「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖 第二十一話
昼前になり近所の車の販売店に行くために大学を後にした。先に確認していたが表通りまで歩き、国道を右に曲がると百メートルぐらいでショールームがあるはずだ。すると、全面ガラス張りの建物が見えてきた。看板はこれでもかというぐらいの大きな広告だった。
建物まで来るとショールームの中で車を掃除している女性がいた。
女性は背中を向けて掃除をしていたが、別の女性社員がその女性に近寄って一緒に店長らしき男性のところへ行き、ヒソヒソと話しをした。すると、その男性が飛び出してきた。ガラス越しに変態がいますとでも言われたと思い、その場を立ち去るため来た道を戻ろうとした時、先生という声がした。
「先生、早乙女先生。」
もうだめだ。変態としてSNSに出るのかと思った。
しかし、彼は、私の講師時代の教え子だった。名前を松島君という。今は店長をしているらしい。
「先生、お久しぶりです。あっ、確か今は教授でしたね。教授が覗いていらっしゃるのは一目でわかりました。女子社員が変な事を言っていましたが、教授がそんなことをする訳はないと話しました。それに僕も見ていましたけれど、君じゃなくて車を見ていたよと言いました。」
「ありがとう。実はそうなんだ。車を買いに来たんだよ。でも入る勇気がなくて。」
「それじゃ、中へどうぞ。」
そのまま中へ通された。入ると女性社員に頭を下げられたが、私の方こそコソコソと車を見ていましたので申し訳ありませんと言い、誤解が解けたようだった。
松島君は、私の深層心理の授業が今のセールスに役立っていますと言ってくれた。
お客様が本当はどのような車をお買いになりたいかを考え、後悔されない車はどれかを考えるようになりましたと話してくれた。少しは役立っているかと思い嬉しくなった。
ところで、教授はどのような車をお考えですかと聞いてきたので、昨日、百合が話していたことを思い出した。
(「お兄ちゃん、明日、ショールームに行ったら買うのはおじさん車はやめてよね。」
「おじさん車って何だよ。おとなしめの車ってことか。」
「そうとも言えるかも。多分行くのは大学から国道へ出た所でしょ。」
「いや知らない。そんな所にあるのか。」
「取り敢えず、店の人にコンバーチブルを見せて欲しいって言って。」)
「妹から聞いたけれど、コンバーチブルとかいう車を見せてほしいんだ。」
「すみません。コンバーチブルは展示しておりません。パンフレットになります。」
「ところでコンバーチブルってどのような車かな。」
「簡単に言えばオープンカーです。」
驚いた。すぐさま、百合に電話した。
オープンカーなんて乗れないぞというと、お店の人を出してと言われ、松島君に変わると少し話した後、分かりましたと言って電話を変わった。
昨日約束したでしょと言われ、店員さんのいう通り買うようにと念を押された。仕方なく承諾したが、のちにこの車が役に立つとは思わなかった。
「妹さんからのご伝言で、コンバーチブルを買わせて下さいとお話しされていましたが、その車をご購入ということでよろしいのでしょうか。一応屋根は格納式ですが付いてはおります。」
「完全なオープンカーじゃないんだ。それでかまいません。まあこんなお客さんもいると思って、君の一ページに加えて下さい。それにここは日本で一番の会社だし、教え子の君なら安心だから契約を結びます。詳細を詰めましょうか。」
「ところで教授、失礼にあたりますが金額がかなり高額でして。標準装備でざっとこれぐらいですが。後はオプションを加えればこれぐらいなります。ものによってはもう少しかかります。ローンになりますでしょうか。」
「君が危惧していることは分かります。」
「いいえ、そんな失礼なこと。」
「だって都心を離れれば古いマンションが買えます。でも、大丈夫です、一応貯金がありますので、明日までには振り込むようにします。」
その後、松島君と細部の契約の内容を話した。話のなかで、当然外には言いませんが教授っていいお給料なのですねと言われたので、これは弁護士をしていた時の収入が主(おも)だよと言った。確かにこれほど高い車を買うとなればそう思うのも仕方がないのかと思った。
「教授、以前は弁護士の先生だったのですか。」
「以前はね。父が弁護士事務所の代表の一人をしていてね。ニューヨークの大手事務所と提携もしているから、大企業の顧問もあるし、案件もかなり大きいものだった。支店を含めると弁護士だけでも500人以上はいるかな。パラリーガルや一般所員を合わせれば1500人ぐらいと思うけれど。」
「だからお給料もすごかったのですね。でも何故お辞めになったのですか。お父様がトップにおられるのに。」
「給料は歩合が結構あったので今の七倍はあったかな。ほぼ使わなかったので貯金に回っていました。ただ、お給料はよかったけれど弁護士が性に合わなかからかな。それに心理学に興味があったのと、特に学生と意見を交わすことが殊のほか楽しいということが一番かもしれない。」
「そうでしたか。多分、私でしたらしがみついていたと思います。ところで教授、車庫証明が必要なのですが、教授のご自宅はマンションですか。」
「いや、一軒家で車庫は一応付いています。」
「では、ネットで地図を見てみます。」と言って、ノートパソコンを持ってきて私の家を探してくれた。
「ここが教授のご自宅ですか。大きいですね。車庫は二台分ぐらいありそうですが、ご家族が乗っておられる車は。」と聞かれ、
今のところ一人暮らしなので車庫は誰も使っていないというと、教授、まだ独身ですかと言われた。
すると、隣の女性社員がこれは言ってはいけないと思ったのだろう、店長と言って左袖を引っ張っていた。いや、本当のことだからいいよと言い、あまり女性には縁がなくて、と付け加えた。
その後、必要書類や最終金額の書いた請求書を受け取ったあとショールームを出た。途中、印鑑証明書を取りにコンビニに寄った。そう、私もやっとマイナンバーカードを作っていた。
初めての試みのため店員の方に聞くこと三度、やっとのことで手に入れることができた。機械音痴も程があると思われたかもしれない。疲れた。そしておやつにと思い伊藤さんが絶賛していたロールケーキを買った。
コンビニを出たあと左に曲がらず、そのまま真っ直ぐ歩き、銀行へ向かった。今の捜査状況では、明日から何があるか分からないので、今日振り込むことにした。
銀行では厳格な身分確認があったが、すんなりと振り込めた。銀行を出て再度ショールームに行き、印鑑証明書を渡し、振り込んだ事を告げて大学に帰った。
かなりの時間がかかり、お昼を回っていたので、伊藤さんには何と言おうかと思った。部屋を開けようと鍵を挿すと開いていた。あれっと思った。見ると伊藤さんが机の上で何か調べものをしていた。
「伊藤さん。食事には行かなかったの。」と聞いた。
「はい、一応この調べものが終われば食事を取らせていただくつもりでした。ちょうど今終わりました。」
「じゃ、食堂に行ってもいいよ。私が残るから。」
「それじゃ、お弁当を作ってきていますので、一緒に食べませんか。」
どうしてお昼を食べていないことが分かったのだろう。彼女のことだから多分二人前だろう。でも、考えないようにした。
「ありがとう。遠慮せずにいただきます。帰りに伊藤さんが絶賛していたロールケーキを買ってきたので後で食べましょう。」
伊藤さんの笑顔だ。
伊藤さんはキャビネットに置いていたお弁当箱をテーブルに置き、お茶も用意してくれた。「いただきます。」
伊藤さんは、どこに行っておられたのかとは一言も聞かなかった。まあ、興味の問題だから仕方ないかと思った。
食べ終わった後、一応、百合に電話をした。
「百合、一応手続きは終わったよ。来月半ばには大丈夫と話していたぞ。」
(そう、よかった。ところで今は大学から掛けているのよね。)
「ああ、部屋から掛けているよ。」
(じゃ、伊藤さんがそばにいるよね。電話代わってくれる。)
何故知っているのか不思議であったが、分かったと言い、伊藤さんに百合が代わってほしいと言っていると携帯電話を渡した。
伊藤さんは、はい一緒に頂きました、おやつにロールケーキを買ってきてくださいました、と話していた。いったいどういうことだと思った。携帯電話を受け取り、百合、最近伊藤さんと凄く仲がいいんだなと言った。すると伊藤さんとは馬が合うのよと言ってさっさと切ってしまった。
その後、伊藤さんに今夜の捜査会議で津野神さんの話がでると思うので、津野神さんの立ち位置を話した。伊藤さんはビックリしていた。多分捜査方針とは違うので、また、睨まれるかもしれないとだけ伝えた
。
午後二時になり、そろそろ四時間目の準備をすると言い、本棚から資料を出して貰った。
