「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 21
第6章 第2話 城攻めか? PARTⅡ
それを見てすぐさま伊藤さんが右腕を引っ張った。
それにより、専務にはロダンの姿なったことは分からなかったようだ。
「いいえ、琢磨さんがというわけではなく、琢磨さんが二朗さんの持分全部を相続されたという公正証書遺言の件でお伺いしたいと思いまして」
名子さんは、少し気持ちが高ぶったように、話し掛けてくる。
「もしかすると、その件に私が何か関係していると勘繰って尋ねて来られたのですか」
そうではない旨を話すと、琢磨さんがいわくつきつきなのは事実だと説明した。
「社長に就任されたのでご挨拶に来られただけです」
「そうでしたか」
琢磨さんの話ばかりに気を取られているようであったので、牧野弁護士からの情報は入っていないのだと思った。しかし、私が探りに入っていることは分かっているのか、娘からも私の情報を集めているようであった。
「続けてもよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「顧問弁護士の牧野先生からお聞きしたのですが、御社に会社を譲渡されるらしいと」
「会社の譲渡ではなく、傘下に入るようですね。部下から報告を受けております」
否定はしないのか。それに胡麻化そうともしていない。牧野弁護士とは雲泥の差に見えた。牧野弁護士はどこか後ろめたさが顔色に現れていたが、この人にはそれが無い。いったいどのような関わりをしているのだろうか。
「そうでしたね。グループ化でしたね」
「ただ、営業部が主になって動いていますので詳しくは知らないのですが」
「何か明子さんから相談を受けていませんか」
「ありましたよ。しかし、その時は詳細を知らなかったもので、大丈夫と言っただけだったので心配されたのでしょうか。グループ化の進捗状況については最近聞いただけなんです。明子さんには、その話はまだだったかもしれませんね」
「そうですか」
「どうして、私にグループ化の詳細をお聞きになるのですか」
「名子専務が先頭に立っておられるのかと思ったもので。みなさんが御社の傘下に入れば従業員や役員はどうなるのかと心配されていました。だから、明子さんから相談があったのかと思ったんです」
「確かに心配されるのは分かります。ただ、合併ではないので心配は入りません。詳細は秘密保持の関係からこの場では言えませんが、琢磨さんに相談して話してもいいか頼んでみましょう」
「宜しくお願いします」
「他にご質問はありませんか」
「いいえ。会社の行く末を心配されていたことだけをお伝えしたくて来ただけですので」
「私からも話しますが、そんな心配はいらないと伝えて下さい」
立ち去ろうとソフアから立ち上がったが、とぼけた様子で追加の質問をする。
「あっそうだ。あと二つだけ、お聞きしても宜しいでしょうか」
構わないと言われた後、二つとも答えることができるかどうかは分からないと言いながら、ソフアに座るように右手を添えていた。
まず、右手の人差し指を立てて話し始める。
「一つ目は、お亡くなりになられた二朗さんから何かご相談はありませんでしたか」
「ありません。二朗さんとはすごく親しいということはなく、建設業の行事でお会いした時に話をする程度ですから」
そうですかと言ったあと、人差し指と中指をたてて続ける。
「二つ目ですが、遺言書が二つあったことは聞いておられますか」
「二つとは」
「自筆の遺言書があったんです」
「そうなんですか。でも公正証書の方が優先ですよね」
ロダンになる寸前で、また小突かれた。
「そういう訳ではないのですが、作成された時期の後先(あとさき)の問題で、公正証書遺言の方が後なので優先されるだけです」
「そうですか。それじゃ、やはり琢磨さんが相続していることに間違いはないんですね」
「今の段階ではそのようになります」
「今の段階ではということは、どういうことでしょうか」
そうか、まだ、仮処分の申請が受理されて間(ま)がないから、牧野弁護士から連絡が入っていないのか。一応こちらの言う通りにしているんだ。
では、なんとかやり過ごさないと。
「いいえ。そういう訳ではなく、御社の傘下になって自分の雇用関係などがどうなるか、みなさん不安で仕方がないようでした。だから、琢磨さんに再考してもらえるようであればと思っているようです」
「そうでしたか。先程から言っておりますが、心配は入りませんとお伝え下さい。あくまでも現状のままでグループ化するという覚書を結んでいると聞いておりますから」
詳細は知らないと言いながら覚書の存在も知っているではないか。
「そこまでASAKURA建設の事をお考えいただいているのであれば安心ですね。みなさんにそのように伝えておきます」
今日の調査では、名子さんが深く関わっているとは思えなかった。だから、これ以上いると何かを勘ぐられてもこまるので引き上げることにした。
「それでは、この辺でお暇(いとま)させていただきます。今日は、お時間を取っていただきありがとうございました」
「早乙女先生でしたらいつでもお越し下さい。家に帰って娘に自慢ができます。今日も帰ったら早乙女先生とお話ししたと言ってやります。ははははー」
「恐縮です。では、失礼致します」
再び立ち上がり、頭を下げてドアを出た。エレベーターまで松宮さんが送ってくれた。一階の受付で入館証を渡し玄関をあとにする。
二人は、駅まで歩くあいだ、伊藤さんの表現が可笑しかった。
「名子専務は、ぽんぽこりんの狸親父のようでした」
「そうかなあ。大したことは知らないんじゃ屋ないかな」
「どうしてですか」
「いや。公正証書遺言の作成で自ら指導や色々な策略を伝授したのなら、これほど足跡を残すことはしないような気がする」
「それはどの辺ですか」
「遺言執行人としての牧野弁護士への依頼について、関わりがないようにするために、自分では行かず琢磨さんに行かせたと思う。だけど自分で頼みに行っているからね」
「そうですね」
「何か、うしろめたいことがあるのなら、このような分かりやすい足跡は残さないと思う」
「すると、名子さんは除外ですか。大内堀ではなかっただけでも大収穫でした」
いつになく元気な伊藤さんであった。私たちは途中、お蕎麦屋さんに入ってお昼を頂くことになった。二人とも、ざる蕎麦を頼んだ。
「先生。観察しているわけではないのですが、先生のざる蕎麦の食べ方って江戸っ子らしくないですね」
「どうして」
「いえ。以前聞いたことがあって、江戸っ子って、ざる蕎麦を食べる時は少しだけツユにつけると聞いていたので」
「確か、そんなことを言った噺家(はなしか)さんがいたって聞いたことがあるよ。最後にはつけるだけつけて食べたかったって言ったとか言わなかったとか」
「そうです、そうです。多分、私もそれを聞いたのかも」
「あれは、江戸っ子って、こうあるべきだっていう都市伝説じゃないのかな。ツユにつけた蕎麦がこの上なく美味しいと私は思っているよ。だから、江戸っ子のみんながそんな食べ方とは思えないけれど」
「確かに当時は、百万人都市と言われましたからね」
食べ終わると伊藤さんに話し掛ける。
「江戸の話はこの辺にして大学に戻ろうか」
「はい」
お蕎麦屋さんを出て駅まで歩いて行った。
心地いい爽やかな笑顔がそこにあり、二人は次のステップへ。
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