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【ハッピーライティングマラソン】#5 あなたは子供のころ、どんな本を読んで、何を感じましたか?

ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣ごきたゆたかです。

#本田健 さんの #ハッピーライティングマラソン 企画に参加しています。

週1回お題が出て、それに対して自由に書いていくというもの。

今週のお題は、
「あなたは子供のころ、どんな本を読んで、何を感じましたか?」

では、書いてみましょう。

子供の頃に、本は読んでいない。。

今回の質問の答えは、

子供の頃は、本を読んでいません。
ゆえに、本を読んで感じたこともありません。

に、なります😅

…で、終わってしまうと、寂しいし、意味がなさげなので(笑)、
質問されて、思ったことを振り返ってみます。

まず、子供の頃に、自分の周りに、本を読むという環境がありませんでした。

本なんか全く読んだことないし、家に本なんか全くありませんでした。
親に絵本を読んでもらった経験もないし、本というものが自分の身の回りには、ありませんでした。

これに関して、寂しさや恥ずかしさや劣等感も昔はあったのですが、今は克服して、事実として受け止めているので、何も思いません。大切なのは、今とこれから、何をしていくかだと思います。

家に唯一あった本は、漫画くらいです(笑)
漫画を読んでいた時は、ワクワクしていました😁

「ドラゴンボール」と「スラムダンク」と共に育ちました!

ただ、微かに記憶はあるのが、小学校の時の図書室は、憧れの場所というか、好きな空間だった記憶があります。

静かな空間。本の匂い。
四方をたくさんの本に囲まれた空間に、自分の知らない世界がそこにあるような気がして(まるで宇宙のような無限の拡がりを感じた)、ワクワクした記憶があります。

今では、壁一面の本棚が自宅にあり、日々癒され、ワクワクしています。

ただ、結局、外で遊ぶ方が好きだったので、本を読んだ記憶はほぼないのですが、たまに昆虫図鑑とか植物図鑑とか見ていた記憶はあります。辞書を見るのも好きだった気がします。

それで、知らないことを知る楽しさ、ワクワクを感じていた記憶が微かにですが、あります。

興味はあったけど、習慣はなかったという感じですかね。

本を読み始めたのは、大人になってから

本も読まず、勉強もほとんどしてこなかった私は、自己肯定感の低さと劣等感を払拭すべく、専門デビューを果たそうと、めっちゃ勉強&本を読むようになりました。(詳しくは、こちら↓)

そこから、少しずつ自信を取り戻しつつも、また挫折して、、を繰り返し、読書を通じて、こころが救われ、癒されていきました。

私にとって、本を読むことは、心の拠り所のようなものとなりました。

読み始めて感じたのは、、

子供の頃、本を読まなかった私が、大人になって本を読み始めて感じたのは「癒し」でした。本の言葉に、著書の言葉に救われたのです。絶望から救ってくれたのです。

※稲盛和夫さんの「働き方」と「生き方」でした。

その後、週に1冊ほど読むようになった時に感じたのは、確実に成長していく自分の姿でした。

日々、知らないことを知っていく楽しみ、無知な田舎者の自分に恥ずかしさを感じながらも、無知な自分に劣等感を感じながらも、真っ白なキャンバスに絵を描いていくような楽しみ、無限の可能性を感じ、ワクワクしてました。自分の可能性を信じられるようになりました。

さらに、年間300冊、500冊、600冊と読むようになった今は、ワクワクというか、瞑想に近い時間になっています。もはや、生活の一部になり過ぎていて、本を読まないことがあり得ません。

本を読むことは、とにかく自分と向き合う時間だし、人間力が高まっていく充実感、ととのえ職人としての次元がさらに上がっていく喜びと楽しみがあります。

ちょうど、読書関連の話は別の記事を書いているところでしたので、タイミングがドンピシャで、笑ってしまいました(笑)

所感

今回の質問は、きつい。なぜなら、子供のころを思い出さないといけないから。子供のころに、良い思い出がないから。

質問の意図としては、過去の自分と向き合い、自分というものを知ること、というのはわかる。

ただ、幼少期がどんなものだったかは、だいぶ人によると思う。良い思い出がないという人も多いのでは?私の場合は、それに対して、すでに向き合ってきたので、感情に振り回されずに書けましたが、今回初めて過去と向き合う人には過酷な質問だろうなぁと感じました。

でも、過去の起きた事実は変えられないけれど、解釈は変えられる。事実を受け止め、主観だけでなく、客観的にみれれば、誰も責めずに、受け止めることができる。過去の出来事、過去の自分も、過去の親も、ゆるすことができる。抱きしめてあげることができる。

大切なのは、とにかく自分と向き合うこと。自分を知ること。その上で、どうしていきたいのか。今世は何のために生まれてきたのか。それを思い出しながら、過ごしていくことが人生だと思う。

人間は、誰しも幸せを感じるために生まれてきた。「幸せ」を感じるには、「幸せでない」を知る必要がある。暑いも寒いも知る。快と不快を知る。対極にあるものを知る時、反対側の対極を知ることができる。両極を知ることで、中心・中庸を知ることができる。

片方だけに偏っているとバランスが悪い。怒り狂っている人は、相手目線がわからない。自分が正しいと思っている人は、相手目線がわからない。自分目線と相手目線、主観と客観、そうやって観れる時、バランスがとれる。バランスがとれているものは、美しい。美しいものには、絶妙なバランスがある。

人生とは、いびつなものである。そんなに綺麗な人生を歩んでいる人はいないと思う。でも、いびつな人生も、そのままありのままを受け止め、それらを自分なりに、「ととのえて」いければ、そこに美しさを感じれるようになると思う。いや、誰しもの人生が、独自の形を成していて美しいのだ。

どんな経験も、それを活かしていくことができるのならば、生かしていくことができるならば、良い人生だったと言えるのではないでしょうか。悲観していても、仕方ない。楽観して、生きていきたい。私は、美しく在りたい。美しく生きたい。

来週のお題も楽しみです♪

最後までお読みいただき、ありがとうございました😊
このご縁に感謝致します。

あなたの今日が素晴らしい1日でありますように。

ととのえ職人 五木田穣

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