「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖 第二十七話
第十二章 ダム湖に沈む魂
令和4年4月20日(水曜日)から23日(土曜日)
早乙女教授室から奥青梅ダムへ
「伊藤さんおはよう。」
「教授、おはようございます。」
「昨日は急な講義、申し訳なかったね。」
「いいえ、前々から言われているより良かったです。心臓のバクバク感が短くてすみましたので。それに、一日ありましたから、妹を学生にして予行演習もできました。なので足の震えは止まっていました。だからといって講義内容が良かったかどうかは分からないのですが。」
「伊藤さんなら大丈夫だよ。受講生から丁寧な講義だったって事務局からメールが来ていたから。」
「もう事務局からメールが来ていたのですか。」
「そうだよ。事務局の人も見ていたらしい。多分、初めてだから学生からいじめられないかが心配だったからだと思う。実は私も最初の講義の時は事務局の方がドアのそばで見ていてくれていたんだ。伊藤さんの時も五十嵐さんだと思う。」
「あの怖い方ですか。」
「そうそう。でも意外と優しい人だよ。意外となんて言ったら怒られるかも知れないけれど、結構育ててもらったからね。」
「そうなんですか。今度お会いしたらお礼を申し上げないといけません。」
「ああ見えて、照れ屋さんだから、ぶっきらぼうにされても怒らないであげてよ。」
「とんでもありません。」ニコッとしながら、笑っていた。
昨日は、国立国会図書館のあと奥青梅ダムに行って、かなりの収穫があったと話した。
あと、今週末にもう一度行くので一緒に来て欲しいと話したら、それは当然参りますと言い、昨日は教授のお留守を預かるのに必死でしたので、土曜日は助手としての力を存分に発揮したいと思いますと笑顔を見せてくれた。
土曜日は八時に佐々木刑事が私の家に迎えに来るので、九時前には迎えに行けますと話した。
「念の為に言うけど、迎えに行くからね。」
4月23日(土曜日)午前8時
佐々木刑事がインターフォンを鳴らした。
「教授、おはようございます。」
玄関で待っていた私は、ドアを開けておはようございますと挨拶した。加藤刑事が、車の横でペコリと頭を下げた。家の鍵を閉め車に乗り込んだ。
「それでは一路、伊藤さんの家にしゅっぱーつ。」
えらいご機嫌だな。何かいいことでもあったのかな。気になり聞いてみた。
「今日はやけに機嫌がいいですね。」
「そうですよ。水曜日の捜査会議で、教授と奥青梅ダムに行った報告をしたのですが、島尾の顔が、ははは。」
「どうしたのですか。」
笑いが止まらないようだった。
「すみません。悦に入ったまま出て来ないので私からお話しします。奥青梅ダムの聞き込みは島尾班と鈴木班、そしてこのあいだから多々良班が加わりました。全員で二十人ぐらいの人数です。」
「そうですね。それぐらいはおられたような。」
「こっちはたったの四人です。それに教授と伊藤さんは学校がありますから、ハンディじゃないですか。なのに次から次と情報を持ってくるので苦虫を噛んでいるのが分かり、喜んでいるんです。」
「でも偶然が功を奏しているだけですから。」
「なにを言っているのですか教授。あいつらには天才早乙女教授が理解できんのですから、それでいいのです。はい。」
今度は掴み合いの喧嘩にならなければよいがと思った。
いつのまにか伊藤さんの家に近づいていた。彼女らしい。玄関先に立っていた。お母さんも一緒だ。三人とも降りて挨拶をした。
お母さんから、教授、娘をよろしくお願い致しますと言われ、はいと答えたが、良かったのか。うん、まあ、いいかと。
四人は車に乗り込みダムに向かった。伊藤さんは少し窓を開け、外の風を胸一杯に吸っているようであった。なびく髪をかき上げる姿が素敵であった。
いつものように、伊藤さんのサンドイッチをみんなで頬張った。
佐々木刑事が加藤刑事に、お前もちょっとは女らしくサンドイッチでも作ってこいよと言った途端、女性二人から集中砲火を浴びていた。
まず伊藤さんから、
「女らしくというのも酷いですが、そもそも私と加藤刑事とは仕事の内容も違いますし、刑事という不規則な仕事をなさっておられるのだからそれは無茶です。
それに加藤刑事が作ってこられたら、次は佐々木刑事が作ってこられるのですかと言われますよ。」
そして加藤刑事が、
「伊藤さんは良いことを言われる。先輩はセクハラという言葉を聞かれたことがないので・す・か。」
「分かった。申し訳ない。」
「まあ、佐々木刑事のそういう素直なところがいいところですよね、加藤刑事。」
「そうです・ね。」
今日は佐々木刑事がウロにキョロが来ている感じだった。
車は二番目の被害者が見つかった崖に差し掛かった。
佐々木刑事が、
「教授、正面に見えるあの崖の木が引っ掛けられていた木です。あの止まっている軽トラの横に立っているのが三枝巡査かと。」
私たちの車が分かったのか、三枝巡査が手を振っていた。
すると伊藤さんが「あの人はあの時の方ではないのですか。」と言うので、そうだよと言い、大いに役に立ってもらっているよというと、キョトンとして不思議な縁ですねと言った。
私たちは、軽トラックの後ろに止めて降りた。三枝巡査が、梯子は何にお使いなるのですかと聞くので、ガードレールからその木に引っ掛けて下さいと言った。そして私が降りて確かめたいことがあると話した。
全員が、びっくりした。
佐々木刑事が、
「ダメですよ。何を調べるか言っていただければ私が行きますから。」
「いや、私自身探し物があるかどうか分からないので、自分で行くしかありません。」
「三枝、ロープは二本あるか。」
「あります。」
「じゃ一本を教授の胸のあたりに、円を作ってぶら下げるように紐を結わえてくれ。そしてその反対側を俺の体に巻き付けてくれ。お前はもう一本のロープを教授のズボンのベルトに通して反対側を持っていろ。これで二重のガードになるだろ。」
三枝巡査がそのようにしてくれた。
「佐々木刑事。ありがとうございます。では下ります。」
私はゆっくり下りて行き、木に着いた。だいぶ黒ずんで分かりにくくなっているが何かに削られたような跡があった。そしてその黒ずんだ場所をよく見ると、ヘッドライトのガラスの破片が食い込んでいるのが微(かす)かに見えた。
これが神木だろう。しかし、こんな急な所にどうやって移植えたのだろうか。ここに植える必要があったのだろうか。そこだけは謎として増えたが、ここに遺体を引っ掛けた謎は解けた。
佐々木刑事に上がりますと言うと、ゆっくり上がってきて下さいと言われた。慎重に上がって行った。みんなに一つ謎が解けましたと言った。しかし、その代わり謎が一つ増えましたとも話した。
じゃ一旦西青梅署に戻って四駆の車を借りましょう、と言ってみんなで署に戻った。西青梅署で四駆のパトカーに乗り換え、ダム湖左手の五つの集落に向かった。
到着後ドアをノックすると、家の中から、用はない帰れと怒鳴っていたが、一つだけ確認すれば帰りますと言いドアを開けてもらった。
「おばあさん。お伺いしたいのは一つだけです。あなたの本当の苗字は、森二神〈モリノニノカミ〉さんですね。」
みんなが一斉に、大声で驚いた。
「そして近所の家の人は、心三神〈コミノカミ〉さんと氷四神〈ヒシノカミ〉さんと死五神〈シゴノカミ〉さん。そして一番奥の一軒だけ住んでいた形跡がかなり前の家は、角一神〈ツノイチノカミ〉さんの家ですね。」
おばあさんは長い間沈黙していた。そして「まあ上がれ。」と言って、みんなを招き入れてくれた。
年金で生活しているので、お茶も出せんがと言われた。みんなお構いなくと言った。
「私が森二神なのは間違いがない。何が聞きたいのか。」と言われた。
「おじいちゃんから森二神さんは子孫が絶えたと聞いていましたが。」
「よく似ておるが、お前もしかして駐在の孫かひ孫か。」
「話しを聞いたのはおじいちゃんからで、ひいおじいちゃんのことかは分かりません。孫にあたるのかひ孫にあたるのかも分かりません。」
「まあ、どちらにしろ、お前の先祖には村の者はよう世話になった。だから、みんな感謝しとる。分かったから、早う聞いてみ。」
「じゃお聞きしたいのですが、他の四家族とは連絡は取れますか。」
「いや、取れんな。そもそもここには電話もないし、私も歩いて麓まで行くことができんから。食料は配達してもらっておる。」
私はこの部屋をぐるりと見て、記憶した。
「いつ頃出ていかれましたか。」
「そうだな。みんなおらんようになったのは五ヶ月前じゃ。」
「その時に何かありませんでしたか。」
「詳しくは知らんが、心三神の孫が都会から帰ってきて夜中まで言い合いを
しとったのは覚えておる。五ヶ月前だから話の内容は忘れたわ。」
ロダンになった。
伊藤さんが、ここは止めるべきではないと思い、
「おばあさんはなぜ一人で暮らしておられるのですか。電気は来ているようですが、水道はどうされているのですか。」
「水道は発電機を都が用意してくれていて。近くの小川から汲み取っているから大丈夫じゃ。」
「でも浄水ではないですよね。」
「ここは都会と違い水は奇麗じゃ。それにわしらの歳の者は小川の水や井戸の水を飲んでいたから腹もこわさん。」
ロダンが解けた。ナイス伊藤さん。
「三枝巡査のおじいさんに聞いたのですが、ダム建設に賛成していた議員の中で息子さんまで使って賛成を増やした人は誰だか知りませんか。」
「知っとるよ。そのひ孫が今度の都議会議員に立候補すると言っておったと思うが。」
「それは誰ですか。」
「弥刀井緑朗〈ミトイ ロクロウ〉じゃ。弥刀井家は、三十一番目の家系で村が出来てから後にやって来た家族じゃ。だから、美登神村の生誕を構成した家族ではなく後から流れてきた家族じゃ。本当の苗字は三十一という。明治になり役人と繋がり、賄賂などを送ってのし上がった家系じゃ。」
佐々木刑事が、
「どこかで聞いたような。」
加藤刑事が、
「確か・・。」
この話の先を止めたかった私は、話をそらす為におばあさんに旦那さんの話を聞いた。するとその壮絶な最後を聞いた五人はみんな下を向き、何も言わなかった。ただ、伊藤さんと加藤さんはうっすらと涙を浮かべていたのが分かった。
「大変役に立ちました、これでお暇を致します。お元気で過ごしてください。」と言い、早々に家を出て車に乗り込み出発してもらった。
乗り込んだ途端にロダンになった。
