「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 19
第5章 第3話 本丸の人たち(明雄)
三鷹駅を降りて10分ぐらい歩き、マンションの工事現場の前に着いた。
「先生、ここはどこですか」と、伊藤さんが聞いてくる。
ASAKURA(アサクラ)建設が建てているマンションと説明するとキョトンとしていた。
何故、工事現場に来たかを話そうとすると、この工事現場にサファイアが埋まっているのかと、伊藤さんらしい突拍子もない発想を耳にする。
「それはないよ」
「残念です」と、本当に期待していたようだ。
「この工事現場の監督が、明子さんの息子さんである明雄君なんだ」
なぜ知っているのだろうという顔をしていたので、結衣さんにお願いして、メールで教えて貰ったことを伝えた。
「そうでしたか。でも、今回明雄さんはあまり関係がないのではないですか」
「そうだね」
「そうですよ。明雄さんは、財産を受けることが出来なくなるので。そんな不利な遺言に関わることはないと思います」
工事現場の扉の前で話していると、ガードマンが近寄ってきて、部外者は立ち入り禁止と言ってきた。なので、結衣さんからの使いで明雄さんに会いに来た者と説明する。
伊藤さんが先生と呼ぶので、訝(いぶか)しげに顔を覗き込んだあと、中に入っていった。
奥で明雄さんらしき人のところに行き、何かこちらをチラチラと見ながら、かなり長い間話をしている。そして、二人が一緒にやってきたのだが、そのガードマンは離れたくなさそうであった。
私が浅倉明雄と言いながら名刺を出したので、帝央大の早乙女と伊藤と名乗り、名刺交換をした。
最初に結衣さんから相続に関し相談を受けていることを話す。明雄さんは、結衣さんから大学の先生の所に相談に行くとは聞いていたが、一連のことはあまり知らないと話した。
その後、質問に答えてほしいお願いする。
「もうすぐお昼休憩になるので、いつもランチを取っているコーヒーショップがありますから、そこでお話ししましょう。左へ50メートルぐらい行くと銀行があります。そこを左に曲がると商店街の入り口になります。そこから三軒目にブルースカイというカフェがあるので、そこでお待ちいただけますでしょうか」
「分かりました。先に行ってお待ちしております」
二人は、言われた通りブルースカイというカフェを見つけて先に入った。店員さんが注文を取りにきたので、伊藤さんにお昼でも取るかと聞いたが、明雄さんが来ることを考えて紅茶を頼み、私はコーヒーにした。
しばらくして、明雄君がやってきた。店員さんが注文をとりにきたので彼はお昼の定食を頼んでいた。
早速ですけがと切り込んだ。
「はい、どうぞ」
「お父さんとは連絡を取り合っていましたか」
「いいえ、父親とは思っていませんので」
緊張している。というよりも初めから構えているような。鎧でも羽織って戦闘態勢にあるように感じた。
「次に遺言書だけど、存在は知っていましたか」
「どちらのですか」
「もちろん、自筆証書遺言です。どうして」
「問題になっているのは二つの遺言書で、特に公正証書遺言が問題ですから」
「では、明雄君はどちらが本物と思いますか」
「えっと・・・」と言いながら、何か詰まり気味になっていた。
いきなりコップの水を飲み干し、店員さんを呼んでおかわりを頼んだ。それほど難しい質問はしていないのだが、彼にとっては何か思い描くものがあるのだろうか。
「どちらが本物かと言われても」
トーンの落ちた言葉であった。早く話が終わってほしいという態度だ。
「弁護士の先生とかには聞かなかったのかな」
「聞きました。でも、二朗叔父さんは・・・」
「二朗叔父さんが、どうかしたんですか」
「別に何もありません。僕は早く決着がついてほしいだけです」
「分かりました。詳細は知らないんだね。これで引き上げます」
彼は、店員さんが持って来た定食を夢中になって食べ始め、目も合わせず挨拶もそこそこで別れた。
私達は会計を済ませて表に出る。
出た途端に伊藤さんが尋ねてくる。
「先生、何か隠しているのでしょうか」
「その可能性はある。でも、何に関与しているのかどうかはまだ分からない」
私はロダンになったのだが、此処ではと思った伊藤さんに無理やり起こされ歩き出した。
確かに、店先では迷惑であるし、また、このポーズを明雄君に見られると何かを疑っていると思われるかも知れないのでよかった。
しかし、一瞬だが頭の中を駆け巡ったことが気になり、また立ち止まった。伊藤さんが、このままでは危険と感じたのかタクシーを止めてくれた。
「先生、乗ってください。今日はタクシーで帰りましょう」
「ううん・・・」
しばらくして、伊藤さんはタクシーの中で、何か分かったかと聞いてきた。
「ガードマンとはどのような関係か知らないが、長い間、話していたので私らの会話を一部始終教えていたと思う。だから、コーヒーショップに来るまでに色々とシミュレーションして臨んだけれど、思いと違った内容で絶句したのかも知れない」
「そうですね」
「遺言書と聞いた時には、どちらのと聞いておきながら、どちらが本物と思うかと聞いた時は、どちらと言われてもと話していた」
「その言葉の何が引っ掛かったのですか」
「自分の意図した方向へ持って行こうとしていたのを、初めからそこに辿り着いた質問をされたという感じだった」
「そうですね。先にどっちの遺言が聞きたいのかを探ったのに、反対に答えから聞かれたから戸惑ったということですね」
「そうだろうね」
「普通、二つの遺言書と自分を絡めると、自筆証書遺言が本物と答えるはずだよ」
「では、なぜ言わなかったのでしょうか」
「そこだ。公正証書遺言に固執する何かがあるように思う」
「益々深まる謎という感じですね」
「今日はかなりの労力だったし、取り敢えず直帰しましょう」
頷く彼女からは、自分なりにあれこれ考えているように見えた。どっぷりと浸からせてしまったかなと少し反省している。しかし、彼女が傍にいると安心感があるのは間違いがない。
私達は、明日から始まる謎解きに思いを馳せながら一旦帰路につく。
私は駅で降ろしてもらった後、電車で帰路につき、伊藤さんにタクシー代を渡したあと、そのまま自宅へ直接帰ってもらった。
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