「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 18
第5章 第2話 本丸の人たち(明子)
高円寺の駅に着いた。北へ15分ほど歩いた先にASAKURA(アサクラ)建設の本社ビルがある。そして、玄関先で立ち止まる。
それを見て伊藤さんが問いかける。
「先生、入らないのですか」
私は、此処から結衣さんに電話して、明子さんに会いに来たと伝えて欲しいと頼んだ。
回りくどいことをと感じたようだがその通りに伝えてくれた。
「おられるそうなので、玄関ですとお伝え致しました」
すると、中から結衣さんが小走りに出てきた。
結衣さんは、今日は急にどうしたのかと聞いてきたので、近くまで寄った為に、明子さんへの聞き取りと伝えた。
「明子叔母さんはおりますが、琢磨叔父さんも叔父の息のかかった役員も、まだ来ておりませんが宜しいのでしょうか」
「そのほうが好都合です」
「叔父たちの出社はいつも11時頃ですので」
あきれた様子の伊藤さんが呟く。
「のんびりしていますね」
「もともと、琢磨さんの仲間だろうからやる気もないと思うよ」
「チョット、腰掛けって感じですかね」
「そうだろうな、会社を売ることは聞いていると思うから」
結衣さんが案内すると言い、玄関を入って右斜めのエレベーターへ歩いて行き、そのまま二階へ上がった。降りると右の部屋は結衣さんが働く経理と説明をうける。
そのまま正面左の会議室に通された。ドアを開けると長方形に机が並べられており、奥側に座るように言われた。その後、事務の人がお茶を持ってきてくれた。
しばらくすると、結衣さんと明子さんらしき人が入ってくる。
「先生、明子叔母さんです。琢磨叔父さんの元奥さんに当たります」と紹介をうけた。
「浅倉明子と申します」
「早乙女と申します。帝央大学で教鞭をとっております。宜しくお願いします。彼女は、私の助手の伊藤でございます」
伊藤さんがぺこりと頭を下げた。
「この度は、姪共々お世話になっております。ところで、結衣ちゃん、弁護士の先生は、田所先生でしたよね」
「あっ、叔母さん・・・」
私は、その続きを制止した。多分、弁護士の資格があると言いたげであったので、すぐさま、共通の友人の紹介と説明した。
この時点では、相談を受けて動いていること以上のことは知られたくなかった。佐々木刑事を通じて知り合ったことも、代理していることも嘘ではないので問題はない。
「そんな、偉い先生とお知り合いだったの」
「でも、どうして、大学の先生が、私どものお話に」
「お聞きすればする程、興味が湧いてきまして」
「どのように」
「色々と。今日は、少しお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「あまりお力になれないかもしれませんが」
「大丈夫よ。叔母さんの知っていることを話してもらえれば」
4人が椅子に座り、私は質問を始める。
「では、個人的なことで申し訳ないのですが、離婚されてから琢磨さんと連絡などは取られていませんか」
「いいえ、法事などで会う以外はありません。会ったとしても挨拶ぐらいで会話はありません」
ダイレクトに質問したが、穏やかな口調から本当のようだ。
「そうですか。では遺言書について知っていましたか」
「一切知りません」
ロダンになった。
伊藤さんが、先生今はと言いながら、揺り動かした。
明子さんは、その後、語気荒く話してきた。
「公正証書なんて知るはずがありません。あとから作ったなんて、私もびっくりしたぐらいです」
驚いた。時系列に且つ公正証書をダイレクトに言い放った。素人が遺言書を時系列に、そして、自筆遺言と公正証書遺言を区別しながら話すことは珍しい。
勉強したか教えられたかのどちらかであろう。
「そうですか。私は自筆証書遺言の方をお聞きしたかったのですが」
構え損ねたという感じで顔を下に伏せた。少し間(ま)があり何かを考えているようであった。
「あっ、そちらのほうでしたら、生前、二朗さんから田所先生が保管しているとは聞いておりました」
「内容は、どうでしょう」
「いいえ、聞いておりません」
「家庭裁判所で開封された時に内容を聞いてどう思われましたか」
「結衣さんが相続するのかと思っていました」
「そうですか。でも、お子さんと半々の遺言でしたよね」
「そうですね。明雄のことも気にかけてもらっていたのだと思いました」
「さぞ、びっくりされたでしょう」
「遺言書を作られた時期には、明雄はまだ平社員でしたから」
明らかに動揺しているようであった。というよりも、開封されたときの衝撃を思い浮かべて、心此処にあらずという様子が伺える。
「家族思いの方だったんですね」
「先生、二朗さんの相続はどのようになるのでしょうか」
「公正証書遺言が優先されます」
「公正証書だからですね」
「いいえ。公正証書だからというわけではありません。自筆証書遺言でも新しく書かれたものが優先され、法律をどのように駆使しようと覆りません。今回は公正証書遺言が後なので優先されるということです」
「そうですか」
どこか、うわの空のようだ。自筆遺言と公正証書遺言との別は分かっているが、その意味や効力は知らないのだと思った。
「あと一つお聞きしたいのですが宜しいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「ZODIAC SIGN(ゾディアック サイン)建設の専務さんである、名子さんと親しいとお聞きしたのですが」
「親しいというわけではありません。お聞きになられたかも知れませんが、前の主人である琢磨さんの浮気に悩まされていた頃に、偶然に知り合って相談に乗っていただいておりました」
「そのようにお聞きしております」
「どのように思っておられるかは存じませんが、男女の関係などはございません」
「それは、少しも疑っておりませ」
「ところで過去に、名子さんから合併のお話などは聞いておられませんか」
「いいえ。私もつい先だって結衣ちゃんから聞いて知りました」
「そうでしたか」
「今回、会社が名子さんの会社に合併されると聞いたあと、名子さんとお話しされましたか」
「はい」
「どのように」
「会社はどうなるのですかと聞きました」
「それで、何とおっしゃってましたか」
「長く経営から離れていた琢磨さんの補助をして、経営を安定化する為と。それに合併ではなくグループ化なので消滅しませんと」
「すると、会社を解体するというわけではないのですね」
「はい、そのように話されておられました」
「わかりました。私がお聞きしたかったのはここまでです。会社の基盤が安定することを祈っております」
私たちは、二人に挨拶し引き上げる旨を伝えたあと、結衣さんに頼み事があり耳打ちした。結衣さんから、車でお送ると言われたが、丁重にお断りして会社をあとにした。
それを見た伊藤さんが、「先生、どちらかにお寄りになるのですね」と聞いてきた。
「よく、分かったね」
「分かります。ロダンになりかけておられたのと、最後に結衣さんに何か耳打ちされておられましたから」
「さすが伊藤さん。ははははー」と笑いながら、駅へ向かった。
道中、伊藤さんが再度尋ねる。
「先生、さっきは何に引っかかったのですか」
「遺言書だよ。普通は遺言書と言えばどちらのと答えるはずだ。万が一、今回もめている公正証書遺言と想像したとしても、語気荒く言う必要はない。また、特に引っかかったのは公正証書遺言が強いと思っているところだ」
頷く伊藤さんを横目に続ける。
「公正証書遺言を殊更に強調し過ぎでいた」
「確かに、公正証書遺言に対して極端な反応でした」
「今から、それを確認に行こう」
「ZODIAC SIGN建設の名子専務のところですね」
「いいえ、違います」
なぜだろうという顔をしていたが、行き先の切符を買って彼女に渡した。
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