死の真相
着替えを済ませ一階へ降りてくると、既に百合が起きていた。
「百合、おはよう。こんなに早起きだったか」
「居候の身なので、朝ご飯を作ってみました。兄上様、お席について下さいませ」
席に着き、私は久しぶりの朝食を食べる。いつもは、近くのカフェでモーニングだから、家で落ち着いて食べるのは何ヶ月ぶりかだ。
「喜んでもらっているとは思うけれど、本当は昨日お兄ちゃんの所へ行くようにママに言われたの。その時、朝ごはんぐらいは作るようにと言われていたので、スーパーで買い物をしてから来ました。はい」
「殊勝なことをすると思ったら、母さんからのアドバイスか。もしも、帰れって言われていたらどうするつもりだったんだ」
「だから、ママからすぐに電話があったでしょ。お兄ちゃんは絶対に百合の味方だから大丈夫だって」
「お見通しか。まあいい。気が済むまで居ていいぞ」
「だから、お兄ちゃん大好きだよ」
食事を済ませた私はいつもの通り駅に向かう。後ろから、行ってらっしゃいという声がしたので、振り向かず右手だけ上げて手を振っている。
そのまま駅へ向かっていたが、結衣さんの時のような気配を感じた。しかし、周りを見てもこちらを伺う人はいない。少し気に掛かったが、電車に乗って大学へ向かっていた。
今日は、授業はないのだが、生徒からの質問などの為に、午前中は出勤することになっていた。大学に入り、研究棟から自分の教授室のドアを開けると、いつもの笑顔が待っている。
「伊藤さん、おはよう」
「教授、おはようございます」
「今日はお早いですね」と言われる。
妹が来ているからと話そうとしたが、身の上話しは得意じゃないので、少し早起きしたからとその場を繕う。しかし、話しておけばよかったと、あとで後悔することが起こったのは予想外である。
すると、朝一番の電話が鳴る。こんな時間にと二人で顔を見合わせた。もしかすると、というように二人とも顔を縦に振る。
伊藤さんが電話を取ると案の定、佐々木刑事であった。昼前に伺いたいとの電話である。新学期早々から質問者もないだろうと思い、大丈夫と伝えてもらった。
30分後、佐々木刑事がノックして入ってくる。今日は相棒の加藤刑事も一緒であった。
二人がソファに座るか座らないかで佐々木刑事が話しだす。
「教授、お忙しいところ申し訳ありません。司法解剖の結果が出ました。係長が今日の会議前に教授に渡して来るようにとのことで、大学までお邪魔した次第です」
「そうでしたか。それでは、早速拝見いたします」
佐々木刑事は、カバンの中から茶封筒を取り出し、中から十枚ぐらいの綴りを取り出して渡してくれた。
「付箋は教授がご指摘されていたところですが、一つは胸の斑点と、もう一つは心臓を詳しく調べた結果のページです」と説明してくれた。
表紙に【奥青梅ダム死体遺棄事件】とある。
それを読み進めると、斑点は、生きている間に挿入された注射針の後であった。そして、心臓にはB型の血液が輸血されている。心臓が動いている間にA型の被害者の体に廻り、B抗体により赤血球が破壊され、カリウムが溶け出して、心不全を起こしたとの見解だ。
一つ気になって、ロダンになる。
しばらくして、ロダンが溶けた後、佐々木刑事が問いかける。
「教授、何か分かりましたか。それとも疑問ですか」
私は、今日の疑問は捜査に支障をきたしてはいけないので、お預けさせて下さいと説明を断る。二人は、聴きたそうであったが、5時の捜査会議までに被害者の家で家族の聞き取りがあり、4時に迎えに来ると伝え聞く。
私は、佐々木刑事が部屋を出て行く間際に、耳打ちしてお願いごとをした。
その後、解剖報告書を念入りに読み込むと、先ほどの疑問を裏付けるような記述を発見する。
伊藤さんが何か疑問が沸いたようですねと話してきたので、二点ほどと答えた。しかしまだ、一つも解けない謎だらけと付け加える。
「教授、今日は生徒の質問の予約はありませんので、早めのランチになさいませんか」
「そうだね、今日から授業があるから生徒でごった返すだろうから、ランチに行くとしますか」
私は解剖報告書を鍵付きの書庫に入れ、二人で食堂へ向かうため部屋を出る。しばらくしてから、ドアに鍵をかけ忘れたのを思い出した。いつもであれば、大したものは置いていないので、鍵をかけない習慣で忘れてしまっていたのだ。
伊藤さんが戻ると言ってくれたが、私の不注意だからと断り、あとから行くと伝えて教授室に戻った。
ドアの前に立って鍵を閉めようとした時、中から靴音がする。私がいないのは分かっているはずであるのに、中にいるということは何かを物色しているのか。
そうっとドアを開けて隙間から覗くと、そこに合物のベージュのコートを着た若者がいた。コートの中に見えるのは警官の制服である。机の書類を指でめくりながら見ていた。
これ以上触られたくなかったのでドアを大きく開け、素性を尋ねると、びっくりした顔で振り向き、私が帰ってきたことが不思議であるかのようであった。
「制服から警察官でしょうが、いくら鍵が掛かっていないといえども、誰もいない部屋に無断で入るのは住居侵入罪ではないのかね。本当の警察官なら分かっているはずだと思うが」
「すみません。お声をおかけしたのですが、確かにお返事はありませんでした。しかし、ドアが少し開いていたので、ついうっかりドアを押してしまい、そのまま中へ入ってしまいました」と、彼はうそぶいた。
なぜならば、ドアが開いているはずはない。ドアクローザーが付いているので、閉まる時は自動だ。では、何故そんな嘘を。
「嘘はやめなさい。ドアにはクローザーが付いているから、開いているはずはない。目的はなんだね」
「そうですよね。天才早乙女教授にそんな嘘はすぐに見抜かれます。教授、私を覚えていませんか」
思い出した。昨日、捜査会議で発言していた若い巡査である。
「君は、昨日捜査会議で最後に発言していた警察官だね」
「そうです。西青梅署奥多摩方面課の三枝慎吾と申します」
「君は、今回の事件を管轄する署の人だったのか」
「そうです。今日は、教授にお願いに上がりました」
その内容は次の通りだ。
彼の一家は代々警察官であった。お父さんまでは勤務地がほぼ第九方面、つまり青梅市から奥多摩まで、東京都の西側全域の駐在所に長年勤務していたとのことだ。
お父さんが昨年癌で亡くなったのだが、その際、父親の遺言が『私は長年駐在所勤務だったが、お前だけは本庁に行って活躍してほしい。それには貪欲になれ』とのことだそうだ。
そして今回、初動から出動して捜査本部に呼ばれた為に、千載一遇のチャンスだと思ったらしい。しかし、単に初動で立ち会っただけであり、巡査であるところから、今日の会議後、西青梅署に戻ることになっていると説明する。
刑事ではないので当然と言えるが、何とかして捜査に参加させてもらえるように頼んでほしいと、私の所に来たらしい。
「あなたのことを知らないし、あなたのお役目も分からい。親に付いて高校まで駐在所暮らしをしていたので、東京都の西側で知らないところは無いと言われても、その重要性が私には分からない」
「お傍に置いていただければきっとお役に立てると思います」と言われたが、そもそも、そのような力はないと言って断った。
「残念です」と言い残し、後ろ向きになって、ドアノブを持ちながら静かに閉めて立ち去った。
