「ロダン早乙女の事件簿 SECOND・CONTACT」怨嗟の鎖 第十九話
席に着き、私はコーヒーを彼女は紅茶を頼んだ。その際、あとで秋山さんという男性が来るので、来られたらこちらへ案内していただけるようお願いしますと言った。
しばらくすると、ポットとカップが運ばれてきた。ポットには冷めないように可愛らしい猫のポットカバーが被せられていた。伊藤さんに笑っているように見えると言うと、私には抱っこしてと言っているように見えますと言い、互いに笑っていた。
東京タワー近辺は久しぶりなので、雰囲気が変わっていてびっくりした。そのことを伊藤さんに話すと、彼女は大学と家との往復ばかりで、知らないところが沢山あると言っていた。妹さんは休みの度に出かけているそうだ。
たまに誘われるらしいが、出不精なので一緒に行くことがないらしい。私もそうだよと言ったが、目が合うと二人ともまた笑っていた。というのも、最近は二人で色々なところに出かけているからだ。
しばらくするとドアから一人の男性が入ってきた。スタッフの方と話していたが私達の方を指さしていた。多分、秋山さんだ。
彼がこちらに来た。びっくりした。その横を津野神さんが歩いていた。
「初めましてフリーライターの秋山と申します。こっちはご存知ですよね、津野神です。取材の件でお話があるということなので、先程まで一緒に仕事をしていましたから津野神も連れてきました。」
あっそうですかと、我ながら少し動揺してしまった。隠れていると思った津野神さんが出てきたからだ。二人とも紅茶を頼んでいた。
注文してすぐに秋山さんが切り出した。
「取材の件と申しますとどのようなことでしょう。」
伊藤さんは、私が津野神さんを見て動揺していることを察知してくれていたみたいで、笑顔で話し出した。
「今日築地に行く予定があったので、雑誌考都さんに寄りましょうということになり立ち寄ったところ、編集長さんから好評でしたとお聞きし、再取材のオファーを頂きました。
そういうことで、取材を請け負った秋山さんに、ご挨拶とお礼をさせていただきたいと思いまして。」
「そうでしたか。じゃ津野神を連れてきてよかった。でも、好評だったのは教授のお話が興味深かったからですよ。私もあっという間に読み切ってしまいました。おっとすみません。津野神でしたね。どうぞ。」
私は伊藤さんの絶妙な間(ま)で落ち着いていた。意を決し尋ねた。
「津野神さんがお越しなので、不躾(ぶしつけ)な質問なのですが、最近都庁に関する取材をされませんでしたか。」
「どうしてですか。取材内容などはネタ元の秘匿からお話はできないのですが。」
「それが、この間、人を探して欲しいと頼まれまして。それが回顧録を作らないかと言われた記者の方でした。
少し訂正がしたいとのことで名刺を探したら何処に置いたか分からず紛失してしまったらしいのです。それで知り合いを通じて私に分からないかと聞いてきたもので。」
「その記者が私ではないかということですか。」
「人物に焦点を当てた取材をされた方は、津野神さんしか頭に浮かびませんでした。闇雲に当たるよりはまず知っている方からと。
たまたま今日お会いしたのでお聞きしたくて。もし違っていても津野神さんなら誰かの見当がつくのではないかと。」
ちょっと、無理があったが、話しを取り繕う必要と反応を見たかった。
「秘匿ということには当たらないので言えますが、まず、都庁に勤めていた方とお会いしたことはありません。それに、この二週間ほどは秋山さんと一緒にグルメの取材で走り回っていました。
それと回顧録などの記事を書く人は五万といますから、名前か雑誌社かが分からなければ無理じゃないでしょうか。」
そうですかと言い右手を顎に乗せかけた時、右に座っていた伊藤さんがカップを持ち損ねて紅茶をこぼした。すぐに我に戻った私は、お手拭きで一緒にこぼした紅茶を拭いた。
伊藤さんには私の様子がおかしく見えたので、ロダンになると思ったのだろう。
さすが伊藤さんだ、津野神さんはロダンの姿を知っているので、私もここではなりたくなかった。
スタッフの方が、こぼした紅茶を見てナフキンを持ってきて拭いてくれた。落ち着くと津野神さんが、先程の質問ですが、と話を戻そうとしたが、
これ以上は必要ないと思い、続きの言葉に被せて話した。
「津野神さんに聞いてよかった。相談者には私では探し当てるのは難しいと言っておきます。」
お時間を取っていただきありがとうございましたと言い、ここはお支払いをさせていただきますとレシートを取って立ち上がった。
伊藤さんと二人で頭を下げ、そのままレジに行き精算しようとした。その間、伊藤さんは二人の方を伺うように斜めを向いて様子見をしていた。精算後、表に出たがしばらく先まで無言で歩いた。
駅に近づいてやっと伊藤さんが話した。
「教授、先程、ロダンになりかけていましたね。」
「分かっていたよね。紅茶をこぼしてくれたのは絶妙のタイミングだった。」
「教授も分かっておられたのですね。」とニコッとしていた。
「ありがとう。でも、その疑問の話はあとでもいいかな。まだまとまらないので。」
「教授がお話しされたい時までお待ちいたします。ただ、津野神さんが鍵を握っていると思っておられることは分かりました。」
伊藤さんが助手でよかった。安心できると思った。今日の検証は明日にしましょうと言い、二人とも家路に着いた。
国立駅を出て途中のコンビニでお弁当を買って家に帰った。家の前に着くと家の明かりが付いていた。百合が帰っていると思った。百合がおかえりと言ってリビングから出てきた。
「お兄ちゃん、昨日はありがとう。あの後、パパがはしゃぎ過ぎて酔い潰れちゃった。あんなパパを見たのは初めてだよ。」
「本当はそれだけ嬉しかったと言うのが本音だろ。私達ももう大人だということをあの年になると現実として中々受け入れにくくなるからな。」
「そうだね。パパを見てよく分かった。ところでここからはちょっと怒っています。」
「何だ。怒っているって。」
「伊藤さんが作ってくれたビーフシチューは食べたよね。」
「ああ、今日は残りを食べようと思って、お弁当は小さめのものにした。そうか、すまなかった。作ってくれる予定だったのか。」
「違うわよ。半分残っているということは、伊藤さんは食べなかったってことでしょ。」
「作ったので帰ると言われたから。たくさん作っていたから一緒に食べていくかなと思ったけれども、無理強いもできないと思って。」
「それで帰ってもらったの。」
「ああ。」
「バッカじゃないの。人の心は読めるのに、自分や好きな人の心の中は読めないのね。」
「そんなことがあるか。彼女と私は十二歳も違うことを知らないだろ。」
「知っているわよ。このあいだ車の中で結構話をしたから。今日も伊藤さんと一緒だったでしょ。」
「一緒だったよ。帰りは駅で別れたけどね。」
すると急に、何故送っていかなかったのかと怒った。いや、遅くないからと言うと、ほんとにバカだねと言われた。
「ビーフシチューをお兄ちゃんと一緒に食べたかったから二人前作ったのが分からないかな。」
「一体何を言っているのか分からない。」
「ああ、じれったい。二人とも好き同士でしょ。少なくともお兄ちゃんは伊藤さんが好きなはず。」
「確かに家から送って行った時は淋しさを感じたな。でもこれって・・。」
続きを言う前に百合が右手の人差し指を立てて、私の顔の前に出し、
「それ以上話さないで、淋しく思うと言うことは、お兄ちゃんの中で大きな存在になっているのよ。」
そのあと百合は、
「お兄ちゃん、取り敢えず車を買って。」
「そんなこと父さんに頼め。」
「私じゃないわよ。お兄ちゃんが買うのよ。伊藤さんに聞いたけれど新しい依頼の件で大学から出かけることが多くなったって。」
「確かに。今日も然りだな。」
「それに、いつもタクシーは良くないよ。タクシーの運転手さんがどうとかを言っている訳じゃなくて、女性ってあまり家の前でタクシーを降りたくないの。」
何故か分からないので、どうしてだと聞くと、
「若い女の子が毎晩のようにタクシーで帰ってきたら、いかがわしいアルバイトをしていると思われてしまうのよ。ご近所の目って意外と怖いし、変な噂も立つのよ。」と言われた。
「それじゃ私が送って行くのはいいのか。」
「別に彼氏が送ってきたからといって問題はないもの。別に不倫じゃないんだから。」
「いやいや、彼氏とかじゃないから。」
「でもママに言ったそうじゃない。まだ、そんな仲じゃないって。つまり今はまだって言うことでしょ。いい加減自分の心を読んでみたら。検事のママも人の心を読むプロだけれど。まあ、取り敢えず車は買ってね。すぐに。」
ああと言い、取り敢えずタクシーより行動範囲は広くなるし、百合の言う通り伊藤さんを送っていけるからと思い、早速明日買いに行くと約束し、ビーフシチューを温めて晩御飯を済ませた。
お風呂を上がり自分の部屋に戻った。ベッドで今日の津野神さんの言動を考えてみた。ロダンになりかけたのは無意識の兆候が確かにあった。しかし、ここ二週間は一緒に取材をしていたと言っていた。アリバイがあるのか、それとも秋山さんも仲間なのか。しかしあの言葉は・・。
取り敢えず明日学校で確認作業がある。今日は百合の言葉も気になるが、早く寝て明日に備えようと思った。
