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「ロダン早乙女の事件簿 FIRST・CONTACT」 5

第2章 第2話 無意識
令和3年1月20日(水曜日)午後3時

早乙女准教授室 橘結衣さんと佐々木優刑事の訪問後から
 
「お話は、だいたい分かりました。橘さん、それでは残すはずがない公正証書遺言を見せていただけますでしょうか」
 
 結衣さんが、カバンから黒色の分厚い封筒を取り出し、その中から茶色の封筒を抜き取って私にそのまま渡す。
 
「こちらになります。原本は新しい顧問弁護士の先生が保管しておられますので、コピーになります」
 
「公正証書なので写しで結構です」と言い、コピーを伊藤さんに頼んだ。
 
 コピーしてもらった後、しばらく黙って読んでいた。そして、私はその重要な個所に印しをするため、伊藤さんに二種類の色の付箋を頼んだ。
  
 青とピンクの付箋を持ってきてくれた。

 ありがとうと言うと、遺言書に色分けして付箋を貼っていった。
 意外と書かれている内容がシンプルだと思った。しかし、公正証書遺言をそれほど見たことがなかった私にはこのようなものかなとも思った。
 
「橘さんにお聞きしたいのですが、この公正証書遺言はどなたが保管されていたのですか」
 
「それは、遺言書を預かっておりますといきなり弁護士が現れました」
 
「いきなりですか」
 
「はいそうです。叔父の四十九日法要が終わろうとしている時に、会場に現れたんです。その人が言うには『私は、亡くなられた浅倉二朗さんの遺言執行人で、弁護士の牧野森一と申します。四十九日の法要が終わった後の御斎(おとき)の前に遺言書を開示するように指示されました』と話されました」
 
「なんの通知もなく法要の場所をつきとめて来たということですか」
 
「はい、そうです」
 
 独り言のように佐々木刑事が尋ねる。
「先生。ところで【おとき】ってなんですか」
 
「それは、法事の後に出す食事のことです」と答えた。
 
「そうですか。無知で申し訳ございません。話の腰を折ってしまいました。どうぞお続け下さい」
 
「お悔やみに関する言葉は、昔からの風習の表われですから、むずかしいですよね」
 
 私はニコッとしながら続けた。

「橘さん、四十九日法要ということはご家族やご親戚だけですよね」
 
「はい。そうです」
 
「都合が良すぎますね」
 
「あっ。そうです、そうです。私もそう思って、なぜ今日の法事を知っているのですかと聞いてみました。すると『私は遺言執行人なので被相続人の方の諸事情は全て把握しております』と話され、ずうっと、見張っていたかのような発言に薄気味悪い感じがしました」
 
 私は、無意識に右手でグーを作り、左手をだらんと前へ出しながら、少し俯き加減で、中指の第一関節あたりに顎を当てた。
 
「どうかなさったのですか」
 
 伊藤さんが諭すように説明する。
「先生は、無意識的に感じた何気ない言葉や動作があった場合に、よくこの体制になります。橘さん、この態勢を見て何か思い浮かびませんか」
 
「あっ!」という言葉を発した結衣さんは、この態勢があの有名な銅像の形に似ていることが分かったようだ。
 
「そうです。この姿勢を見て学内ではロダン早乙女と呼ばれております。もう少ししましたらこのフリーズが溶けますので、しばらくお待ち下さい」
 
 後で話したけれど、溶けますはないと思うよって言うと、ほかに説明の方法があるかと逆に質問をされた。
 いや、そうではなく変人のように聞こえると言うと『これでも正確で且つ的確な説明だと言われてしまった。
 
「すみません。中断させてしまいましたね。どうぞお続け下さい」
 
「会社には顧問弁護士がいますので顧問弁護士に預けるはずです」
 
「普通はそうですね」
 
「叔父には苦労を共にしてきた絶大な信頼を寄せている弁護士で、田所先生という方が顧問としておられました」
 
「そのような方がおられるのですね」
 
「はい。二朗叔父さんは生前に子供がいないことを大変気にしておりました。だから、本当は私を養子にしたかったみたいなのですが、弟の祥雄に悪いからと言って縁組はしませんでした。その代わり直筆の遺言書を田所に、すみません叔父の口癖でして。弁護士の田所先生に預けていると。そして、妻も子供もいないので、相続人は兄弟だけだから遺留分で揉めることはないからと話していました。そのことからも琢磨叔父さんには財産を渡したくなかったはずです」
 
「その遺言書はどこにあるのですか」
 
「それは、既に裁判所の検認作業も終わり、田所先生が保管しておられます。そこには、琢磨叔父さんの息子である明雄君と私に会社の株70%の半分ずつを、明雄くんに遺贈し私に相続させるとありました。そして、私が社長で明雄君が副社長ということで、そして四男の力(ちから)叔父さんには、五年分の援助資金として定期預金3000万円を相続させると。二人もその他の家族も全員納得していました。だから新しい体制に取り掛かるところでした」
 
「四男の力(ちから)さんですが、その方は会社経営には参加されないのですか」
 
「力(ちから)叔父さんは一級建築士ですが、二朗叔父さんのたっての願いで、イタリアにヨーロッパ建築の修行に行っております。帰ってくる予定ではありましたが、二朗おじさんが亡くなって私と明雄君で運営することから、完全に会社からは手を引き、イタリアに残るということになりました」
 
「分かりました。では株の残りの30%はどなたがお持ちですか」
 
「残りとおっしゃいますと」
 
「一応、株主構成を知っておきたくて。後々、どのようなことで参考になるか分かりませんので」
 
「分かりました。私と明雄君と明雄君のお母さんである明子さんの三人が其々10%ずつを持っています」
 
「すると、公正証書遺言では7割を琢磨さんが保有することになり、過半数をゆうに超えるということですね」
 
「そうです。そして、牧野弁護士が乗り込んできて経営から私たち全員の排除を始めました」
 
 私は、またフリーズした、って自分で言ってしまった。
 
 素早いという程の速さだな。牧野弁護士が糸を引いているのだろうか。それとも、他に後ろで糸を引く人がいるのだろうか。この時、今後の対策を改めて考え直す必要があると考えた。
 
「すみません橘さん。少し引っかかったことがありまして、一つ聞いていいでしょうか」
 
「どのようなことでしょう」
 
「お聞きしていますと、田所先生のお話が過去形になっておりますが、今は顧問弁護士ではなく、他の方に代わられているということでしょうか」
 
「代わられました」
 
「何故、代わられたのですか」
 
「それは、次の日に琢磨叔父さんが会社に来て、私たちに向かって70%の株を持ったのだから、大株主として株主総会を2週間後に開くとだけ言って時間も場所も言わずに、通知は口頭でしたぞと話して帰って行きました。2週間後に、私たちの立ち合いもなく株主総会を開いて社長に就任しました」
 
「そうですか」
 
「それだけではなく私たち全員を解任した後、琢磨叔父さんの息の掛かった人を取締役に就任させました。その際、そんなことが許される訳がないと言ったのですが、顧問弁護士から問題ないと説明を受けたと言って社長室を乗っ取りました。私たちは弁護士の方が言うのであれば仕方がないのかと思い、あきらめかけていたときに佐々木君のことを思い出しました。そのあとすぐに電話して相談しました。初めは刑事としては相談を受けることが出来ないと言われ途方にくれていましたが、後に佐々木君から電話があり、早乙女先生をご紹介すると言われたんです」
 
「それは、佐々木刑事を思い出されたのはよかったですね」と、にこやかな顔をした伊藤さんが、右手でOKサインを出していた。
 
「それはどうだか。私がお役に立てるかどうかは疑問が残るところですけれども」
 
「いいえ、先生とお会いして気持ちがほっとしているのが分かります。というのも、警察や弁護士事務所で言われたことと同じことを言われて、落ち込むのではないかと思っていました。先生とお話ししていると何かしら安心している自分がここにおります」
 
 ここで、ロダンになってしまった。
 
 しばらく経ったあと「ところで、琢磨さんにしては素早い対応ですね」と尋ねた。
 
「田所先生も、かなり前から用意周到に練られた策だとおっしゃっておられました。このままだと二朗叔父さんがやっと元に戻した会社を、また琢磨叔父さんに無茶苦茶にされてしまいます。先生お願いします、お力をお貸し下さい」
 
「分かりました。先ほども言いましたが、ご期待に沿えるかどうかは分かりませんが、ご協力させて頂きます」
 
 そういうと二人は安心したような様子になった。帰ろうと席を立ち上がった時に、田所先生の住所と電話番号を教えて頂き、自筆証書遺言を見せて頂くことの了承を得た後、二人は帰って行った。

 その後、伊藤さんが、公正証書遺言は琢磨さんが仕組んだと思うと言い、四九日法要を連絡したのは琢磨さんだと、怒り心頭に達していた。

「私たちは心理学を学ぶ者です。お会いもしていない人の考えを推測するのはよくないと思いますよ」と、指導した。
 
 私たち心理学者が推測で物事を判断することは危険だからだ。 
 
 伊藤さんは、少し恥ずかしそうにペロっと舌を出して、その通りと言いながら頭を下げた。何かドロドロとした怨念を感じてしまって我を忘れてしまったと、彼女らしからぬ感情をむき出しにしていた。
 
「ところで伊藤さん、元顧問弁護士の田所先生にアポを取ってもらえませんか。あちらの都合が合えば、明日にでもお願いしてください」
 
「相手の叔父さんではないのですか」
 
「本丸に攻め入るだけの武器がまだありません。その前に外堀・内堀を完全に埋めないと失敗することになります。だからまず、外堀を埋めるための大外堀から埋めていきます」
 
 私は、ニヤっと笑って席を立ち、オンライン講義に向かうためにドアを開けて講義室へ向かった。
 

 
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