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【Vol.3】自己肯定感が低く、劣等感の塊だった『ととのえ職人』が「読書」で心がととのった話。

ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣ごきたゆたかです。

前回は、「鍛える」ことは良いことなんだけど、なんでもかんでも鍛えればいいというのは違くて、「ととのえる(整える・調える)」や「使える」も、大事なんやで、という話を書きましたが、読んでいただけたでしょうか?

このシリーズの記事では、私が「パーソナルトレーナー」から「ととのえ職人」になっていった経緯(出来事や想い)などを書きながら、

  • なぜ、ととのえることが大事なのか

  • ととのえるとはどういうことか

  • どういうふうに、ととのえるのか

  • ととのえると、どんな効果があるのか

  • その他、心と体の健康に役立つこと

なども、織り交ぜながら書いていきますので、少しでも興味を持ったら、ぜひ読んでいってください。

きっと、何かしらのお役に立てる情報があると思います。

前回の記事では、劣等感の塊で、自己肯定感が低かった私が「鍛える」ことによって、克服できたという話を書きましたが、

実は、まだ書き足りないところがあって、

私の劣等感と低い自己肯定感は、「運動」と「勉強」の両方にあって、「筋トレ」で前者を、「読書」で後者を克服できた、というのがあります。

今回は、「ととのえる(整える・調える)ことの大切さをお伝えしている『ととのえ職人』が、「読書」を通じて、勉強に対する劣等感と低い自己肯定感が克服でき、心がととのったという話を書きたいと思います。

読書が良いことなんて、誰でも知っているし、誰でも分かるし、誰でも語れるでしょう。

読書を通じて、私は心が救われた。
自分を知り、自分を高め、自分の生活をととのえることができた。

読書をしている人は、読書の良さを知っている。
でも、読書をしていない人は、その良さを知らない。

何かで悩んでる人・苦しんでいる人は、たくさんいるかと思いますが、

その悩みの解決策、すでに本に書いてあります。
その苦しみの解消策、すでに本に書いてあります。

ちょっと長いですが、1人の人間の実体験として、そんな話を語ろうと思います。 

何か気づきに繋がれば、幸いです。

※文の途中に所々貼ってあるリンク記事は、全てこの15年の間に私が書いた記事です。
※関連するワードを深めた内容や補足する内容であったり、当時の様子が窺える内容になっています。


ただ、その高校に行きたかっただけなのに、、

前回も書きましたが、私は高校時代、ガリ勉の集まりの特進クラスにいながら、全国1位の陸上部に所属していました。

なぜ、特進クラスに入ってしまったのか(あえて、しまったと書きましょう)というと、中学時代に遡ります。(どんどん遡りますね笑)

中学校でも棒高跳びをやっていまして、全国大会出場を目指して、頑張っていました。

全中には、標準記録を突破すれば出場できるのですが、標準記録4mに対して、3m80cmを練習で跳んでいました。跳べない高さではない!感覚的にいける!いけるぞ!!

…が、最後の県大会でやらかし、記録なし。。プレッシャーに弱いというか、、気負い過ぎて、力んで、大失敗。。

※今思えば、考え過ぎていたんだと思います。
※特にスポーツは、「感覚の世界」なのに、どっぷり「思考の世界」にとらわれていたら、そりゃあダメでしょう。
考えるな、感じろですよ。トホホ。。

調子は良かったのに。。
悔しい!本当に悔しい!!

当初、高校で陸上を続ける気はなかった(実は、バスケがやりたかった)のですが、あまりの悔しさに「高校でも続けたい!」と思いました。

ただし、棒高跳びができる学校は限られます。田舎に住んでいましたが、たまたま棒高跳びが活発な地域で、近隣では3校候補がありました。

  • O高校:公立。遠い。田舎。イメージ良くない笑
    選手層はそんなに厚くはない。

  • S高校:公立。近い。頭良い。隣中学のライバルが進学予定だったので、悩む。悪くない。

  • N高校:私立。S校よりは遠い。頭良い。全国トップクラスの強豪校。環境的にも、1番良い。

その中で、O高校ならスポーツ推薦で入れるという話がありました。が、正直あまり行きたくない。。笑

他の中学の選手仲間たちと、高校でも続けるのか、どこ高行くのかなど話して、良く話す選手2人とN高校に行きたいと話していて、最後の県大会にN高校の監督が視察に来ていたことから、3人で挨拶に行きました。

「お前らは、スポーツ推薦でとってあげられないから、うちでやりたいなら、自力で入ってこい」

と言われ、3人で頑張ろう!よし、自力で行ってやる!と決意します。

ただし、成績が足りない。。夏休み時点での成績では厳しいと言われ、もう頑張る以外ない。

「2学期の頑張り次第では、特進クラスの推薦受験も受けれるから頑張りなさい」と、担任の先生に言われ、

確かに、一般受験と、特進クラスの受験、チャンスは多い方がいい!絶対に行きたい!頑張るっきゃねぇ!!

本気を出した私は、毎日、放課後残って教室で勉強して、授業も積極的に受けて、先生方の協力もあり、無事に条件をクリアし、特進クラスの受験ができることになりました。

※特進クラスの受験条件は、国語・算数・英語・理科・社会で合計20点以上でした。
※もしくは、5教科に体育・音楽・美術・技術家庭の4教科を加えた9教科で35点以上でも良いと。
※私は、理科社会が苦手で(暗記する系嫌い&理科は先生が嫌いで笑)、5教科だと厳しい。。が、9教科ならいけそう!
※無事に、国語4・算数4・英語5・理科3・社会3・体育5・音楽5・美術4・技術家庭4で、9教科で条件クリアとなりました。

N高校は国・数・英の3教科受験で、私としては比較的得意な3教科だから、条件が良かったのと、

私の本気度というか、自分で言うのもなんですが、分析力が凄くて、自力で過去問から出題傾向を分析して、絞って勉強して、ドンピシャで出題されて、無事に合格できました。(努力が報われて、めっちゃ嬉しかったです)

※ちなみに、一緒に受験を約束した他中学の2人は、他の高校に進学してました😅

中学時代は、部活での失敗はあれど、そのあとは順調で、最後に素晴らしい成功体験を得ることができました。周りからもチヤホヤされ、調子にのりながら(アホ)、自信満々に高校生活を迎えます。

…が、初っ端で出鼻を挫かれました。春休みに予習してきなさいと配られた問題集。元々、勉強好きじゃないし、習慣でもない。

勉強より、部活したいねん、ワシは。やるわけねーだろ😆と思って、何もやらずに行ったら、入学式の翌日にその問題集からテスト。(嘘でしょ😱)…見事に玉砕し、47人中47位でした。。

あの時の冷や汗は忘れられないし、ヤバいところに入ってしまったかもしれない、、と調子こいてた自分を恥じます。。

特進クラスは、2年間で3年間分の授業を行い、3年生は受験勉強に特化していくカリキュラムで、、

…マジで、授業の進む早さに全くついていけない。。にも関わらず、無駄にプライドばっかり高くて、できない、わかんない、とか言えない。。

おのれのスペックの低さを痛感します。今まで真面目に勉強してきた人と、付け焼き刃で勉強して受かってしまったやつの差よ。。地頭・地力が違うんだよ。。

※今思えば、私がただやっていなかっただけです。
※土台をちゃんと作れていれば違っただろうけど、突貫工事の土台では間に合いませんでした。。

同時に、部活でも、レベルが高過ぎて全くついていけず、、もう自分の居場所はないんじゃないかと、落ち込む以外に何もありませんでした。

何クソ!と思っても、何もかもがうまくいかない、、成果が出ない。。とにかく空回り。そこにあるのは、空しさだけ。

そして、どんどん落ち込んで、どんどん落ちこぼれていきます。劣等感が高まり、自己肯定感はどんどん低くなっていきました。

大学受験もうまくいかず。。

前回書いたように、部活では何も成績は残せなかったものの、ウエイトトレーニングを通じて「鍛える」ことで、運動に対する劣等感や自己肯定感の低さは解消できてきました。

※しかしながら、完全には解消できておらず、まだまだ後を引きます。。そんな簡単に、心の問題は解決しないもんでね。簡単じゃないよね。

部活を引退し、進学を検討し、教員になるという目標を立てます。教科は、国語か英語か保健体育かで考えますが、最終的に保健体育に絞りました。

※トレーナーをやっているから、保健体育一択と思いきや、周りのレベル(身体能力)が高過ぎて運動に対する劣等感や自己肯定感が低かったため、むしろ第3候補くらいでした。
※が、結局体を動かす方が好きだという自分の感情と向き合った結果、保健体育に絞りました。

色々な大学・学部・学科、色々な受験方法を検討するも、何せ特進クラスの落ちこぼれですから、テストの点数が低く、評定が低い。

評定が低いから、推薦入試もAO入試も全部ダメ。。もう、自力でどうにかするしかない。

体育系大学2校に絞り、実技試験対策もやりました。3年生の自宅学習の期間にも、学校に行って、体育館が使われていない間にマット運動の練習などをやらせてもらいました。先生方にアドバイスをいただきながら。自分なりに、やれるだけのことはやったつもりです。

…でも、忘れてました。体育大学に入ろうとする人たちは、元々の身体能力が高いことを。実技試験で、圧倒的な差を感じて、落ちることを確信します。

※ただ、この時は体育系の予備校に通ってる人らが、あからさまに完璧に実技をこなす姿を見て、家庭環境の差も感じました。
※お金があれば、それだけで有利ですよね。
※また、無知の田舎者過ぎて、そんな予備校があることすら知りませんでした。
※家庭環境についても、また別の記事にして書きます。

もう一つ受けたところも全然ダメ。確実に落ちたと思いながら、絶望し、落ち込みながら、トボトボ歩きながら、今後のことを考えます。

浪人なんかできねぇよ。。そんな金ねぇよ。。そこまでしてやりたいことでもねぇよ。。でも、就職する気なんて全くねぇよ。。どうしよう。どうしよう。。

とか考えていたら、とあるお兄さんに声をかけられます。結果から言うと、進学することになる専門学校の営業の方だったのですが、

「浪人するのではなく、専門学校で学びながら、トレーナーの資格を取り、大学への編入を目指す」という裏道(併修という仕組み)があることを知ります。

※専門学校の授業とは別に、短大の通信課程を履修し、短大の卒業資格及び取得単位で、大学への編入学を目指すというものです。

無知で田舎者の芋少年の私は、何も知りませんでしたが、コレだ!と直感的に思ったのです。

当時は、「トレーナー」という言葉もよくわかってなかったし、何ができるか、どんな資格があるのかも全くわかっていませんでした。でも、私に残された選択肢はこれしかありませんでしたし、コレだと思ったのです。

浪人はしたくないし、できない。
そんな裏道があるのなら、それがいい!

自分自身が思うように競技成績を残せなかっこと、また怪我をして思うように練習できず、競技生活を全うできなかったこと、色々もがいていたこと、教員になったら、自分と同じような思いをさせないような指導ができたらいいな、そのための勉強ができるなら、むしろそっちの方がいいやん⁈と思い、進学を決めます。

※ただ、色々と説明不足で、のちに騙された!と思うのですが(笑)
※まず、結果として大学2年次に編入学になり、1年浪人してることと一緒になります。
※また、その「学校」は学校法人を取得してなかったので、「学校」ではありませんでした。
※「学校」ではないから、学生証が発行できません。故に、定期が学割効かず、バカ高い!!
※で、その営業の方、入学してみたらどこにもいない!田舎っぺ小僧には、凄い優しいお兄さんに感じたのに、騙されたー!詐欺だー!と思ったのです(笑)
※が、結果として得られるものが多かったので、良しとしてますし、感謝しています。
※卒業生は、年代問わず、同じ現象が起きていますので、これは計画的な犯行だと思います(笑)

本気で勉強するようになった専門時代

やっと、読書の話に入っていきます(笑)
前置き長くてすいません(笑)

中学・高校とほとんど勉強してきてなかったのは書いてきた通りですが、小さい頃に、まず、勉強する・本を読むという環境がありませんでした。

本なんか全く読んだことないし、家に本なんか全くなかった(故に、絵本を読んでもらったこともありません)。家にあったのは、漫画くらいです(笑)

※兄が読み終わった、週刊少年ジャンプと、週刊少年サンデーが愛読書でした(笑)

学校の図書室は、憧れの場所というか、たまに昆虫図鑑とか見ていた記憶があります。興味はあったけど、習慣はなかったという感じ。ほとんど外で遊んで過ごしていました。

※自然豊かな田舎(田んぼと山しかない)で生まれ育ったので、外遊びすることが多く、それで心と体は丈夫に育ったように感じます。
※ファミコン、スーファミ、ゲームボーイ、プレステなどのゲーム機器はありましたが、基本兄の所有物なので、スキマを見計らってやらしてもらっていた感じです。

いよいよ、本を自らの意思で読むように(勉強するように)なったのは、専門学校に進学してから。当時は、専門書がメインですね。

劣等感の塊だった私は、専門デビュー(笑)を果たすべく、めちゃくちゃ勉強したのです。

今度は、スタートラインは全員一緒だ。頑張った分だけ、リードできる。やるっきゃねぇ!と張り切ってました。

※中学・高校の反省を大いに活かし、わからないことはその日のうちに復習するのと、次の授業の予習をしていくことを徹底しました。
※幸い、高校時代に同じクラスで同じ部活なのに学年1位の成績を収めているA君がいたので、どうやって勉強しているのか秘訣を聴いていたのです。
才能の差は言い訳で、本人の頑張りの差だと知るのです。
※また、頑張り方の上手い下手があることも知るのです。
※無知で、まっさらだったからこそ、素直にできる人のやり方を真似ようとすることができました。学ぶは、真似ぶですからね。

その結果、専門学校時代の成績は、学年でトップクラスに属していました。自分で言うのもなんですが、優秀な成績を収めていたと思います。

※これで、劣等感や自己肯定感の低さは解消されつつありますが、今度は歪んで、調子こくという悪循環もあります😅
※まぁ、言うほど調子こいてもないのですが、実際のところ、まだ解消しきれておらず、他者を否定することで自分を肯定していたという側面があったなと今は自己理解しています。

専門卒業前に、パーソナルトレーナーの国際資格であるNSCA-CPTにも合格しました。

読書を通じて、勉強を通じて、劣等感が少しずつ解消され、少しずつ自己肯定感が高まっていきました。

さぁ、意気揚々と、大学に編入学をします。

だいぶ自信を取り戻した大学時代

自己紹介記事にも書いてありますが、専門と短大の通信教育課程を修了し、大学の2年次に編入学します。

大学では、アスレティックトレーナー専攻で学びながら、保健体育の教員免許を取得しました。

めちゃくちゃ勉強したし、実践もしました。

※必修科目が多かったですが、それを2・3年次に詰め込んで履修しました。
※教職課程とアスレティックトレーナー専攻を同時にこなす(かつ1年分足りてない感じ)のは、なかなかなスケジュールでした。
※でも、アルバイトもしてたし、トレーニングもしてたし、かといって全く遊んでないというわけでもなく、一体どんなスケジュールで生きてたんだと自分に感心します(笑)
※それができたのは、劣等感をバネに、エネルギーに変えていたからでしょうね。

大学時代に、フリーランスのパーソナルトレーナーとしての活動も始め、同時に、整形外科で理学療法士のリハビリのアシスタントや、大手フィットネスクラブでのアルバイトも行っていました。

加えて、アスレティックトレーナー関連の実習も行ってましたし、授業とは別に、色々なセミナーも受けにも行ってました。

専門・大学の5年間は、ほぼ寝ず、ほぼ休まず、学業とアルバイトと事業に明け暮れました。

※今思えば、劣等感を消すため、自己肯定感を取り戻すために必死だったんだなと思います。
※専門の時は、片道2時間かけて通っていました。大学は車で片道1.5時間かけて通ってました。
※その間にも、勉強とトレーニングとアルバイトをしていたので、マジで寝てないし、マジで休んでません。
※大学3年次になり、移動時間がもったいないと思い、一人暮らしを始めました。そこから、パーソナルの活動や整形外科に入ったりとか、とにかく精力的に色々やってました。
※必死で、一生懸命生きてました。

とにかく、勉強とウエイトトレーニングで、確実に自分を高めていくことで、自信を取り戻しました。

また、仕事で評価してもらえることも、自信に繋がっていきました。

ちょっと無理してるかなぁという感じはしますが、だいぶ心がととのっていきました。

※今思えば、代償動作だらけだなと思いますけどね。

…色々あった結果、フィットネスクラブの社員になる

大学卒業後は、アルバイト先のフィットネスクラブに就職することになります。

※教員にならなかった理由など、色々あるのですが、長くなるので、これもまた別途記事にします。

しかしながら、ここで、もう一度挫折を味わうことになります。

社長に喝を入れられる

その頃の私は、アルバイトスタッフにも関わらず、ジムリーダーを任せていただいたり、新店舗立ち上げメンバーに抜擢されるなど、とにかく社員の方から評価していただいていました。

また、会員の方からも人気があったと自分でいうのもなんですが、評価はされていた思います(もちろん全員ではないと思いますが)。

トレーナーとしての専門性や接客についてはかなり自信を持っており、劣等感や自己肯定感の低さはだいぶなくなっていました。

※むしろ、自信に満ち溢れていました。
※今思えば、「過信」ですね。

実際に、社員になりたいという希望を出したところ、形式的に新卒の人たちと同じ試験を受けてくれと言われ受けてみたら、

圧倒的に成績が良かったことと、実務経験も十分なことから、「新卒扱いじゃもったいない」ということになり、中途採用扱いで社員になることになりました。

※故に、私には同期という存在がいません。
※大学も2年次に編入という変則なので、同期という存在がいません。
※基本、今も昔も友達がいません(笑)その辺も色々書けるので、また別途記事にします。

特別扱いを受けていると感じ、調子にのり、私は「社員になる」ということをなめていました。。

試用期間は2〜3ヶ月だったと思いますが、社長面談をしてOKをいただければ、正式に社員となれるという形でした。

この時の私は調子に乗ってますから、絶対に受かると思ってました。だから、何もせずに社長面談に行ってしまいました。

…しかし、当日。
社長からの質問に何一つ答えられなかったのです。

社長の面談で聞かれたのは、「粗利と利益の違いを説明しなさい」というもの。

…トレーナーとして知識や実務に関しては、何の問題もなく、自信を持っていました。ただ、無知の田舎少年は相変わらず無知で、社員になることと、トレーナーとして働くことは別だと認識できていなかったのです。

※上司も教えてくれればいいのに、何も教えてくれませんでした。
※成長させるためにあえて、ではなく、普通に何もしてくれませんでした。
※上司と言っても、歳が一つ上の方でしたので、その方も未熟であったことが今はわかります。

面談は3人のグループだったのですが、他2人は質問にスラスラ答えて合格。一方の私はというと、、

「申し訳ありません。。準備不足でした。。わかりません。。」

…恥ずかしい。悔しい。情けない。
…一気に目が覚めました。
社員になる、雇用していただくという重みを理解しました。

「きっちり勉強して、出直してきます」

まさか、試用期間が伸びるなんて思ってもみませんでした。店舗スタッフからもまさか落ちるわけないと思われていたし、とにかく恥を知りました。

そして、再度挫折を味わい、再び自分と向き合うことになります。

すぐに本屋に行ってビジネス本を数冊買って、徹底的に勉強しました。今度こそ!

1ヶ月後に再度、社長に面談をしていただき、「よく勉強してきたじゃないか!」と褒めていただき、無事に正規採用となりました。

※社長には、この時の頑張り具合を気に入っていただけたようで、度々会議で私の名前を出していただいていたと後に耳にします。

新卒なのに、管理職になる

ここからがまた大変で、試用期間が終わると同時に、今度は「サブリーダー」という中間管理職の試用期間に入ります。

人手不足もあるのですが、能力を評価されての怒涛のスピード出世です。

※本来、新卒です。
新卒が、いきなり、ヒト・モノ・カネを管理する立場になる。
※けっこう大変な状況というのが、ご想像いただけるのではないでしょうか。
※今回の記事ではメインでは触れませんが、この後、鬱になります。また、別途記事にします。
※全然ととのってねぇじゃねぇか!なんて、言わないで(笑)紆余曲折しながら、だんだんととのっていくのです。

こうして、入社試験と管理職に昇進していく流れが一気にやってきます。

経営・マネジメントの勉強をせざるを得ない状況になり、また自らの無知さを知り、専門書以外の勉強(ビジネスについて)をどんどんするようになりました。

ここでも再度感じていたのは、劣等感です。
しかしながら、劣等感をバネに成長してきたのが、私です。

劣等感自体は、悪くないのです。
自分が、勝手に「劣等を感じている」だけですから。

自ら不足を感じ、努力する。
その結果、成長できる。

そうやって、成長できてきたことは紛れもない事実です。

ただ、やっぱりちょっと、色々とバランス欠いちゃうんですよね。

当時の私は、心が病んでいた。
どんどんと病んでいきました。

※「努力」という言葉を使ってた当時、周りへの感謝が足らなかったと思います。
※「努力」とは、自分の力しか信じないこと。すべてのことは、自分の力で切り抜けられると思っているという表れ。
※「感謝」とは、自分の力なんて大したことない、自分は周りに支えられていると知っていること。だから、感謝の気持ちが湧いてくる。
※自信が過信になっていたと思う。
※その辺の反省が、垣間見える過去記事はコチラ↓

…鬱になる

詳細については、また別の記事にして書こうと思っていますが、結論だけ言うと、鬱になります。

頑張った。すごい頑張ってた。
あの時過ごした日々は、何一つ無駄はなかったと今は思う。

でも、私の悪い癖で、
頑張ろうとすると空回りするみたい。
完全に、心が病んだ。

どうしようもなくなり、病院にも行った。
将来が何も見えなくなった。
生きる希望が見えなくなった。

記憶は曖昧ですが、藁をもすがる思いで、
ある日、本屋に行きました。

そこで出会ったのが、
稲盛和夫さんの「働き方」と「生き方」です。

家に帰り、一気に読んで、大泣きしました。

そして、生き方、働き方を見直し、これからの人生を考え、会社を辞めて独立することになります。

私は、読書によって、心が救われたのです。

会社を辞めてから、1人の社会人として、個人事業主として、ますます知見を深めていかなければならないと思い、さらに色んな分野の本を読むようになっていきます。

※↓独立前後の読書記録の一部です。当時は、アメブロにこんな感じであげてました。

週に1冊を目標に、月2〜4冊読むと決めて、年間30〜50冊程度読んでいました。

独立してからは、順調に事業が伸びていきます。ガムシャラにやっていたと言えばそうなんですが、戦略的に考えて、計画的にやっていました。

なぜ、それができたか。
本読んで、勉強して、考えて、実践して、創意工夫していったからです。

無知のままいたならば、誰かのせい、世の中のせいにして、悲観的に、否定的に生きていたでしょう。

私は、読書を通じて、心がととのい、生活が整っていきました。今では、劣等感などありませんし、自己肯定感は高いです。

その後、2015年からは、毎年100冊以上読み続け、今では600冊を超えるようになりました。

読書を通じて、私は心が救われました。
自分を知り、自分を高め、自分の生活をととのえることがことができました。

※まだまだ、この後もやらかしありますが、何度も失敗して、成功して、失敗して、成功しての今があります。

なぜ、読書が必要なのか

人は、自分の知識と経験からしか物事を判断することができません。

判断するには、「情報」が必要です。

人は、自分の知識と経験から、その都度その状況で、「自分が適切と思う」判断をしていきます。

情報量が不足していたとしたら、適切な判断はできません。判断を誤ります。

例えば、

  • ダイエットをしようとして、すぐに食事を抜こうとする人

  • ジムに通おうと思って、いきなり週3回通うことを目標にしてしまう人

  • 本を読もうと思って、いきなり分厚い本を買ってしまう人

これらは、適切な判断ではありません。知識と経験がある人からしたら、不適切な判断をしているなぁと思うものです。

※私もやりがちでした。
※無知だった私の過去の判断は、不適切だったなぁと思うことが多々あります。

そして、自分がどれだけの知識と経験・情報を持っているかは、自分ではわからないものです。

人は得てして、知ってるつもり、できてるつもりになってしまうものであり、自分がいかに知らないか、できていないかは、客観的に、他者と比較することで初めて判断がつきます。

※他者との比較は基本的に不必要ですが、時には必要な場合もあります。
※これも、新たな知見を知るということになりますので。

適切な判断ができるように、知識を増やし、時に失敗しながらも経験を積んでいく。

どんどん知識を増やし、どんどん経験を積んでいけば、段々と適切な判断、適切な行動ができるようになっていきます。

プロとか職人とか言われる人たちは、その知識と経験の量が凄いんです。

だから、適切な判断ができ、最短時間で、最適な判断をし、最効率で最高の結果を出せるんです。

適切とは、無駄がないこと。
無駄を省いていく作業が、知識と経験を積むということです。

※私は、「ととのえる」ことに関しての知識と経験には、絶対的な自信があります。
※かといって、過信ではありません。常に謙虚に学び続けており、驕ることはありません。まだまだ学びに終わりはありません。
※現段階において、私以上に、本質的に、根本的に、包括的に、多角的に「ととのえる」を考えている人は、他にいないと思います。もしいるなら、会って話したいです(笑)
※再現性の高さ、また個別に対応できる範囲の広さにも、絶対的な自信があります。常に学び続け、高め、深め、広げています。

※1番大事なことは、「ととのえる」のは、手段であって、目的ではないということです。「真の目的」に対して最適な手段を、提案・提供しています。
※ととのえ「職人」を名乗っているのは、知識と経験に、絶対的な自信を持っているからです。

なぜ、私は本を読むのか

私の読書の目的は、

  • 「人間力を高める」こと

  • 人としての「価値」を高めること

  • 「器量」を養うこと

  • 深みのある人間、幅のある人間になること

  • 知識を増やし、見識を拡げ、胆識を身につけること

などです。

読書を通じて、人としてととのってきました。

「知識」とは、ただ知っていること。
「見識」とは、物事の本質を見通す力があること。
「胆識」とは、見識に判断力と実行力が備わること。

人間としての「器(うつわ)」を大きくしていく。
人間としての「量(はかり)」を広げていく。

そのために、本を読みます。

さらに、それは私のビジョン・ミッションに基づくものであり、そのために精進することは、当然だからです。

■ビジョン
一人一人が、自分らしく、笑顔で過ごせる『自立と共生』した社会の実現

■ミッション
心身ともに『健康』でありたい方のために、「方法」と「場所」と「出会い」を提供する

自分の「器(うつわ)」以上のものを受け止めることはできませんし、自分の「量(はかり)」以上のものには対応することができません

自分のできないことは教えられないし、
自分が持っていない物は与えられません。

だから、まず率先垂範する。
私自身の「在り方」「生き方」「働き方」を示していく。

才と徳を磨いていく。
自らを修め、養っていく。

本を読むことで知識はいくらでも増やせますが、ただ知識を増やすだけでは、「見識」を身につけることはできません。

身につけた知識をもとに、物事を幅広く、深く考えていく。日々実践し、行動し続ける。「見識」を養っていく。

そして、

自分自身の「哲学」を持つ。
自分自身の「軸」を持つ。
そしたら、ブレない。

不安になるのは、ブレるからです。
不安定は、不安になるんです。
安定させれば、安心するんです。

不安は無知からきます。
人は分からないから不安なんです。

森の中を歩いていて、ガサゴソ音がしたら不安になるでしょう。それが、クマではなくリスだと分かったら、安心するでしょう。

人は、分からないことに不安を持つものであり、
分かっていることには、自信を持つものです。

学ぶことは、自分の人生を生きること。
自分で、自分の道を歩いていく。道を創っていく。
ただ「生きる」のではなく、「生きていく」。

「生きている」人同士が、共に生きていく。
それが、「自立と共生」です。

読書をすることは、自分の人生を自分で歩いて行くということです。自分の道をつくっていくということです。

日本人は半分以上が月1冊も本を読まない、というデータがあります。

人は、自分の知識と経験、自分の思考の枠でしか物事を判断できません。

本を読むことで、物事を判断する際の、判断基準が変わっていきます。

今、悩んで、苦しんでいることも、別の視点から見たら、解決する方法が見つかるかもしれません。

読書を通じて、

私は、心がととのいました。
私は、判断に迷わなくなりました。
私は、人格が変わりました。
私は、人生が変わりました。
私は、自分らしく生きられるようになりました。

大事なことだから、何度でも言います。

人は、自分の知識と経験からしか、物事を判断できません。

人は、分からないことに不安を持つものであり、
分かっていることには、自信を持つものです。

かつての私がそうでした。
不安だらけで、悩んで、苦しんで、もがいていました。

どうにか変わりたくて、変えたくて、
もがきながら、苦しみながら、悩みながら、
そんな私を変えてくれたのが、読書です。

長くなりましたが、

今、あなたが何か変えたいと思っているなら、読書してみることをお勧め致します。

というか、この記事をここまで読んでくれているなら、1冊の本を読んでいるようなものです(笑)

どうでしょう?
何か気づきはありましたか?
何か気持ちの変化はありましたか?
何か役立つ話はありましたか?

自分とは違う考えや表現に触れることで、知見が広がり、自分の可能性が広がります。

とにかくいろんなことを書いていきますので、気に入ってくれた方は、引き続きよろしくお願い致します😊

私の記事は、こんな方にお勧めです!

  • 心と体を快適に過ごしていきたい方

  • 本質的な『健康』で在りたい方(健康はなるものではなく、在るものです)

  • 自分の人生を、自分の頭と心と足で歩いて行きたい方

  • トレーナーや治療家などの、心と体の健康に関わる職業の方

  • 私という存在に興味を持ってしまった方(笑)

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ととのえ職人 五木田穣

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