漫画家アシスタント物語 第2章〈2〉 恐怖のバスと弟子稼業
《 写真 :1975年当時の三畳間。万年布団の上にコタツと座椅子をのせて 》
< この2章〈2〉は、文庫本約12ページ分 >
その5
楽して稼げるバイトを探す・・・・ まずビル掃除。 一つのビルを一人でまかされるので、4時間かかる仕事を2時間でかたずければ、けっこう率のいいバイトになる。
この掃除会社の管理部長は、すっごい女好きで( 昨日性交した相手女性の事をよだれを垂らしそうになりながら話してくれる )、私がこの会社でバイトする女の子をなんとか口説こうとしているのを知ると、すっかり私を気に入ってくれて、仕事のヒマなビルに私を配置してくれたりしました。
しかし、この女好きの管理部長が横領でクビになると、仲の良かった私はキツイ仕事へ飛ばされ、結局、他のバイトを探す事になります。
ちなみに、このビル清掃会社で私が口説いたバイトの女の子とはその後お付き合いができ、成人式の夜に彼女の部屋で・・・・・
・・・・・・と、ここから先をつづけるとアダルトサイトになってしまうので省略・・・・・・。
でも‥‥ ちょっと‥‥ 性生活についてですが・・・・・
漫画家志望と個人の性なんて関係ないだろう・・・・・と思われる方がおられるかも知れませんが・・・・・
実は大いに関係があるのです。
私が見てきたところでは・・・・・・・性的経験が豊富な人の作品には艶があり、異性のキャラクターがセクシーです。 その逆の方の作品には・・・・・・・やはり、色気やキャラクターの妖艶さが乏しいのです。 多くの性体験が作家の感性を磨くのではないでしょうか‥‥?
振ったり振られたり、傷ついたり傷つけられたり・・・・・・・そうした体験の少ない人の作品は、退屈なものが多いようです・・・・・・・。
さて‥‥ バイトの話に戻りますが‥‥
次に選んだのがバス添乗員。 バスに乗り運転手の隣に座っているだけでお金がもらえるいいバイト・・・・・・ってな事はありません。
吐く息も白い早朝の6時、氷のように冷たい水でバスを洗車! 運転席回りをクロスで水拭き・・・・・・
仕事中には、命がけの事もありました・・・・・
東京四谷の「 O観光バス会社 」・・・・・添乗員は最初に笛の吹き方から教わります。 バックオーライとストップです。
バックオーライは「 ピッピッ 」で、ストップは「ピ~~ッ」です。
「 ピッピッ・・・・ピッピッ・・・・ピッピッ・・・・ 」
バスの後方で誘導する私・・・・・・・バスが停止位置まで来ます。
そこで緊張した私は、息を強く長く吐く事が出来ず・・・・・・・
「 ピ~ピ~ 」
・・・・と吹いてしまい、バスが停止しません!
「 ピッピ~~ッ、ピ~~~~~ッ 」(汗)
危うくバス後部のウインカーにぶつかるところでバスは停止。
運転手は、窓から軽蔑する様に私を見下ろしながら・・・・・・
「 あれ、まだ死んでね~じゃん 」(笑)
しかし、本当に怖かったのは、この運転手ではなく・・・・別の・・・・・酔っ払いです。 ( 注、これは、あくまで、50年も前の話です! )

その6
「 ・・・・・・・! 」私は全身を緊張させる。
電車やバスに乗るお客さんが、のんびり居眠りできるのは、運転手が乗客に「 不安 」を感じさせないように細心の注意をはらって運転しているからです。( 加速や停止には細心の注意を払いっています )
もし「 安全運転 」を信じていたバスが暴走しだしたら・・・・!
この時、何キロ出していたのかは分りません。しかし、「 法定速度 」をはるかに越えたスピードで突っ走っていく。 ものすごいエンジン音!
観光バスや路線バスのこんなエンジン音聞いた事ない!
先の信号が「 赤 」になった! このスピードじゃ止まれっこない! 私は添乗員席で足を突っ張る!
大型観光バスのヘッドライトの先に横断歩道が見えた瞬間!
ギキキキィーーーーッ!!
全身の毛穴から汗が噴出す!
プッシュゥーーーッ ( 油圧ブレーキ解除音 )
バスは停止線でピタリと止まっている!
運転手はニッコリ笑って、隣の私を見る。
「 ビビッた? 止まれるとは思わなかったろ? 」
子供の様なカワイイ笑顔で・・・・・・
「 こんぐらいのテクニックは持ってんだぜぇ! 」
観光バスツアーから結婚式にお葬式、果ては火葬場への送迎バスなど、色々な体験をさせていただきましたが、半年ほどで辞めさせていただきました。

その7
漫画家アシスタントになる方法は・・・・・・
メディアの求人広告などと、編集員や知人の紹介、そして、好きな漫画家のところへ直接出かける「 押しかけ弟子 」など、いくつかのパターンがあると思います。
私は、1976年( 20歳 )、同人誌仲間がやっていたアシスタントの引継ぎとして、初めての本格的な専属アシスタントになりました。
その人の名はかわぐちかいじ先生( 当時27歳・・・若い! )今なら誰一人として知らぬ人のない大御所ですが、40年以上前はその名を知る人はほとんどいませんでした。
それでも一部の漫画マニアから愛されていたかわぐち先生の所では、ある程度の技術を持っていないと仕事は出来ません。
私の場合、ペンを使った斜線処理や陰影バランス、そして、スクリーントーン処理が出来るレベルでしたので・・・・・ 少しは自信があったのですが・・・・・
面接の日・・・・・
中央線の武蔵小金井駅から線路沿いを東に進むと、かわぐち先生の仕事場が入っている、モルタルアパートがありました。
ねずみ色の小さなアパートの1階のドアを開けると台所、その奥の4畳半で私は背景サンプルを見てもうわけです・・・・・・
かわぐち先生の背後から数人のアシスタントが覗き込みながら・・・・・・
(アシスタントたちは全員20代、私が最年少の20歳)
アシスタントOさん、髭の男性、落ち着いて
「 一応トーンは使えるんだぁ‥‥ これなら‥‥即戦力で使える! ウォップ! ウォップ!・・・ 」( 彼独特の満足表現 )
アシスタントHさん、やせ型の色男、クールに
「 フンッ、処理が雑だな。まぁ、使ってるうちになれるかもしれませんけど・・・ 」
ニヤニヤと薄笑いを浮かべながらアシスタントHさんが小バカにしたように私を見ている。
かわぐち先生はさすがに雇う立場にいるので、ニコリともしない。
このアシスタントHさんとは、1年後にトラブルを起こしてしまいます。短気を起こして私は、かわぐち先生の所を辞めることになります・・・・・。 初めて会ったその日からイヤミな先輩でした。
この後、毎日この人のイヤミに耐える事が大きな修行になるわけです。 今から考えると、この人がいなければ今でもかわぐち先生の所で仕事をしていたかもしれません・・・・。
かわぐち先生、私のサンプル( 田園風景の中のディーゼル機関車の絵、白波が立つ海岸の絵 )を見つめながら・・・・・・
先生 「 ・・・・・明日から・・・・・・・ 」
漫画家アシスタント物語、血の教訓
『 吐き気のする先輩はどんな世界にも一人や二人はいる。本人の前ではニコニコ我慢しましょう。( ハングリー精神で! ) きっと追い抜ける! 今は、こちらをバカだと思わせておけば楽勝です! 』

その8
仕事の初日。( 1976年、昭和51年 春 )
寝つきの悪い私は、夜明け頃まで寝る事が出来なかった・・・。
『 くそ・・・・・・もう、朝だ・・・・・・ヤバい! 』
このままでは明日( と言うより、今日からの仕事! )昼前に仕事場へ行く自信がない・・・・・・・( 私はとても寝覚めが悪い )。
そこで、早朝6時、電車に乗り早めに仕事場に向かいました。
かわぐち先生の仕事場は、JR中央線の武蔵小金井駅から10分ほどの所にある古いモルタルアパートの1階で、4畳半と6畳の2DK。 日当たりはとても良い部屋でした。( ただ、夏は地獄のような暑さでした )
アパートの鍵の隠し場所は教えてもらっていたので、すぐにドアを開けて台所を通り、誰もいない4畳半へ。 そして、畳の上に横になってグッスリ!
・・・・・もう遅刻する心配はいらない。
だが、出勤して来たスタッフ( ‘75年当時、4人 )は、みんな驚いた! 新入りが仕事場で寝ている! 「 何考えてんだこいつ・・・ 」
私は爆睡中! そして、ついに・・・ サンダルをつっかけて、ネーム( 漫画のセリフを書いた紙 )を小脇にはさんだかわぐち先生が仕事場へやって来る。
声をかけてもなかなか起きなかったようで・・・・・・・初日の仕事はじめは、スタッフの皆さんに起こしてもらう事から始まりました。
「 漫画家アシスタント物語 第2章〈3〉」へつづく・・・・
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