Bauhaus回想録 Vol.3:4ADとの契約、そしてプレスとの戦争 (1979–1980)
1980年、バウハウスはインディーズ・シーンの最前線へと躍り出ます。 新興レーベル4ADとの契約、ジョイ・ディヴィジョンのイアン・カーティスとの奇妙な交錯、そして記念すべき1stアルバムのリリース。
しかし、彼らを待っていたのは称賛ではなく、音楽プレスからの容赦ない「酷評」と「嘲笑」でした。

バンドがメディアとの「戦争」を開始し、その結束を鋼鉄のように固めていく過程を描きます。
プレスとの戦争と『In The Flat Field』の衝撃
彼らは私を嫌った。だから私も彼らを嫌い返した。それは非常に健全な相互関係だった ――ピーター・マーフィー(『NME』との確執について)
1979年の終わり、バウハウスは岐路に立っていました。 シングル「Bela Lugosi's Dead」はカルト的なヒットを記録していましたが、彼らはまだ「一発屋」で終わる可能性がありました。次の一手が必要でした。
ロンドンのクラブ「ビリーズ(Billy's)」で行われたギグの夜、運命の出会いが訪れます。
客席にいた一人の男が、彼らの荒削りだが演劇的なパフォーマンスに魅了されていたのです。彼の名はアイヴォ・ワッツ=ラッセル。後に伝説的なレーベルとなる4AD(当時はAxis)の創設者でした。

連載第3回は、4ADへの移籍、ジョイ・ディヴィジョンの影、そしてプレスから「袋叩き」にされた1stアルバム『In The Flat Field』の真実を描きます。
1. 漆黒への入り口:Single "Dark Entries" (1980)
アイヴォはバウハウスに即座に契約をオファーしました。彼のレーベル「Axis(後の4AD)」はまだ始まったばかりでしたが、その美学――アートワークへのこだわりと、商業主義からの独立――は、バウハウスにとって理想的な環境でした。
1980年1月、移籍第一弾シングルがリリースされます。

2nd Single: "Dark Entries"
発売日: 1980年1月
レーベル: Axis (後に4AD)
収録曲:
Dark Entries
Untitled
【楽曲分析:ドリアン・グレイの肖像】 「Bela Lugosi's Dead」が緩やかな死の舞踏だとしたら、「Dark Entries」はアドレナリン全開の暴走です。
ダニエル・アッシュのギターは、スライドバーを用いたノイジーな下降音で「悲鳴」を上げ、ケビン・ハスキンスのドラムはパンクのスピード感で疾走します。
歌詞のモチーフは、オスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』です。
主人公ドリアン・グレイが、自らの悪徳と老いを「肖像画」に押し付け、快楽に溺れていく物語。ピーター・マーフィーはこう歌います。
I came in with a line, and I left with a rope (一本の線と共に入り、ロープを持って出て行った)
これは、コカインのライン(吸引)と、首吊りロープをかけたダブルミーニングとも解釈できます。
タイトルの「Dark Entries(闇の記述/入り口)」は、ドリアンが日記に自らの罪を書き記す行為を指しています。ピーターはこの曲で、「ナルシシズムと自己崩壊」という、ロック・スターの宿命的なテーマを予言的に歌っていたのです。
2. イアン・カーティスの影と「同志」としての共鳴
この時期(1979年〜1980年前半)、英国のポストパンク・シーンを席巻していたのは、マンチェスターのジョイ・ディヴィジョンでした。
彼らのボーカル、イアン・カーティスのバリトン・ボイスと、内省的で絶望的な歌詞は、バウハウスと比較されることが多くありました。
実際、両バンドの間には奇妙な共鳴がありました。
デヴィッド・Jの回想によれば、ある日、バウハウスのライブ会場にイアン・カーティスが姿を見せたといいます。
イアンは「Bela Lugosi's Dead」をいたく気に入っており、彼らのステージを真剣な眼差しで見つめていました。
イアン・カーティスは私たちのファンでした。彼とピーター・マーフィーの間には、互いに認め合う『何か』がありました。
二人とも、ステージ上で発作のようなトランス状態に入り込むタイプのパフォーマーだったからです(デヴィッド・J)
しかし、その交流は悲劇的な形で途絶えます。 1980年5月18日、イアン・カーティスは自宅で首を吊って自殺。23歳でした。
このニュースは、デビューアルバムの制作準備を進めていたバウハウスにも暗い影を落としました。
「死」を演劇的に扱っていた彼らにとって、イアンの死はあまりにも「リアルな死」として突きつけられたのです。
2.5. 疾走する実験室:Single "Terror Couple Kill Colonel"
1980年6月、アルバムに先駆けてリリースされたシングルは、彼らの実験精神と、バンドとしての加速を示すものでした。

3rd Single: "Terror Couple Kill Colonel"
発売日: 1980年6月
レーベル: 4AD
チャート: インディーズ・チャート5位
【解説】 タイトルは、FBIがドイツのテロ組織「バーダー・マインホフ・グル-プ(RAF)」の隠れ家を急襲した事件のニュース見出しから取られたと言われています。
不穏なタイトルとは裏腹に、楽曲は極めて軽快でアップテンポです。
デヴィッド・Jによる正確無比なベースラインが曲を牽引し、そこにダニエル・アッシュのギリギリと締め上げるような鋭角的なギターが絡みつきます。
「スパイ映画のサントラ」のような不気味な効果音や語りを挿入しながらも、あくまで「乗りの良い(Groovy)」ロック・ナンバーとして成立させている点に、初期バウハウスの演奏力の高さとセンスが光っています。
3. 焦燥のレコーディング:『In The Flat Field』
1980年の夏、バウハウスは1stアルバムのレコーディングに入ります。 場所はロンドンのサザン・スタジオ。
彼らはこの時、ツアーの合間を縫って録音しなければならず、極度の過密スケジュールの中にありました。
時間はなく、金もなく、経験もありませんでした。
あったのは、焦燥感と、自分たちを証明したいという飢餓感だけでした(デヴィッド・J)
彼らは「ライブの勢いをそのままパッケージする」ことを選びました。
オーバーダブ(重ね録り)は最小限に抑えられ、一発録りに近い形で次々と曲がテープに収められていきました。
プロデューサーを立てず、自分たちだけでセルフ・プロデュースしたことも、結果的にアルバムに「生々しい、未加工の」質感を与えることになりました。
ピーター・マーフィーは風邪を引いて喉の調子が悪かったのですが、それがかえってボーカルに荒々しい歪みと狂気を加えました。
特に1曲目「Double Dare」での、喉を引き裂くような絶叫は、完璧なテイクとは言えませんが、鬼気迫るものがあります。
4. 作品レビュー:Album "In The Flat Field" (1980)
そして1980年11月、バウハウスの記念すべき1stアルバムが世に放たれます。

1st Album: "In The Flat Field"
発売日: 1980年11月上旬(4ADの表記では11月3日)
レーベル: 4AD
アートワーク: デュアン・マイケルズの写真『Homage to Puvis de Chavannes』
【全曲解説とサウンド分析】
Double Dare 不協和音のギターと、地を這うようなベース。「I dare you(やってみろよ)」と挑発するピーターの声は、これから始まる儀式への召喚状です。BBCジョン・ピール・セッションの音源が使用されました(スタジオ版よりも迫力があったため)。
In The Flat Field タイトルの「平らな野原(Flat Field)」とは、故郷ノーサンプトンの退屈な風景を指しています。単調なドラムビートに乗せて、ピーターは退屈からの脱出を叫びます。ギターソロの代わりにノイズを撒き散らすダニエル・アッシュのアプローチが光ります。
A God In An Alcove アコースティック・ギターとベースが絡み合う、宗教的で荘厳な曲。ピーターは自身のカトリック的背景を反映させ、偶像崇拝と罪の意識を歌います。
Dive 2分間のパンク・ナンバー。T・レックスのリフを高速化したような、シンプルで暴力的なトラック。
The Spy In The Cab アルバムのハイライトの一つ。ドラムマシンによる無機質なビートと、ピアノの単音が不気味に響きます。歌詞は、監視社会(オーウェルの『1984年』)や、車載タコグラフ(スパイ)による管理をテーマにしています。
Small Talk Stinks タイトル通り「世間話はクソだ」と吐き捨てる、皮肉に満ちた曲。
St. Vitus Dance 「聖ヴィート舞踏病(舞踏病)」をテーマにした曲。痙攣するようなリズムと、早口でまくし立てるボーカルが、病的な興奮状態を表現しています。
Stigmata Martyr 最も論争を呼んだ曲。「聖痕(スティグマ)」と「殉教者」をテーマにし、ピーターはラテン語の祈りを唱えながら、十字架刑の苦痛とエクスタシーを歌います。ライブでは彼が十字架のポーズで絶叫するのが定番となりました。
Nerves アルバムを締めくくる7分間の大作。静かなピアノから始まり、徐々に崩壊していく精神を描きます。終盤の混沌としたノイズ・パートは、バンドの持つアヴァンギャルドな側面を象徴しています。
5. プレスとの戦争:「9つの無意味なうめき」
アルバムはUKインディーズ・チャートで1位を獲得し、商業的には成功を収めました。 しかし、主要な音楽プレス(NME、Melody Maker、Sounds)の反応は、冷酷を通り越して「敵意」に満ちていました。
特に有名(悪名高い)なのが、『NME』誌のアンディ・ギルによるレビューです。彼はこのアルバムをこう評しました。
興味の輪郭すら欠いた、9つの無意味なうめきとのたうち回り(Nine meaningless moans and flails without a contour of interest)
ヒップなふりをしたブラック・サバス
陰気なポーズだけの、中身のない連中
なぜ彼らはこれほど嫌われたのでしょうか? 当時の批評家たちは、ポストパンクに対して「社会的リアリズム」や「政治的メッセージ」(The Clash, Gang of Four, The Pop Groupなど)を求めていました。
そんな中、吸血鬼、殉教者、ギリシャ神話といった「演劇的な虚構」を歌い、化粧をしてステージに立つバウハウスは、時代錯誤で、知的ではない(Pretentious=気取った)存在として映ったのです。

「ボウイの二番煎じ」「ポーズだけのゴシック」。
これらのレッテルは、若きメンバーのプライドを深く傷つけました。しかし同時に、彼らの中に強烈な怒りと反骨心を植え付けました。
あのレビューを読んだとき、怒りで震えました。でも、それが私たちを団結させたのです。『世界中が敵なら、受けて立とうじゃないか』と。私たちはプレスを締め出し、自分たちの城壁をより高く築き上げました(デヴィッド・J)
彼らはインタビューで記者に対して攻撃的な態度を取り始め、ライブでは観客(と批評家)を挑発するようになりました。
この「孤立」こそが、バウハウスをより神秘的で、熱狂的なカルト・バンドへと育てていったのです。
6. アルバム・ジャケットの秘密
最後に、このアルバムのアートワークについて触れておきましょう。
ジャケットに使われたのは、アメリカの写真家デュアン・マイケルズの作品『Homage to Puvis de Chavannes(ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌへのオマージュ)』です。

全裸の男性が、巨大なホルン(あるいはメガホン)を吹いているモノクロ写真。 デヴィッド・Jはこの写真を画集で見つけ、「これこそが我々の求めているものだ」と直感しました。
それは、虚無に向かって叫ぶ人間の姿でした。
純粋なエネルギーの放出。そして、性別を超えた美しさ。
4ADのアイヴォも賛成してくれましたが、問題は使用料でした。
私たちは無名のバンドで、金がありませんでした
彼らはデュアン・マイケルズに手紙を書きました。
「私たちは金のない若いバンドですが、あなたの作品に魂を感じました」。
驚いたことに、マイケルズは「君たちの情熱に賭けよう」と、破格の安さで使用を許可してくれたのです。
このジャケットは、ゴシック・ロックの歴史において最もアイコニックなイメージの一つとなりました。
それは「暗黒」というよりは、「剥き出しの人間性」と「芸術への渇望」を象徴していたのです。
【Vol.3 あとがき】
第3回では、1stアルバム『In The Flat Field』の制作と、それに伴うプレスのバッシングについて描きました。
興味深いのは、当時の批評家たちがバウハウスを「シリアスぶっている」と批判したのに対し、メンバー自身は自分たちのユーモアやキャンプ(悪趣味な演劇性)を理解してほしかったというズレです。
バウハウスには常に、ボウイやT・レックスに通じる「グラム・ロック的な遊び心」がありました。
しかし、黒服と重厚なサウンドのせいで、世間は彼らを「笑わない陰鬱な集団」として崇拝(あるいは拒絶)してしまったのです。
この「誤解」は、彼らが海を渡ることでさらに加速します。
次回Vol.4では、1980年後半、初の北米ツアーへ。ニューヨークの猥雑な夜、イギー・ポップとの遭遇、そしてシカゴでの若き日の過ちについて。アメリカという巨大な「鏡」に映ったバウハウスの姿を追います。
(Vol.4へ続く)
※本文中の引用・描写は主に David J の回想録に基づき、必要に応じて文脈に合わせて訳語を調整しています。誤訳や取り違いに気づいた場合は適宜修正します。
【出典・参考文献】
本連載の執筆にあたり、以下の文献・資料を参照・引用いたしました。
■ 回想録(一次資料)
David J, Who Killed Mister Moonlight?: Bauhaus, Black Magick and Benediction, Jawbone Press, 2014.
■ 当時の音楽プレス(1979-1983)
Phil Sutcliffe, "Bauhaus: University of Surrey, Guildford", Sounds, May 24, 1980.
Andy Gill, "Bauhaus: In The Flat Field", New Musical Express (NME), November 8, 1980.
Mike Stand, "Bauhaus: Darkness and Degradation in Sound and Word", The Face, Issue 22, February 1982.
Paul Morley, "Bauhaus: Breaking Down The Walls Of Art-Ache", New Musical Express (NME), March 20, 1982.
Chris Bohn, "Ziggy Stardust: From Bowie To Bauhaus", New Musical Express (NME), October 23, 1982.
Helen Fitzgerald, "Peter Murphy: Searching for Satori", Melody Maker, October 8, 1983.
■ 回顧録・特集記事(2000年代以降)
Stephen Dalton, "Bauhaus: The Godfathers of Goth", Uncut, Issue 131, April 2008.
Julian Marszalek, "Peter Murphy Interview", The Quietus, July 26, 2011.
Martin Aston, "Bauhaus: A post-punk primer on 'The Godfathers of Goth'", The Vinyl Factory, January 16, 2019.
■ データ参照
Discogs (Release Data)
Official Charts Company (UK Chart Data)
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