「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖 3
第1章 第3話 第1回捜査会議 PARTⅡ
本当は七つ目があった。それは、この六つ目の偶然のおかげで、私のアリバイがすぐに判明したことだ。
これは、私をこの土俵に早く上げたいためのアリバイ証明と推測できるが、私のアリバイの時間を何故知っていたのか。それは、あくまでも推測なのと、うぬぼれていると思われるのも嫌であるし、あの目線はもうこりごりであったので指摘しなかった。
六つを指摘していた際、前の席では、佐々木刑事が加藤刑事に話していた。
(教授のあの疑問について回答しないといけないが、普通であれば、犯人を捕まえて尋問して回答を得るが、捕まえることなく解いていくのが教授の本領だ。そして、捜査をする上で俺とお前は教授の補助として、ずうっと一緒に捜査することになっている)
すると、女性刑事は、少し呆れた口調で話す。
「素人に捜査協力してもらう必要性ってありますか。今回は、名刺があったから呼んだだけでしょう」
「分かった、それじゃ三日間だけ教授の補助をしてくれ。その間に私が話していることに納得できなければ、係長に頼んで担当を外してもらう」
かなりのプレッシャーだなと思った。
「今しがた早乙女教授にご指摘をいただいた中で、何か付け加えたい者がいるか」
上席から向かって右後ろ側の席から手が上がった。若い見回り巡査のようである。今風と言ったらセクハラあるいはパワハラに当たるかもしれないが、このよう場所でも物おじしない若者であった。
彼が言うには、先ほど私が五つ目に指摘したスタンガンのあとの小さな斑点について、早く見解が欲しいとのことであった。
何か心当たりがあるのかとの質問に、教授の話に着眼するべきと発言していた。
後に、佐々木刑事に聞くと、見たことのない巡査だと聞かされた。もしかすると一年前の私の活躍を見聞きして、シンパになったのではないかとのことだ。
取り敢えず、捜査会議は司法解剖が明日になるということで、その結果を待ってから捜査方針を再構築するということになる。そして、明日の会議時間を今日と同じ午後5時として解散となった。
解散後、佐々木刑事と女性刑事が私たちの前にやって来る。
「教授、お疲れ様でした。こいつは、私の相棒で加藤早紀と言います。今後、二人が教授の捜査の助手をいたします」
「助手だなんて、恐れ多いですよ」
加藤さんは、少し不機嫌な感じであったが、ニコッと作り笑いをして握手をしたあと、4人分の検視官の資料を前の席に返しに行く。
「一年前、教授に頼っていなければ、結衣に騙されたまま、片棒を担がされていましたからね。それに、その解決のおかげでこうやって本庁に栄転しました」
「あれは佐々木刑事の実力ですよ。私はほんの少しお手伝いをさせていただいただけです。一応弁護士なので、利益相反という縛りがあり、動けませんでした。もしも、佐々木刑事が自ら動いていただかなければ、利益相反になったとしても、追求したかもしれません。そうなれば、弁護士どころではなく、大学も辞めなければならなかったでしょう。つまり、私の方が助けられました」
「はいはい。どちらも優秀ですよ。この伊藤が保証します。久しぶりに名コンビ復活ですね」と二人の背中をポンと叩いた。
三人は久々の捜査を楽しみにした。
「教授。今日はこれからどうされるのですか。もしもお時間があれば、このあと食事でもいかがでしょうか」
「そうですね。お腹も空いてきましたし、久しぶりに旧交を温めるのもいいかもしれませんね」
伊藤さんも、そして戻ってきた加藤さんもうなずき、全員で警視庁を後にした。
晴海通りを進み数寄屋橋まで歩いて行く。歩いている時に伊藤さんが聞いてきた。
「教授、検視官の人って階級はだいぶ上の方なのですか」
「どうして」
「いえ、水野係長が刑事さんたちを呼ぶのは苗字だけなのに、検視官の方だけは、長内さんと話しておられたので」
「ああ、前に座っていたことからも分かるけれど、検視官の階級はかなり上のはずだよ。確か、刑事で十年以上のキャリアと警察大学校で法医学を修めた人で、警部か警視かそれ以上と聞いたことがある。水野さんは係長だから、警部だろうから、階級的には同等以上だと思う」
「教授の言う通りです。水野係長は警部で、長内検視官は警視です」
さあ、着きましたよという佐々木刑事の言葉で、見上げると看板に【たんぽぽ】と書かれた居酒屋の前にいた。
暖簾をくぐり店に入る。
お店の人は分かっているのか、案内された部屋は壁とドアのついた完全個室であった。
もしかすると、夜な夜なここで残業会議を行なっているのかもしれないと思った。4人は席に着いたがお店の方がやって来ない。佐々木刑事にそれとなく聞くと、忘れていたと言いんがらベルで呼んだ。
佐々木刑事が呼ぶまでは部屋に入らないようにと言っているとのことであった。店の方がノックして入ってくる。お通しを置いた後、飲み物と食べ物の注文を聞いてきた。さすが刑事だ、二人ともノンアルコールビールを頼んでいた。私は生ビールで伊藤さんはコーラを頼んだ。
「教授、伊藤さん、何か好きなものはありますか」と聞かれたが、二人とも「お任せいたします」と言うと、いつものと頼んでいた。
すぐに飲み物が届き乾杯したあと、しばらくして、定番の刺身の盛り合わせに、刑事さんは重労働だからか、揚げ物が主で運ばれてきた。
お店の方が出ていくと同時に加藤刑事が、話し出す。
「教授、あの遺体を見てどう思われましたか。率直なご意見をお伺いさせてください」
「そうですね。今後は、警察官としてのお二人の力をお借りしなければ捜査ができないと思われるので、黙っていた部分を申しましょう」
「やはり、あの場で言っておられないことがあったということですか」
「はい。まず、言わなかったことをお話し致します。自惚(うぬぼ)れているわけではありませんが、この殺人は私への挑戦ではないかと思います」
「やはり教授もそのようにお考えでしたか」
「佐々木刑事も分かっておられたんですね」
「名刺があったからそのようなお話しになるのですか」と、加藤刑事が尋ねる。
「名刺だけではありません。加藤刑事には、自惚(うぬぼ)れているようにしか聞こえないかもしれませんが、帳場が立ったのが発見されてから約7時間後。まだ検視官や鑑識だけで、司法解剖も完了していないのに私の存在を見せている。そして、死亡推定時刻をはっきりとさせ、一回目の捜査会議に間に合うように私の完璧なアリバイ時間を用意した。これは、私を最初から関与させ、この殺人事件を解き明かしてみろというメッセージがあの名刺だと思います」
「それでは、教授に恨みを持つ人を探すべきではないですか。捜査会議で話されておられれば、みんなが探しました」
「いいえ、まだ知られていないと思われているほうが、この犯人に対しては好都合ではないかと考えたんです。というのも、これほど足跡を残しながら、何の証拠も残していません。それほど冷静な計算を立てる犯人だから、私の力量の方が低いと見せたかったんです」
「それは、どういうことですか」
「そうですね、今はそうしておいた方が無難だと感じましたから」
佐々木刑事からも何故そのようなことが必要ですかと質問されたが、何となくとしか言わなかった。彼なりに疑問があっても私が話さないということは、それなりの意図があってのことであることは、前回の結衣さんの件で分かっているようで、それ以上は聞かなかった。
相棒の加藤刑事は、まだ少し食い下がったが、佐々木刑事がそれ以上聞くなと制止してくれた。
その秘めた内容とは、これほど自己顕示欲の強い犯人ならば、あの会議室に潜り込んでいるのではないかと思ったからだ。あるいは、犯人の仲間の一人がいるかもしれない。あとから思うと取り越し苦労ではあったが、この時はよい判断だと思っていた。
この件を話すにはあまりにもリスクが大きい。それは、佐々木刑事ならば、ある程度は理解してくれるだろうが、それでも、確たる証拠もないのに、あなたの同僚を疑っていますと、暗に言われて、いい気はしないであろう。ましてや、加藤刑事ならば、今以上に嫌われてしまうかもしれないからだ。
そのようなやり取りがあったあと、佐々木刑事と私との馴れ初めの話が出る。
佐々木刑事は、意気揚々と結衣さんの事件を話し始めた。
最初は、退屈そうであった彼女も、佳境に入ってきた頃から身を乗り出して聞いていた。最後の佐々木刑事と私との阿吽の呼吸が事件を解決したことには感心していた。
何より、私が弁護士であることには殊のほかびっくりしたようだ。そして、少し顔を斜め下にそらし思いにふけっていた。もしかすると、弁護士にはいいイメージがないのかもしれない。しかし、時間の経過とともに加藤刑事とは少し距離が縮まったような気がする。
話が尽きることがなかったが、制限時間の2時間になったので、今日のところはお開きということになる。
取り敢えず、司法解剖が出ないことには今後の方針が定まらない為、明日は4時頃に迎えに来るということで二人ずつ別れた。
