「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 9
第六章 点と線 牧野弁護士事務所前
今日は現地で直接待ち合わせすることになっていたので、午前10時40分に現地のビルのすぐ手前まで来た。
やはり伊藤さんは既に到着しており、私に向かって大きなジェスチャーで此処ですと手を振っていた。
いつもはどれぐらい早くから待っているのだろうと思いながら、朝の挨拶を交わす。
「伊藤さん、おはよう」
「先生、おはようございます。田所先生のビルとはだいぶ違いますね。すごく立派っというか圧倒されるというか」
確かに伊藤さんが言うとおり立派というか豪華というか、個人事務所の弁護士がこんな立地の良いビルの一室を借りることができるのかと思った。
玄関を入ると2~30メートル先の奥に受付がある。
私と伊藤さんの名前と行き先を告げた。すると、受付の机の中に名簿があるのだろう、その名簿を見ながら受話器を上げてプッシュボタンを押した。先方との話は聞こえなかったが了解が取れたようだ。
牧野事務所から入所の許可があった旨を受付から聞かされる。
「この名札をお掛けいただきゲートのセンサーにお当て下さい。すぐにゲートが開きます。その後、右に曲がり高層階のエレベーターで、42階までお上がり下さい。降りて左手のお部屋でございます」
その通り進んでいると、伊藤さんが小声で聞いてくる。
「先生、高層階ですって。こんなビルの高層階ってお家賃いくら何でしょうか」
「私の給与の半年分ぐらいかな」と言うと、教えて下さいと言われて、ごまかすのに困ってしまった。
「ごめん、冗談だよ。知らないし」
「せ・ん・せ・い!」と言いながら、少しプンプンという、あどけない怒りが映し出された。
チーンという音がして42階のフロアーに着いた。
降りて左手に進むと両扉が開いており、その奥の壁に『MAKINO弁護士法人』とあった。そして、中へ入ると右側に受付がある。
早乙女であることと助手の伊藤であることを告げると、第一会議室へ通すようにとのことで、その方に付いていった。長い廊下を歩き突き当りの部屋へ通される。
窓際の奥の席にと言われたので、二人で奥まで行って座った。そして、すぐに別の女性がお茶を運んで来る。
その後、20分が経ち、約束時間を超えたがまだ来ない。伊藤さんがいつまで待たせるきかとかなり怒っていた。
さらに30分後にやっとドアがノックされた。
牧野と名乗り、若い男性の弁護士と一緒に現れた。私は、宮本武蔵の真似事でもあるまいしと思ってしまう。
二人は、大きな机を回ってこちらにやってきた。私たちも席を立ち、ちょうど真ん中あたりで名刺交換をした。若い弁護士は清水浩介と名乗った。
四人は、お互いに名刺交換をしたあと、それぞれの席に戻ると、牧野弁護士が話し始める。
「これは、これは、かの帝央大学の早乙女准教授とお会い出来るとは光栄でございます。噂に違(たが)わず端正なお顔立ちです。噂では稀に見る天才とか」
「いえいえ、それは誰かのデマじゃないでしょうか。実際はかなりかけ離れておりますので。私こそ、こんな立派な事務所の先生にお会いできるなんて、成功の秘訣をお教え頂きたいほどです」
褒め殺しはこれぐらいにという態度で接した。
「ところで、今日は浅倉二朗さんの件との事でしたね」
「ええ、そうです」
「一応推定相続人の橘さんから聞いてはおりますが、直接、相続された琢磨さんからは、話してほしくないと聞いております」
「そうですか。そうでしょうね」
「そうでしょうねってどういう意味でしょうか」
「いえ、深い意味はございません。琢磨さんはそうでしょうが、まだ、公正証書遺言に関して、効力があると判断されたわけではありませんから」
「早乙女先生。あまりご存じではないのかも知れませんが、公正証書遺言なので信憑性に疑いはなく、効力に至っては公証人が保証しております」
「本当にそうでしょうか」
「それは、公証人の本人確認を疑うということですか」
「いいえ、公証人の方の身分確認に疑義があるとは、少しも考えておりせん」
この言葉に、明らかに動揺が見受けられる。それは、お茶を飲もうとしていたが、持ち上げた湯呑を途中で茶托に戻したからだ。そして、こちらを見ずに言い放ったのだ。
「いくら大学の准教授といえども、これ以上は一般の方にお話しすることはできません。つまり、代理人でもない方にお話はできません。お引き取り下さい」
「これは、これは。弁護士の常套手段ですね。痛いところを突かれると上から目線で、逃げ口上の『代理人でもない人には話せません』云々ですね」
「先生、少し言葉が過ぎませんか。失敬な方ですね」
興奮した時点で相手はその通りですと、暗に言っているのと同じであった。
私はここぞとばかりに攻め込んだ。
「いいえ、牧野先生。私は単なる物好きでも、単なるお節介焼きでもありません。橘結衣さんからご依頼を頂いた代理人です」
「これだから素人の探偵気取りは困ります」
口調が荒くなり呼吸も激しいようだ。何より手の震えが著しい。目は焦点が定まっていない。これほど動揺するのは、私が明らかに何かの地雷を踏んだからだろう。
そして、牧野弁護士は震えながらもさらに続ける。
「少額の争いならいざ知らず、こんなに高額な財産の代理人になれるのは弁護士だけですよ。早乙女先生。もう一度、貴方の大学の法学部を受験されたらどうですか。あなたの大学の学生でも知っていることですから」
説明しよう
(代理人自身は誰でもなれるものである。だから、この牧野弁護士の話していることは正確に言うと間違っている。私早乙女は、代理人とは言ったが報酬を得て、あるいは、それに準ずるような対価を貰っていると話したわけではない。そもそも今回は無報酬である。というのも、大学を通じて受けたもの以外は副業となり禁止されている。つまり、代理行為をしても無報酬なので問題はない。これは弁護士法第七十二条にある非弁行為の禁止事項に反している訳ではないので的外れではある。百歩譲って、委任状の提示を求められることは致し方ないかも知れないが、結衣さんから連絡あったのであるから基本的に問題はない。しかし、最終的には弁護士であるので、一切の障害は排除されてはいる)
そう言って、隣の清水弁護士と一緒に薄ら笑いを浮かべた。これが本性だろう。弁護士の常套手段は代理人だけが共有できるという、代理人だけの常識だ。
確かに、地方裁判所では代理人として出頭できるのは弁護士だけである。それをもってすれば法律的にはそうであろうが、実際にはそのようなことで解決できないことは、山ほどあるのが一般常識だ。だからと言って、その常識が法律で縛られていることも事実ではある。
必ずとは言えないが、その事実を上から目線で話してくる弁護士には、何かしらの隠し事があると思われる。ましてや、今回のように本題に入ったともいえない入口の段階での発言は、隠し事があると判断してもいいだろう。
そして、私は決定的な一撃を放つ。
「法学部に入りましたよ。卒業もしました。旧試験ですが4年時には司法試験にも合格しました。その後、司法修習も終えて弁護士登録もしております」
すると、伊藤さんがこっちを見て(えっええ!)というふうに、今にも目が飛び出るかのような顔であった。牧野弁護士もそんなことがあるはずがないと言っているかのように目を白黒させていた。
「だから、あなたが話す、橘結衣さんの正式な代理人ですよ」
「冗談もほどほどにして下さい。弁護士詐称で告訴しますよ。准教授の椅子も無くなってしまいます」
「結構です。でも、恥をかかれる前に、二弁に問い合わせをされてはいかがですか」
牧野弁護士は、隣の清水弁護士と顔を見合わせ、すごい勢いで椅子を後ろに押し投げて、会議室を飛び出して行った。失礼しますぐらいは言ってほしかったが、そんな余裕もないほど慌てていたのであろう。
それを見た私は、これほどのビルの一室を借りる弁護士ではなく、さしずめ企業などの便宜をはかり、弱い個人を痛めつける仕事を生業としているのだろうと思った。
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