『来たれ!青藍高校マン研部!!』第六話:俺の入部
「じゃあ、お腹もふくれたことだし、新入部員である光君からの質問タイムとしましょうか!」
15分程、皆でポリポリやった後、伯母の一声で突如、俺の質問タイムが始まった。
いきなり振られても、何の用意もしていない。
こういう場合は、事前に考えておいてくれとか、そんな一言が欲しいところではある。
そして俺はまだ正式に入部を決めてはいない――。
「何でもいいわよ。」
部長のこの一言に、うんうんと頷く他のメンバー。
では遠慮なく、と、俺は口を開いた。
「じゃあ、この部って、普段、何してるんですか?具体的に。」
最も気になっていた事だったので、体は部長の方に向けながらも、誰に聞くともなく単刀直入に聞いてみた。
「おっと、そうきましたか。」
と、副部長がボソッとつぶやいた。
大門先輩は、伯母とコナ先輩の顔を代わるがわる見ている。
何やら、いきなり地雷でも踏んでしまったか――。
次の瞬間、ガタンと大きく椅子を引く音がした。
気がつくと部長が挑むような目と自信満々の笑みを浮かべてこちらを見ている。
「イの一番からその質問とは筋がいいわね光君。
ズバリお答えするわ。
私達はそう、毎日、マンガを研究したり、作ったりしているの。
『マンガ研究会』だもの、当然よね。
具体的にはそうね、部の活動時間について言えば、平日は放課後16時半から18時半の二時間、土日は午後を丸々使っているわ。
部活が始まったらまずはその日発売の新作をチェック。これは少年・少女・青年・サブカルなんかのメジャーどころのもので、週刊・月刊・不定期と色々ね。
それが終わったらマンガ作りに入るわ。
構想を練るのは大体私で、専門知識はヲタの巴、色恋はお水の大々だいだい、実際に形にするのは職人気質のコナが担当してくれているわ。
光君が入部したら、まずはアシスタントからスタートね。」
どこで息継ぎをしているのか分からぬ調子で、ここまで部長はよどみなく一息に説明を終えた。
説明を終えたばかりの部長は、目を見張ったまま満面の笑みを崩さず「他には?」と次を急ぐ。
他のメンバーは互いに顔を見合わせ、クスクス、にやにやと、面白そうに笑っている。
なるほど、俺は見事に部長という地雷を踏んでしまったようだった。
では致し方なし――。
俺は続けた。
「じゃあ、今はどんなマンガを描かれているんですか?」
その時、待ってましたとばかりに部長の口角が上がった。
「ふふ、今はね、そう、少年漫画の王道、ボーイミーツガールの大冒険譚を手掛けているの!
主人公は多くの少年少女が感情移入できるよう、多少、無個性に設定しておくとして、光君、君は、今時イマドキのヒロインに求められるものは一体何だと思う?」
……なんだって?
待て待て待て。
――ああ、確かに。
思い返してみればそうだ。
俺はもっぱら少年マンガか青年マンガしか読まないが、多くの主人公たちは、言われてみれば、物語中に登場する他のキャラクターより無個性に感じられる。
へぇ……。
今まで空気のように触れていたマンガというものをこんなふうに分析するという事自体、俺にとっては初めてだが、だからどうしたとはならずに興味を抱いてしまうのは、この部長故か――。
面白い――。
では一つ、考えてみよう。
部長が問う、今時のヒロインに求められるものとやらを――。
「ヒロイン」だ。
しかも男性向けマンガの。
となれば、やはりかわいいのは大前提だろう。
俺が知っているマンガのヒロインも軒並みかわいいのが揃っている。
では、スタイルはどうか。
これは意外とナイスバディでなくてもいいらしい。
なぜなら俺の知っているマンガでは、ナイスバディというのは、そういう設定のキャラクターが他に用意されていることが多いからだ。
ヒロインは、整ってさえいればナイスバディでなくてもいいらしい。
あと勿論、性格がよくなくてはいけない。
これはどのマンガにも共通しているから分かる。
こんなところだろうか……。
部長は先程からこちらを睨んだまま微動だにしない。それはまるで俺の一挙手一投足から俺の思考を読み取らんとするように――。
あまり待たせてもいけないので、俺はとりあえずの答えを述べた。
「えっと、かわいくて、スタイルが整っていて、性格が良いことだと思います。」
「おお、成程。」
俺の答えを聞くなり部長はにやりと笑ってそう言った。
さして動じるふうでもないので、予想していた範囲内の答えだったらしい。
「では光君、あなたは今、どうやって答えを出したかしら?」
どうやって……と聞かれても。
「普通に、自分が読んだことのあるマンガのヒロインを思い浮かべて共通する設定を述べましたけど……。」
ここで嘘をついても仕方が無いので、俺は正直に伝えた。
「それはどのくらい前に発売されたマンガかしら?」
部長は唐突に問う。
「家にあったり、友人から借りたりする程度なので、なんとも……。」
「最近じゃないわけね。」
「はぁ……多分……。」
「成程――。」
部長は続ける。
「光君、私は『今時のヒロインに求められるものは何かしら』と聞いたのよ。
あなたの答えじゃあ、不十分なの。
50点といったところかしら。
確かにヒロインも、主人公同様、基本的には整ってさえいれば余計な設定などは少ない方が、多くの読者を魅了しやすい。
それは確かだわ。だから50点は確実なの。
けれど『今時の』という点がミソね。
既に世に出ている雑誌は既に過去のもの。
過去の需要を分析しても『今時の』需要は見えてこないわ。
それなら現在進行形で売れているマンガを分析しなくては。
そして過去から現在に至るヒロインの設定の需要を並べてみることね。」
「あー、成程。」
言われて俺は納得した。
そりゃそうだ。
今は常に過去の延長にあるけれど、過去ばかり見ていても決して見えてこない。
チクリと、何かが痛む――。
とにかく、歴史であれ統計であれ、「流れ」で把握することは重要だと言われているし、確かなことは確かだ。
俺は素直に、下された50点という采配を受け入れることにした。
「そしてね、光君――」
部長は更に続ける。
「『今時の』と言う場合、多くは『これから流行する』という意味を含んでいるのよ。」
ああ、言われてみればそうだ。『今時の流行』なんて言われる時、そこには少なからず『今後、流行するであろう』という意味が含まれている。
で、あるならば。
部長の尋ねた内容も、『今時のヒロイン』に加え、『今後、流行するであろうヒロイン』という意味が含まれているということになる。
はて。
『今後、流行するであろうヒロイン』像など、一体、予想などできるのだろうか?
ものは試しに、予想してみよう。
仮に、過去から現在にかけて、ヒロインのセクシー度が上がっているとする。であれば、『今後、流行するであろうヒロイン』を、よりセクシーにすれば、より多くの読者を魅了できるのだろうか?
この考えは、一体、正しいのだろうか?
でも待てよ、セクシーと言っても限度があるから、いずれピークがくる。
そこまで盛り上げられるか、それまでに飽きられるかってことか……?
なんだか訳が分からなくなってきたので、俺はこの仮定を説明し、部長に助けを求めた。
「そうね、入部を前にして、かなり頑張ってくれたわね。
ご褒美に、このチップスを進ぜよう。
有難く受け取り給へ。」
「ははあ。」
俺は腰を折り両手を差し出し、実験机ごしに部長様の御手づから、うやうやしくチップスを一枚、お受け取りする。
「なーに小芝居してんの。」
すかさず、大門先輩のツッコミが入る。
俺も俺だ。ついノッてしまった。日頃から阿呆な姉の相手をしているせいだ。あいつめ。
「大々は、何だと思う?『今時のヒロイン』に必要なものって。」
割って入った大門先輩に、部長はすかさず水を向ける。
大門先輩は棒状の菓子を口に咥えたまま斜め上に視線をやり、
「やっぱ色気?」
と、言い放った。
「それならさっき光君が答えを出してくれているから却下。」
部長はぴしゃりといなす。
「えーっ。」
まだブウブウ言っている大門先輩をよそに、部長は巴先輩に質問を移している。
「そーだねぇ。やっぱり専門知識かなぁ。ヒロインに何らかのチートスキルがあるのって、今、流行ってるし。ヲタとしては専門知識を推すかなー。」
おお。
俺は唸った。
「成程ね。巴は大々と違ってちゃんと各雑誌、最新号まで読み込んでるわね。将来有望よ。」
大門先輩はすっかりふてくされて、左手で髪の毛をくりくりと巻きながら、右手で棒状の菓子を更に二、三、つまみあげてまとめて口に入れている。
「じゃあ、コナはどうかしら?」
コナ先輩は、先程から黙って他のメンバーのやりとりを眺めている。両手で抱えていたグラスの中は、もう空だ。
「私にそんな話、振られても。私、描く人だし。与えられた設定が活きるように、いかにキャラクターをデザインするか、コマを魅せるかで勝負してるから。管轄外。パス。」
抑揚のない調子でそう言うと、コナ先輩は空のグラスに新しくオレンジジュースを注いだ。ラベルには「発酵果実」と銘打ってある。
「そう言う部長さんはどうなの?」
伯母が部長に聞いた。
一同の視線が部長に注がれる。
「そうね、実は私も今まさにその点で頭を悩ませているのよね。
巴の言ったように、確かに近年、チートなヒロインは目に見えて人気があるわ。
往年の、ただ守られているだけじゃない戦うヒロインてやつがね。
それは、少年・青年マンガの女性読者が増えていることと無関係ではないでしょうけど。
それにしたって、あくまでも少年・青年雑誌だから、ヒロインは、決して主人公をしのぐようなチートであってはいけないの。
なにかしら、主人公がここぞという場面で守るようなシチュエーションが物語のカタルシスとして必要だから、ヒロインには弱点が必要なのよね。
要は、その辺りのパワーバランスや設定を、どうするか――。」
へぇ、と思った。
近年の少年・青年マンガでは、そういうふうになっているのか、と。
「別に、探せばあるよ。『甲殻』とか『幼女戦記』とか、ヒロインがチートもの。」
そう部長に投げかけたのは巴先輩だ。
突然、部長が勢いよく両手を実験机につき、にぶい音が響いた。
思わず周囲を見回すと、部長以外のメンバーは顔を見合わせ「やっちゃった」感を共有している。
どうやら巴先輩は、部長の特大の地雷を踏み抜いてしまったようだった。
「馬鹿ね、あなた!」
部長は仁王立ちになり巴先輩のみならず、この場にいる一同を丸呑みにしそうな勢いで目を見開いている。
「あれは男性主人公不在だから意味があるの。
いえ、当の女性主人公が男性らしいから意味があるの。
ここにいる全員、殿方のことを何も分かっちゃいないわ!
殿方はね、とてもデリケートなの。
女性が女性のまま強く在ることに耐えられないほどにね!
『攻殻機動隊』の女性主人公である「少佐」が全身サイボーグである理由は?その上で、何故彼女は「女性らしい」性格ではないのかしら?
『幼女戦記』の主人公である幼女の中身が、実は男性で歴戦の戦士である理由は?
あなた、これらのコンテンツが青年誌で連載されていた理由を考えたことあって?
殿方はね、とてもデリケートなの!
配慮に配慮を重ねた上で、いかにご満足していただけるか!
それが、我が青藍高校マンガ研究会の存在意義なの!
その層を落とせば、もれなくヲタ女もついてくる!
ひいては一般層も!
今までは、殿方を喜ばすことのできる、そんなコンテンツは殿方しか描けないとされてきた!
けれど!
私達は女性という武器を使って、敢えてそのブルーオーシャンを攻めるの!
女が描いたとバレてはダメ!描いた上でならオーケーよ!
誰がどう見ても殿方の手によるコンテンツであると判断されなければならないわ!!
私は、この道こそ、私の一生をかけて余りある道だと信じてやまないの!」
……おそらく、この時の俺をコナ先輩の画力で描いてもらったら、口から魂が飛び出し、目は白目をむいていたろう。
『殿方のことを何も分かっていない』?
『私達は女性という武器を使って』?
そう聞こえたが、聞き間違いだったろうか――。
「あの、やっぱり俺――」
「入部をやめようと思います。」と言い切る前に、部長が唾を飛ばして、なかば叫ぶように放った。
「許しません!!」
再び激しく鳴らされる実験机。かわいそうに。
だいぶ引き気味の俺とは対照的に、他のメンバーは、今度は「やれやれ……」といった空気を共有している。
他人事だと思って……!
「光君……」
助け舟か、一番話の通じそうな巴先輩からの呼びかけがあった。
「あきらめなさい。」
――!!!
「こうなったら部長、誰にも止められないから。」
そう言って菓子に手を伸ばすのは大門先輩だ。
こちらは完全に楽しんでいる様子が伺える。
そして、我関せずのコナ先輩と伯母。
コナ先輩は、おそらく天然で俺の進退に興味が無く、伯母に至っては計画通りとても内心ほくそ笑んでいるように見て取れる。
「大丈夫。
光君は男性。
それは重々承知しているわ。
男性、つまり『殿方』。
当たり前だけれど、この中で唯一の殿方であり、一般的に女性より論理力に優れていると言われる殿方であり、殿方の肉体を持ち、一般的に女性より体力のある殿方。
ええ、重々承知しているわ。
だから光君、あなたは女ばかりのこのマン研に、どうしても必要なの。
とても良いアシスタントになって下さると期待しているわ。
だから光君、ご理解の程を、宜しくお願い致しますわ!」
このくだりを聞いた瞬間、俺は全身に鳥肌が立った。
特に『殿方の肉体を持ち』のくだり。
お水の大門先輩もいることだし、マンガ的表現を使えば、「俺って、どーなっちゃうの!?」となるが、後で家に帰って伯母に聞いたところ、この時の俺は、本当にかわいそうな笑みを浮かべていたらしい。
ともあれ、こうして今日という日は、後から思い返してみても、それまでの人生で最もクソな日として胸に刻まれたのだった。
了
『来たれ!青藍高校マン研部!!』第一話:はじまりの、朝|くさかはる@五十音 (note.com)
『来たれ!青藍高校マン研部!!』第二話:いつもの、ランチ|くさかはる@五十音 (note.com)
『来たれ!青藍高校マン研部!!』第三話:いざ、マン研部へ!|くさかはる@五十音 (note.com)
『来たれ!青藍高校マン研部!!』第四話:自己紹介|くさかはる@五十音 (note.com)
