「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 8
第3章 第3話 暗闇から光明 早乙女准教授室
学校に戻った二人は、足早に研究棟へ向かい部屋に入った。これほど繋がらない点と点はない。
「伊藤さん。今日は疲れたでしょう。証人とか言ってごめんなさい。不愉快だったよね」
「いいえ、先生が遺言書を作るって話されたことにびっくりしました」
「本当に申し訳ない。では、今日は上がってください」
「先生、今日までのおさらいをなさるのではないですか」
「よくわかったね」
「先生の助手になってもう二年です。ロダン早乙女の硬直状態でわかります」
「あはは! でもいいのかい。遅くなるかも」
「私もこのままでは、ストレスが溜まりっぱなしになります」
「わかりました。では、倉庫からホワイトボードを持ってきてくれないか」
彼女は、大きな声で返事をして部屋を出て行った。そして、中央棟5階倉庫からホワイトボードをもってきた。
伊藤さんは、ホワイトボードの粉受けから黒のマーカーを取り、こちらを向いて、さあ書くぞという体制で私を見た。
私は、ではボードに書いてほしい内容を伝える。
「①遺言者(二朗さん)と受遺者(琢磨さん)は仲が悪い
②受遺者と一切関わりがない? 公正証書遺言
③受遺者の関係者とも関わりのない? 公正証書遺言
④自筆証書遺言の存在
⑤自筆証書遺言と公正証書遺言との相違
⑥完璧な公正証書遺言
⑦公正証書は一人で作ったのか」
これでよろしいでしょうかと綺麗な字で書いてくれた。
「ありがとう。これを一つ一つ検証してみましょう」
「一番目の二朗さんと琢磨さんは本当に仲が悪かったのか」
「それは間違いがないと思います。会社に損害をかけただけではなく、不倫なんて起こして」
「そうだね。賄賂の件が明るみに出て不倫の件も会社の人達に知られたみたいだし、その後、勘当されたことを考えれば、仲が良いはずはないよね。では、二番目と三番目はどうだろうか。普通、なんらかの痕跡が必ず存在するものだけれど、それがない」
「そうですね。先生がお調べになった通りですから、直接の関わりはないのではないでしょうか」
「七番目にも関連するけど、二朗さんは、誰の手も借りなかったのだろうか」
「先生、証人の方にお聞きできないのでしょうか」
「たぶん個人情報の観点から無理だろうし、オフレコであっても、雇われ証人では聞いても良い収穫は得られないと思う。取り敢えず二と三と七番目は一旦置いておきましょう。では、四番目はどうだろうか」
「遺言書は、何回でも書き直せるのですから、これはこれで不思議なことではないと思います」
「でも、五番目との整合性が全くない。遺言を変更したいのであれば普通は公正証書よりも自筆証書遺言でよかったと思うけれど。でもそうか、自筆で書き直すとなると、あの長文をまた書かなければならないからな。体力も落ちているし、公証人に頼んだほうがいいかもしれないな」と、自問自答していた。
「もしかすると、自筆証書遺言を書いた人と公証役場で頼んだ人が違うとか」と、伊藤さんのお道化た顔を初めて見る。
しかし、そのように考えると辻褄が合うのは事実だ。
「すみません。ちょっとオカルトみたいなことを言ってしまいました」
しばらく、ロダンのポーズに。
確かに二つの遺言の作成者が違えば全ての疑問が解けることになる。
「伊藤さん。あながち間違いではないかも」
「オカルトが、ですか?」
「いや、そうではなく。私たちは六番目の完璧な公正証書遺言によって全ての思考回路を停止させられているような気がする」
「どういうことですか」
「もし、完璧な公正証書遺言が崩れれば突破口がひらけるかも。つまり、公正証書遺言だから不正は入りようがないと判断していた。ではなぜ、不正は入りようがないのか」
「私には思い浮かびません」
「では、アプローチを変えてみよう」
私は、根本から始めた。伊藤さんの率直な意見を参考に問答形式で進める。
「不正は入りようがないのは、何故」
「それは本人だからではないのですか」
「すると、本人ではなかったらどうか」
「ええー。でも、公証人の先生の前では、かなり厳重な身分確認が行われていたと思います。確か、先生も免許証の提示を求められていました」
伊藤さんが、閃(ひらめ)いたようだ。
「そうか分かった。免許証の偽造ですね。暴力団とかに頼んだのでは」
愉快なほど、突拍子もない発想だけど、一つの参考にはしておこう。
「いや、反社と付き合えば、せっかく手に入れた財産を揺すり取られるだろう。だから、そんな危険は犯さないと思う」
「紛失したと言って新しい免許証を作ったのであれば、辻褄が合うのではないですか」
「その可能性はあるかも。しかし、替え玉を使うということは、警察を騙すってことになるから、かなりの勇気がいる。だから、その線はほとんど無いと思うけど。ただ、推測で調べないわけにはいかないから、念の為に、免許証が再発行されていないかを、明日、佐々木刑事に調べてもらえないかな」
「分かりました」
「正規の方法で身分証明を手に入れることができるものとして、免許証以外に考えられるものは他にないかな」
「先生。顔写真入りの身分証明がもう一つあります。パスポートです」
「それもありか」
「では、すぐに橘さんに聞いてみます」
伊藤さんは直ぐに結衣さんに電話を入れていた。
30分ぐらいして、結衣さんから電話がある。話が長かったので有意義なことが分かったのかもしれないと思った。
「先生。二朗さんは、年に一度のペースで外国へ資材の買い付けに行っていたらしいのですが、パスポートは金庫にあったとのことです。ただ、その時に橘さんから聞いたのですが、マイナンバーカードが作りやすいのではないですかって、話しておられました」
「そうかマイナンバーカードか。発行されている可能性があるかも」
「これは誰に調べて貰えばいいのでしょうか」
「これも橘さんだね。これは市役所が管理しているから、叔父さんが死亡したのでマイナンバーカードを返却したいのですが、叔父さんがどこに置いているのか分からないと言って、いつ頃作りましたかと聞いて貰って下さい。返却なのでおかしくありませんから」
「これも、すぐにお電話いたします」
「少し演技してもらわないといけないけれど、お願いしますと」
しかし、ちょっと待ってほしいと言い、他にまだ疑問が出るかもしれないので、その後でまとめてお願いしますと話した。
「これぐらいの年齢の方って、免許証と違って作っていない場合があるかもしれませんものね」
「そのとおり。私も免許証があるから未だに作っていないし」
「免許証を取得するのには費用が高いので私は取っていませんが、マイナンバーカードは、身分証明の代わりになります。それに住民票や印鑑証明書などはコンビニでも取れますので、私には便利なカードです」
「今ではそういう人も多いんだろうね。あと、マイナンバーカードの申し込みの用紙が手元に残っているか、または、開封されていても、残書類があるかを聞いて下さい」
「わかりました」
また、私はロダンになった。
そのあいだ、結衣さんに電話してくれていた。もしも、マイナンバーカードを作れるとしたら必要書類はなんだろう。
通知書と身分証明、つまり、免許証かパスポート。いやまてよ。顔写真付きは難しい。しかし、保険証と年金証書があれば顔写真もいらないし、市役所もお年寄りであれば顔写真を要求することはないはず。すると、もしも、マイナンバーカードが偽物であれば、公証人の厳格な身分確認をすり抜けることが可能ということになる。
「橘さんから電話があり、郵便物の入った引き出しを調べてもらったのですが、開封したものも含めてマイナンバーカードの通知書はなかったようです」
「やっぱりそうか」
「市役所に聞くまでもないな」
「どういうことですか」
「橘さんに、市役所への問い合わせは必要ないと伝えて下さい」
「分かりました。でも何故ですか?」
「いや、少し考えがあります。まだ確信はないので、取り敢えず明日、内堀を埋めましょう」
「分かっております。相手の弁護士である牧野弁護士とのアポイントですね」
「そのとおり。さすが伊藤さんだ。お願いします」
「先生、遺言の信憑性が気になっておられることは直ぐに分かりました。その遺言に関係のある人で、一番近いのは田所弁護士で、二番目は牧野弁護士ですから、先生が早く会いたい人はと考えると、牧野弁護士しかいません」
伊藤さんが牧野弁護士の事務所に連絡を取り、アポをとった後、明日から始まる新たな攻防に備えて帰ることにした。
ホワイトボードを倉庫に戻して部屋を出た。
外へ出ると日は落ちて暗くなっていた。伊藤さんに日が落ちるのが早いと言うと、しんみりとした口調で呟いた。
「コロナ前であればまだ学生が歩いている時間です。キャンパスに早く活気が戻ってほしいです」
駅まで一緒に歩きながら、以前のキャンパスの話に花を咲かせていた。
その後、月曜日11時に現地でと告げながら駅で別れた。
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