不正解な家族【不登校からアメリカ留学】それぞれの海図を手に
「よっしゃあー!」
令和八年二月、立春の朝。
「合格」と書かれた英文のメールの画面を見て、十四歳の息子が飛び上がった。
小一から不登校、自宅で独自の学びを続けてきた息子が、自力でアメリカのボーディングスクール(寄宿制高校)に合格した。
しかも、彼の努力が認められ、年間一千万円を超える学費を半分にまで減らせる「返済不要の奨学金」という奇跡までついてきた。
人生最大級の歓喜に震え、合格ダルマに力強く目を入れた。
「よーし!いよいよアメリカだ!」

合格の歓喜、まさかの報せ
五日後。
単身赴任していた夫が無職になりそうだと報せが入った。
天国から地獄へ。
真っ逆さまに落とされた我が家。
電話でしばらく沈黙が続いた。
でも、大丈夫!
私たちは、“世間でいう普通“から外れ社会に揉まれながらサバイバルしてきた。
これは、ロバ売りの親子みたいに他人の正解を試すのをやめた家族三人の話。
家族三人それぞれが自分の人生を歩き出すまでの実話だ。
もし今、SNSを見て「うちも何かしなきゃ」と不安になったり、スマホを駆使して検索したり、AIに質問を繰り返したりしているなら。
この話を読んで、ほんの少しだけでも、その心を軽くできたら嬉しい。
「小学生で英検一級合格」
SNSに流れてくるこの言葉を見るたび、私はスマホを閉じられなくなっていた。
「小学生で英検か。」
「息子にも受けさせた方がいいのかな。」
当時小五だった息子は、英語が好きで洋書を読んだり映画を観たり。
オンライン英会話では、外国の講師からリアルな英語をのびのび吸収し、発音を褒められて、まさに伸び盛り。
英語教育の世界は情報が多すぎて、私はいつの間にか、“他人の正解”を探すようになっていた。
私が朝晩見ているSNSの画面には、“小学生の早いうちに英検を受験した方が良い派”の意見ばかりが流れてくる。
私は“遅れているかもしれない側”に立っていて、気づけば深夜もSNSを開いていた。
“合格を報告する眩しい言葉“を毎日のように浴びていた私は、“子どもで居られる時間“はとても短いという意味を、違うニュアンスに上書きしていった。
“インパクトのある肩書きを付ける“には、悩んでいる暇などない、急がないと。
エコーチェンバーの海で、私は漂流していた。
後悔したくない気持ちが強くなっていく。
息子も、きっと前向きに取り組むだろうと思った。
楽しそうに海外のYouTubeを見て笑い転げゲームを英語設定にして楽しんでいる。
書店や図書館で見つけた洋書を読んでは、嬉しそうに「お母さん、この話めちゃめちゃ面白いよ。」と、私に教えてくれたりしていた。
息子は、三歳の時に不登園になり、転園したり引っ越ししたり。
ようやく見つけた自由を謳う私立小学校も一年生の五月から不登校になった。
“息子は学校は合わない“のだなと理解し納得し、復学は諦め、夏休み明けからはホームスクールを選択していた。
私は、息子のホームスクーリングのサポートをすることになり、デ・スクーリングやアンスクーリングという考え方を知った。
それを目指しつつ“興味のままに学びを深めたり広げたり、派生させていく息子“に並走しようと、全力で走りまわった。
英語は、世界への扉だと信じていた
私はもともと、教育熱心なタイプではないと思う。
反対に、夫は中学受験経験者で「我が子にも中学受験をさせたい」と妊娠初期から繰り返し言われたりしていた。
しかし、私たち夫婦は息子の不登園や不登校を経て学んだ。
「楽しく自分らしく生きてくれたら最高」だと、今では思っている。
そんな私でも、英語は身に付けた方が良いと考えていた。理由は単純だ。
英語が話せると世界は大きく広がるからだ。
私自身、英語では苦労した。学生時代に英語の発音を笑われてから、ずっと苦手で、恥ずかしくて上手く話せない。
仕事で海外出張に出掛けても、笑顔で話しかけてくれているのに、愛想笑いとジェスチャーだけで声を出すことなく、通訳に丸投げすることがほとんどだった。
海外旅行先では、とりあえず笑顔で、知っている単語を繋ぎ合わせただけでも、何とか通じてしまっていた。
実際には、通じていなかったかも知れないが、度胸があれば大丈夫、何とかなるものだと軽んじて、積極的に英語を学ぼうとしてこなかった。そんな自分が、今は少し悔しい。
「我が子には、もっと世界を、もっと自由に歩ける人になってほしい」と思っていた。
夫が早期英語教育を勧めて来たとき、私も納得して“胎教からの英語“を試してみることにした。
今でいう“おうち英語“。家庭の中に、自然と英語がある環境を整えた。
息子は、想像以上に英語を楽しみ始め、あっという間に私たち親の英語力を超えて「英語をもっと喋りたい」と言い出した。
小さい頃から日常的に、“勉強”じゃなく“楽しい”で英語に触れてきた息子。
息子が本を読みながら突然、英語で大笑い。
「このジョーク分かる?お母さん」
「えっ、分からない。どういうこと?」
説明されても、私は何も分からないのだが、息子は本当に楽しそうに、英語の世界で様々なことを学んだ。
しかし、英語を身に付けても、英語を使える場所がないのが息子の悩みだった。
オンライン英会話とは違う“本物の英語“に触れたい、触れさせてあげたい。
息子が小さい頃からハリウッド映画に憧れていたこともあり、小三の時にアメリカ・LAへ四泊六日の家族旅行に出掛けることにした。
息子は、レストランでの注文や買い物をする中で積極的に英語を使えて満足顔。
電車の中で、日本語を勉強中だという大学生に声を掛けられた。
英語を勉強中の息子と二人で、互いの目的地に着くまでの間お喋りしてみることになった。
「ちょっと聞き取れなくて、会話にならない時もあったから、もっと話せるようになりたいな。」「いつかLAに留学してみたいな。」
息子は、失敗からも学び成長していた。
息子の世界はどんどん広がっていき、やってみたい“楽しい“気持ちが次々と芽生える。
英語が出来ない私には“分からない“見えない世界。
私は、SNSで検索をしはじめた。
“正解“の方向へ。
最初は参考になる情報ばかりだった。
英語絵本、洋書、英語アプリ、英語ゲーム、英語YouTube、良い情報が溢れている。
「へぇ!こんな教材があるんだ!」
「なるほど、このやり方は面白そう!」
私は夢中になるあまり、流されていることに気づかなかった。最初は純粋に楽しかったのに、気づけば夜もSNSを見てインフルエンサーをフォローしてまわっていた。
英検の結果が出る時期になると、息子の前でさえもスマホを閉じられなくなって、何か話しかけられても、「わかったよ。あとでね。」と言いながら画面から目を離せなかった。
「うちはもう五年生。今からだと遅いかな。」「ちょっと出遅れたかも。」
気づけば、“英語を楽しむ”ことより、英語力を“数値化”することへと価値観が切り替わっていた。
そして誰かが勧める教材を、迷わず購入するようになっていた。
はじめての試験会場
息子が小五の秋、中古の過去問を五百円で買った。書店で息子が手に取った時、不思議な高揚感があった。
「よし!一歩進んだ。これで大丈夫。」
“みんなやっている英検“
「やるなら小学生の今だ」と、そう信じこんでいた。
三級の過去問は、私の予想通りスラスラと解けた。息子も楽しそうに取り組んだ。
よほどの事がない限り合格は間違いないだろう。
腕試しと自信を付ける為に、二人でパソコンから申し込んだ。
十月、試験会場へ向かった。
私たちが行きたい方向へ、同じく歩く人々。小さなリュックを背負った子がたくさん。
多分これから英検を受験するのだろうな。
合格してもしなくても“良い経験“になるはず。息子の“はじめてのチャレンジ“にちょっと嬉しく誇らしい気持ちになった。
門をくぐって直ぐ、無言で並ぶ長い受付の列が目に入り、いきなり圧倒された。
息子は、流れに乗り受け付けを済ませた。
私たちは、会場を探しながら階段を登った。途中で、泣き出してしまいそうな小さな子をなだめようとしている親御さんの側を通り過ぎた。
息子が受ける三級の部屋に入り、席に着いた。静かに単語帳を見る子、お母さんに励ましてもらっている子、全員小学生。
私は、息子より緊張していた。
「大丈夫、大丈夫。」「もしも、鉛筆や消しゴムを落としてしまったら先ず落ち着いて。」「慌てて自分で拾わずに、手を上げて先生に拾って貰ってね。」
私は、繰り返し息子に伝えた。
「別に緊張してないよ、お母さん」
「大丈夫だから、もう行って良いよ。」
息子は、新しい挑戦にワクワクしていた。
試験終了後、息子はスキップしながら私の方へ跳んで来た。
「リスニングは多分満点!」
楽しそうに話す息子。
息子は、私よりずっと度胸があった。
「英検は、めちゃめちゃ楽しかった!」ご褒美にアイスを食べながら、次も頑張りたい気持ちが芽生えた。
安心を買いに、英検沼へ
英検は、止まれないのかも知れない。
合格した喜びは一瞬。
合格通知を見た瞬間は嬉しかった。
でも、すでに“次の情報“を探していた。
三級に合格すると、「次は準二級」となる。
準二級に受かると、「じゃあ二級も」となる。
一級を取得するまで、終われない。
言葉にならない苦しさ。
少しでも早くその「安心」が欲しかった私は、五級四級は受けず、三級の後は準二級もワープするように、すっ飛ばした。
自由に気楽にパソコンで受けられる英検S-CBTに切り替えた。
更に、大急ぎで二級と準一級を立て続けに戦略的に受験することにした。
英検S-CBTに切り替えたことは、息子にとって転機となった。
キーボードを小気味よくパチパチと叩きながらエッセイを書く方が、彼らしく学べて一気にテンションが上がっていたようだ。
英語だけではなく、これからの“AI時代“を生きる力にも広がっていく感覚があった。
「ここでやめよう」などと、思いもしなかった。
私は愛する息子ではなく、スマホの中の"誰かの子ども"を必死で追いかけていたことに全く気付かなかった。
教材と過去問が増え、スケジュール帳が英検までのカウントダウンで埋まった。
「教育費は将来への投資」と言いながら、 私はただ自分のために、買えるはずのない“安心”をどうにかして手に入れようと、ただやみくもに藻掻いていたのかもしれない。
英検中心の生活になると、“英語そのもの”の在り方が少しずつ変わっていく。
代わりに増えたのは、単語暗記と過去問対策だった。
「あれ……?何かおかしいな?」
「でもやらないと後悔する気がする」
「どっちが正解なの?」
息子が英検に落ちることが怖かったわけではない。“親として不正解“だと、認めることが怖かったのだと思う。
SNSが映していたのは、息子の未来ではなく、私自身の劣等感だった。
英語が好きで、“世界を広げるため“に始めたはずなのに、いつの間にか“間違えないための勉強“になっていることに、徐々にに気づきはじめた。
“楽しい“を失うと遠回りになることがある。
私はその意味を理解していなかった。
小学生で一級の違和感
ここ数年、“小学生で英検一級”は、珍しくなくなったが、それでもやはりニュースにもなるし、SNSでも拡散される。
“小学生で英検一級“を目指し、過熱する渦中に居ながら、私は少し違和感を感じるようになっていた。
息子が使っている英検一級のテキストをパラパラとめくってみて、ハッとした。
「これは、子ども向けの試験ではない」
誌面に並ぶのは、政治、経済、医療…
単語の知識だけでなく、社会への背景知識と論理的な思考力が求められる、大人向けの試験だった。
それを小学生に“攻略“させることに、私は猛烈な違和感を抱くようになっていった。
もちろん小学生でも理解できる子はいるが、多くの場合は“試験攻略”が必要になる。
英検一級対策動画を熱心に見て、難しい領域に入るほど、“楽しさ”より“攻略”が前に出ていく。
“英語を楽しむ“よりも“間違えない英語“へ寄りやすくなっていく。
私は、戸惑いを感じてSNSを検索する手を止めた。
好きなゲームをして、面白い動画を見て、海外のミームで笑って、意味が全部は分からなくても、“面白い”から英語を続ける。
その時間こそが、当時の息子には大事だったのではないかと。
もちろん、英検そのものに価値がないわけではない。
息子の貴重な時間を奪う結果になってしまったことや、知らぬ間に“他人の子の実績”を見る時間が増えて、大切な息子とのコミュニケーションが浅くなってしまっていたのを、深く悔やんだ。
麻痺していく金銭感覚
島国日本。
英語教育は、本当にお金がかかる。
オンライン英会話、英検受験料、教材費、英語イベント参加費、留学費など。
今は、AIの登場によって英語教育にかける費用はぐんと抑えられる時代だと思う。
“正解が見えにくい”英語教育。かけた教育費は、不安の証みたいになっていたのに、私はそれを“前進している証拠”だと思い込んでいた。
最初は数百円、数千円だったが、だんだん感覚が麻痺していく。
本棚の中に、一冊三千円を超える高価な“教材や問題集“が増えていくのが歓びだった。
「ここまで来たらやめられない」
「もう少しで上にいける」
車で隣の市まで、インフルエンサーおすすめの教材を求めて書店をハシゴした。本棚は埋まるのに、不安は埋まらなかった。
見栄、比較、不安。
遅れたくない感情は、大金を動かす。
クレジットカードの請求画面を見て、「うわ、やばい。」私は、しばらく動けなかった。
我が家の場合は、“将来的に何を目指すか”がきちんと整理できていなかったが故に、貴重な時間もお金も無駄にしてしまった。
だから今、昔の私みたいに沼にハマっている親御さんには、一度立ち止まってほしい。
その出費は、本当に“今”必要なのか。
その不安は、SNSに煽られていないか。
もちろん、早くからの英検受験そのものを否定したいわけではない。
子どもの成功体験になることもあるし、英検がモチベーションになる子もいる。
私は、時間もお金もかなり節約していたつもりだった。
それなのに、私はいつの間にか節約など眼中になく「小学生で一級合格」を手に入れる為、準1級と1級を並行して勉強する計画を立てて空回りしていた。
攻略や問題演習ばかりになっていた時、息子の疲れが声に出た。
「また、過去問か〜」
つまらなそうな息子の声に、私はページをめくる手を止めた。
「あれ…違う方向に行ってる?」
「楽しくなくなってる?」
「これ、本当に息子のため?」
あんなに楽しそうだった英語が “やらなきゃいけない勉強” に変わりかけていた。
私は急に怖くなった。
ここで嫌いになったら本末転倒じゃないか!ようやく気付いた私は、慌てて急ブレーキを踏んだ。
学校に行かない選択をして、アンスクーリングを目指して息子の個性を守っているつもりだったのに。
私は何に突き動かされて“安心“を手に入れようとしていたのだろう。
“子どもの未来のため”と思いながら、SNSに没頭していた私。
目の前の息子ではなく、画面の向こうにいる知らない誰かの子どもばかり見ていた。
いつの間にか私は、息子の成長よりも“数字“を求めていたのだ。
英語力の数値化に、何故こんなにも執着してしまったのかと、情けなくなった。
後になって知った。
あれほど英検に熱狂していたのに、息子が目指していた海外進学で必要だったのは、英検ではなかったのだ。
必要なのは、TOEFL、IELTS、Duolingo English Test。
英検一級を取っても、海外大学の入学資格になるわけではなかった。
私は息子の手をひいていたのではなく、息子の足を引っ張っていたのだ。
反省して、息子に謝った。
方向転換しよう。
息子は、少しずつまた英語を楽しみ始めた。
「YouTubeを、自分でやってみようかな?」
AIを使ってお話を作って読み上げたり、勉強実況動画などにも挑戦しはじめた。
私は、息子がAI動画を編集したりする様子を少し離れたところから見ていた。
「やっぱり英語で喋るの楽しい!」
息子が興奮気味に話す声に、私は久しぶりに安心した。
私はSNSの海で漂流していたのに、息子はとっくに自分の海図を見つけていたのかもしれない。
英検S-CBTで準一級は合格。
本会場で大人に紛れて挑んだ一級は落ちた。
家族会議を開き、再受験はしないことにした。
その代わりに、アメリカのホームスクーラーが利用しているオンライン学習を開始した。
日本の公教育とは違う、単位制だ。
好きな分野の勉強を英語で学んで、高校卒業資格を得られる。
勿論、大学に進学することも可能なのだ。
不登園、不登校からのホームスクーラーだった小六の息子だが、オンラインでアメリカの中学生になれて嬉しそうだった。
自分で海図を広げるとき
英検準一級取得から、丸一年が過ぎ。
息子は中一になった。
英語でボードゲームをするイベントや、zoomでお喋り会を企画して開催したりしてはいたが、人が集まらず思うようには行かない。
英語で話せる友達が欲しい。
そこで、息子主導でワールドスクーリングを計画することを提案した。
「どれくらい話せるものか腕試しをしよう」
母子二人、三泊四日で近場のグアムに行くことになった。
ホテルのチェックインや、レストランの注文から支払いまで、中一の息子にまるっと任せてみた。
受け付けカウンター越しに、ちょっとクセのある早口の英語。
「訛りも、オンライン英会話で慣れていたから理解出来たよ。」と、目をまるくして歓ぶ。
レストランでは、料理を幾つか注文する時にどんな料理か?店員に聞いたりもした。
リラックスして食べながら、やはり英語はテストのためだけのものじゃないなと、改めて思った。
白い砂の美しいビーチで散歩。
挨拶をしたら、日本人?と声を掛けられた。この後、サーフィンをするというおじさんとお喋りがはじまり、話している間に空に虹がかかったのを見つけてみんなで大騒ぎした。
アイスクリームを買いに行った先では、同年代の子たち10人ほどのグループが居た。
息子に積極的に話しかけるミッションを提案してみた。
好奇心旺盛な息子は、グアムの学校ではどんな音楽が流行っているの?などと尋ねた。
ビーチバレーの練習の合間だったらしいが話が盛り上がり、あっという間にアイスが解けた。
そうした経験から、息子は更に情熱的に自ら英語で話しかけていけるようになっていた。
「短期留学でも構わないから、アメリカに住んでいる同年代の子と仲よくなりたい!」
息子のその強い想いに背中を押されるようにして、私たちは動き出した。
そして、中二の夏休み。
息子は大好きなLAへ、一人で“10日間のぷち留学体験“へと旅立っていった。
世界へ漕ぎ出す
プチ留学を経験してきた息子は、帰国後すぐに、ある重大な決意を口にした。
「お母さん、僕、アメリカのボーディングスクール(寄宿制高校)に行きたい。」
私は驚いたと同時に、「やっぱりそうか」とも思った。
アメリカのボーディングスクールは、勿論調べていた。
反対はしないけど、大学からで良いのでは?
でも、息子は諦めず本気を見せはじめた。
行きたい学校探しをしたり、留学説明会を探して一緒に出掛けたり。
私たちを説得して自ら行動しはじめた。
行動すると、壁にぶつかる。
先ずは、お金。
アメリカのボーディングスクールは、年間一千万円を超えるらしい。
とりあえず、お金の話は後回し。
息子が本気なら、親の私たちが何とかする。
学力は、オンライン学習で証明出来そう。
エッセイを書いたり面接も必要だ。
壁にぶつかる度に、成長していく息子。
行きたい学校は幾つかあったが、さすがに学費が高過ぎる地域は難しいと、悲しい現実が振りかかる。
諦めずに、違う地域を探したり、アメリカのランキングサイトから金銭的に行けそうで、自分が行きたい大学への進学率が高い高校を探す日々。
プリントアウトした学校のデータが、部屋のあちこちに散らばっていた。
「この学校、楽しそう!」
息子はただ憧れるだけでなく、自分がアメリカでどう学び、どう生きたいのかを想像したり、深く自問自答するようになっていった。
かつて私が英検の過去問を無理やり解かせていた頃とは全く違う姿に、成長していた。
英語でのやりとり、学校選びから、膨大な英語の書類作成、自己アピールのエッセイ執筆、そしてオンラインでの面接。
中二の息子は自らの意志で、粘り強く出願の手続きを地道に進めていった。
壁にぶつかるたびに、息子の背中が少しずつ大きくなっていく。
私は、ちょっと遠くから見守りながら寂しさも感じた。
「ああ、英語って本当に人生を変えるんだな」
行きたい学校を決めて、問い合わせのメールを書くタイピングの音。
“時差をこえ早朝にZoomで面接を受ける日“などがようやく決まっていった。
夜明け前、“英語で話す息子と面接官“の声が隣の部屋から聞こえてくる。
私は、なるべく静かに、温かい飲み物を用意しながら耳をそばだてた。
面接官の先生とは、終始リラックスして楽しそうに笑いながら映画の話やハリウッド俳優の話題で盛り上がり会話が途切れなく続いていた。
たまに聞き取れなかった時は聞き返したりして、自分の考えを言葉にしていく。
扉越しに聞こえるその声を聞きながら、ハラハラと心配する気持ちなど、すっかり消えていた。
不安で焦っていた以前の私は、もういなかった。
三月末。
ほとんどの荷物を手放し、段ボール箱を抱えた夫が、私たちが住む小さなアパートに転がり込んできた。
部屋が一気に狭くなり、生活も変わり苛々するだろうが、これまで必死に頑張ってきた夫を責めたり、追い詰めたりしたくはなかった。
ネガティブな出来事ではあるが、“三人家族の最後の日々のはじまり“だと前向きに感じた。
私は息子を安心させたくて大袈裟に伝えた。
「とりあえず、貯金があるから大丈夫〜!」
夫の人生は、夫のもの。
家族のために働いてきてくれたからこそ、焦らずに本当にやりたい仕事で復職して欲しい。
息子の人生は、息子のもの。
子どもの為なら親は何だってするから、安心してね。
私も、自分で稼げるように頑張るよ。
そんな風に自分に言い聞かせた。
「だけど、私に何ができるんだろう?」
私は、専業主婦歴十八年。
十四年間を、子育てに注力してきた。
悩んで、泣いて、調べて、失敗して、また泣いて、また立ち上がってきた。
その経験には、価値があるはず。
誰かの灯台になれたなら。
子どもが成長すると、親は急に取り残され、
気づけば、自分の人生が空っぽになっているという。
私も、“空の巣症候群“になるかも知れない。息子が海外へ行ったあと何が残るのだろう。
子育ての備忘録として書いていたnote。
自分の人生を振り返り、整理していった。
無駄に悩んだこと、馬鹿だなと反省して泣いたこと、時間が足りないと焦ったこと。
「ああ、この時間は、全部必要だったんだ。」
不登校で悩んだことも、英検に振り回されたことも、クレジットカードの請求額を見て青ざめたことも。
今なら、少し笑って話せる。
焦らないでと伝えたい。
“楽しいほうがうまくいくよ“と伝えたい。
SNSには極端な成功例が並ぶ。
でも、その裏には見えない時間があるものだ。
迷いも、不安も、揺れもある。
今年の夏、息子はアメリカのボーディングスクールへ旅立つが、挑戦は次のステージに進んだだけで、まだはじまってもいない。
明るく振る舞ってはいるが、不安な気持ちは勿論ある。
それぞれの人生が始まり、その距離は変わっても関係は続く。
息子は息子の人生を。
夫は夫の人生を。
そして私も、私の人生を生きていく。
他人の正解を追いかけていた昔の私とは、もう違う。
“破天荒な我が家”
現実を受け入れて、自分達のペースで。
焦らず、楽しく、永く。
だから、もし今、同じように不安になっている人がいるなら。
その気持ちは間違いじゃない。
でも急がなくてもいい。
“子どもでいられる時間”は思っているより短い。
子どもが笑って英語に触れているなら、それはもう十分な学びだ。
“遠回りにも見えるその時間こそが、大切“なのだと後からわかる。
我が家も、まだまだこれから。
家族三人それぞれの“挑戦の旅”は、今も準備中だ。
私は最近、スマホひとつでYouTubeをはじめた。
息子に操作を教えてもらいながら「あの頃一緒に始めていたら良かった」なんて愚痴を言いながら。
挑戦の大きさは違うけれど、私も同じタイミングで新しい海へ漕ぎ出そうと動き出した。
昔の私は、海図は読むものだと思っていたが、進んだ人にしか描けないものだと、様々な経験をしてよくわかった。
誰かの正解を探してスマホを見続けていた私だが、今は自分の航路を描いて進んでいる。
自分の言葉を届けるために喋り続ける。
まだ慣れないし失敗も多い。
もの凄く怖くて、自由。
怖さごと、進みたい。
