「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 24
第6章 第5話 真相
午後六時前
私と伊藤さんは明子さんの家の前にいた。
「伊藤さん、時間外勤務だよ。大学からクレームが来ると思うんだけれど」
「たまたま、私が行く先々で先生がおられるだけでございます。正直な所、あのまま帰ることなんてできません」
「ありがとう。明子さん一人の家に私だけで行くのはどうかと思っていたので助かるよ」
チャイムを鳴らした。1,2分だろうか、少し間(ま)があってドアが開く。明子さんはうつむき加減で、何かを察したような様子であった。
「どうぞお入り下さい」と言われたので中に入った。
「お邪魔致します。助手の伊藤はご存知かと」
「はい、この間、会社でお会いしました」
スリッパが二足出された。スリッパに履き替えて上がると、正面の引き戸の部屋に案内される。入ると奥にリビングがあり、ソフアに座るように言われた。
少しして、お茶を持ってこられる。お茶を置く仕草がぎこちなく、思い詰めた雰囲気であった。お盆を膝に置きそのまま座ると、二階から誰かが降りて来る足音がした。明雄君だ。彼は会釈だけして明子さんの隣に座った。
明雄君から先に話し出す。
「母から、先生がお話に来られると聞きました。そのあと、結衣ちゃんに電話をして、ある程度の話の内容も聞いたので、仕事を早く切り上げて帰って来ました」
「今日は・・・」と切り出した途端に、私の話を遮るように明子さんが話し出した。
「結衣ちゃんから、だいたいの話は聞いております」
「そうですか」と、私は頷いた。
「先生のご配慮、感謝申し上げます」
「いいえ」
「何故、あのようなことをしたのか、今でも分かりません」
すると、明雄君が、切実な思いがこもったように話しだす。
「全て私のせいです」
「やはり」
「えっ!」という伊藤さんの声が聞こえる。
「先生は、既に事情がお分かりのようですね」
「公正証書遺言に関わっているからですね」
「はい。あの遺言は私が作りました」
「なりすましですね」
「えっええ! 明雄さんが?!」と言って、伊藤さんがびっくりして、両手で口をふさいだ。
「それもお見通しだったのですか」
「ええ分かっております」
「洗いざらい、お話し致します」
「そうですね。どのような経緯があったんですか」
明雄君は、何か重いものを下したように話し出す。
「父の琢磨は、今でこそあんな風ですが、あれでも小学生の時の運動会では、前日の深夜から場所取りのために校門に並んでくれました。また、泳げない僕のために、会社の空き地に十メートルプールを作ってくれたりもしてくれました。そんな父も明らかに自分と違う体格や顔を見て疑念が湧いたようです。それに、運動神経などを見て自分の子供ではないと確信したようです。そして、中学生になった頃から僕への態度が変わりました。でも、それまでの父は優しい人でした。ですから財産を父にと思い、今回の件を持ち込みました。父はその場でOKしました。但し『なりすます人間はあの男にさせろ』と、実の父親を指名しました」
「そうですか。それであの方が」
キョトンとしている伊藤さんが、尋ねる。
「あの方ってどなたですか」
「あのガードマンの方だよ」
伊藤さんの悲鳴のような驚きの声が響いた。
「そのこともご存知でしたか。その通りです。元々は当社の常務だった人で、祖父が責任を取った時に一緒に役員を辞めました。しかし、二朗叔父さんが会社に残れるようにと、工事現場のガードマンに雇いました。多分、叔父は知っていたのではないかと思います。そして、父は、そのことを昨年、一緒に辞めた役員に聞いたらしいのです」
「そうですか」
ここでロダンなんて、伊藤さんの声が聞こえてきそうであった。すると、伊藤さんに足を小突かれて我に返った。
「それでは、三人が共謀して公正証書遺言を作ったのは間違いがないのですね」
「はい、そうです。母には、作った後に話をしました。だから、直接は関与していません。しかし、それから、ずうっと悩んでいたようです」
「それでも、何故、二朗さんを死に至らしめるようなことをしたのですか。聞けば、そう長くはなかったと思うのですが」
「二朗さんが生きている間は、この偽物を作ったという気持ちが続くのかと思い、耐えられなかったのです」と、俯き加減のまま明子さんが話してくれた。
「私も母との会話がなくなってしまい、いつしか家にも帰らなくなりました。母にしてみれば、いつのまにか悩みが膨れ上がっていったのだと思います」
私には一つ疑問があった。二人に、二朗さんがどのような内容の遺言を残していたかは分からなかったと考え、何故、公正証書遺言を作ろうとしたのかを尋ねた。
すると、明雄君が、その真意を話す。
「叔父さんは、元気な時から三男の道隆叔父さんを後継者として指名していたので、全部の株を結衣ちゃんに渡すと思っていました」
「でも、違った」
「はい。話しが・・・」とその続きを聞き取ることができなかった。
「今、何か言われましたか」
「いえ、何も」
完全なロダンになってしまった。
伊藤さんも察したのか、このロダンは必要と感じてくれたみたいで、二人にもう少し待って下さいとお願いしてくれた。
ロダンが解けた私は、二人の後悔の言葉を聞き続けた。そして、二人の止まらぬ涙を見ることになる。
明子さんと明雄君は、明日、警察に出頭すると話したが、私は何も語らず、会釈だけをして、ソフアからゆっくりと立ち上がった後、家を出て行った。
二人は無言で歩き、明子さんの自宅からだいぶ離れてから伊藤さんが尋ねる。
「先生、長いロダンでしたね」
「確信に変わったよ。でも、追い込み方を慎重にしないと、真犯人を取り逃すことになる」
「どういうことですか」と言い、不思議な顔をしながら歩く斜め前から顔を私に向けて尋ねる。
「三人の他に犯人がいるのですか。もしや、名子さんですか」
答えを教えてほしいと言ったが、答えを言うと伊藤さんにまで迷惑がかかるので、もう少し待ってほしいとお願いした。
「今回は、内堀から埋めていくと言って、いつもの城攻めではないということだけを話しておくよ」
駅に着いたが、私は伊藤さんを連れてタクシー乗り場に行き、タクシーで送って帰ることにした。車中では気を使っていたのか、降りるときに礼を言うまで一言も話さなかった。
そして、伊藤さんを降ろした後、彼女の顔をしっかりと見つめて言い放つ。
「不安定な無意識こそ事件の真相だ。そして、隠そうとする真実を私が見つけます」
何かを察してくれた伊藤さんが、唇をかみしめるように頷いた。
さあ、これからは、失敗の許されない行動が必要だと心に語り掛けて家路についた。
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