迷いながら手を動かし、動きながら考える。
リサイクルショップのジャンクコーナーでPENTAX SMC 50mm f/1.8を見つけた。ぱっと見の外観は綺麗で、前玉も問題ない。ただ、後玉のバルサムが切れている。
それでもいい感じに味のある写真が撮れたらいいなという思いと、同じレンズを見つけてニコイチで復活させるのも面白そうだという好奇心からレンズを持ってレジに並んでいた。

自宅に帰って15分ほどかけて一通り清掃すると、やはりバスサム切れのレンズの曇りが取れない。このバルサムを煮沸したりして剥がすという荒技もあるというが、時間が取れないのと経年劣化の味を楽しむために一旦そのまま使うことにした。

Nikon Z6にK&Fのマウントアダプターを介してレンズを装着した。毎回思うけれども、KマウントのレンズとK&Fののマウントアダプターはデザイン的に非常に親和性が高い。カメラ関連で買って良かったものベスト10には間違いなく入ってくると思う。
春の陽気だった昨日と違い、少し濁ったような空と雲が浮かんでいた。

光もなんとなく淡くて優しさというよりも曇りのどんよりした雰囲気の方が強かった。
そのせいもあってか、なかなかシャッターを切っていてもしっくりこない。毎日カメラを持って歩いていると、その日のシャッターを切った時の感触そのものが心や身体のバロメーターになる。

ちょうどたくさんの仕事を抱えていたのに加え、その日に行きたいところに思うように行けずに気持ちがすっきりしていなかった。おまけに、家の細々としたことをしなければならず、仕事が思うように進まなかった。

そんな焦りのような気持ちも相まって、シャッターがなかなか決まらなかった。
それでも、夕焼けは綺麗だった。

夕陽を見るまで手を動かし続けていたこともあり、仕事が少し前に進んだこともあり、シャッターを切った瞬間の心は幾分午前中に比べて前向きだった。
結果的に、PENTAX SMC 50mm f/1.8はとても良いレンズだった。55mmという絶妙な焦点距離が撮り手の視点をより際立たせる。バルサム切れの薄曇りは極薄く影響しているようで、ブラックミストフィルターのように独特の世界観を作ってくれて逆に唯一無二の魅力を形成している。
写真にしても、noteにしても、ギターにしても、仕事にしても、こうして毎日続けられているということは、自分に多分合っているということなのだろう。
やまだくにあきさんが成果を出すためには「無意識の大量行動」を発見することが重要とnote記事で書いていたのを思い出した。
自分にとっての無意識の大量行動に、僕はぼんやりと気づき始めている。カメラとギター、そして書くことだ。だが、もっとそれぞれの中で明確に見える無意識の大量行動が、僕の中にあるはずだ。
苦痛に感じずに続けられている芯の部分を見つけるためには、やっぱり手を動かし続けて考えるしかない。いくつになっても人は迷いながら生きていく。考えながらまた手を動かし始めよう。

筆者:KOZO
1981年生まれ、岩手県出身。インハウスエディター。広報・カメラマン・ギター・楽曲制作も。日々の出来事や感じたことを書きます。Amazonアソシエイトに参加しています。
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