どこにも居場所がなかった過去
ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣です。
前回の記事で、
「どこにも属さないという生き方」について書きました。
でも本当は、
最初からそうだったわけではありません。
むしろ私は、
どこにも居場所がないと感じていた子どもでした。
…これは、私の過去の自分と向き合う話。
私の家は、祖父母、両親、兄、兄、私の7人家族だった。
物心がついた時、すでにそこには「家族」が、完成していた。
そして、私の最初の記憶は、
「居場所がない」という感覚でした。
属さないのではなく、属するところがなかった。
家族に属していると思えなかった過去
物心がついた時、
そこには完成された家族の姿があった。
よく喋る父と、よく喋る兄二人。
料理を振る舞う母。寡黙な祖父。
優しい祖母。
私は三人兄弟の末っ子。
兄は、8歳上と5歳上。
小さな私は、
完成された家族を横目に見て、
様子を窺っていた。
自然と、寡黙になっていった。
小さい頃は、
母方の祖父母に預けられていた。
だから、幼少期は、
実家より、母方の実家にいた記憶がある。
仕事終わりに母親が迎えに来て、一緒に家に帰る。
私の家はどこなのか。
その時の私には、どっちが自分の家なのか、
自分の居場所がどこなのかわからなかった。
安心していられる居場所はなく、
常に人の様子を見て、気を張って、
気を遣って、過ごす日々だった。
「ここにいていいんだ」
と感じられるような居場所はどこにもなかった。
外の世界でも居場所はなかった
小学校に入って、最初の記憶は、
勉強についていけないだった。
周りについていけない自分に焦った。
常に、緊張していた。
こまかくは覚えていないけれど、
小学校1〜3年の担任が好きではなかった。
とにかく、外に出ても、
安心できる場所はなかった。
中学校に進学しても、
やはり、中学1年生の担任が好きではなかった。
クラスでも、安心できる感覚はなかった。
高校でも、クラスの中でも、部活の中でも、
常に、どこにいても、
浮いている感覚がずっとあった。
ずっと居場所を探していた
ずっと居場所がなかった。
ずっと居場所を探していた。
だから、周りに合わせようとしていた。
役割を演じていた。
昔は、「よくニコニコしているね」と
言われることが多かった。
それは、気に入られようとしていたから。
それは、嫌われたくなかったから。
それは、自分の居場所を探していたから。
頑張っていた。無理をしていた。
気を張っていた。気を遣っていた。
気づいたこと
今振り返ると、
私には居場所がなかった
わけではないのかもしれません。
家もあったし、学校もあった。
でも、
安心していられる場所は
どこにもありませんでした。
そこにあったのは
条件付きの居場所でした。
何かができれば、そこにいていい。
役に立てば、そこにいていい。
いいこでいれば、それでいい。
空気が読めれば、いてもいい。
でも、それができなくなったら?
そんな不安が、どこかにありました。
だから、属さない生き方になった
誰かに認められることでしか、
居場所ってないのだろうか?
その居場所は、
本当の居場所なんだろうか?
自分が自分らしくいられない場所は
自分の居場所なんだろうか?
居場所って、何なんだろうか?
私は、誰かに合わせることをやめた。
誰かに合わせるのではなく、
自分の心に合わせるようにした。
自分が自分らしく、いれるように。
自分が自分らしく、在れるように。
自由に生きるために。
どこにも属さない道を選んだ。
ととのえ職人
五木田穣
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